本当ならこうして存在などしないはずだった。
それでも望んでくれた人がいたから、いマもこの命はある。
この意志は…存在している。
だからこそつきまとう不安に蹲ってただ耐えていた…………
永久の唄
起きて……少年は顔をしかめる。
なぜいま自分が『起きる』のだろうか?
必要な時以外、表には出ないといっておいたのに…………
勝手に内に隠った半身に声をかける。………返る声はなかったけれど。
なにかあったわけではないはずだ。それはずっとこの目で見ていた。
少年が望まない限り、自分に外界の情報が入らないことはない。
「………ライブ…?」
もう一度、今度は声に出して囁いてみる。
………それでも結果は同じ。確かにいることは判るけれど、
隠れているらしい少年はどこにいるのか見当もつかない。
息を吐き出し、少年はベッドから立ち上がった。
今日はせっかくのオフだといっていた。あるいは疲れたから眠っていたいのかもしれない。そう考えてとりあえず服くらいは着替えようと少年は動きだした。
食事を済ませ、書きかけの楽譜を手にフレーズを考えていた時…チャイムが鳴った。
誰かが尋ねに来る予定はないはずだった。少年は不思議そうにドアを見つめ、立ち上がる。
確認する必要もないとそのままドアを開ければ、鋭い視線が降り掛かった。
自分よりも小さいはずのその人は、それでもひどく大きく見える瞬間がある。
微かに高鳴った鼓動を隠し、少年は小さく笑い声をかける。
「……いらっしゃい、爆くん。ライブにご用ですか?」
囁いて、僅かに胸の奥が痛む。
自分は泡沫の存在。だから彼が用があるのは当然昼間在る少年の方。……そんな当たり前の事実が
いまさらながらに痛い。
それが顔に出るはずはないけれど、聡い子供は微かに眉を潜めてドキリとする。
視線を逸らしたらよけいに疑われると、ぎこちない笑みを灯したまま少年は子供を見つめた。
………それに小さく息を吐き、子供は少年の開けたドアの中に入った。
「俺はライブではなくデッドに用がある。……この家にいないのか?」
まっ先に自分ではなくライブのことを囁いた少年に憮然とした顔で子供がいった。
せっかく会いに来たというのに、この少年は自分の存在というものを卑下し易い。
傲慢になれとは言わないが、そこまで貶める必要はない。
不器用な笑顔を零して子供の肩に顔を埋める少年の頭を撫で、仕方なさそうに子供は笑う。
なんとなく……知っている。
少年はいつだって消える恐怖と戦っている。人と関わらないようにしているのはひとえに消えた自分に思い煩って欲しくないからだ。
子供の腕に抱かれて、少年は理解する。
なぜ、半身が今日この身体を明け渡したのか。
…………きっと子供はライブにオフの日を聞きに来たのだ。
そしてこのところ沈んでいる自分を哀しんで、どうにかしようと子供との逢瀬をすすめた。
優しい太陽の愛し子は、闇に染まった自分さえ照らそうとする。同じ身体に存在しながら、どこまでも
自分達は違う。………そのくせ、互いを思う気持ちだけは同じなのだ。
泣きそうな自分を励ましながら、少年は子供に囁きかける。
「……爆くん。あなたは自分がいなくなる時にどう消えたいですか……?」
この世から消えなくてはいけない瞬間。いままでの自分というものをどうするのだろう。……その全てを
消して、存在すら抹消されて。一体なにが残るのだろうか。
それならいっそ、初めからなにも手に入れないで消えてしまいたい。そうすれば、誰も心病まずに静かに
消えていける。……哀しくて切ないけれど、それが自分の最上の答え。
けれど……この子供はどうだろうか。
いつだって前を見ている後ろを振り返ることのない子供。
その心の消し方を知れれば……きっとこの泡沫の苦しみも消せる。
だから教えて欲しい…と。子供に乞えば肩に埋めていた顔を剥がされた。
「……………?」
「なにが消える?」
頬を包む子供の指先。逸らすことを許さないそれはしっかりと少年を捕らえていた。
絡む視線に怯えるように少年は眉を寄せる。……あまりに清い清廉さは、時に毒となる。息苦しさに耐えられなくて、デッドは瞳を瞑った。
「目を瞑るな。答えろ。……俺が死んだなら、なにが消える?」
厳しい声が逃げを許さずに少年に降り掛かった。
曇りのない澄んだ瞳は自分のあやふやささえ浮き彫りにしそうで……怖くて自然身体が震えた。
それさえ許さない、鮮烈な視線。圧倒的なそれに押し殺されるような声で少年は小さく応えた。
「……あなたの身体と…魂………?」
目に見えるものと見えないもの。その両方が消えることが死だと囁けば、子供はつまらなそうに視線を細めた。
その視線の中に微かな切なさがあって、少年は僅かに眉を潜める。
正い…答えだろう。けれど子供は違う答えを胸に秘めている。
ゆっくりと子供の瞳が瞬き、少年の瞳を覗き込む。
………囁きは小さく掠れていた。
「俺がいま消えたなら、お前は俺を忘れるのか?」
子供の問いにぎょっとして少年は首を振る。それはあってはならない。この子供が消えることも
……自分が彼を忘れることも。
そう囁けば、子供は小さく笑った。やっと望む答えを得られたというように………
「それと同じだ。俺がいなくなっても、俺の意志は俺を知るものの中に生きる。それはいつか形さえなくなるだろうが……消えることはない」
女と違い血を伝えることは出来ないけれど。
それでもこの意志を継がせることはできる。
………だから消えることを考えはしないと囁く子供の視線はどこか切実だった。
人の心の機微に鋭い子供は、きっと気付いている。
自分が消えることをまた考え始めていることを。
それはきっと一生消えることのない劣等感。太陽を浴びる度に生きる世界の違いを実感してしまうから。
それでも……………
「そう…ですね。あなたがいるから…………」
消えることはないのだ…と。少年は自身の頬を包む震えた指先を抱き締めて優しく笑った。
それでも、子供が望むなら消えたくはない。
抱き締めた指先に口吻けて、それを誓うようにデッドは子供に笑いかける。それはひどく不器用な……心からの笑顔。
それに切なさを溶かした子供はほっと息を吐く。
………その吐息を盗む唇にゆっくりと瞳を閉じた。
消えることのない不安。
自分の生きる意味の喪失。
………それならいっそ、造ってしまえばいい。
この子供が願ってくれるなら、それだけを糧に生きるのも悪くはないから。
絡む指先に口吻けて、永久(とこしえ)の唄を奏でよう。
前にBBSでいっていたデッド×爆。
確かに書きました。いかがですかねー、恵様。
…………とりあえず、貢ぎ物?
今回の話はキリリクの続きです。
死のイメージがついて回ってますが…死とはちょっと違います。
消える、がやっぱり正確かな。ライブの中で存在していて、それが負担になてはいないか、とか。
爆には明るい世界の方が合う、とか。
勝手に悩んで勝手に落ち込んで。……勝手に消えようかと考えてるデッドくん。
それでもやっぱり思う相手が不安を覗かせれば馬鹿なこと考えたかな?と思うのです。