不意に見上げる空。
そこにはいまだ生命はいない。
住み良い環境へと変化を始めた惑星は、それでもまだ小動物すら存在しない。
孤独に慣れた自分達だからこそ、平静でいられる。
……そんな悲しい檻の中にいた。
閉じた瞼の裏、浮かび上がる幻影。
この手でただ抱き締める事しか出来なかった、幼い魂。
その温もりがひどく恋しくなった………




鍵の無い檻



 規定通りに夜がやってくる。
 疑似太陽は隠れ、二つ浮かび上がる月がかつて自分達のいた世界とは違うのだと知らせた。
 燃える火を見つめていると入り込む、赤い髪。……黙々と目の前の主はなにかの計算をしている。
 それはおそらく彼なりに最高を目指した土地改革の図案。
 割り込む事の出来ない自分はただ彼の世話に従事していた。
 ……爆ぜる火の粉の音に、不意に子供の顔が過る。
 あまりにも無遠慮に相手の目を見る、その心に入り来る瞳。
 出そうになった子供の名を少年は息と共に飲み込んだ。
 「……なにを考えていた?」
 不意に響いた声。
 ……力強い、張りのある王の声。
 少年の方を見るわけでもなく、声の主はその思考さえ読み取ったような声で囁いた。
 自分の思いを隠すように少年は静かに目を閉じて答える。
 「……いえ、なにも。炎様の身体の心配はしていますが……」
 「ちがうだろ?」
 囁いた少年の声に、きっぱりと否定の声が入る。
 その声に一瞬、息が止まる。
 見すかされた、子供への思いに………?
 言葉もなく押し黙って罰を待つ少年に炎は苦笑する。
 「そこまで判っていながら、お前は俺についてきたのか」
 「…………」
 思いを自覚してなお、戻ってきた少年。
 そのまま…あの地に留まるだろうと思っていた自分。
 ……たった一度、彼の子供のいる地に行って来いといった時の揺らめきを覚えている。
 まだ自身の思いを知らない少年に逃げ道を与えた。
 帰ってきた少年はいつもと変わらない。
 ただ……時折ひどく人恋しそうに空を見上げる。
 まるでかつての自分を見ているようだ。今もまだ、あの時の傷は疼く。
 あの子供に癒された傷は、子供を手放した時からまた疼き始めた。
 少年は、いま初めて傷を自覚している。
 ……それに戸惑い、頑なに否定している。
 仕えるべき主君を捨てる言葉を吐けなくて……
 愚かな程一途な少年を気に入ってはいるけれど。
 自分はあの子供が泣く姿をもう見たくはないのだ。
 ……強気な子供が、どれほど自分が原因でその涙を流したかしらない。
 大切な輝きが萎れる様を見たくはない。
 だから、この手でその背を押す。
 愛しく思うのは自分も同じ。だから……せめてあの子供が強くあれるように………
 「現郎、お前はツエルブワールドに戻れ」
 「………炎…様……………?」
 主の与えたその命令に、少年は情けない顔をして首を振った。
 この身に代えても守る、その対象に拒絶される。それは針のように少年の心を突き刺す。
 忠実な守り刀に炎は苦笑する。
 愛しさを無くす事も出来ず、自分を捨てる事も出来ない。不器用に…それでも誠実にあろうとする少年。
 喜ぶ心を否定して、たった独りこの惑星にいる自分の傍を離れられない。
 だから、自分が言わなくてはいけない。
 この少年はけして自分から逃げる事ができないから………
 「……爆の、傍にいてやれ。あいつを……」
 想うのならと囁けば、現郎はその顔を俯けた。
 焔(ほのお)に照り出されるその顔は、微かに濡れている。
 炎は静かに目を閉じて、言葉を繰り返した。
 「……炎様」
 しばしの沈黙のあと、現郎の微かな声が谺した。
 それに炎はただ耳を澄ます。
 ……爆ぜる木の音が優しく二人の耳に響いた。
 「俺は、あなたを置いてはいけません」
 「……俺の命令でも、か?」
 吐き出す息と共に呟けば、少年の苦笑の気配がした。
 ……ゆっくりと瞳をあければ、少年の顔が映る。
 俯いていた顔はまっすぐに自分に向けられている。
 それは、笑顔だった。
 ……悲しい程美しい、微笑み。
 それを裏切る…一筋の涙…………
 「はい。……それを、爆は望みました」
 言葉を綴り、現郎は目を閉じた。
 優しい子供はこの広い宇宙についてはいけない。あの世界を守るのは子供の夢だ。
 だから、もう一つの夢を自分は叶える。
 ……炎の右腕となり、その支えとなる夢。
 子供がけして見てはいけない、それでも望んでいた夢。
 澄んだ瞳はひた向きに自分に囁いていた。
 互いの思いが同じであっても、……否、同じだからこそ。
 傍にあり続ける事が出来ない。
 現郎の囁きに、思わず炎の瞳が揺れる。
 どこまでも人を思える幼い魂。
 自分の心さえ、傷付く事を厭わない。思い人と共にいる事さえ、望まない。
 潔く……残酷な赤子。
 自覚しあった魂が、離れる事に耐えられるはずがないと、知りはしなかったのだろうけれど……
 閉じられた炎の瞳から、たったひと粒零れる雫が揺らめきながら焔を写した。
 「……わかった」
 囁きは掠れていた。
 それは互いに同じだったけれど……
 「それなら、お前は定期的に爆に伝えろ」
 ……まっすぐに絡み合う、瞳。
 揺らめきさえ、同じものを想うが故。
 囁くものも、囁かれるものも……前を見つめる瞳に追い付く事を望んでいる。
 「…………一体なにを…?」
 現郎の言葉に、炎は笑いかけた。
 幼いといってもいい、あどけない笑顔。
 ……それはあの子供の与えた、かつての夢を思い出した王子の心。
 「この惑星の経過を。俺は……」
 笑みが、深まる。子供を想う心は少年と同じ類いのモノだ。
 それでも炎は現郎に辛く当たりはしなかった。
 ただ静かに見つめ、認めた。
 ……あるがままを受け入れる事のできる柔軟さを、炎は爆から与えられた。
 「あいつに、……あの親子に認められる国を創りたい」
 どこまでも清くあった男たち。
 その心に認められる国を具現させたい。……それが、炎にとっての理想郷。
 炎の言葉に現郎は微笑む。
 ……愛した魂を覚えている。
 共に生きようと、仕えた主のもと語り合った日々を忘れる事は出来ない。
 同じ魂を持った、それでもあの男とは違う強さを持つ子供。
 自分も炎も、同じものにばかり心惹かれている。
 それだけあの親子は希有なものだったのだけれど……
 焔の音が、響く。
 子供の魂のようにあたたかい、この身を包む焔。
 ……その思いに名などないけれど。
 現郎も炎もただ耳を澄まし想い続けた。
 この星より遥か遠くにいる、輝く幼い魂を………







 キリリク1800現郎×爆、出来上がりました!
 といいつつ、なんか現郎×爆←炎っぽいですね……

 この作品は雪丸様がいままでとったキリ番の現郎×爆の2作の間にはいります。
 『眠れるココロ』→『鍵の無い檻』→『寂寞雲際』となります。
 ……なに人のとってくださったキリ番で連載しているんでしょうか、私は。

 今回の作品は現郎にスポットを当てました♪
  そのため爆は一切出ていません。
 現郎の思いだけでそれらしい雰囲気を出したかったのです。
 ……いかがでしょうか?(ドキドキ)

 この作品はキリリクを下さった雪丸様に捧げますv