………それは意味などない筈だった。
ただ望まれたから、だから助けた。
それだけの筈、だった……
跪いたカイの横に倒れている、黒髪の子供。
ぴくりとも動かない。一目でわかるほどの重傷だ。
一体どんな無茶をすればこんな怪我が出来るのか……
服の素材からいってGCである事は疑いようもない。ファスタに向かったカイのことを考えればこれがファスタのGC、炎の後継者であることは疑いようもない。
名前さえ知らない、子供。……カイは一度としてその名を呼ばなかった。
ただ炎の後継者と、そう言い続けていた。……だからいい機会だと思ったのだ。
憧れる余り、炎に認められたものを真直ぐ見る事が出来ないでいたカイ。
その瞳の曇りを正す為なら、一度や二度負けてボロボロになればいい、と……
けれどいつまでたってもカイは帰ってこなかった。そして帰ってきたら今度は爆という名の子供を連れてきた。
……興味が湧いた。
意固地といってもよかったカイの盲目を、こんな短期間で無くさせた子供。
話をきけばより無茶な事をしていた事がわかった。
その小さな身体で、この世の全てをたった一人守るつもりなのか。
自分を傷つける事を厭わない。誇り高い孤高の獣にも似た純粋な魂。
何者にも物おじしない怖いほど真直ぐな子供。
……育ててみたいと、思った。
炎に憧れるのではなく、その存在を理解しようと、乗り越えようと足掻くこの幼子を。
―――――……それがきっと、切っ掛けだった。
無茶を、かなり多く自分はいった。
その時の爆では不可能な事ばかりだ。
聖霊の爆発だけでは倒せないコロビダルマ。
夢の不燃物島での∞の審判・ウロボロス。
12の世界・ツェルーのGC現郎……
それは或いは、おしつけだったのかも知れない。
過去の日の、あの過ちと同じく……。
それでも爆はその全てに答えてくれた。
予想以上の成長の早さ。
……居心地のよすぎるその傍ら。
いつしか、手に入れたいとさえ、思っていた………
目の前に広がる広大な草原を見つめ、激は静かに瞑想をしていた。
カイと乱丸はまだ帰ってこない。視界の端まで平らなこの大地を一周してくるようにいっただけなのだが……
一体どこをほっつき歩いているのだろうかと激はポケットからGSウオッチを取り出してサーチしてみる。
あらわれた点は3つ。
画面の端にどうにか入る所にほぼ重なっている2つのGC反応。
そして、その反応とは異なる光が自分の後方にあった。
GSウオッチをつけていない激のGSとしての反応は画面上に記されない。
そしてこのツエルブワールドにGSはもう4人しかいない。自分とセカンにいる元GSのシルバ。
どこで何をしているかなぞの雹。そしてGSに成り立ての少年……爆。
消去法を用いれば簡単にこの反応の主はわかる。
面白げに口元を歪めると激はGSウオッチを通信モードに切り替えた。
自分に用が出来た事を遥か遠くにいる弟子たちに知らせる為に………
「おいカイ、聞こえるか?」
「……仙人?どうかされましたか?」
僅かに弾んだ声がすぐに返ってくる。真面目な弟子たちは自分の目が届かなくともさぼるような真似はしないらしい。
それに苦笑を覚えながら激は言葉を続ける。
「悪ぃが、急用が出来た。だからお前ぇらは帰ったらいつもの修行内容各自でやっとけ。じゃーなv」
「ちょっ……仙人!?」
慌てたカイの声に耳も貸さずに激は通信を切った。そしてクソ真面目な弟子の文句が通じないように通信を拒否するようモード切り替えをする。
激怒しているだろう弟子を想像し、喉の奥で笑いながら激は呟く。
「………悪ぃな」
もう、気付いてしまったのだ。
自分にとっての特別。
自分にとっての奇跡。
自分にとっての………唯一。
けれどその対象は自分だけのモノではないのだ。
おそらくはその心の内を垣間見たもの全てが感じる切ない渇仰。
……だからたとえこの子供達にも見せたくないのだ。
彼の子供の姿も、その心の片鱗さえも。
この腕の中、閉じ込めて絡み取り、堕落させる事が出来ればどれだけよかっただろうか………?
