ひらひらひらと。

舞い落ちるもの。

ひらひらひらと。

降り積もるもの。

自分で気づきもしないそれは

それでも確かにこの胸に。

ひらひらひらと。

…………ひらひらひらと…………………





重なる祈り



 しとしとと耳に響く音に誘われて目をさました。
 ちらりと見遣った時計はまだ午後3時。昼食後に微睡みつついつの間にか眠ったようだが、そろそろ昼寝としては起きるのにいい頃合いだろう。そう思い起き上がりかけ………停止する。
 微かな寝息が腕の中で漏れている。確認しなくともそれが誰かは解っていた。
 ………まさか、彼の性格上一緒に眠っているとは思っていなかったのでかなり不意打ちの攻撃を加えられた気分だ。もっともだからといって動揺して起こすわけにもいかないが。
 微かに呼気を飲み込んで自身を落ち着かせると殊更注意してくたりとした首元を押さえて振動のないように腕の中の人を横たえた。僅かなあいだ眠る様を覗いていたが起きる気配はない。
 上体を持ち上げて辺りを見回してみる。耳にはまだ目覚めを誘った音が響いていた。なんとはなしに勘付いて窓を見てみれば視界の先は曇天。次いで、それに溶けるように静かに落ちている雨滴が見えた。
 静かな雨はしめやかに続いている風だった。いつから降っていたのだろうかと頭を捻るが、解るわけもない。少なくとも自分質が食事をしていた間は晴れ間が見えているはずだった。朝から室内に居たせいで天候を見ていなかったと小さく笑う。………何もかも知っていてはぐらかすと、いつだったかいま自分の隣で眠る子供に言われた事を思い出して。
 解っているわけではなく、知っているわけでもない。ただ長く生きたというその経験だけが判断材料だった。想像し予測し、そうして結果を導き憂える姿はさぞ滑稽だったのだろう。幾度顔を顰められたか解らなかった。そういった時はいつだって自分がひどく幼い子供にでも戻ったような奇妙な感覚に襲われる。
 そして…この子供はどこまでも包容力に満ちた存在に思えて、つい甘えたくなる。その癖彼への負い目故に、甘える事も出来ずにいればまた、溜め息。
 思い出したその年長者の仕草に苦笑を深める。歳若い………自分から見れば赤子もいい所の子供は、その癖誰よりも達観した顔を見せる。諦めではなく受容のその仕草は、幾百年の歳月を重ねた自分とて持ち得ないというのに。
 思い、苦笑が消える。抜け落ちた感情の代わりに苦々しさが沸々と湧いてきた。
 わかっているのだ。諦める事の容易さを。多分、子供自身も知っているだろう。その上で、自分達はまるで逆のモノを選び取った。まるで違うからこそ反発をし、そして互いを認め合う事も出来る。それはとても難しいけれど、敬愛するに足る命だと跪くように感じるから。
 雨の音は静かだった。静寂と言って差し障りないほど、室内に音はない。ただただ緩やかなメロディーのように流れる雨滴の旋律に目を閉ざしてみる。微かな寝息が耳を打ち、静寂の中の秩序を楽しむ自分に気づいて笑いそうになった。
 ………関わる事を恐れていたのは、多分自分。壊すだろう予感と同時に救われるかもと思った浅ましさを覚えている。
 こんなにも幼い命に縋ろうとした自分の老獪さに嫌気を刺して、それでも切り捨てられなくて。いっそ切り捨てられたくて幾度も無茶を要求し、彼が好まないだろう態度ばかりとってのに。
 あまりに深すぎる視線はそんな軽薄な思惑をあっさりと看破した。その上で、腕を伸ばすのは慈悲故なのだろうか…………?
 優しくて。………あんまりにも優し過ぎて。厳しささえ優しさの裏返しでしかない命が自分を選んでくれるわけがないと、そう思うのに。
 それと同じほどの自信を彼はいとも容易く自分に与えるのだ。
 ………くだらないとずっと思っていた安らぎは、やっぱり自分には勿体無さ過ぎるほど居心地がいいのだけれど。
 眼下で眠る寝顔は穏やかで、時折、そんな顔を覗ける自分の立場に訳もなく泣きたくなる。
 「……………………」
 不格好な表情をしているだろうと思いながら、手を伸ばす。癖の強い頑強な髪が手のひらに触れた。刺さるほどに存在を主張する割に、梳いてみれば意外なほどしなやかで反発はしない。不思議な感覚は、そのままこの子供自身のようだ。
 目が開いたならこんな真似も出来ないのだろうと思い、小さく笑った。自身が小さな子供である事を、どこか後ろめたくさえ思ってはいないだろうかと、思って。
 未だ幼い子供だったからこそ、救われたのだ。そう言ったなら……少しくらいは子供である事を誇ってくれるだろうか。
 「…………どうした?」
 ふんわりと髪を梳いたまま、一瞬手のひらが凍った気がした。
 目を瞑ったまま微かな呼気を漏らす唇が、いま動きはしなかっただろうか。………問いかけは、しなかっただろうか。
 寝言だろうかと微かな期待を込めてもう一度ぎこちなく髪を梳いてみる。そうしたなら同時に響いた、声。
 「手、震えているぞ」
 「………………いつから起きてたんだよ………………」
 あっさりと言われた言葉にがっくりと首をうなだらせる。寝起きがいい事は知っているが、まさか起きた事を悟らせないままいるとは思わなかった。気づかなかった自分自身を笑う気も起きない。
