この指の触れるところにある肌。
あたたかいぬくもりは本当は手に入れてはいけなかった筈なのに。
あんまりにも当たり前に差し出されたその指先に思わず縋ってしまう。
歳若くはないこの身で、それでも俺は幼いその魂になにかを願い乞う。
与えることもできない身で、それでも欲しいと泣くなにか。
見苦しさに覚えた吐き気は数しれない。
それでもきみは笑うから。
困ったように眉を顰めて、その腕を振払うことなく差し伸べてくれるから。
解くことのできない指先は生まれた。
溶けて混じったその指先。離れていてもぬくもりは消えない。
この鼓動の中、きみの面影は永遠に……………
不羈(ふき)の静まり
この世界を包んだ災厄は全て消えた。もうトラブルモンスターもなく、管理する塔もない。
それは同時に絶対だったなにかの喪失。
混乱は潰えることはない。間違っているものであったとしても消えれば困るものは数多い。
そんな様、簡単に予想出来てしまう。だからこそ踏み出し切れなかったこの足。
憤りを覚えていながらも甘受した。この世界のためと思いながらもそれは自分のため。
この身に課せられた咎を失うことが怖かったのか、未知の未来を築くことを恐れていたのか、世界の混乱を背負うことを厭ったのか………それさえ今はわからないけれど………………
それでもこの結果を選べた。結果を知っていながらも逃げることなく追従し、誰にも先の見えない未来を勝ち得た。
そうすることが出来たのはひとえにたった一人のGCの揺るがない信念故。……いまはGSとなったその称号さえ意味はないこの世界を当たり前に願い望み……掴むことを恐れない気高き子供。
…………思い浮かんだその子供の影に青年は小さく笑う。
信じ難いほどに力を秘めていた、あの原石のような魂。その理由がわかった今でもどこか納得しかねてしまう。
この世界をあれほどまでに愛していながらも、その身にはこの地の成分が何一つ含まれてはいない。
遥か遠く、いまはもう亡い惑星の海をその身に抱えている誰よりもこの星を愛しむ子供。
微かな感傷。………腕の中消える筈だった子供の残像は当たり前のようにこの世界に包まれたまま残っている。それが不思議でならないと囁く声が小さく響く。
切なく愛しく……やわらかく吐息に交じりながら………………
「………帰っちまうと、思ったんだけどな…」
この世界は歩み始める。毒を消され浄化された美しき本来の姿のまま。
そうしたなら子供は……消える気がした。
まるでこの世界を癒す為に現れたように生を受けた幼子。世界に望まれながらもその魂は廉潔過ぎて混じりえない。
悲しいほどの異質さ。それを厭ってもいない真直ぐな瞳がいっそ哀れだ。
………そう思う身勝手さこそ、彼を貶めているとは思うのだけれど………………
どこか、物語の主人公を見ている気がしていたのだ。
ハッピーエンドを築いたなら消えてしまう、そんな悲しい主人公。世界に愛されながらも災厄が消えたなら居場所を失ってしまう勇者。
担ぎ上げられることを嫌う彼だからこそ、いたたまれない世界に変わってしまう。語られる英雄譚さえ意味のない枷。
だからせめて自由に。
………自分の愛しんだその魂が羽根を手折られる様は見たくないから。
この手を離した。旅立つ彼の背を押して……何一つ約束を囁かずに。
自分の前になどいなくてもいい。いっそ忘れ去っても……構わない。
ただこの身だけは彼を刻み付けて酔いしれていたい。世界が願った子供を、それ以上に必要としたこの身だけは………………
自嘲げな溜め息を落とし、青年は眼前に広がる世界樹を見上げる。
彼の母親の見事な生きざま。永遠の独りを厭うことなく甘んじ、愛し子のために光を落とすこの世界の守り手。
そうなりたかった。………彼が生きる為に必要な、そんな支えに。
愚かさしか刻めない、幼く意固地で我が侭な自分では不可能だとはわかっていたけれど…………
いまだって……そうだ。
手放したことを後悔などしない。いつかあの笑みが枯れるくらいなら……この世界のどこかで誰かにぬくもりを分け与えていたって構わないと思っていたのだ。
それなのに……この胸を突く痛み。喉の奥蟠ったまま鎮火されない炎症。
囁く声に震えなど帯びないくせに、それでも悲しいほどの寂寞が込められている。
「やっぱ………つれぇもんだな…」
「なにがだ?」
鬱屈の溜め息に彩られた青年の囁きはただの独り言。……決して答えなど返ってくる筈がない。
それでも響いた、愛しい声音。
どれほどの間聴いていなかっただろうか…………?
