灼熱の陽射しが降り注ぐ。
抗う意志さえ携えず、焼かれゆく躯。
いっそ灰にまでなってしまえばいいのに………………

立ち上る陽炎。
そよぐ逃げ水。

…………幽玄のように不確かで、けれどなによりも澄明なるその影。

熾烈なまでに激しい意志をのせた瞳が瞬く。
………逸らした視線を責めるように。

誘発される。
どこまでも至純な瞳に。

溶けたのはこの身か……それとも思いだったのか……………………………





秘めたる故は……………



  耳の奥に響く水の音はあまりに微かで聞き取りづらい。
 それを意識の奥底まで取り込むように青年は精神を集中させる。
 切り取られたような絶壁の谷の底に向かって落ちる哀れな滝の水はいっそ呆気無いほどの優雅さで流れ落ちる。
 それを落とした瞼の先に感じながら小さく青年は息を落とす。
 …………集中など、できるわけがない。
 不意に脳裏を掠めるきつい眼差しに息が止まりそうになる。目の前にいるわけでもないのにそこまでの圧倒的な存在感を認めているのだから、大概自分も質が悪いと青年は苦笑して瞼を開けた。
 降り注いだ陽射しは雲に囲まれているせいか思いのほかやわらかく瞳を包んだ。
 視界の先に広がるのは青年の故郷たるサーの町並み。
 呪いを受けた身になってもなお、留まる事を願った愛しい…………………
 この町のどこかに……あの子供がいるのだ。別に自分に会いにくるわけではない。……ただ今回の元GCの集まりが自分の弟子の家で行なわれる為に赴くだけ。
 だから………会わない。
 苦笑を自嘲に変え、青年は立ち上がった。
 眼下に広がる渓谷。その先には視界の限り続く町並みと山。どれほどの月日を経ても、どんなに昔の面影を消していっても愛しさの変わらない、たったひとつの拠り所。
 それに酷似した魂を、知っている。
 価値を落とされることのない恐ろしいまでに澄んだそれ。
 息さえ止めるほどに純一に創られた硝子細工は、そのくせ護りを必要としないほどに鮮やかに己を誇る。
 …………奪われた視線を知っている。
 こんな生き物が存在する事に感嘆を覚えた。
 込み上げた思いは果たして感動だったのか切なさだったのか、判らない。
 ………………自分の胸裏に渦巻くものがなんであるのか、随分と長い間判らずにいた。そんなものがあるなんて……思ってもいなかったから。
 けれどあまりに際やかに焼きつけられたその光は、闇に慣れた身を焦がれさせるには十分過ぎた。
 喉の渇きにそれは酷似している。
 餓える。その魂に。…………ただそれだけを希求してしまう自分の腕を知って………愕然とした。
 あんな幼い子供にこの身は傾斜したのかと…………………
 それでも消せない。自覚したなら餓えはひどくなる一方で。
 旅立った子供の背を知らず探し求めてしまう。有能過ぎる自分の肢体は無意識に彼の元に赴こうと気配を探る。…………愚かだと幾度斬り付けても消える事のない渇望。

――――――――欲求。

  底冷えするそれに畏怖したのは誰よりも自分自身。己の強欲さを厭になるほど自分は知っているから。
 自身のために壊した魂を……忘れる事などできないから…………………………
 吐き出した息は渓谷に落ちる水よりもなお重く地に染み込む。
 その瞬間………肌で感じ取った空気の揺れ。
 …………同時に直感したその主に身体が凍てついた。
 肌が泡立つ。会わないと決めていた気配。
 伸ばす気はないから。………この腕を彼に搦める気は……ないから。
 それでも弱過ぎる自分の心はきっとその誘惑に勝てない事を知っている。
 だから会わないと……決めていたのに……………………
 「こんなところにいたのか、貴様は」
 幼い声が笑うように弾む。
 …………ずっと求めていたそのぬくもりを内包した響き。
 耳を、塞ぎたくなる。幻聴なのだと信じたい自分の瓦石のような意識をどうする事も出来ないけれど…………
 息も吐き出せない。問いかけるようなその声に答える言葉が紡げなくて、吸い込んだ空気が胃の奥で掠れた。
 それに気づいたわけでもない筈なのに………子供は足を踏み出す。
 少しだけ早い歩調のいつもと変わらない子供のしっかりとした足音が岩肌の上を滑るように進む。微かな音と近付く気配にそれを感じ、青年は覚悟を決めるように固く目を瞑って息を吐き出した。
 …………………決して、気づかせてはいけない。
 いつもと変わらぬ自分を作って……追い返す。それが互いに一番いい方法だと疑わない瞳はどこか曇った空のように切なく瞬く。
 小さな笑みを口元に飾り、くるりと青年は子供に振り返る。思った以上に接近していた子供は眼下にその瞳が覗けるほど間近だった。
 煌めくように子供の瞳が瞬く。陽光さえ疎らな雲に覆われた太陽の下、それでも色褪せない影。
 嚥下、する。

