ねえ心配させて?
君が痛む姿なんて見たくないんだ。
だから心配させて?

君が強い事を知っているよ。
誰よりも我慢出来るその意志の力も。
でも……だからって傷が痛まないわけじゃないだろ?

他の誰がどれほどそれに騙されても、絶対に騙されてやらない。
傷の痛みを知っているから優しい君。……痛みを誰より知っているから……………
それでも君は寄せられる思いに臆病だからその瞳にさえ微塵も零さない。

ねえ、心配させてよ。

痛みをわけて。
苦しみをわけて。
哀しみをわけて。
辛さをわけて。

 

………………君の全てを思わせて―――――――――





傷の欠片



 …………鼻先を微かに掠めるその臭い。
 ばれないわけがないと知っているのか、先程から決して視線をあわせない意固地な子供に青年は小さく息を吐き出す。
 自分の上にのったまま固まっている子供を軽く抱き起こして隣に座らせると自分の視界からは隠すように庇われている左肩に手を置いた。
 …………ビクリと一瞬子供の身体が強張る。それは怯えからではなく純粋に沸き起こった痛み故の反射。
 僅かにしみ出したらしい血は青い服には収まらなくなったのか僅かな染みを青年の掌の下に感じさせた。それに顔を顰めれば子供は自分の反射を恥じるように顔を逸らして唇を噛む。
 まるで泣き出したい幼子のような反応に青年の口元に苦笑が浮かぶ。顔を逸らしてもその気配には気づいたのか。青年の腕を拒むように子供は立ち上がろうとする。
  それをもう片方の腕で制し、患部を確認するように上着を肩から落とす。………白いシャツは痛々しいまでに赤く染まり思った以上の傷の深さを窺わせる。
 一瞬肩に集中した熱に、子供はようやく顔を青年に向けた。
 …………掌に集まる術故の発熱。僅かに上がる空気の濃度に気づいた子供はその拒否を示すように青年の腕を掴んだ。
 「…………いらん。消毒液と包帯を寄越せ」
 「はあ?」
 ぶっきらぼうな子供の言葉に素頓狂な声が重なる。
 明らかに、傷は深かった。どんなドジを晒したのか判りはしないが、術で治せるにも関わらず放置する必要はない。
 そんな非合理的な事を望む理由が判らないと怪訝に顔を顰めてみせても子供は答えない。
 答えない子供はその代わり青年が強行する事を許さないようにのせられた掌を引き離す。僅かに赤く染まった青年の掌から赤い雫がひと粒…床に落ちる。
 それを眺めて青年は息を吐き出すと乱暴に立ち上がり仕方なさそうに常備している医療用具と薬を取り出した。棚を閉める大きな音が耳に響き、子供は振り返る事なく小さく息を落として自分の左肩を見遣った。
 ………別に、傷を残したいわけではないのだ。
 心配させたいわけでもない。
 ただ……自分のドジで負った傷をそんなにも簡単に消す事が嫌だった。
 術はほとんど奇蹟といっていい事を具現させる。この肩に走る亀裂を一切残す事なく一瞬で治癒する事も彼ほどの能力者なら簡単な事だろう。
 けれどそれに甘えて……自分の気の弛みを顧みる事を忘れそうな自分が怖いのだ。
 あんまりにも青年の傍は居心地がいい事を自分は知っている、から…………………
 小さく息を落として甘えそうな自分を戒めるように頬を軽く叩く。
 それを見ていたらしい青年が咎めるようにその頭に持っていた救急キットを置いた。
 振動がないように配慮されてはいたが、意図が判らないわけがない。自分の考えを看破しているらしい青年を不貞腐れたのか子供は鋭く睨みあげた。
 「……………」
 「なにむくれてんだよ。ほら、傷見せろ。利き手駄目になってんだからやってやるよ」
 その視線を軽く流し、いまだ憮然としたままの青年は座り込むと子供の腕に触れる。
 …………それっくらいは許せと不機嫌そうな顔が囁いている。
 一瞬逡巡しそうな子供の瞳に先に牽制をかけ、青年は答えを待たずにハサミで袖口を切り開いた。
 無言で正確な処置を施していく無骨な指先を子供は見つめた。
 赤く微かに染まった指先がまるで自分の代わりに傷ついていくように見えていたたまれない。
 それでもいたわりをのせたそれから視線も剥がせず、どこか叱られる事を待つように子供は無表情なままその治療を甘んじた。……………治療には必ず附随するその痛みさえ覗けない瞳のまま。
 それを横目で確認しながら包帯を巻いていた青年が小さく息を吐きながら子供に声をかける。……まるで痛みを耐えているのは青年の方だと思わせるような、その僅かに震えた声で…………
 「で? 一体なんで怪我したんだよ…………」
 震えているくせに、どこか毅然とした声。
 ………噤んだままの唇を許さない、優しい声音に子供は瞼を落とす。
 正直、話したい事ではない。本当にたいした事ではないのだ。まして自分の馬鹿さ加減を披露するだけなのだから…………
 それでも青年の治癒を拒んだ身には答える事さえ厭う事は出来ない。
 どこか口籠りそうな自分を叱咤する声音が澱みなく紡がれる。
 ………幼い虚勢に小さな笑みを灯らせ、耳に心地いいその音を青年は受け止めた。
 「……………………雛が…落ちていた。から、巣に戻して………」
 木の枝に上ったならその枝が思った以上に古くて子供の軽い体重にさえ耐えきれなかったのだ。どうにか雛を巣に戻したあとでのことだったのは不幸中の幸いだったけれど。
 それでも慌てないで一応テレポーテーションを行なったのだ。それよりも一瞬早く肩に走った衝撃に僅かに集中を欠いて………地上に下りるだけの筈が青年の真上に落ちるという失態付きになってしまったのだけれど…………
 先ほど突然落ちてきた子供のその理由に合点がいったらしい青年は吹き出す事を必死で耐えるように俯いて肩を震わせている。
 …………自分だって同じ立場だったなら笑いたい失態だ。憮然としたまま口を噤んだ子供に青年は僅かに溜まった目尻の涙を拭って複雑そうに笑いかけた。
 本当に…不器用な子供なのだ。
 あんまりにも自分の信念を確たるものとして持ってしまっているから……彼は弱さを見せない。
 それでも時折無意識に零してくれるのだ。
 …………それは彼自身の痛みや苦しみさえ附随してくるのだから願う事もできないのだけれど…………………
 知っている。子供は走った痛みに一瞬だけ恐怖を抱えた。
 それを解消したくて散じた意識は思うよりも早くに自分のもとに落ちてきた。
 なにより雄弁な子供の思いを…それでも子供自身はいまだ自覚していない。
 悔しそうでさえあるその頬を赤く染まっていない指先で包み、瞳を覗き込む。憮然とした表情に微かに赤みがさしているのは自身の失態を恥じているせいだろうか…………?
 射るように竦む事のない視線をからかうように口吻けて、誇らしそうに青年が笑む。
  不可解そうにそれを見つめた子供の眉間の皺に唇を寄せ、青年は小さな音を紡ぐ。
 …………愛しさを溶かしたその甘い響き。
 「で……俺のところに跳んだのか?」
 眉間に寄せられた唇が笑みを象ったことがわかる。
 熱く熟れる。まるで火を落とされたように灼ける。
 ………………子供の頬を染めた色は何故か。
 判るわけもないけれど、滑るように落ちてきたその唇に瞼は従うように閉じられる。
 息を搦めるように間近な唇がなにかを囁く。
 それを肌で聞き取り、子供は不器用に眉を寄せた。
 搦めとられる吐息の先、注がれる青年の熱。ゆっくりと浸透するそれは患部を燃やすように疼かせる。
 肩に走る痛みがゆっくりと静まる感覚に不安そうな子供の瞳が静かに開かれる。……それを許さない唇が溺れさせるように深く子供を探る。
 拒むのではなく恐れるようにたてられた子供の爪に走る痛みさえ愛しげに、青年は子供の傷を癒す。
 もっと甘えろと子供を溶かすように……………


