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青い空の中にポッカリと浮かんだ雲が強い風に吹かれて逃げていく。
そんな極普通の日、だった。
……それを見つけたのは。




眠れるココロ



 「…………………」
 目の前に在るものがなんであるのか判らなくて、爆はバカみたいにずっとそれを見ていた。
 いや、正確にはそれが誰であるか、だ。
 そしてその答えはおそらく自分が考えている通りの筈なのだ。
 ……ただ、それが現実としてあるはずがないと思っていた…………
 考えていてもナゾはナゾのまま。
 爆は悩む事を止めて寝転がっているその人物の肩を揺すった。
 もっとも、とうに目を覚ましていたのだろう相手は顔を覗き込んだ時点で反応があったのだが。
 寝ぼけ眼のままの相手が自分を見上げたのを確認して、爆は声をかけた。
 ……思いっきり不審そうな声で。
  「……なぜお前がここにいる?」
 睨むような爆のその声に、相手は飄々とした風にぼんやりとした声で答えた。
 それは答えるというよりは、思い出したと言った方が正しい響きがあったけれど。
 「あー……、そだ、食料確保に来たんだったか」
 ………冷たい風が二人の間を吹き抜けていった。



道ばたでそのまま討論もなんなので、爆は動こうとしないその人…現郎の手を引いて近くの丘まで連れていった。
 ……たった一言答えたと思ったらまた寝ようとした現郎は、起き上がらせた相手に文句を言うでもなくその手を引かれていた。
  まだ眠いのか現郎はめんどくさそうに歩いている。
 そのせいか爆の怒鳴り声もたいして聞こえていないようだった。
 「全く、貴様はなんでそうどこでもいつでも寝ているんだ」
 「……遣る事なさすぎたから寝るのが特技なんだよなー」
 「そんな特技は存在せん!」
 言い切りながら爆はようやくついた草原の木の根元に腰をおろした。
 その隣に現郎も座り、爆を見遣る。
 ……なにか、言葉を紡ぐ事を躊躇っている。………否。躊躇うと言うよりは、理解出来ない事を言葉とする不確かさを厭っているのか。
 「大体、貴様は炎と一緒に宇宙に出たはずだろう……?」
 その一番の疑問を爆は言いづらそうに小さくなった声で呟いた。
 その声のどこかに、僅かだが不安があった。
 ……それはおそらくなんらかのトラブルを思ってのものだろう。
 けれどその瞳の影にさえ爆は強気な輝きを乗せていた。
 きっともう、どんな事実があろうと爆は動じないのだろう。
 幼い心に多大な思いと多くの傷とを受け入れて、今なお変わらずに存在できるのだから……
 「んー、いや。炎様は今惑星改革に忙しいからな」
 その言葉に爆は勢いよく現郎に振り向いた。……黒い深淵の瞳が鮮やかに見開かれる。
 それは子供の輝きを乗せた、純粋な喜びを伴った幼い反応だった。
 目の前に広がったそのまっさらな顔に現郎は苦笑した。
 ……真も、こうだった。
 わが子のように炎を大事にしていたが、同時にまるで立場が逆になったようにその心のままの顔を覗かせる。
 本当によく似た親子だ。
 姿形ではなく、その心の有り様さえもが同じなのだから、現郎の中で広がる温かさはどちらを思ってなのかさえ判らない。
 ――――……ただ、知っている事がある。
 爆と真は同じだった。けれど……真は大人で、爆は子供なのだ。
 子供である爆は、その子供の特権たる向こう見ずなまでの一途さで、きっとどんな時でもその心のままの言葉を紡ぐ。
 そして真は大人だった。子供である炎の心の傷にさらなる刃を突き立てるような、そんな強い願いの言葉は吐けなかった。
 爆と真と、どちらがより正しいかなど、判るものはいない。
 ……けれど現郎は、ずっと見ていた。
 そのどちらもを、見ていた。
 こちらの心が引き裂かれるような、そんな生き方しか出来ない幼気な親子を………
  自分にはない、蒼天のように晴れ渡った美しさに、目眩さえ覚える。
 刹那しか生きられないもの特有の、一瞬の光。
 ……それを確かな形で具現させる事の出来るものたち。
 憧れて、その眩しさにいつも目を閉じてしまう。
 それはきっと、この先も変わらないのだろう……
 「炎は見つけたのか……」
 囁く声に滲む、温かな優しさ。
 これこそが狂った炎の道を正した事を、現郎は誰よりも知っていた。
 傍にいつだって仕えていた人。守り切る事さえ出来なかったその心を、たった10の子供が救ったのだ。
 それは驚嘆すべき事実だ。
 その思いのままに浮かべた笑みに気付いた爆はきょとんとした顔を現郎に向けた。
 「どうした?」
 「………なにが?」
 顔を覗き込む爆に訝しげに答えれば、より不可解だという顔をした。
 そして呆れたようにその手を現郎の顔へと向け、撫でるように擦り付けた。
 「…………?」