  ―――――――いったい何を?―――――――――

  一瞬だけ引き締めた唇に子供は怪訝そうに眉を寄せる。
 ………何故、気づいてしまうのだろうか……………………?
 本当に一瞬で…瞬きをしていたなら見えないほど微かだった。それくらいに押え込める自信が青年にはあるのだ。
 それでもこの子供はあっさりとそれを看破する。なんの気負いもなく、いとも当たり前だというように逸らす事のない純然たる視線と魂で。
 ……………砕かれる事さえ恐れない意志は真っ向から見つめる事を厭う事はない。見つめきれずに逸らされる事にさえ怯えない孤高の魂故に……………………
 震えそうな指先を隠し、青年は笑みを辿るように囁く。その口元に残るぎこちなさを溶かし込むように………………
 「お前こそ、今日はカイの家で集まりだろ?」
 だから愛弟子の修行も休みにしたのだと戯けた声が歌うように紡がれる。
 ほんの微かに、不自然でないように細心の注意を払って青年の足が動く。子供との距離をとるように一歩だけ後ろに。
 飄々と笑みをのせたままの青年を見つめる視線は変わらず訝しく顰められている。
 困ったように苦笑をのぼらせ、誤魔化すように唇を開こうとする。………そうしたなら、小さなその指先が音を紡ぐ事を厭うように唇に押し付けられた。
 熱い、その体温。………体温の低い子供の指先がこんなにも熱く感じる筈はないとわかっている。
 それでも錯覚だと知っていても………火傷を覚えるように身体が震えた。
 息が出来ない。意識が揺らぐように視界が霞む。………何も思う事が出来ない脳に響く、子供の豊かな音。
  「お前がいないおかげで門前払いだ。……連れてこいと通信が入ったが?」
 自分がくるのだと知ったなら、出席を厭ったといわれた。
 …………言いづらそうな青年の弟子の情けない顔が映っていたGSウオッチを軽く視線で示し、問いかける視線はなにより強固に青年を映した。
 逸らす事も偽る事も………誤魔化す事さえ許さない瞳に空から祝福するかのように日が差し込める。
 厳かなるその姿勢。弛む事を忘れた魂は痛々しいまでに毅然と立ち向かう事だけを知っている。
 そうする事で傷める事があると知ってなお、選んだのは子供。相手の痛みさえ見つめる強さを持っているから……相手を知ろうと心を傾けられる。
 見せ掛けではない思い。まっすぐに見つめる視線の先、純然と存在する奇蹟のような固体。
 息を吸う事さえ、烏滸がましい。
 切なく眇めた視線の先、顰められた眉がどこか痛ましく歪む。
 ……………気づかれた事を……知った。それでもなお唇に触れた指先は解かれはしない。
 自惚れる事の無意味さくらいわかっている。理解、している。
 躊躇う空間を経て、ゆっくりと腕が持ち上げられる。それは子供の視界にさえ歴然と存在していて……拒もうと思えば拒める指先の抱擁。
 包まれた指先はそれでもなお青年の吐息に染められたまま。
 知りたかった事がなんであったか……子供には判らない。
 ただ自分に会いたくないのだと示された事が腹立たしかった。どんな理由であれ、自分から逃げられる事が………悔しかった。
 それが何故かも知らない。青年と同じ意味だなんて確信出来るわけがない。
 ただ絡まる熱が痛かった。
 自分を見ようとしない笑みの拒絶が切なかった。
 だけど……肝心な事は何も判りはしないのだ。
 そんな自分がそれでも気づいてしまうのは卑怯なのだろうか……………?
 顰められた眉は解かれぬまま。青年の瞳の先に悲しく…優しくある。
 それを見つめ……包んだ指先に掬いとる事を乞うように…………恐れるように吐息が落ちる。
 唇が音を拒むように小さく蠢く。吐息だけで紡がれた言葉に返される笑みがあるかなど知らない。
 落とされた瞼の先、それを確認する事など出来ない。

  それでも指先は逃げはしないから………小さく笑みを落とし祈るように口吻けた………………………



 胸の奥蠢く何か。
 ………どうかそれに微笑みかけて。
  それ以上、何も願いはしないから…………―――――――――――――

 








キリリク35500HIT、激→爆で与謝野鉄幹『むらさき』のイメージでしたv
いや……なんとも師匠らしい短歌でした(笑)

今回は片思いっぽいですね。微妙なところ?
好きだから指をほどけないのか、ほどいたら激が壊れそうだと思って離せないのか。
………判るわけないじゃん、そんな事。
どっちだって自分が思い込んだ方になります。人の思いはそうして決定されるものではないかなーと。どっちつかずの時にその選択を迫られたらね。
暗いけど……こんな感じでいいんですかね?

この小説はキリリクをくださったちこちゃんに捧げますv
………………なんか短歌の切なさを暗さに変えた感じです。ごめんねっ!?