風に揺れる小さな花。
……この世界には存在しないもの。
遠くに旅立った少年たちの国に咲いた、初めての花。
淡い青が灯った、露草に似たそれを受け取った時の感動をいまも忘れない。
少年たちは確実に夢を実現し始めている。
この手にあるその証の数々が愛しくて、子供は目を細めてそれを見つめる。
自分はこの花の世話さえ出来なくて、信用するに足る仲間に託しているけれど。
……本当は片時さえ、離したくはないのだ。

それは遠くにいる少年が、自分の為に選んだものだから………




忘却と記憶



 小高い丘に座って、ぼんやりと空を見上げる。
 雲がゆっくりと通過する様を見ながら、いまだ来ない少年を待っていた。
 少年は時折思い出したように通信を入れてくる。
 そしてこの世界に訪れる時間帯を伝え、それは切れる。
 ……ほんの数十秒の通信。その程度しかこの世界と彼らの星との距離では繋ぐ事が出来ない。
 だから、その全てに意識が集中してしまう。
 自分達は互いに違う世界で生きる道を見つけた。
 それに命をかける事を誓った。……だから、会う事ができるなど願っては本当はいけないと知っている。
 ほんの僅かな逢瀬を不満に思うなど贅沢だ。
 横になり、染み渡るような空を抱き締めて……子供は目を瞑った。
 ………彼の時少年がずっとそうしていたように。
 目を瞑れば浮かぶ、少年たち。遥か遠くでいまも夢の為に足掻いている。
 ――――自分とは違う、その強さと潔さ。
 それを支えていた自分の父である男を、誇らしくも思う。
 もっとも、その姿さえ知らない自分には…どうしたって親という意識で見ることは叶わないのだけれど。
 それでも思う。その背はきっと安らげたのだろう。
 目指した夢は滑稽なほど自分に似ている。……それもやはり、血の繋がりというものなのか。
 まっすぐに、自分の命すら顧みずに進む姿が目に浮かぶ。
 この世界を見たがっていた真。……この世界をどれほど愛しく思えたのだろう。
 自分は、そんな真の思いを一身に背負って生まれた。そして、この世界を真と同じく愛した。
 いまだ幼いこの腕を歯痒く思う事がどれほどあるかしらないほど……
 真の願いを知っている。それは自分と同じ願いだった。
 ……それを抱き締めて、いま生きている少年たち。
 自分達に恥じない星を創るのだと……囁いた少年を思い出す。
 細められた瞳に浮かぶ郷愁。
 自分の知らない、遥か昔に滅びた惑星を思う少年。切なくて、その髪を撫でれば申し訳なさそうに微笑んでくる。
 知る事の叶わない過去は、きっと自分に重なる真に語りかけている。
 自分は二人分の思いを受け止めている。……それをイヤだと思わない。
 この身体の中、確かに真は生きている。
 自分では判らないその誰かは、母に託された剣を手にとった時から囁いているから………
 いまもこうして、自分が寒さに震える事がないように光りは包んでくれる。
 それに苦笑した瞬間、空間が震えた。
 ……それはテレポーテーションの振動。
 瞳を開けずに子供は近付く足音を待つ。
 少年の影が陽射しを遮った。
 「……寝てんのか、爆…?」
 戸惑った声にこぼれる笑み。二人を包む光は楽しげに瞬き、遠慮するように消えていった。
 ……それを感じ、微かな寂しさをやり過ごしながら子供は目を開けた。
 「いや、真と話していた」
 「……………?」
 不思議な事をいう子供に少年は疑問を現すが、子供はそれに応えはしなかった。
 ただ嬉しそうに笑っている。
 「久し振りだな、現郎。……少し背が伸びていないか?」
 立ち上がり、ほとんど変わらない位置にあるはずの目を覗こうとすれば……子供は見上げなくてはいけない事の気づいた。
 それに気づき、少年は自分の頭を掻きながら、初めて気づいたという顔をする。
 「あーそれでか。近頃妙にいろんなもんにぶつかるんだ」
 「……………気づけ、それくらい」
 日常生活ではどこか抜けている少年に子供は脱力する。
 その様を見ながら喉の奥で笑い、少年はその腕を伸ばした。
 ……ぬくもりに包まれ、子供の目許が微かに色付く。
 「ちょうどイイな、これくらいが。腕ん中におさまる」
 楽しそうな声に、子供は憮然とする。……どれほど強くなっても小さなままの肢体は子供にとって不愉快な事の一つだ。
 寄せられた眉に笑みを零し、少年はそれに軽く口吻けた。
 ………睨む目はそのままでも、爆の顔は朱に染まっていく。
 その幼い反応を愛しげに眺めながら、現郎はとっておきの内緒話を囁く子供のような目で爆の顔を覗き込んだ。
 それに気づき、爆が目を瞬かせる。
 「……あのな、今日は炎様から土産があんだ」
 「炎から……?」
 いつも炎の話を聞いてはいたが、直接炎の選んだものを贈られるのは初めてだ。
 一体なんであろうかと子供は目を輝かせる。
 ……いまもまだ、この胸の中には炎への敬慕が残っている。
 炎から譲られてGCウオッチは自ら壊し、聖霊であるジバクくんは一度はその命を落とし…他の聖霊と融合する事で蘇った。
 もとのままの形で残っているものは、実は一つとしてなかった。
 だから心が浮き立つ。
 そんな子供の心情に苦笑しながら、現郎はその背に背負っていた剣をはずした。
 差し出された大きな剣を見つめ、爆の瞳は驚愕に見開いた。
 ………それは真の持っていた剣。
 あの最後の戦いの際に自分が針の塔に突き刺したものだった。
 「これは……真の…………」
 惚けたように呟いた爆に、現郎はにっこり笑った。
 「ああ、あいつの剣だ」
 現郎の声を聞いて、ようやく驚きから帰ってきた爆は困ったように眉を寄せる。
 これを自分が持てるのは…嬉しい。この身に残るあの光だけの存在も微笑んでいる。
 けれど、これは炎の戒めだった。
 ――――また自らの望みを歪めないための。……けして過去を振り返らないための。
 だから受けとる事にためらいが残る。
 それに気づいた少年は目を細めて子供の頭を撫でた。
 幼い扱いに腹を立てるよりも、子供は零された穏やかな笑みに目を奪われる。
 見上げるあどけない瞳に、なによりも綺麗な笑みが写る。
 「……お前が持っていた方がいい。そう、炎様が言ったんだ」
 優しい子供は自分が嬉しい事よりも人の傷を気にする。
 だから、これを託したいと炎は囁いていたのだ。
 ……この目に写る剣に、どうしても重ねてしまうかつての男。……導いた子供。
 それに縋らないために、炎はこの剣を手放すのだ。これを持つに相応しいものは、この世にたった一人しかいない。
 ……それは自分ではないと苦笑した主を思い出し、現郎は子供の背に剣をかけた。
 この剣は最強の証。
 ……この子供だけが背負うに相応しい宝剣。
 それを継承させる事は、遥か昔に消えた友をこの面影に負う事をやめなくてはいけない。
 もういない者を悼む時期は、本当ならもう過ぎている。
 子供の優しさに付け込んでいままで甘えていたけれど……
 自分も主も、過去と決別し、未来に歩まなくてはいけない。
 ………薄れる事のない記憶に視界が霞む。
 少年の涙を口吻けで受け止めながら、その不器用さに子供は切なげに笑った。
 光が、微かに灯る。それは自分にしか見えないものなのだけれど。
 いまこの瞬間だけでも…少年に伝われと、祈るように子供は抱き締めた。