 未だわかっていない現郎の眼前に指先を見せ、ため息とともに呟く。
 「これはなんなんだ?」
 「………これ…?」
 爆の手袋の先には小さな水滴が玉となって輝いている。
 それは現郎の頬から移ったもので………
 ようやく気付いた現郎は顔に手を持っていってぼけたままの声で呟いた。
 「……なんでオレ、泣いてんだぁ?」
 「オレが知る訳がないだろう。まったく……」
 呆れている爆はさきほどからため息ばかりだ。
 涙を拭おうともしない現郎にポケットからハンカチを出してその顔に押し付けた。
 まるで子供のように無防備な現郎が爆にはひどく奇妙だった。
 ……強い、ものだったから。
 その肉体的強さではなく、ただ一人へと向けられる忠誠や友愛が。
 ひどく不器用で、脆くて。……そのくせ妙にこだわるのだ。無くしてしまっても、壊れてしまってもそれにしがみついて手を放さない。
 それはとても困難な事だと知っている。だからこれは強い男だと、思っていた。
 ……こんな風に泣く男だとは思わなかった。
 それは失望ではなく、優しさを伴う感情だったけれど………
 なにを言うでもなく傍に座ったままの爆を見遣り、現郎は自嘲げに笑って言った。
 「……悪ぃな。お前の方がよっぽど泣きたかったこと、多い筈なのに………」
 その原因の全ては炎であり、それを止める事もしなかった現郎のせいだ。
 だから、本来ならば二人はこの子供に心を寄せる事も、救いを求める事も出来ないのに………
 いとも簡単に子供は二人を許し、その心のままに導いてくれた。
 ……泣く事さえ飲み込んで、微笑みさえ浮かべてこの背を押した子。
 強く強い、幼気なる赤児………
 傷ばかり与えた自分は、こうして傍にいるべきではないと知っているのだけれど。
 それでも心地いいと、思ってしまうのだ。
 いまもまた……
 「なにを言っている?」
 心の底から理解し難いという顔をして、簡単に現郎の中に渦巻いた罪悪感をどこかへ流してしまう。
 「オレは泣きたい事などなにもない。お前たちは自分の進む道を見つけたんだ」
 恨むという言葉の意味さえ知らない子供。
 計り難いその心は温かすぎて、居心地がよすぎて……酔いしれそうになる自分を現郎は叱りつけた。
 寄り掛かってはいけない、聖域のような人間はいるのだと心の奥底で思い、深いため息を落とす。
 その間さえ爆は瞳を逸らさなかった。
 ……逸らす事さえ許さなかった。
 大きくはない声は優しく現郎の耳に響く。
 「それに………」
 続く言葉がある事に気付き、現郎は瞬きをした。
 ひどく緊張している。
 意識が目の前の子供にしか向けられない事実に驚いた。
 ただ、甘やかといってもいい声に酔いたい衝動にすら襲われる。
 それがどういった感情を呼び起こすか知っている現郎は愕然とした。
 ……逃げ出したくて、瞬いた瞳を逸らそうとする。
 その瞬間を知っていたかのように、爆は言葉を紡ぐ。
 「泣きたい事も、悲しい事も、お前の方がよっぽど多かっただろう………?」
 労る響きを滲ませた、幼い声。
 逸らそうとした目は引き合わされた磁石のように戻ってしまう。
 瞳がぶつかりあった瞬間、気付いてしまった。
 ………捕らえられた、その事を……―――――――。
 それはなぜか笑いたいほどにくすぐったくて、現郎は顔を顰めるようにしてそれをやり過ごした。
 流れる雰囲気の些細な変化に気付いた爆はその疑問を瞳に乗せて問い掛けた。
 けれど現郎はそれに答えず、ゆっくりと横に倒れ込んだ。
 それはちょうど横に座っていた爆の膝にぶつかる。
 「!!!?………現郎!?」
  動転した声は、返答がない事で静まった。
 震えるように小刻みに揺れるその背を軽く叩き、何事もなかったように爆は声をかける。
 幾分、やわらげたその声で。
 「お前、そういえばどうやってここに来たんだ?」
 「……針の塔の機械でテレポートした」
 「………どうやって帰る気だ?」
 針の塔ほどの高等技能を持つものは、このツェルブワールドに存在しない。……それはそのまま現郎に帰り道がない事を指している。
 心配している事を悟られまいとしている爆の声に軽く笑いながら、現郎は唯一の帰り道を教えた。
 「こいつがあるから平気だ」
 「これは…GSウオッチ?」
 現郎がズボンのポケットから取り出したものを覗き見て爆が声をあげる。
 どういった意味なのか、まったく判らなかった。
 それに気付いている現郎はごろりとうつ伏せていた状態から爆を見上げ、……笑いかけた。
 「これは針の塔に繋がってっからなー。炎様とシンクロすれば惑星間だって移動できる」
 どちらもが底知れない実力を持っているから可能な、無茶苦茶な方法。
 呆れた爆はついっとそのGSウオッチを取り上げた。
 「………?」
 なにをするのかと見上げた現郎に、爆はにやりと子供らしい笑みを浮かべた。
