見つめる瞳には、いつまでも鮮やかな残像が浮かぶ。
けして何者も侵す事の出来ない、この魂の聖域。
その背を追い続けていた。
その目が笑う瞬間が好きだった。
伸ばされた手を掴み、どこまでも共に歩むはずだった。
その人が、ただ好きだった…………




月を抱き締める腕



 息苦しさに目が覚める。
 ……真っ暗な空間。それでも夜目の効く少年には意味のない事だった。……辺りを見回し、大きく息を吐く。
 自然入っていた身体の力を抜き、少年はもう一度ゆっくり息を吐いた。
 凝り固まっていたモノがどこかで溶け出し、浮かんでいた脂汗が引いていく感覚に身震いする。
 つい今さっきまで見ていた、昔の夢。
 愛しい自分の国。大切だったかつての人々。
 なにも出来ない小さな腕を呪った時………
 震える身体を抱き締めていても、それは止まらない。
 溢れ始めたそれらは塞き止めるモノさえ飲み込んでこの身を蝕み始める。
 ……まだ、時ではない。まだ自分は動けない。
 荒れ狂うモノを一人で止める事が困難で、少年は立ち上がった。
 重い足取りのまま服を身につけマントを羽織る。
 あんな夢を見ると、自分のような人間でも心が重くなる。
 一人では、いたくなくなる。
 自嘲げに笑みを零し、少年は部屋を後にした。
 たった一人、この目に映る残像を払い除けた子供の元へ赴くために……


 空にはネコの目のような細い月が浮かんでいる。
  雲がなく、細い月明かりだけでもそれなりに辺りが伺えた。
 子供は焚き火に枝を放り込み、あくびをかみ殺した。
 寝ずの番……と言うわけではない。いま野宿をしている森の治安も悪くはないし、自分達もまた眠っているくらいでどうにかなるほど弱くはない。
  ただ眠れなかった。
 細い月が自分を見ている。なにか、来ると囁いている。
 それを本気にしているわけではないが、それでも睡魔はなかなか降り立ってくれない。
 呆れたようなため息を吐くと、不意に背後で葉の擦れる音がした。
 振り返れば、人のシルエットが暗闇のなか浮かんでいる。
 訝し気に眉を潜め、子供は声を掛けた。
 「……誰だ?」
 トラブルキッズとして指名手配されている身分だ。できれば無駄な争いはしたくはない。自分達を追う者でない事を願う子供の声に、意外な人物の声が返ってきた。
 それは少し苦笑した、年長者の落ち着きを含む声。
 「相変わらずだな、爆」
 「……炎……?」
 微かな月光を従え現れたのは、子供にGCを譲った人物。この世界にいるGCたちの憧れの人。
 そして、子供の幼い夢さえ笑わずに認めた、たった一人の男。
 見開いた爆の瞳に、鮮やかに笑う炎が映る。
 ……どこか、浮き世離れした笑みだ。まるで夢遊病者のようなそれ。
 違和感を感じた爆は立ち上がって炎の傍に寄る。
 笑っている炎はなにを言うでもなく爆を見つめている。
 それが……子供にはなぜか悲しい。
 「……炎。なにを見ている?」
 どこか遠くをいつだって見つめている少年。それでも、自分と対峙した時は、真直ぐにこの存在を知ってくれていた。
 けれどいまは違う。……自分さえ通り越して見つめる偶像がなんなのか判らなくて、爆は背の高い少年の顔を覗き込んだ。
 微かに、少年の目もとが赤く擦れている。
 それに気づいて、子供は眉を潜める。
 突然こんな所に現れたのも十分不審だが、それ以上にこの情けない顔は許しがたい。
 誰よりも強いと謳われた少年。自分を認め、この背を押してくれた人。
 けれどこの目に映る少年は、あまりにも脆い。もしも今自分が殴ったのなら、そのまま倒れて立てなくなるであろうほどに。
 憤りを目に写し、子供は少年の頬を包む。
 冷たい肌は子供の高い体温に微かな衝撃を感じて身じろぐ。
 それを許さない子供の強い視線に少年は苦笑した。ほんの少し揺らいだ瞳に、常の強さがあらわれる。
 ほっとして、子供は少年の目を見つめる。溢れる思いをなによりも雄弁な視線は確実に相手にそれを伝える。
 ……にっこりと、初めて少年が本当に笑った。
 まるで呪縛から解かれたように、少年はその目に子供を写す。
 爆はそれを見て取って、満足そうに笑った。子供の、……なんの打算もない幼い透明な笑み。
 それにホッと息を吐いて、炎は子供の身体を抱き締めた。
 まわされた腕に何の疑問ももたず、子供はその背を抱き返す。
 凍えている身体をあたためるようにその手は優しく少年を包む。
  ……愛しい温もりに、少年は囁きかけた。
 「スマン、突然来て……」
 「まったくだ」
 呆れた声のなかに笑いを含み、子供は少年の背を叩く。
 密着していた身体が離れ、視線が絡む。
 自分を写している瞳に、子供は笑いかける。その頬を包み、自分の唇を寄せた。
 初めての子供の大胆な行動に、少年は目を見開き……次いで幸せそうに微笑む。
 優しい子供は傷付いた者を抱き締める。
 何の見返りも求めずに、その心の全てで癒そうとしてくれる。
 ……かつて愛した魂があった。それを思い出す事さえ自分には辛い。
 誰かを再び大切だと感じる事に、自分はひどく臆病になった。
 そんな思いさえ吹き飛ばすほど、この子供はあたたかい。
 離れていく唇を追い、返礼のように再び炎は口吻けを求める。
 この体温を、いつだって感じていたい。……この目に見つめられ、この声に名を呼ばれ、その笑顔を向けて欲しい。
 強く幼い肢体を抱き締めて、炎は瞳を瞑る。
 かつて描いた理想があった。
 何者も苦しむ事のない、笑顔で夢を語れる国を造りたかった。
 それはいまもこの胸で疼く輝き。
 ……けれど、自分はそれを行わない。
 求めるモノは歪んだ。…それを自覚している。
 だからこそ、この子供に惹かれるのだ。
 遥か昔、自分も持っていた眩い輝き。色褪せる事なくこの子供は生き続ける。
 この幼い身体のなかに眠る、自分さえも飲み込みかねない力。
 …………この魂を手に入れたい。何者もその心に入れたくない。
 瞼を閉じた大きな瞳に口吻けながら、少年は消えていく凍えた思いを見送る。


 かつて、愛した人がいた。
  この手で触れる事も、その思いを自覚する事もないまま消えた人。
 その背を狂うように追い求めていた。


 けれどいま、瞳を瞑れば鮮やかに広がる幼い笑み。
  これを手に入れるためなら、どんな事さえも厭いはしない。
 ……強く強く子供を抱き締めて、少年は深くその唇を貪る。
 逃げる事も、離れる事も許さないと囁きかけるように………
 ――――この背を抱き締める小さな温もりを、ただただ追い求めた。







 キリリク1444炎×爆です♪
 前回書いたやつがあまりに暗かったので、次書く時は甘いのにしてやると誓ってました。
 ……が、結局まだ最後に暗いの残ってます。
 あと一回くらい書けば全快するかなー、炎豹変ショック症(苦笑)

 今回は爆ではなく炎に強いスポット当ててみました。
  いつもは爆ばかり目立つので、少し書き方変えてチャレンジ。
 ……善くも悪くも、ですねー。もう少し突き詰められないと
  どっちつかずっぽいですか。
 そのうち修正入れようかしら……

 勝手に書き方変えて申し訳ない作品ですが、キリリクを下さったかなちゃんに捧げます♪