それは微かな輝き。
この目に映る、たった一つの光。
我が物顔で視界に飛び込むその目は、あまりにも澄んでいた。
伸ばした腕を、子供は拒みはしなかったけれど。
何も知らない瞳に思いを刷り込ませた。
……そんな、騙したような後ろめたさが消えはしなかった。




融けゆく涙



 子供は微かな葉音を耳に聴き止め、辺りを見回した。
 一人になったばかりで、まだ身体が過敏に辺りの気配を知ろうとしている。
 ……共に旅をしていた子供達はいまは自分に追い付くために修行中だ。
 騒がしかったいつもが、突然昔のような静寂に戻り、いまいち感覚が狂う。
 そんな時だったから、多分その気配も判った。
 きっと、自分も少しは寂しさを感じていたのだ。
 「なんでお前が……?」
 訝しそうな声が漏れてしまう。……嬉しさよりも、いつもどうしたって自分はその男の前で背を伸ばしてしまう。
 同じ所にいると思いたくて、その視線を搦めたくて。
 動揺をあらわにする事も、その腕に甘える事も好めない。
 それを知っているだろうその少年は苦笑を口元に灯す。
 柔らかい甘い声が、笑みを含んで答えた。
 「ちょと、な……」
 「………?なんだ」
 いまいち言葉を濁そうとしているような気がして子供は顔を顰めて少年に向き合う。
 妥協しようとしない子供に笑いかけ、少年は子供のぷっくりとした頬を撫でた。
 こそばゆいと眉を潜めながらも子供は抵抗はしない。ただ強い瞳で少年の返答をまっていた。
 ゆっくりと、逃げる事のできる時間を置きながら少年の唇が子供の額に触れた。
 ……離れれば、少年の目に映るのはどこかむっとした子供の顔。
 まるで触れた事に怒ったような反応に少年の目が傷付いた色を浮かべる。
 少年は見開いた目で慌てたように子供に声をかける。
 触れていた頬から手を引き、……それを恐れるように震える指先を隠しながら。
 「爆……?いや、だったか?」
 どこか憂えたような声音に、子供は呆れたような顔をした。
 腕を組んで尊大な顔で、困ったような顔を向ける少年に子供は答えた。
 ……どこか包むような声音は耳に心地よかった。
 「バカかお前は。ここに来た理由をまだいっていないだろう」
 だからむくれていたのだとは言わないが、言葉は言外にそう囁いていた。
 それにまた、少年は目を見開く。
 あまりにも子供は真直ぐで、待っていられない自分がひどく幼く感じるほど潔い。
 震える指先は、いまだ子供を抱き締められない。
 まるで自分らしくない反応に苦笑を零し、少年は子供に答えた。
 「理由……か。お前に会いたかった、じゃおかしいか?」
 「………おかしい」
 視線を逸らして、子供は小さい声で零す。
 耳が赤く彩られる様を見て、少年は口元に優しい笑みを浮かべた。
 他愛ない子供の幼さが、まるで特別に晒されているようで、少年は好きだった。
 自分の前でけして弱味を見せようとしない子供は愛しいけれど、この心を注ぐ身としてはこの上もなくもどかしいのだ。
 だからこそ、こうして極稀に零される幼い反応が、少年は気に入っていた。
 その目を覗き込むように身をずらし、少年は子供に囁く。
 「お前は、特別だからな……」
 囁きに、子供は目を向けた。無遠慮なまでに研ぎすまされた瞳は少年を斬り付けるようにまっすぐと見つめた。
 ……どきりと、高鳴る胸は何故なのか………
 「特別など、存在しないだろう」
 「………………?」
 言葉の意味を掴み損ね、少年は顔を顰めた。
 それを見ながら、子供は少年の頬を小さな手の平で包んだ。
 「皆が皆、炎は特別だと言っていた。だが……」
 澄んだ瞳には揺らめきすらない。自分を写すその水晶を見つめながら、少年は酸欠のような息苦しさを感じる。澄み過ぎた瞳は子供の純粋さを現しているようで、またどこか罪悪感が浮き上がってきてしまう。
 ……この子供に、自分を見て欲しかった。
 何一つ先入観のない、ただの人を写す瞳に。
 壮大な夢を命を賭けて叶えようとする魂に。
 ただ自分を知って欲しかった。
  ……そう思ったのなら、いてもたってもいられなくて……この手で縋れば子供は抱き締めてくれたけれど。
 戸惑いを知っているのだ。子供の揺らめきは、いまも心に残っている。
 苦し気な少年の顔を労るように引き寄せて、子供は囁いた。
 「お前ほど憶病者を俺は知らん。だから……特別な奴など存在せん」
 ……抱き締められる、幼い腕に。
 なにを怯えているのだと、温もりが囁く。
 これほどまでに優しく強い腕も温もりも、自分は知らない。
 ゆっくりと離れる視線は、初めて揺らめきを見せた。
 隠していた手に触れられ、びくりと反射的に身体が跳ねる。
 まだ止まらない震えを見つめ、子供は眉を顰めた。
 ……そしてゆっくりと指先に口吻ける。
 電流が走るような鋭さを瞬間感じた。
 それを包むように柔らかいあたたかさを子供は少年に分け与える。
 ずっと、怯えていた。……自分でなくてもよかったのではないかと。
 子供は誰にでも愛されていた。より高みにいる者にほど、深く必要とされている。
 そんな中、自分がどれほどの価値を子供に与えているか判らなかった。
 最初に手を伸ばしたのが自分だっただけではないのか。
 傍にいる事すら出来ない、その力となる事すら難しい。
 ……それでも子供は自分を選んだのだと、揺らめく瞳で語ってくれた。
 熱い吐息が指先をくすぐる。
 ほっと、安心するように息を吐いて少年は子供の頬に手を動かした。
 蠢く指先が顔を上向きにさせると、自然閉じられる瞳。
 無防備な瞼に口吻けて、少年は笑みを深める。
 暖かさに流れそうになる雫を飲み込み、炎は爆に口吻ける。
 ……この魂が自分を想うのなら、けして自分は跪かない。
 流す涙もない。誰よりも強くある。
 この子供が思い描く理想のままに、自分は存在してみせる。
 子供の温もりはそんな事は必要無いと囁くけれど。
 少年の前で強くあろうとする子供に、せめて追い抜かれたくはない。
 共に、高みを目指したい。
 ――――夢見るものは、同じなのだから。
 強く強く幼い肢体を抱き締めて、少年は再び唇を求める。
 変わらぬ誓いを囁くように甘く子供を包みながら………







 どーにか出来上がりました、キリリク1616炎×爆です!
  いやー、なんとか甘いものが出来上がった…かな?
 これ書いてて気づきました。
 ……どうやら炎は爆の前で情けない奴のようです。
 爆は炎の前ではいつも以上にしっかりとしようと、一人で立っていようとしてしまいます。
 うーん、立場逆転?(笑)

 でもなんかこんなのが好きみたいです。狂った炎か、爆に弱い炎か。
 ………どっちもわけ判りませんな。

 それではこの作品はキリリクを下さった藤恵様に捧げますv