微睡み続ける心を揺さぶり起こした子供。
殴りつけるように起こされて、それでも嫌だと思わなかった。
……亡くしたものの多すぎる自分達。
故郷も、友も戦いで亡くし、新たに出来た友さえ、狂った忠義のもと、決別した。
時も心も世界さえも。
全てを凍てつかせて、そこで眠り続けた。
それを起こしてくれた。固まっていた心を溶かしてくれる、その温もり。
……冷えきった心を暖めてくれると、知っていたから。




寂寞雲際



 空を見上げて、子供は何かを探す。
 見つかるはずのない者に苦笑して、肩に乗っているピンクの聖霊の居場所を修正する。
 触れたら、それは鳴き声を上げて懐に入る事をいやがる。
 こんなにいい天気なのだ。その肩にのって風を浴びて空の青さを満喫したい。
 生意気な主張に苦笑を返し、子供はその手をポケットに入れると肩に乗る聖霊を落とさないよう気遣いながら丘を後にした。
 どこか寂し気な子供の背を、優しい風が労るように吹き掛けた。


 焚き火を見つめながら、ふいに寒さに身震いをする。
 ……そんな事があの日から幾度あっただろうか。
 あの男が、何の前触れもなくふらりと現れ、人の心の中に種を蒔いて勝手に消えた日。
 まだ、あの声を覚えている。
 ……切ない渇仰を秘めた、遣る瀬無い激情を押さえる声。
 強く、自分を抱き締めた腕も、まるでたった今の出来事のようにこの身体は覚えている。
 あの声に触れたい。眠る吐息の熱ささえ、自分は思い出せるというのに………
 「…………重症だな……」
 子供は自嘲げに呟いた。
 隣で枝を折る遊びに夢中になっていた聖霊がちらりと子供の顔を見る。それになんでもないと笑いかけ、子供は力なく顔を俯けた。
 ……こんなにも捕われるなど、思いもしなかった。
 少なくとも、あの日、……その背を送る瞬間まで、自分は確かに強くあれたのだ。
 けれどその瞬間から少しずつ歯車は狂い始めた。
 ふとした一瞬、追い掛けている…探している視線。
 誰かに触れられた時の、些細な失望。
 寂しさに打ち拉(ひし)がれそうになり、子供は一度頭を振って傍に座る聖霊に声を掛けた。
 「……もう寝るか?」
 自分が包(くる)まっている毛布をふわりと舞わせ、その中に聖霊も包み込んだ。
 寒いと囁けば聖霊の小さな手が、気遣うようにその頬に触れる。
 ……その手が開かれる事はない。聖霊は慰めるために撫でる事も、寒さから守る事も出来ない事に申し訳なさそうな鳴き声を漏らした。
 それを微笑みで包み、子供は小さな丸い背をその手の平の中に包み込んだ………



 気配に目がさめた。……ここは樹海の中だ。たとえ眠っているときであったとしても気は抜けない。
  未だ人に開拓の手の入らないこの場所に…人は、GSたる子供しか存在しない。
 他に生命が存在するとすれば、凶暴な獣か、未知なる者だけだ。
 ゆっくりと近付く気配に気付かない振りをしながら子供は間合いをはかる。
 風に揺れる葉の囁きを縫って、相手の声が聞こえる。
  ……それは自分達の知る声。
 手の中の聖霊の緊張が、瞬間とけた。……子供は、逆に緊張にその身を凍らせたけれど………
 「……よお。なんだぁ、随分寝ぼけたツラしてんな、爆?」
 「うつ……ろ…う……?」
 信じられない目の前の人物の出現に、子供の声は掠れている。
 ……ついさっき、思っていた相手。
 会いたいと、願ったもの。それが今目の前にいる。まるで都合のいい夢のようなタイミングに、爆はそれが本当に本人であるか確証が持てなかった。
 それが判ったのか、現郎が笑った。
 ……それは子供さえ初めて見るやわらかなものだった。
 「久し振りだな。忘れちまったか?」
 声は、あの声だった。
 自分に向けられる一途な情念の溢れる寂し気な声。
 それを認めた瞬間、子供は駆け出した。
 ……傍に控えていた聖霊は自分の存在さえ忘れ果てた相棒に呆れながらも嬉し気に
 笑ってその背を見送る。
 ――――そして子供の背が男に重なると、安心したようにまた毛布の中に潜り込むのだった……。
 呆気にとられた瞬間、現郎は子供の腕にしがみつかれた。
 ……その目に、魅入られてしまった。
 泣きそうに歪んだのを、現郎は初めて見た。
 本当に、その年の子供のように縋る腕も初めてだ。
 それに喜ぶよりも不安が過る。なにか、この子供を傷つける事でもあったのではないか、と………
 「……おい、どうした?」
 「………………………」
 答えは返らない。ただその腕の力が強まる。
 まるで自分が消えてしまうように怯える子供に現郎の不安は高まるばかりだ。
 その背を同じ強さで抱き返しながら、すぐ傍に控える震える耳に熱い吐息とともに囁きかける。
 「なんか……あったのか……………?」
 傍にいる事の出来ない現郎にいつだって巣食う不安。
 たとえこの子供の身体が傷に覆われても、その心を引き裂いていても、自分は余りにも遠くにいて。
 憂えていてもその力にはなれないのだ。
 ……けして気軽に触れ合えない距離を互いに選んで、それでもこんなにも相手を必要としている。
 覚えている、あの日の眠る現郎の吐息に爆の身体が震える。……なによりも雄弁にここに現郎がいる事を知らしめてくれた。
 「……馬鹿もの。……会いたかった……だけだ」
 子供の囁きはひどく小さくて。それに驚いた見開く現郎の瞳に朱に染まった爆の頬が写って……
 その瞬間に湧き出た愛しさの名さえ、二人は知らない。
 ゆっくりと互いの顔を見つめ合って、その頬に触れあって。
 指先の辿る唇の上に、静かな口吻けが降り注ぐ。
 目を瞑ってそれを受け止め、子供は強くその背を抱き締めた。
 頬に。瞼に。額に。………唇に。
 互いを思い出すように。刻むように。
 口吻けで証を熱とともに与え合いながら、久方ぶりの逢瀬に二人は酔いしれた。
 包む風のざわめきさえ、今は寒いとは感じない。
 ほんの一瞬だけの相手の熱に包まれて、凍える空気を暖めあった。


 無言の二人の抱擁を、静かに月は見つめていた。
  それさえ遠慮するかのように雲にその身を隠してしまったけれど………







 キリリク900です!というかこれ、前回のキリリクの現爆の続き……
 ご、ごめんなさい。リクエスト聞いて、これ書きたくなってしまったのです〜(汗)

 タイトル、せきばくうんさいと読みます。見たまんまの意味(笑)
 しかし私の四字熟語、全部造語……(あ、激爆のは違うや)

 当初現郎出さない予定でした。
 でもそれでは切ないままに終わってしまうので、やはり出しました。
 そしたらなんか甘い甘い……

 よくよく考えてみると、こいつら今回初めて接吻してますね。
 うーん。ある意味純愛カップルなのかしら??

 それでは甘ったるい二人ですが、キリリクを下さった雪丸様に捧げますv