例えるならそれは月の華。
篭(こも)れる淡き輝きを花弁にのせる。
例えるならそれは月の華。
灯る光の内包さえ無自覚な蜜。
月は自ら輝かない。
………だから知らない。
引き付ける自身の存在感を。
この視線を絡める深い意志ののる瞳を。
たおやかな指先を持って触れたなら、花弁に積もる水滴がゆっくりと落ちる。
寂しさも切なさも痛みも……何もかもを包み込んで、なお甘い蜜。
鈍(にび)色の羽根を必死で擬態して…寄り添うに相応しく
美しく彩っても……繕いの色は蜜に溶けて消える。
惑う心に降り積もる願い。
…………どうか、この心に気づいて下さい。
囁く事など……出来る筈はないのだけれど……………
月に棲む華
掠れる月を見上げ、青年は小さく息を吐き出す。
傍らに眠る子供。……幼子といってもいいほどにその寝顔は幼気だった。
子供の頬を彩る黒がやわらかく伸びて芝生の緑に絡む様に瞳を眇める。
鈍い月明かりに照らされて仄かに輝く黒髪に指をからめる。
………硬質な髪の感触は、それでも優しく青年を受け止めてくれる。
閉じられた瞳は未だ開かれない。
微かな怯えを持って、青年は子供の顔に唇を寄せる。
重なるほどに近付いたそれは、子供の呼気に触れ…ゆったりと綻ぶ。
消えていない鼓動に祝福を与えるように青年は子供の閉ざされた瞼に口吻ける。
優しいぬくもりに、子供の睫が微かに震えた。
それを唇で感じ取り、青年は顔を離すと覚醒しようとする子供を見つめる。
微かな灯火を受けて、思いのほか長い睫が淡く光を返す。微睡みに沈んでいた濡れた瞳は鋭利な視線をやわらげてぼんやりと濃紺の空を眺める。
………映らない自分の影に…疼く心。それを感じ取り青年は小さく笑う。
こんな些細な瞬間にさえ思いを持て余し……一体なにをしたいのか。
「……………爆……?」
囁き掛ける事さえ、この静謐の世界にはおこがましく感じる。
それでも声を発さなければ不安になる。………あまりに世界に溶ける羽根を持つ子供は、自分の伸ばした腕に気づかずに空を翔(かけ)るから。
追いつけないのではなく……その資格がない自分が歯痒い。
子供ほどに純然に全てを見れない自分では、同じ世界に染み込んで交じりあう事が出来ない。
………ただ一歩下がった位置から子供を見つめ、この腕を伸ばす事だけが許される。
――――永遠に絡まない一本の道。
その背を追い掛ける事も、この背を翻す事も……不可能な標を追い掛ける者同士。
違うから…惹かれた。同じだから…惹かれた。
相反しながらも正しき意味。
彼が彼だったから……この瞳は追い掛けた。この腕は伸ばされた。
触れたなら……複雑に顰められた眉を隠すように笑った子供。
…………それを裏切るたった一雫の蜜。
拒絶でも甘受でもなく……ただ流されたそれはいまもこの胸に鮮やかに残る華。
瞬く瞳を覗き込み、青年は軽く笑いかけた。
「……………激…」
まだはっきりとしていない舌ったらずな声が幼く青年の名を呼ぶ。
それに笑みを深め、青年は子供の額に唇を寄せた。
触れたぬくもりに子供は再び固く瞳を閉じる。
………強すぎる緊張の糸に青年は寂しそうに笑みを零す。
思う事を許されても……触れる事を許されても消えない不安。
応える事のない唇。求める事のない指先。囁く事のない言葉。
それこそが子供が子供である所以であるのだろうけれど……それでもただの人である自分にはただ苦しい。
…………切ない。寂しい……………………
それを訴えるかのように青年は閉ざされた視線を乞うように唇を瞼へと落とした。
微かな震えと共にそれは叶えられ、顰められた眉と共に不器用な笑みで子供は応える。
磨かれた黒曜石は瞬きながら青年を映す。
それを受け止め微笑む青年の頬に黒い影が過る。
「……あ…」
子供が驚いたような声を上げた。
………それに従うように視線を向ければ……大きな羽根の蝶が月光を背に輝きながら舞っていた。
黒い縁取りさえ鮮やかな瞬きに子供を魅入られたように視線を向ける。
空高くに舞い、月に溶け込む揚羽を見つめ、ぽつりと……青年は苦しげに囁いた。
「………………醜い…な…………」
どこか自嘲げな声音に、子供は顔を潜める。
………美しいものを貶めるような感性を青年は持っていない。
もしもそれを行う事があるとしたなら……その対象に自身を重ねている時だ。
漏らす吐息を気づかれぬよう笑みに溶かし、子供は視線の瞬きだけで青年に問いかける。
………何故に…と……………
それを受け止め、月を見上げたままの青年は眇めた瞳を微かに揺らして囁く。