  甘え方も頼り方も忘れてしまったけれど。
  それでもあの一瞬、真っ白だった意識はここに自分を導いた。
 傷ついた身を晒したなら心配をかける事を知っていて。
 ………それを厭っているくせに。

 ただ我知らずここにきた。



  無意識さえ侵す事のできない彼の元に……………………








 キリリク36500HIT、激爆で甘々でしたv
 ………彼らが甘く見えるの書くの……どれほど久し振りでしょうか(汗)
 いつもなんか痛かったからな……………(遠い目)

 ちょうどこれの前にも1本激爆書いていました(一緒にアップするけど)
 それとの暗さの差が笑えます。なんでこっちこんなベタ甘に見えるのに、あっちはなんか痛いのでしょうか?(片思いだから?) 不思議ですねー…………

 術で傷を直す。正直あまり好きではないです。だって誰だって怪我はするし、そういう痛みを知って人の痛みを思えるようになっていくものなのに、あっさり重傷も治っちゃ……痛みの意味がない。
 勿論命に関わったりするのは別だけど、それ以外は自然治癒を爆はするかなーと…………。

 この小説はキリリクをくださった桐生章様に捧げます。
 甘く…なってますよね!? いつもよりかなり甘いと思うんです。他のキャラの場合さえ考えなければ!!(駄目じゃん)