 「それなら、これがなければお前はこの世界においてけぼりか?」
 「………まあ、そうなるな」
 大体予想出来た現郎は素っ気無くそういった。
 爆は腕を高く上げてプラプラとGSウオッチを揺らしながら面白そうに現郎の顔を覗き見た。
 「これ、返して欲しいか?」
 「……べつに」
 「無理をするな。帰れなくなるのだろう?」
 笑っている爆の目に、一瞬強い怒気にも似た思いがぶつかった。
 驚きに、反射的な肉体硬直が起こる。
 その一瞬の隙に現郎は起き上がって、小さなその肢体を抱き締めた。
 温かな、その心のままに柔らかい身体を………
 呆然としたままの爆の耳元で現郎は小さな声で囁いた。
 それはひどく切実で、抗い難い響きを持っていた……――――
 「………そうしたら、お前の傍にいられるのか……?」
 抱き締めた腕の力は強く、息も苦しいほどだった。
 抵抗する事も忘れ、爆はその言葉を反芻した。
 ……その意味に気付き、泣きそうな顔で爆は笑いかける。
 もっとも、抱き締められたままではそれさえ気づかれなかったけれど……
 「馬鹿な事をいうな。それじゃあ炎が独りになる……」
 答えは、知っていた。
 だから現郎もまた、それを受け入れる。
 ……わかっていた。真もまた、その心を通じ合わせた天よりも、幼い炎を気遣っていた。
 だから、選ばれはしないと、知っていた。
 強く唇を噛み締めて、その痛みをやり過ごそうとする現郎の背を、やわらかな体温が包む。
 それに気付いた現郎は大きく目を見開いた。
 見えはしない爆の顔は、想像するより他にないのだけれど。
 震えるその声は、十二分に伝えてくれた。
 「……だから、またここに帰ってこい………」
 未だ幼い声はどこか頼り無げで、現郎はよりその腕に力を込めた。
 ……答えるように廻された腕もまた、しがみついてくる。
 「お前は、これからどうするんだ……?」
 小さな肢体の子供は、それでもこの腕の中に収まっていない事を現郎は知っている。
 いつだって、自分はこの種の人間の背を追い掛けるのだから……
 その問いに、微かな笑いと共に答える声は、幼さの色濃く残った子供の声だった。
 「世界を見て回る!」
 「………?もう、見ただろ?お前はファスタから針の塔まで来たんだから……」
 その疑問に爆は抱き締めていた背を放し、現郎の顔を見つめて答えた。
 「針の塔がなくなった影響か、各地に新たな島や大地が現れた」
 声は、誇らしげだった。
 この世界は、また変わろうとしているのだ。
 炎の与えたものは傷だけではない。新たな世代を作る、進化を世界に与えた。
 「どんなものがいるか判らないからな。聖霊は全てジバクくんの中で一つになってしまったし、オレがその全てを冒険する事にした」
 「お前、世界制覇するんじゃなかったのか?」
 危険な事に代わりのないその仕事を、おそらくは爆は自ら望んだのだ。
 呆れてしまいながらも、その爆らしい姿は心を温めた。
 「するさ。その為の一歩だ。未到の地を切り開くのは、頂点のものの仕事だ」
 自信に溢れたその笑顔。
 変わる事のないそれに、眠り続けていた自分は叩き起こされた。
 強い衝撃とともに、消えない残像を残して……
 微睡むこの心を、何よりも晴れ渡る透明な心は包み込んでくれたのだ。
 クックッと笑いながら、現郎はまた爆の膝に寝転んだ。
 今度こそ、深い眠りに落ちる為に。
 目を瞑るその瞬間、お前らしいと囁けば、笑った気配が伝わった。
 ひどく温かな思いの中、現郎は眠りにつく。
 今までのように悲しみに凍えながらでない眠りの心地よさに酔いながら……


 足に触れる熱い息が凍えぬよう、爆は露な肩に自らの上着をかけて空を仰ぎ見た。
  突き抜ける蒼天のどこかにこの男は再び戻るのだろう。
 ……けれど、必ずまた、帰ってくる。


 ―――――……それは言葉ではなく心で結んだ確かな約束。







 ようやく出来ました~!
 いやはや、難しい……。途中からこんなん現郎なのか??と
 悩みながら書き上げました……
 こんなものでいかがでしょうか?


 この話は最終回の炎(&現郎)が旅立ってすぐです。
 現郎は休まずに惑星の環境を整えている炎に食料を……と思ったら、
 針の塔にはほとんど食料なくて、ツェルブワールドまで来たのです。
 この小説の設定のほとんどは捏造してるので本気にしないで下さいね(汗)

 私は実はコミックス派なので、コミックス+最終話前後編しか知りません。
 そんな訳ですっごく現郎がどんな人なのかナゾです……
 で、なんかイメージがSDの流川になってて軌道修正が大変でした(笑)

 それでは最後にキリリクを下さった雪丸様!
 こんなへぼい物体で申し訳ありませんが捧げます。
 煮るなり焼くなり御自由にしてくださいv