まるで……罪の告白かのように………………
「昆虫が美しい姿をしてるのは………擬態故だろう?敵を欺き、同胞を誘惑するためだ。………汚いだろう………………?」
憂う声音は月の弦を揺らすように澄み渡る。
深い切なさに棲む音がどこから来るかわかるほど……
子供は青年の深層を知りはしない。それでも青年の願う指先はまっさらなまま…この心にかかる。
だから、応えたい。………その惑いを秘めた瞳を晴らすために………………
子供は一度瞳を閉じて小さく息を飲み込む。
鼓動の早さも…震えそうな指先も勘付かせないために…………
「それは……汚いものなのか…………?」
ゆっくりと……青年の肌に伝わりゆくよう子供は深い声で囁く。
硬質な輝きの月が青年の瞳を彩る。意固地な視線に困ったように子供は笑う。
時折……この青年はこんな瞳を向ける。認めたくないのだと……傷を癒す事を拒む。
それでも無理矢理悼む思いを浄化させるのは…きっと自分勝手な願い。
けれど子供の我が侭を責めるものは決していない。
それは……思うものなら当たり前に願う事なのだから…………
「それはそいつ自身の意志によって出来たものじゃないんだろう?長い歳月の果て、生まれた印だ」
子供の囁きに…青年は瞳を眇めて眉を寄せる。
……痛みを耐える仕種に子供は逃げを許さないとその頬を包む。
硬直した青年の肌に切なさが募る。いつも……青年は怯える。
自分が触れる瞬間、まるで罪を犯すかのように………………
それを飲み込み、子供は震える指先を隠して青年の瞳を捕らえる。
逸らすなと……その輝きだけで囁いて。
「…………俺の指は汚いか?俺の目は?髪は?肌は?」
凍った肢体が、微かな震えを指に伝える。
………そんな筈はないと囁く瞳に子供は笑いかける。
揺れる瞳に浮かぶ懺悔の響きを寄せた唇で子供は舐めとる。
触れたままの瞼に……優しい吐息と共に月の旋律が降る。
「俺の全ては遥か昔から続く擬態の末の形だろう。……それが汚くないなら……なにも汚いモノなどない」
なにを嘆く……と。触れたままの唇はやわらかく問いかける。
――――――それに応えることなど出来ない。
悠久の時の流れを切断し生きた…刻(とき)の囚われ人。
………呪われた何百という歳月。
その果てで得たほんの数十年の瞬き。それ故に、この指は逃げまどうのだ。
伸ばす事で傷つける事実。
捕らえる事で穢す事実。
触れる事で堕とす事実。
…………願う事で屠る事実。
関われば関わるほどに子供の輝きを奪う。
………それはまるで華と蝶。
いつかは華の蜜とて涸れ果てるのに。
その全てを啜って…なお求めようとする醜き鮮やかな蝶。
知って……いる。何一つ残す事も継がせる事もない自分達。
それは同性故ではない。…………自分達は異星の民。
決して……完全に合わさる事のない影。
其れ故の穴。………其れ故の空白。
ゆっくりと光が青年の瞳から零れる。
抱き締めて……子供は瞼を落とす。
傷も穢れも墮天も……死すら恐れはしない。
……………ただ傷を負う青年の魂だけに痛む胸を知れと……
震える指先が強く青年を抱き締める。
抱きとめた雫の熱さえ有耶無耶にする口吻けに切なく眉を寄せる。
怯える…惑う指先を引き寄せたなら………この痛みは消えるのかと立てた爪で囁きながら…………
愛しき華に問う。
………その身を朽ちさせる蝶を誇れるのか。
愛しき華に問う。
………滴る蜜を貪る捕食者を願えるのか。
愛しき華に問う。
………手折られる事を甘受するのか。
それらは詮無き囁き。
………華はただ咲き誇るだけ。自身の惹き付ける力を知りはしない。
ただ……輝くだけ。
寂しさに泣く蝶を抱き締めるために……………
キリリク10300HIT、激×爆ですv
今回のキリリクは素敵ですv 前からやりたかった『詩を読んだイメージでの小説』でした。
残念ながら既成の詩なので全文を載せる事は出来ないです………
なので著者名と詩のタイトルだけでも。
大手拓次先生作の『秘密の花』です。
……とっても綺麗な詩で、思わず暗記してしまいましたv
よろしかったらぜひ読んでみて下さい!!
私の小説の数千倍素敵です!!!←当然だろう。プロを舐めるな……
そんなわけでコメントがしづらい作品です。
でも気に入ってますv 詩が和風なイメージだったので静かで切ない雰囲気を大切にしてみました。
そしてなにより穏やかである事を。
とっても楽しい作品でした♪またこういうのやりたいですねーv
この小説はキリリクを下さったちこちゃんに捧げます。
またいい詩があったら紹介してねv 楽しみに待ってます♪