自分の惹かれたその強い意思を宿した瞳も、屈する事のない魂も、悲しいほど真直ぐで歪まないのだ。
そして……一所に留まる事さえ知らない。
待っている事さえないのだ。だから、仕方ないのだと激は心の内で言い訳をする。
いい歳をした自分が、未だ幼い子供を追い掛ける、その事への言い訳を………
苦笑を漏らした口元を引き締め、激は精神を集中させる。
……その一瞬後、その草原から激の姿は消えた。
遥かに高い空を飛びながら、子供はドライブモンスターの背に横になった。
本当は仰向けになって手の届きそうなこの青を見ていたいが、諸事情によってそれは出来なかった。
代わりとでもいうように、子供の大好きな地平の先さえ見えそうな絶景が見おろせた。
憮然としていた口元も、自然綻ぶ。
肩に遠慮がちにくっついていたピンクの聖霊はどこか落ち着かなそうにそわそわとしている。そのくせ、いつものように一人勝手に遊んでいたりもせず、子供から離れようとしなかった。
「……大丈夫だといっているだろう?」
そのらしくない様子の原因をよく知っている子供は苦笑してそう囁いた。
……まるで幼子に諭すようにその声は柔らかく甘い。
普段の子供を知っている者が聴いたとしたら目を丸くするような、そんな声だった。
不安定な位置に陣取っている聖霊を子供は風から守るように手の平で包む。
細めた目も、微かに綻んだ口元も、未だこの聖霊しか知らない特別なもの。
……それでもまだ不安そうに聖霊はその手の中で小さく不満げに鳴いた。
子供はそれに軽く息を吐いて苦笑とともに声を掛けようとすると、突然空間に歪みを感じる。
それは一瞬で、次の瞬間にはそこに今までいなかった人物があらわれる。
―――――……テレポーテーション。それは子供も出来る事だが、目の前の人物には遠く及ばない。
いつの間に自分の居場所を知ったのか。……毎度のことながら目敏い事この上ない。
子供は不敵な笑みを浮かべると突如あらわれた青年に声を掛けた。
「……相変わらず人の居場所にすぐ気付くな、お前は」
「人をストーカーみたいにいうんじゃねぇよ。たまたまだ。……で、今回はなにやらかしてきたんだ、爆」
からかいの言葉に軽く答え、青年…激は顔を顰めて言った。
……当然だ。爆の服はぼろぼろで、至る所から出血が見て取れる。
見た目の悲惨さを感じさせないほど本人は普通にしているが、明らかに無理をしている。その証拠にいつもはやかましい聖霊が神妙にしているのだから……。
「……テンパの辺境に行ってきた。新しい樹海が出来ていたからな。なかなか知能の高いヤツらだったが、どうにか話し合いに応じさせてきた」
手短かに言った内容の省かれた部分は、おそらくは言いたくない事なのだろう。
無理に聞き出す気はないが、ここまでの無茶をする前に自分なりGCになり手助けを求めればいいのだ。
その間さえ待てないほど、被害があったと言う事なのだろうけれど……
「……ったく。無茶ばっかしやがって。毎度毎度人の傷薬あてにしてんなよ?」
「オレは一度も治せとはいっていないぞ」
……そう、一度として爆は激に怪我をどうにかしろと頼んだ事はなかった。
むしろ大丈夫だと言って手当てをさせる事を拒む。
面白くない事実を思い出し、激は憮然として爆を見る。
……たとえば。このまま激が怒って帰ったとしても、爆は追い掛けはしない。爆は何一つ悪い事はしていないのだ。
ただ激は、たとえ望まれなくとも放っておけない。無茶苦茶な子供は危険さえ顧みないでひた走る。
常に長そでを纏っている両腕やその服の下は傷跡がいくつも残っている。そして一度として癒えていない傷がなかった事はない。
いつだって、誰かを守って、その魂の伸びゆくままに行動する子供。
心配している自分達が馬鹿みたいだとさえ、感じる………
それでも……
「………………」
無言のまま、……険しい顔のまま。
激は爆の服に手を掛け、彼処に切れ目の入ったそれを取り去った。
あらわれたのは日に焼けていない白い肌。……それを喰い破るどす黒い赤。
顔を顰めれば爆の視線は背けられる。
合わなくなった視線に詰めていた息を吐き、激は改めてその傷を診た。
正面に見えるものはたいした事はなかった。せいぜい左の二の腕の皮膚の裂け方がひどいくらいで、たいして心配をする必要はない。
手持ちの薬をかけながら激は爆を見つめる。
幾分背の高くなった爆の顔は少しづつ男のものになっている。それでも残る幼さは奇妙なアンバランスさで周りの保護欲をそそる。
……それは或いはその容姿ではなく、この無鉄砲さから目を離せないせいかも知れない。
「―――……なんだこれはっっっ!!」
爆を後ろを向かせたと同時に激の険しい声がとんだ。
それは聴いたものの肝を底から冷やすような憤怒が込められていて、二人を背に乗せているチッキーがびくりと震えた。
もっとも、怒鳴り声を予想していたのだろう爆はしれっとした顔で簡潔に答えるだけだったが……
「傷だ。ちゃんと止血はしたぞ」
「そういう問題か!?バックリ割れてるぞ!?」
「だから止血をしたんだ。貴様の教えた気功の術はなかなか役に立つな」
何事もないように言い切る爆に、激は本気で目眩を起こしそうになる。
……以前、あまりにも応急処置がずさんな爆を見兼ねて激は傷を塞げる程度に内気功の術を教えた。
それ以来、爆の傷はひどいものばかりになっていく。
許容範囲が広がったとでも、思っているのだろうか……?
