これは持ってはいけない感情。
尊敬して止まない二人と……決別を意味するもの。

これは知られてはいけない感情。
暴く事を許される事のないもの。

それでも消せない。
それでも捨てられない。
それでも……手放せない。

自分に向けられたわけではない瞳。
けれどそれは容赦なく自分を惹き付けた。

………知らないでいいから。気付かないで構わないから。
思う事だけを……許してほしい。

星屑に瞬き……それだけを願った…………





星屑を抱(いだ)いて



 それを見たのは本当に偶然。………けれど必然。
 自分が二人を敬愛すればするほど……それは避ける事の出来ない事実。
 たまたま通りがかった森。少し複雑な道のそこはあまり人は通らない。
 修行になるからと勧められてよく通うようになったそこで、見知った影が視界を掠めた。
 声を掛けようと思い、顔に浮かんだ笑みに苦笑しつつその背に足をむけた。
 小さく……笑う。出会った頃からこの目を奪って止まない子供はその魂の赴くままに世界を駆けていて滅多に会えない。
 偶然でも……その姿を見れるのは嬉しい。
 その声が聞きたくて、少年は子供の小さな背を追い掛けた。
 不意に……誰かが子供の前に現れる。
 ………木々に邪魔されてよく顔が見えない。
 けれど子供の顔はどうにか見えて……その表情の変化に胸が痛む。
 嬉しそうに…綻ぶ。日陰にいた花が太陽のあたたかさを知ったように。
 眇められた大きな瞳が優しく輝く。……伸ばされた腕に 抵抗する事なく子供は収まり、小さく息を吐く。
  久し振りの逢瀬なのだろう…青年の腕が 子供を確かめるようにきつく抱き締めている。
 息苦しそうなその抱擁さえ嬉しげに受け止めて、 降り注ぐ唇に瞼を落とす。
 閉じた瞳に惹かれるように……重なる影。
 「…………爆……」
 掠れた青年の声に耳を塞ぎたくなる。それでもよすぎる少年の聴覚はその囁きを消せない。
 それは顔を見なくとも理解出来るほどにそばにいた人の声。
 自分を導き育て……親のように愛し見守ってくれた人。
 …………動かない二人の影から逃げるように……
 少年は顔を俯けて足を翻した。
 そばにいて…気付かなかったわけではない。
 二人は優しくて、決して自分に見せつける事はなかったけれど。
 それでも気付くには充分なほど……その絆は強かったから。
 ギュッ…ときつく拳を固める。
 噛み締めた唇から零れそうな嗚咽を飲み込む。
 ……………大切な…二人。この手を離す事のできない二人。
 どちらも優しく清く強く……幼く潔い。
 ―――――自分の入り込む隙間などある筈もない。
 だからせめてこの思いだけは見つからないように。
  優しい二人が苦しまないように。その顔を歪めないように。
 抱き締めて……奥底に隠す。
 二人の前で笑えるように。……祝福出来るように。
 溢れる涙を隠す事も出来ないいまの自分を全部流してしまって……強くなる。
 切なさに疼く胸を固く抱き締めて、少年は不器用に笑う。
  ……………その背を支える薫風にまた、涙が溢れたけれど……


