空には燦々 月が降る

風はふくよか 東風なるか

水は流れ 木は根付く

大地は眠り 種子抱く

空には燦々 月が降る

風はふくよか 東風なるか

静の音は 闇に溶け

妙なる声音 陽を呼び起こす

空には燦々 月が降る

風はふくよか 東風なるか

空には燦々 陽が昇り

風はふくよか 実り呼ぶ





月と太陽の合間



 ふと気づいて空を見上げた。目に映るのは相も変わらず闇色と、そこだけ切り取った目のような、月。
 その目の奥から舞い上がる、翼の影。
 大分慣れた。その影がここに来て静寂を乱す、ということに。あるいは……自分の世界に他の生き物がいる、という、その事に。
 吐く吐息は仄かな銀。月に染められたそれを疎むようにゆるやかに小さく頭を振って霧散させ、風に気付かなかったふりをして、背を向けた。
 どうせ、これもまたすぐにいなくなるだろう。
 この世界は沈黙だけが守られた静謐の場。
 ………言い換えれば、棺代わりの世界だ。そんな場所に他の世界の住人が好き好んで居着くわけもない。まして夜目の効かない鳥にとって、ここは普通の人間以上に危険を呼ぶ場所に他ならないのだから。
 それなら初めからなくていい。
 ………気付いてしまえば痛むことを自分は知っている。
 そしてこれもまた、言い換えれば、気づかなければ痛むことはないのだ。それは至極簡単な理屈。
 「おーい、デッド?」
 遠くから叫ぶ声。疑問を孕んでいるのはきっと見えていないからなのだろう。
 闇色のこの世界、それに紛れて溶けるような自分の服装も色彩も、彼にとっては判別の効かない厄介なものに他ならない。
 それを知っているからこそ、他の服を選ぶ気もない。彼のために何かを、など、愚かなことだ。
 背を向けたまま、歩く。動く影か、あるいは気配に気づいたのか、迷うように空を漂っていた月光が淀みなく滑り降りる。
 まるで初めから決められた道があったとでもいうようにすうるりと、自分の眼前に。
 パッと、彼が笑う。ひな鳥のように幼い様子で。
 夜目の効く自分には月明かりしかないこの世界であってもその機微が読み取れる。
 それを疎むように眉を顰めても詮無きこと。所詮、彼には伝わらない動きだ。
 「デッドだろ?な?」
 好意に滲んだ明るく弾む音。自分とは対極にある、音。
 ふいと視線を逸らし、デッドは逸らした顔のまま無言を送る。白磁の面は、どこか空にかかる月に似た静寂と、無慈悲。
 それが見えるわけではないが、気配は伝わる。
 顔を顰められている。顔の動きが解るわけではないけれど、解る。身体全部で自分を拒否している。否定している。
 それはどこか、村の者たちに似た仕草。そこにいないものとみなされる、存在の否定。
 過ったのは、不安。そこにいると思ったのは自分の勘違いで、誰もいないのだろうか。
 月明かりにぼやけた視界。自分の寂しさが作った幻想を、いまも自分はただ追っているだけで、初めから彼はいない。そんな気がしてくる。…………それはひどく現実味のある、恐怖。
 「…………っ!」
 不安で。………ただ、不安だけが、あって。
 のばした腕は空を切る。そこにいたかと思った影が動いた気配。
 ほっとしたのに、同時に吹きかけた風に、ゾッと、肌が粟立った。
 対象が動いたのか、風に動かされたのか。見えない自分には、解らない。
 恐くて、言葉が零れる。
 「なあ、デッド?」
 どこまでも幼い、泣く寸前の子供の声。その外見年齢ではなく、内なる年齢のままの声音。
 その声が、どこかに触れる。………どこだか、解りはしなかったけれど。
 少し痛かった。同じくらい暖かくも感じた。もっとも、この世界、熱も雑音も触れることはなく、とうにそんな感覚は麻痺していたけれど。
 動かない能面のまま、目だけを動かして佇む月明かりを見遣った。
 萎れるようにしなだれた翼が地につき、少し汚れていた。月を照らし鮮やかに仄光る、その羽。
 自由に駆け回り束縛など不要なその姿で、それでもこの鳥は捕われることを願っているかのようだ。誰かに飼われるのではなく、番(つがい)を求めるように鳴き続ける、姿。