ただ血を止め、薄皮一枚張る、それだけの術で………………
まるでその身に頓着しない姿は空恐ろしいほどだ。
……傷付けば痛い。それはGSであったとしても変わる事はないと言うのに……
その強さが痛い。
その潔さが痛い。
その優しさが痛い……
まるで自分の思いに気付かない爆に言う事は出来ないけれど。
それでも思いは溢れるのだ。
……いっそ、このままどこかに攫って閉じ込めてしまいたい。
そうすれば、この身体も魂もこれ以上傷付かないのだから。
それでも知っている。それこそがもっともこの魂を打ちのめすという事を。
言えない言葉。
伝えられない思い。
行えない衝動。
混ざり合うそれらを抱えたまま、激は未だ汚れたままの爆の肢体を強く抱き締めた。
まだ成長途中の肉体は柔らかく小さい。
抱き締めた背の傷に障らないよう細心の注意をしながら激はその肩に顔を沈めた。
囁きは微かな空気の振動だった。
それでも密着した身体はそれを爆に伝えた。
……熱い体温と吐息と共に……………
「…心配、かけんなよ……」
それに爆は静かに笑った。
プライドの高い大人の、初めての本音の言葉。
……気付いた時からどれだけの時が経っただろうか。
それでも子供は自分から言いはしなかった。ただ待っていた。
待ち続ける事が出来た。
……それは結局、自分も同じという事、なのだろう。
温まる心と、上昇する体温。
火照る頬に負けたように視界さえ霞む。
「……バ〜カめ」
もっと余裕たっぷりに構えている筈だった。
その計算は脆く崩れ、膨らむ思いのまま、爆は頬に触れる髪に接吻ける。
驚いたように固まった相手に見えないようにその顔を抱き締めた。
……微かに指先が震えている。
「貴様は、いつも大事な事を言うのが遅い」
声は甘く掠れていた。
ひどく温かく激の身体に染み渡る、子供特有の声。
その言葉の意味に気付き、激は自分を抱き締めている爆の手をほどいてその顔を覗き見た。
俯いても意味がない。爆は観念したようにその目を見つめる。
……確かなその思いを宿したままに………
それを見て取った激の顔が、急速に朱に染まる。
手に、入れていたのだ。
いつからかなど知らないけれど。
―――……それでも確かに。
ほんの小さな本音。それだけで爆はその心を明け渡した。
嬉しくて愛しくて。激はその頬に唇を寄せた。
気付いて逃げようとする爆の身体を、今度はしっかりと抱き締めながら…………。
ようやく出来ました!111リク激×爆です。
どうでもイイですが、うちのジバク小説、1つとして同じカップリングないんですけど……
もうちょっとまとめないといけないですねぇ………
暴虎馮河は「命知らず」の類語です。
なかなか面白い漢字で気に入ってます(♪
さてはて、どちらが命知らずでしょうかね?
さて雪丸様、いかがでしょうか。私的にかなり頑張りました。
なんかベタベタ度上昇していってますねぇ。
基本的に私がベタベタ友人にするので気にならないんですが、
男だとやはりおかしいですか(苦笑)
私としては激は子供のままなんですよね。
恋愛感情が稚拙とかじゃなくて……反応かな?
だから顔もすぐ真っ赤になる(笑)お互い照れまくって今回終わってますけどね……
よくわからない小説ですが、雪丸様に捧げます♪