ただひとりと決めた、世界の覇者の深き囁き。
………この手から逃した、羽ばたく羽根を携えた未知なる子供………………
戦慄く身体を自制して、青年は夢見るような惚けた顔で振り返る。後ろに広がるはずの木々。濃い緑に彩られた自分の庭ともいえる樹海。
そこに佇む、異質なほど際やかな影……………
もう幼いとは言えない容姿。背も高くなり、かなり自分に近付いた。声だって……過去に聴いたそれよりも低く成熟し始めた静まりが内包されている。
変わっている。……けれど変わっていない。それは姿形ではなく平伏した魂を所有している証のような穢れなき視線。
ゾクリと身の奥で疼く熱。禁断症状のように喉の奥が干上がった。
そんな浅ましさを隠し込むように固く拳を握り、さり気なさを装った青年は軽い足取りで身体ごと少年の方に向き直ると戯けた口調で声をかけた。
必死で余裕を繋ぎ止めている、子供のような声で…………
「なんだー、爆。こっち来てたのかよ。残念ながらカイは修行の旅に出させているぜ?」
手放した自分にようなどなくていい。……このまま背を向けて帰ってくれれば、いい。
指先が震えそうになる。全身が彼を求めていることを切実に知らしめる。
それを晒したくなどない。憂えることを覚えた自分に、あまりにもその魂は眩すぎるから………
小さな溜め息が聞こえる。視界にその姿を入れていながら、見ることを拒否している視線はその焦点を
狂わせ結ばれるはずの像を歪ませている。
けれど知っている。
………彼が、一体どんな顔をしてその吐息を落としたか。見えなくたってわかる。それはこの肌が誰よりも深く強く刻み込んでいるから…………
だからあるいは知っていて……黙っていたのかもしれない。
この少年がなにを囁くか予想できるくらいには自分は聡く、ずるいのだから……………
「そんなことは聞いていない。………なにが辛いといっていたんだ、激」
声が響く。誰よりも透明で美しく奏でられるそれはこの身を潤わし震わせる旋律。
たったひとつ、自分がその価値を愛しみ穢すことを知ってなお我慢出来ずに腕を伸ばした存在。
これ以上縋りたくはない。………自分の力なさを知っている。
否。強さなら持っているだろう。この世界5指に入る程度の力は…………
けれどこの子供の傍らにいたいなら、携える強さの意味が違う。子供を貶めず卑しめず、それでも支えになれるだけの心を自分は持っていない。
だから拒んだ。視線が共にと囁くことを許さず、指先が約束を願うことを切り捨てた。
そんな自分にもう……価値などないではないか……………?
今更囁ける言葉などなくて、青年は困ったような笑みを浮かべ……次いで飄々とした笑みをのせる。
己の内なる不様さを晒さない為の仮面を……………
「別に? さすがに弟子がいないことにまだ慣れねぇと思っただけさ」
お前は関係ないと嘲るように囁いても、その視線は歪まない。
自分の言葉に傷を造ることなどないだろうと思わせる清純さ。……穢れなど身に纏うこともない異界の人。
笑みは深まる。彼を前にして平静でいられることが…いつになったら来るのだろうか………?
いっそ目を瞑って逃げ出したい。その誘惑さえ、眼前に佇む少年の視線は断ち切ってしまうのだけれど………
「………俺も慣れん」
不意に響いた少年の声。
驚いたように顔を顰めた青年の視界、初めて鮮やかに少年が写る。
伸びた髪。まだ成長途中らしい細い身体。……それでもしなやかに伸びた四肢。
まっすぐに向けられていた視線は逸らされ、どこか遠くを見つめたまま微かな揺らめきを讃えている。
「どの国にいっても、いない。そのくせ何年経っても消えん。……いい加減強情だな」
溜め息のような吐息の震え。眇められた瞳を覆う睫が微かに濡れる。
伸ばしたくなった指先を……けれど青年は咎めるように握り込んだ。
噛み締めた唇を晒しておきながら今更だと…笑うこともできない意識の底でそれでも厳然とある後ろめたさ。
ゆっくりと戻された視線。あどけなかった過去のそれとの僅かな差。
………思いを溶かして人を見ることを覚えた、切ない渇仰を含むそれに捕らえられた。
伸ばされた指先。絡むその熱に目眩がする。
視線を逸らすことなどできない。思いをどこかに遠ざけることさえ許されない。
断罪される罪人のように一切の抵抗を失った青年の心に、やんわりと舞い込む少年の笑み。
耳を溶かすほどにあたたかな声音…………
「だから、傍にいろ。帰る場所がなくてはどこにもいけん」
帰る場所にいて欲しい人がいるのだ。……その人がいなくては意味がない。
抱き締めた青年の変わらない肢体。……小さく感じたのはそれだけ自分が大きくなった証。
空白の数年間。それでも変わらなかったぬくもりと思い。
それくらいは抱きとめろと囁く指先に、捕われた青年はもう抗うこともできない。
震える指先でその背を抱き締め、辿った頬に口吻けて。
………変わらぬ思いの枷を……はめる。
唇を辿る熱に瞼を落とし、微かな囁きに少年は耳を澄ませる。
共に生きることを願うその声音を……………
もう逃がせない自由の鳥を、それでもこの腕に溺れさせない為に。
二人ともに生きれる場所を探してみよう。
……家族もなく身寄りもない、それでも寂しいと思うことのないように……………
キリリク29292HIT、激爆で同居ネタ。
………またやっちゃいました(汗) 同居するまでの話になっちゃった☆
毎度毎度初めてのネタって、「どうして」「どうなった」を考えちゃって………行き着かないんですよね……そのネタまで…………
いい加減慣れないと(汗)
今回実は爆の「どうでもいい」的セリフ打っていて……すっごく傷ついていたのは私(笑)
カイ……ごめんよ、当て馬にしちゃったよ…………
この小説はキリリクをくださった天神さんに捧げます。
微妙にリクにいききらない話になっちゃってスミマセン………