 哀れむよりも共感が先に湧くことが、忌々しかった。
 よく鳴くこの鳥が綴る物語は、結末が見えていた。互いに明るくはない、未来。
 だから互いに惹かれるなど、滑稽だ。
 目蓋を落とし、その裏側に感じるこの世界唯一の光源を感じる。暖かみもなければ優しくもない、それは無慈悲なまでに冷たい夜の香り。
 言葉を綴るにはこの世界はあまりに寒い。………凍えるほどに、寒い。
 たった一人しかいないこの国で、奏でる唄もさえずる音も、ありはしない。
 そう覚悟して、生きるべきだというのに。
 「…………なあ……」
 怯えるように恐れるように、情けない顔をした鳥が寄る辺ないその腕を差し出す。どこにいるか解らない影を必死に求めている。
 哀れむのは愚かだろう。同じ立場に自分もまた、いる筈なのだから。
 ただ自分は諦め消えることを悟り、彼は終わりを知りながら番を求めるだけ。
 一人で生きて一人で消えるのは、あまりに寂しいから。
 「………馬鹿ですね……」
 自分か、あるいは彼か、解りはしない。選択は同じように迫られたものな筈なのに、その生き方も選び方もまるで違う、から。
 興味ではなく、これはただの保身。
 哀れんだ対象は彼ではなく、おそらくは己自身。
 それでも彼はやはり、この闇世の中に溶ける自分を探して、月を背負い舞い降りるのだろう。
 のばされる指先。精悍というに相応しいそれは、けれど未だ幼い仕草しか知らない。
 惑いながら怯えて震える指先を、今度は避けずに、触れることを許す。
 厳かな儀式に似ていながら、非なる仕草。滑稽極まりない、喜劇。
 愚かな選択と、おそらくは遠くはない未来で自分は今の自分を嘲笑うだろう。確実に残されるものがいる、空しいだけの関係。…………だからこそ擦り切れる糸を必死で紡ぐ互いの指先。
 頬に触れ、髪を撫でる無骨な指。そこにいると必死で見えない姿を象る、泣きそうな、その顔。
 月はその身を祝すように降り注ぐ。
 闇はこの身を歓迎するように染める。
 まるでこの国の空のような、自分達。
 ゆるく息を吐き、愚かなことをしていると、思う。
 求めることは禁忌だ。望んでも得られないことを自分は知っている。日差しは射さず、呪いは解けない。
 自分達はいつまでもいつまでも宿命という名のもと、同じ輪廻を繰り返すだろう。
 喉を辿り、頤に触れる。薄い唇をなぞり、呼気に触れる。
 吐く息は薄く、熱さえないほどに自分の身体は冷たい。
 それでも生きているのだというように、鳥がしがみついた。衝撃に、身体が少しだけ後方に軋む。
 「バカでも、いいから……」
 縋らせてと、頬に触れる涙で鳴く鳥の背を抱くのは、きっとこの瞬間の気まぐれ。
 そうでなければあまりに遣る瀬無いと目蓋を落とし、その裏に感じる月明かりに酔う。
 同じ痛みを知っていて、それ故に溺れる。
 馬鹿な二人と笑うのは簡単だ。
 それでもやはり、一人は寂しいと、縋るその勇気が自分にはない。
 夜毎訪れる月の影。
 待ちわびる日が、いつかは来るのか。
 ………来る前に、途絶えるのか。
 未来は暗く淀み、この世界の闇のように底知れない。
 だから傍にいさせてとこの背を抱く腕を、滑稽と思うのと同じように、痛む。
 どこが痛むのだろうと思いながら、ぼんやりとその肩に頬をのせた。

 抱きしめられる背中が痛い。
 呼吸を止めるような強さに喉も痛む。

 ああ けれど、それよりも。

 鼓動さえ絡めとるその思いに、この胸が、痛むのだ。

 

 真っ暗闇に落とされた、月明かりの、希望。

 








 そんなわけでハヤテ×デッド。なんであんたらはこう……まあいいか。
 なんだか久しぶりにこの二人書いて、ハヤテの幼児退行がひどくなった気がする。
 まあ私の中で彼の外見成長速度はC5並なのである意味年相応?

 なんとも暗い話ですが、一応こちらは10000HITを祝して恵ちゃんに贈らせていただきます。
 相変わらず私はあなたのサイトに拒まれている毎日です☆困ったもんじゃい(笑)

05.2.27