  消えた気配に小さく息を吐き出す。
 幸い、この腕に抱かれた子供はその存在に気付かなかったようだけれど……はっきりいって心臓に悪かった。
 大事な…わが子とも言える愛弟子が この子供に思いを寄せている事は知っていた。
 それでも……我慢出来なくて…引く事が出来なくて。
 知らない振りをして子供に手を伸ばした。
 手に入れた子供はなにも知らない。
 ………浅ましい自分の物思いも、少年の幼気な恋慕も。
  ただ向けられる感情に顔を向け、認め受け入れる。
 幼い魂は柔軟で何事もまっすぐ歪める事なく受け止めてくれるけれど。
 だからこそ…怖い。少年の思いに気付き、その純粋さに惹かれはしないかと……
 「……しょうもねぇな…………」
 弱気な考えに青年は苦笑する。……そんな事はないと知っているのに。
 不思議そうな瞬きで疑問を示す子供に笑いかけ、 小さな口吻けを落として…囁く。
 「カイに……ばれんのはイヤだなーと思ってな」
 「…………なんでだ?あいつなら気味悪がったりはせんだろう?」
 常識に塗れ、ルールで自分を縛るタイプだが……それでも頭は固くない。
 自分と青年に関する事ならどれほどショックを受けたとしても受け入れ認めてくれる。
 そう応えたなら…青年は寂しそうに笑った。
 少年をよく理解している子供。
 ……理解していてそれに甘える自分。
 情けないほど自分は幼い。自分の思いをとどめる術を知らない。……子供も少年も周りを見つめその為に我慢する事も抑制する事もできるのに…………
 もっとも長く生きている自分が……もっとも我が侭で子供だ。
  もしかしたら……こうして抱き締める幼い肢体さえ貪欲な自分が絡めただけの産物かもしれない。
 本当は……少年の傍らこそ相応しいのかもしれない。
 そんな物思いに沈みそうになった青年の頬が……弾かれる。
 勢いのいい音と共に両の頬がヒリヒリと痛む。
 ………平手ではあったけれどかなり勢いがよかったのでそれなりに痛い。
 呆気にとられて子供を見れば、どこか不貞腐れた顔が伺えた。
 困ったように笑いかけると…小さな声が零れる。
 「………無駄な事を考えるなよ。俺は…お前がいい」
  少年に遠慮してこの腕を離すな…と。
 なにも知らないと思っていた子供は囁いて青年の胸に顔をうずめる。
 その声は小さく震えていた。
 ………知らないから……囁いた言葉ではなかった。
 知っているのだ。ちゃんと。少年が自分を追い掛けている事も、青年がそれを知っている事も。
 その上で、自分は青年を選んだ。
  いまさら……それを疑われる覚えはない。
 それでも少年はきっと自分達を必要とするから。
 仕方ないではないか。……自分達も少年も、あまりに複雑に交差し過ぎていて離れられない。
 それで構わないと…きっと少年は 痛む胸を押し殺して笑うから。
 …………受け入れる勇気を持てと囁く。
  愛するものを傷つける言葉を囁くのは辛い。……相手が自分を思う故に傷つく事が判っていれば尚更に。
 けれどそれを乗り越えなくては互いに前に進めないではないか。
  深く息を吸い込み、子供は青年の香りを胸に満たして震える事を厭う。
 怖いのは、一緒だ。きっと少年だって恐れている。
 きっと変わってしまういまの微妙な関係。
 無くせない思いを抱えて、それでも尚その腕を引っ張り立ち上がらせて一緒に生きる。
 望まれていながらも……もっとも痛ましい行為。
 思いの上に鎮座して、少年の痛みを増させるかもしれない。それをわかった上で……共に歩むのは残酷なのだろうか。
 ………願われている事を知っていて、それでも傷つけると
  逃げる事と……どちらが優しいのだろうか。
 まだほんの十年程度しか生きていない自分にはそんな事は解らない。
 きっと、どれほど長く生きたって解るはずのない問答。
 それならいっそ、我が侭に。
 願われたままに、望まれたままに。
 共に生きたいと思ったのだから……選んでなにが悪いというのだろうか。
 …………子供の切ない声に青年の胸が痛む。
 解っていて…逃げているのは自分。
 ずっと自分に巣食う後ろめたさ。………少年の思いを牽制して子供を騙し手に入れた。そんな罪悪感。
 馬鹿な物思いと一蹴出来ないのは自分が二人を愛しているから。
  どちらも大切で……手放せるほど達観出来ず、まして断ち切れるほど脆い絆ではないから…………
 傷つける事は怖い。人の痛みなど我慢出来ないから。
  けれどそれはつまり……自分が苦しむ事から逃げているだけ。
 それならいっそ、傷つけばいいと煌めく星は囁く。
 ………痛みもなにもかも…生きる上でなくはならない刺激。
 それがあるから成長し大人になるのだから。
 傷つき燃え尽きて塵芥となったとしたって…いいではないか。その灰の中から生まれる新星はいままで以上に輝くから。
 縋るように自分を抱く青年の腕に小さく笑いかけ、なにもかも吐き出せばいいと流れる涙を子供は舐めとる。
 微かな嗚咽の隙間から覗く頷きに微笑み、子供は愛しげに青年の顔を抱き締める。
 やわらかな陽射しが数筋降り注ぎ… ゆっくりと舞い上がる木の葉達。
 瞬いている未来に思いを馳せ、二人はゆっくりと瞳を閉じた。
  ………浮かぶ残像は互いに一緒で…優しい少年の笑みに小さく笑う。
 共に歩む道を思って……………


 燃え盛り自身さえ朽ち果てて。
 それでもその中から生まれるものは確かに存在する。
 ………それはきっと、いままで以上に価値あるものになるから。

 輝く星が瞬きをなくし星屑になっても抱き締める。
 それは……再び輝くために必要な大切な儀式。
 濃紺の夜に帰り、道を示すための…大切な…………








 キリリク8200HIT、激×爆←カイですv
 カイ……なにさり気なくいい位置に立っているんでしょうか………。不思議だな(遠い目)
 このところなぜかカイがとっても好きらしく(前からだろ)、 考えるとどうしても幸せにしてあげたくなってしまいます。
 でも今回のキリリクでそれは出来ないので(苦笑) 頑張って二人に必要とされているカイにしました(してどうする?)

 激は……カイとだけはくっつかないと思うんですよね。というか、家族でいて欲しいなーとか。
 お互い誰か好きな人が出来て、離れる事があっても ……お互いが還る家であって欲しいというか。
 そういう…利害関係一切なくて背中を預けられる、 そういう理想的な親子でいて欲しいなーとか思います。

 この小説はキリリクを下さった深山茜様に捧げます。
 恐ろしいほど簡単に描き進められました、これ。総計1.5時間以下?
 もう1つあるキリリクも……頑張らせて頂きますね!