 手を離し、何の邪魔もなく子供の顔を覗いてみればまだその双眸は塞がれたままで静かな呼気は幾分の乱れもなく続いている。一瞬やはり自分の聞き違いだっただろうか、と思ってしまうほどだ。
 「お前が動いて暫くしたら」
 ようやく意識がはっきりしたと言い、爆は瞬きをしながら目を明けた。いま起きたばかりというには確かにハッキリした視線で辺りを見回す。ゆっくりと上体を起こし、ちらりと窓を見ていた。
 ああやはり雨の音に気づいたのかと小さく笑う。感性の重ならない自分達でも、それでもやはり引かれるモノの中には同じ部類の物は括られる。
 「雨か。………起きたら散歩でもしようと思っていたんだがな」
 「雨の中の散歩もおつなもんだとは思うが……今日はやめとけ」
 「なんでだ?」
 きょとんと爆が不思議そうに目を瞬かせて問いかける。案外激は雨の中を歩き回ることがある。濡れるし身体を冷やすからせめて傘くらいさせと幾度言っても無駄だった。全身滝にでも打たれたように濡れてくる事だってある。そんな彼が濡れるのは止めろと言うのもなんだかおかしな気がした。
 そんな爆の考えが十分伝わっているのだろう、どこかばつの悪い顔をして激が笑った。
 「寒いから」
 「……そうか?」
 とっておきの秘密でも教えるように言われた言葉に眉を顰める。
 今は初夏だ。雨のせいで蒸し暑くなる事はあっても寒いというほどの冷気は感じられない。今日くらいの気温であれば、逆に雨に当たっても心地よさそうなものだ。
 変なヤツだと言いかけて、ふと気づく。
 彼の容貌に浮かんだ笑みの意味。
 ………寒いから、と、言った言葉の意味。
 そう思い至り、小さく息を吐く。どこまでもどこまでも自分に負い目を持つ青年に吐く息は絶えない。
 甘える事を忘れた自分を憂える。頼る事を知らない自分を悲しむ。なにも出来ない自身に、憤る。そうしてただ歳を重ねるしか出来なかったのだと、己の生を悲観する。
 寂しいと、そう伝える事も出来ない。それが潔さからではなく怯えから。
 伸ばす腕はいつもひっそりと。この背を支えてくれている事さえ気づかれないようにとこっそりと。
 まるで自分の傍にいる事は罪なのだとでもいうように彼は寄り添う事の共有に恐れを抱いてる。
 そうして幾度となく自分に突き刺されたいのだろう。………その程度の事で壊れるものではないと。彼に押しつぶされるほど信念がないわけではないのだ、と。
 自信を持って、居丈高に。
 望まれている事を知っている。同時に、望まれていない事も。
 青年の願いはいつも不可解だ。同一に見えて、真逆の事を願ってくる。
 それでも結局はその根本は同じなのだから、拒む理由とてないのだけれど。
 「まあ……そうだな。寒い、かもしれん」
 ひとりでどこかに行く事は、と。言葉にはせずに背中を激に預けた。
 この家でひとり待つ事も。ひとり外に出る事も。共に寝ていた今の時間があまりに穏やかで優しかったから、肌さえ凍てつくほどに、孤独を感じるだろう。
 小さく笑い、甘やかすように願われた音を紡いでみればぎゅっと縋るように腕が絡み付いた。
 ………どこか、子供のような仕草。
 「…………情けねぇ…」
 本来なら自分がお前の立場なはずなのにと、深いため息を背中に感じた。それに不敵に笑い、慰めるわけでもなく縋る腕を軽く叩いてみる。
 拒むのではなく、あやすような軽やかさで。
 「当たり前だ、大人と一緒にするな」
 子供には子供の特権があるのだ。それを大人にまで振り回されては子供の意味が薄れてしまう。
 結局自分は自分でいるしかないのだと笑ってみれば、背中に感じるのはやっぱり小さなため息。
 それでもそれは軽く、どこか苦笑を含んでいた。
 「あーあ、子供に戻りたくなるな」
 「俺はさっさと自立した大人になりたいがな」
 何となく自分がなりたい姿を想像して、お互いに吹き出しそうになる。
 憧れが特別な感情に結びつくわけではない。そう解ってはいる。
 それでも想像した姿があんまりにも互いに似ていたから。

 ………絶対に教えられない小さな秘密が一つ、互いの心に残された。








 キリリク19000HIT、ジバクで「昼寝かお茶会の激爆」でした〜。
 ………お茶会はカイとピンクの十八番なので激は出れませんでした(オイ)

 私の文体で……天然でラブvってどうやれば書けますかねぇ(遠い目)
 いや、一応頑張ってみたんですって。これでも。
 ………頑張ってこれかよとか言わないで下さい(涙) 人間向き不向きがあるんですよ。イチャイチャなど一億光年経っても多分私には書けません。
 どうでもいいですが相変わらず爆は凛々しく、激は情けなく、でした。というか絶対にうちの激って鬱入っているって思うんですけど。ついでに言えば自殺願望も強い(オイ)
 ………怖いキャラだな、私の中の激(やめろよ)

 この小説はキリリクを下さった龍小飛さんに捧げます。
 激久しぶり過ぎてキャラよく覚えていませんが(汗)こんな感じの彼でいいのでしょうか?(ちょっと待て)