恨み言を漏らす唇を、厭うのだろうか。

それは悪事(まがごと)なのか。
それは善事(よごと)なのか。

…………それはその者の心の内を覗かなくては判らない。
暗く澱んだ……闇夜よりも濃厚な暗雲の中を………………





言の葉の芽生え



 見上げれば空には朧月。………蜂蜜色の月光がしとしとと音を奏でながら舞う錯覚がするほどの。
 それを見つめる視界を、不意になにかが覆った。
 知っているぬくもりに小さく息を吐いて呆れたように声をかける。
 「………貴様、何故ここにいる」
 ひとり月を見たかったにも関わらず、何故この男がここにいるのかと憮然とした声音が囁けば視界を塞いでいただけの掌が強く押してくる。
 ……突然のことに驚き、子供はそのまま後ろにたたらを踏む。が、不様に尻餅をつく前になにかに当たって支えられる。
 それがなんなのか判らないわけがない。
 いまだ視界を覆っている掌を剥ぎ、子供は自分を抱きとめた青年を睨み付ける。
 その強い視線を飄々とした笑みで受け流し、青年は笑う。
 まるでからかっているように。
 「……なに怒ってんだ?」
 「この体勢で怒らないと思ったか?」
 即答された言葉に苦笑を零し、青年は子供を抱き寄せる。
 それに気づき、子供は微かに抵抗を示すが……今さらだ。
 すぐに仕方なさそうに息を吐き、その腕の中に収まる。
 それに気づき、青年は楽しげに笑う。お気に入りのおもちゃを手に入れた子供のような、笑み。
 それに釈然としないものを感じ、子供は不機嫌そうに眉を顰めて瞼を落とした。
 「…………ありゃ?まーた不機嫌だな」
 寄せられた眉間を指先でつっつき、青年は子供に声をかける。
 見上げもしない閉じられた瞳は頑な唇を解いて囁く。
 「…………なにをしに来た?」
 いつもいつも唐突にやってくる青年。
 なにか話したい事があるとか、一緒にいたいとか、そんな事ではやってこない。
 …………いつだってその胸の内にある暗い物思いを溶かせなくて、やってくる。
 歳の差からいったなら圧倒的に上な青年が、いまだ幼子といえる子供に縋る姿はあるいは滑稽かもしれない。
 それを誰よりも自覚している青年は、だからこそ滅多にやってはこない。
 思いを押し付ける事も、ぬかるんだ物思いを晒す事も、あるいは望んでいないと思っている。
 それこそが滑稽だと思っている子供はいっそ冷ややかな視線で馬鹿な青年を見上げた。
 伸ばした指先を拒まなかった理由さえ哀れみだと思い込んだこの青年を…………
 その視線の意味さえ掬いとれない青年は、微かな苦笑を口元に浮かべ、囁く声も沈下させて呟く。
 「なあ……清怨って知ってるか?」
 子供の言葉との脈絡のない単語。……けれど青年の中での蟠りを造っているなにか。
  聞き慣れない単語に眉を顰め、子供は言葉を続けるように促す。
 「………知らんな。どういう字だ?」
 「清らかな怨み事」
 どこか戯けた声音が唄うように囁く。
 それを受けて、子供は微かに見開いた視線をゆっくりと戻し………青年の言いたい言葉を咀嚼しようと微かに瞼を臥せる。
 その仕種を見つめていた青年は誠実なその影を敬うように晒された耳元に口吻けた。
 「……………っ」
 突然触れてきた唇に驚いたように睨み付けた子供にむけられた……青年の面。
 まるで泣きそうな瞳とはアンバランスな……戯けた道化。
 息を飲み、不器用な青年に捧げる溜め息を一つ落として………その指先は青年を包む。
 「なにをいいたいんだ?」
 そんな顔を晒している事さえ気づかないほど追い詰められながら………
 けれど知っている。そんな言葉で囁く声音が変わるはずがない。
 「だーめ。俺は教えねぇから、爆が自分で考えな」
 彼は……いつだって自分の答えを持つ事を願って自分になにかを囁くのだから。
 その変わらない意固地さが……愛しい。下らないと一刀両断出来る愚かささえ、彼を創る一因なのだからもうしょうがない。
 そんな言葉を溶かした吐息を落とせば、頬に触れていた鼓動が静かに強くなっていく。
 「お前は人を悩ませるのが好きだな」
 どこか不貞腐れて囁けば、思いのほか真剣な声が返る。
 月が………霧雨を落とすように青年を染めあげる。朧月に染まり、青年は囁く。
 まるで幽玄の人のように……………
 「お前も考えるのは好きだろ………?」
 俺とどこかが同類だから、と呟く声は自嘲げで、同じにはなれない事を知った声音が寂しげに閉じられる。
 飲み込む吐息すら、色付いている。蜂蜜色の空気に包まれて、青年は月の香を醸す。
 「俺は種をやっただけだ。……それに水をやるのはお前だろ…………?」
 枯らす事だって、できるのだ。けれど子供は決してそんな真似はしない。
 与えられた言葉を脳に植え、自身で考え咀嚼する事で栄養を与える。
 その行為を好んでいるからこそ、子供は青年の言葉を嫌わずにいられるのだと囁く声は自虐の色に染まっている。
 それを振払うように、子供が青年の頬を包んだ。
 ………視線を逸らす事を許さない、至上の宝玉。
 たった一対しか存在する事のない珠玉は瞬きながら青年だけを写す。
 「馬鹿……だな…………」
 こんな自分を慰めたって、どうしようもないというのに…………
 閉じられた瞼に口吻けて………青年は子供の体温を探る。
 ………吐息を逃す事さえ惜しむように…………………………