 光はいつだって自分達を見つめていた。
 時間も場所も関係なく、この心が歪まないように包んでくれていた。
 それは、彼を思った人たちの哀しみの深さ故に可能だった事。
 ……自分を、そしてこの光となった男を思う少年。
 流れる涙をすくいとれるのが自分だけなのが、少しだけ切なく…誇らしかった。
 縋る背を見つめながら流れる雫を…子供もまた、少年に抱き締められた…………







 キリリク3476の現郎×爆の続きです。
 本当はフルバ頼まれていたのに、勝手に変えてしまいました(汗)
 ごめんなさい、フルバは館主のキリ番で書きます(滝汗)

 今回は真の剣の受け渡しを書きたくて真が出てます。
 ……って、これでは亡霊?
 いや、もっと綺麗なイメージのものなんですけれど(悩)
 でも真、書いてて楽しかったです。一言も台詞ないですけど!
 爆と真は物凄ーく意見合うんだろーなー。きっと生きていたら、なんで別々にいるんだろうってお互いが不思議になるくらい考えとか同じなんでしょう。
 こういう関係、微笑ましいです。それでもやっぱり違う所があって、そんな所を認めあえるだろう二人が可愛いですv

 この小説はキリリクを下さった雪丸様に捧げます。
 すっかりこれもシリーズっぽくなってますけど、一応1話ずつで読めるようにしています。
 また続き考えるべきですかね………。