目を奪われる、という意味を初めて知った。
 容姿による輝きではない。……その魂の輝き。
 奇跡のような美しさを子供はそなえていた。
 ……それに気づくものは少なくはない。
 子供の魂を垣間見た者は子供に寄り添おうとする。
 伸ばされる腕に戸惑っている子供。……何も知らない無垢な魂。
 何も出来はしないと、悔しげに前を見つめる。
 涙を流し、自身の無力さを嘆く。
 どこまでも自身に厳しい潔癖な子供。
 ……弱った者を見捨てる事の出来ない、清浄な魂。
 その輝きに惹かれた。
 強い心に脆さをくるんで、誰にも弱さを見せまいと背伸びする姿が愛しかった。
 愛しさのままに投げかけた視線に返る思いをどれほど歓喜したかしれない……


  見上げた空はもう暗く、瞬く星が目に映った。
 微かに冷たい風が頬を掠める。
 青年はいまはいない友が旅立った空を飽きる事もなく見つめた。
 「……また何も持たずになにをしている」
 不意に聞こえた声に青年は苦笑する。
 気配さえ隠そうとしていない子供。……その存在があまりに自然に馴染んでいたため、いまのいままで気づく事が出来なかった。
 どこか怒った声を零す子供に振り返りながら、青年は悪戯っぽく応える。
 「心配したのか?」
 「………馬鹿もの」
 素っ気無い声とは裏腹に、子供は暖かなコーヒーを青年に手渡した。
 まだ初冬にもなってはいないが、夜は風がかなり冷たくなった。昼間との気温差のせいで身体を壊しやすい時期だ。
 それなのに青年はこのところ毎日のようにこうして小高い丘で空を見上げている。
 ……何故にそうしているか知っているのだから文句は言えない。
 それでもやはりその身を気に掛けるのだから子供は仕方なさそうに息を吐いた。
 「明日はカイの稽古をつける日だろう?身体を壊して約束を破る気か?」
 「……なんだ、カイの奴を気にしてたのか?」
 笑みを含んだ声に子供の頬が微かに朱に染まる。
 視線を逸らせば楽しそうな含み笑いが聞こえる。……見透かされている事に気づいてもどうしようもない。
 自然に肩に廻された腕に子供の鼓動が早まる。
 意固地になって自分を見ようとしない子供の耳に口を寄せ、青年は優しい声で囁く。
 「本当にお前は素直じゃねーな。……俺が心配だっていやーいいのによ」
 熱い囁きに怯える肩を青年はしっかり掴む。
 戸惑うように身体を硬くしている子供に苦笑を零し、青年は小さな頤(おとがい)に指を絡めた。
 「爆……こっち向きな。顔が見えねーぞ?」
 微かな抵抗を無視して青年は軽くその顔を自分の方に向けさせる。
 幼い容姿が朱に染まっている。……幼気な魂のままに無防備な顔。
 その唇に触れれば子供は困ったように眉を顰めた。
 まだこうした事に慣れていない子供は戸惑うばかりで楽しむ事が出来ない。
 そんな不器用さが愛しくて、青年はしっかりと子供を抱き締めた。
 「げ、激………!離せ!」
 突然の抱擁に慌てて爆は叫んだ。
 ……触れる事で安心する類いの人間を知っている。だから、こうして抱き締められる事に嫌悪感は持たない。
 けれどどうしてもこの青年だけは駄目なのだ。
 触れられるだけで高鳴る心臓を知っている。
 らしくもなく染まる頬や、戸惑う心にいつも自分は振り回されてしまう。
 それならいっそ近付かなければいいのに、気になって仕方がないのだ。……もうどうしようもなくて、結局この男の笑みに全て有耶無耶にされてしまう。
 「イヤだね。……ほら、見てみろよ」
 笑みを含んだ声音は優しく子供を包む。
 その声に導かれるように爆は指し示された空を見上げた。
 ……そこには無数に瞬く星。艶やかというよりは静かな焔。
 目を奪われる自然の輝きに子供は息を飲む。
 吸い込まれるような空を見つめる子供の耳に、どこか切ない声が響いた。
 「……このどこかに、炎と現郎はいるんだな」
 声の裏に隠された懐かしさを感じ、爆は激の腕を掴んだ。
 それを見ながら、青年は優しく笑う。
 「……殴ってでも、止めるべきだったか?」
 そんな事不可能と知っている。それでも青年が寂しいと感じている事が判る。
 せめてあの時、激を呼べばよかった。別れの言葉ぐらい、かけさせればよかった。
 ……微かな負い目に子供の視線は切なく揺れる。
 それを見て、青年は仕方なさそうにその頬を撫でた。
 「ま、そうしたかったていうのは事実だな。でも……」
 見上げる空のどこかで足掻く二人の少年。
 それを手助けも出来ない。それは悲しいけれど……
 「あいつはやっとやる事を自分で決めたんだ。……誰に頼まれたわけでもなくな。だから…いいさ」
 眠る事で全てから逃げていた少年が、初めてその足で動き始めた。
 だから自分は邪魔は出来ない。
 その背を蹴り飛ばすぐらいでなくては、あの少年の友人などやっていられないのだ。
 流れる事もない寂しさの涙を舐め取るように、子供は青年の唇に触れる。
 どこかまだためらいのある幼い口吻けは優しく青年の心に染みた。
 染まる頬を自覚しながら、それを隠すように再び青年は子供の唇を盗む。
 ……瞬く星よりも早い鼓動を持て余しながら……………







 キリリク2100、激×爆が出来ました!………というか、甘過ぎでは!?
  なんかこの前に書いていたのは『その背の証』で、ギャップに笑ってしまいます。
 どうやら反動で激甘になったようです。
 ここまではっきりした差があると面白いですね。
 書いている身としても書き分け出来てるなーと楽しんでいました。
 現郎が炎にくっついて旅立った時、ほんの少し時間があれば激も声を掛けれたと思います。
 でもそれは敢えてしなかったかな、とも思います。
 初めて現郎が誰の意志も関係なく決めた事を、激が声を掛ける事でぐらつかせはしないか、と。
 そう思って書いていたんですけど、なんでこんな話になったのかなぞです……
 まだまだ修行不足な奴でごめんなさい………

 この小説はキリリクを下さった祐樹 彬様に捧げますv