  微かな風の動きに目を開ければ、瞳に写る朧月。
 白銀の月明かりを見上げ、微かに子供は眉を潜める。
 眠る前に見た月は蜂蜜色に溶け、やわらかくあたたかかった。
 今は………白く、青白く輝き冷たく冴える。
 なんとはなしに……青年の囁きの意味がわかった気がして子供は深く息を落とす。
 本当にくだらない。…………何故この青年はこうまでも自虐的な物思いに耽るのだろうか………?
 呆れたように自分に腕を絡ませたままの青年を見上げれば、その眼は開かれ寂しげに笑っている。
 瞳に写る色が……変わらない。なにかを願うように乞うように瞬く月明かりも。
 幼い指先が……ゆっくりと持ち上がる。
 太くもない青年の首に絡んでも、その笑みは変わらない。
 ……………その吐息さえ、乱れない。
 不快そうに子供は息を吐く。
 搦めた指先は……逃げないまま、囁く声音は何の感情も灯さない。
 「……このまま俺に殺されたいのか?」
 謳うような旋律に……青年は笑みを深める。
 それが着実なる答え。
 …………くだらなすぎて、虫酸が走る。
 殴りつけようかと上げられた腕は……けれど力なく落ちる。いまだ動かされない首に絡む蔦のような指先。
 それを撫でるように引き寄せて、子供は青年の瞳を覗き込む。
 深過ぎる子供の視線の色は………闇夜にさえ鮮やかに写る。
 それを魅入る瞳を拒むように、子供は青年の瞳に噛み付くような口吻けを落とす。
 制裁のようなそれを受けてもまだ……閉じられる事のない視線。
 ……乞うように願うように………………………
 まとわりつく白銀の光りが……肺を満たす。
 何故の狂気か……判らなくはない。
 けれどこれは真性の狂気ではないのだから……なくしたいと思って一体なにが悪い…………?
 囁きが……降る。
 塗り込められた月明かりを切り裂く程の清明さで……………
 「殺してなにが手に入る………?」
 囁きには明解な答えが用意されている。……それさえ知っていて与えられた言葉。
 それに違わぬ言葉しか携えていない青年は、微かなためらいのあとゆっくりと吐き出す吐息とともに囁いた。
 「お前は俺を、俺はお前を……独占出来る」
 永遠に子供以外に触れる事が出来なくなる事で。
 罪悪感という見えぬ棘に包まれる事で。
 ………互いが互いを忘れる事はない………………………
 独白のような言葉に、子供は静かに囁きかける。……まるで何事もないような感情の灯らぬ声音。
 「痛みを摺り替えて……なにが独占だ」
 「………………」
 「お前の痛みと俺の痛みを入れ替えて、なににお前は縋る?」
 毅然とした、言葉。
 ひとつとして後ろ暗さを持たない子供特有の傲慢な……………
 それ故に、何者も立ち向かえないほどに力強い。
 「お前にとっての俺の価値は、痛みだけか」
 独占したい全てがそうだというなら………
 囁く声に、初めて震えが込められる。…………吐き出そうとした囁きは押し止められ、固く閉じられた唇は頑なに嗚咽を拒む。
 震えた空気が、青年に触れる。
 言葉もなく魅入った子供の言葉。…………たったひとつ植えた種が……鮮やかに咲き誇る様。
 全ては間違えていない。……けれど……………
 それでも、たったひとつ否定したい言葉だって、あるのだ。
 「…………違う…」
 痛みだけを価値とみるにはあまりにこの子供は眩いから。
 ………それだけは決してないと首を振れば、突き刺さる言葉が降る。
 「それな…らっ!俺は貴様の良心を繋ぎ止める為の楔かっ!?」
 過去に縋り過去に生き、過去だけを想起し続けたいままでの青年のように……………
 いま生きるものではなく、過去の遺物となれというのなら……こうして零れる涙さえ消して、青年こそが自分を殺せばいい。
 飲み込む息さえ、無意識で。
 艶やかに清艶に……それでも静謐に涙だけを流す子供を抱きとめた腕も、また無意識の産物。
 ………けれどそれ故に、この魂の願う事。
 言葉をかける事も出来ず、ただ零れる雫の全てを消すのではなく……受け止めたいと示すように青年は子供の頬に口吻ける。
 憤りに震えた幼い指先は……それでも優しくその背を包むから。


  ……………深淵に沈んだ月も、切なく笑って涙を落とす。






 キリリク25800HIT、激爆で「清怨」のイメージで、という事でしたーv
  ………ゴメンなさい、懺悔します。「清怨」の意味知りません。
 図書館で辞書7冊ほど調べたけどどれにも載ってなかったんですー!!(汗)
 ちっ、漢字辞典も百科事典も国語辞典も使い物にならんな…………

 そんなわけでなんとなくこんな感じかしら???で書いてしまいました。
 ………間違えていたらごめんなさい………………(遠い目)
 後日談ですが、造語の可能性が高いそうですv
 よかった……もし誰か正確な意味知っていたらまずいと冷や汗ものでした(笑)

 いつも通り暗いです(オイ) なんか激相手だと切ないというか痛いというか………(汗)
 この人の自虐傾向ひどくなっていってないか??
 つうか毎回こんなのですみません、激ファンの方(汗)
 無関係で出てくる師匠は明るいのにな…………

 この小説はキリリクを下さったちこちゃんに捧げますv
 暗い子ばっか捧げてごめんねー☆