自分を抱き締める腕を知らない。
 育った世界に、当たり前に与えられる感情は存在しなかった。
 与えられたのは型通りの優しさ。
 それを寂しいと思うこともなく、自分は育った。
 知っているから。……誰も、本当には人を思えないことを。
 自分を思うように人を思うのは、どこか空々しさが残る。だから自分はせめて真直ぐにその思い達に向き合おうと思っていた。
 ………それくらいしか、返せないと思っていたから。
 愛される意味を知らなかった。
 一人が寂しいものだなど、思ったことはなかった。
 それでも…………

 欠けた心に入り込む温かさ。
 壊れていた箇所を癒す優しさ。
 ……形さえ朧だったものがゆっくりと姿を現す。
 初めから失っていたはずの欠片は、眇められる瞳が優しくはめ込んでくれた。
 それさえもが、錯角だったのか。
 冷たい笑みが浮かぶ。……否。それは冷たくさえない。
 なにも認めてはいない、無感情なる笑み。
 ――――零れる涙に、応える心は残っているのだろうか…………


 この身体に、縋るように抱き着く少年の重みは嫌いではなかった。
 ………必要なのだと、雄弁に語ってくれていたから。
 口元だけをあげる、静かな笑みは嫌いではなかった。
 ………なにも思うことの出来ない自分でも、暖かさを感じられたから。
 その背を追うことは嫌いではなかった。
 ………その先に広がっている世界は、きっと自分の思うものに近いと思っていたから。
 それはただの妄想だったのだろうか。
 いまこの、目の前にいる少年の瞳に浮かぶ思いは、なんだろうか。
 なぜ、信じている相手の、その笑みが怖いのだろうか。
 「やっと俺の所まで来たな、爆!」
 いつもと変わらない、少年の声。何も変化のない瞳。
 なのに、この心が疼くのはけして思いによるものではないのだと判ってしまうのだろうか………
 それでも、無くせない希望が口元にぎこちない笑みを作らせた。
 ……囁く声が、震えはしないことを願って紡がれる。
 「なあ、炎。あの女が言ってたことは嘘だよな……?」
 断言出来ず、疑問として投げかけてしまう言葉。自分の囁き…それだけでも、十分な証なのに。
 それでもこの心はまだ、願うのか。
 いつもの静かな笑みで、なにを言っていると否定することを………
 硬く結ばれていた唇が綻ぶ。
 ………それが笑みを象ることを、どれほど願っただろうか………………
 「なんだ、まだ生きていたのか姉上は………」
 何も疑問に思っていない瞳。自分がどう思うかさえ、考えていない声。
 冷酷なまでに何も入り込めない鉄壁の壁。
 気づいてさえ、いないのか。この心の慟哭に。この心が流す赤い血に。
 ………泣き叫ぶ声に。否定する思いに………!
 何もしらない無表情な顔は静かに歩き、なにかを呟いていた。
 そんな音、聞き取ることは出来ないけれど。
 この心に渦巻く声は誰にも聞こえないのか。
 ………錯角、していたのか。
 知っていた。誰一人として人は他人のコトを思うことは出来ないと。
 その全ては自分の為だと。
 けれど、それを否定してくれたのだ。この少年はその心の全てで固まっていた自分を溶かしてくれた。
 信用は出来ても信頼することのなかった自分を、ゆっくりと導いてくれた。
 その全てさえ、自分を強くするためのステップに過ぎないと言うのか。
 その全てを認めて、それでも傍にいろと囁くのか。
 ……犠牲は、大きかったのだろう。この少年の心が啼いているのが判るから。
 自分はもう、繋げてしまった心を切り離せないのに。少年は本当さえ、見せていなかったのだろうか。
 亡くしたものは、多いだろう。自分では判らないくらい、知り得ないくらいに。
 それでも、希望を踏みにじられることはそれと同等に苦しいのだと……知っているのだろうか。
 震える指先を、強く握りしめる。
 …………苦しさに負けて蹲るなど……冗談ではない。
 歪んだ瞳に映るのは切ない願い。
 それを、認めてはいけない。それに同調してはいけない。
 少年はいつだって自分を導いてくれたのだ。
 ――――ならば、今度は自分が導く番だ。
 硬く歯を噛み締めて、慟哭が零れないようにして………
 ゆっくりと、自分の思いを吐き出す。
 ………少年が初めて覗かせたその心。深い闇に彩られた、悲しい心。
 それでも自分の心に巻き付いていた色褪せた歪みを、その心が晴らしてくれたのだ。
 誰かを思うことが出来るのは、まぎれもなく少年のおかげだったから。
 それならば、自分が正さなくてはいけないのだろう。
 なにも求めはしないから。
 なにも願いはしないから。
 ただ、祈らせて欲しい。
 ………自分を包んだ優しさを、微かでも与えたいのだ。
 胸が押しつぶされる。息が凍る。……それでも言わなくてはいけない。
 「俺は……」
 掠れる声が泣きそうだった。
 続けることが切なくて……それでも言わなくてはいけない一言。
 瞬きすら自身に赦さない。逃げ出したくなることも認めない。
 ………ゆっくりと、唇をあける。決別の為ではなく、もう一度出会うために。
 「お前が許せない………」
 微かに、少年の瞳が曇る。僅かな希望にほっとする。
 もう一度、始めなくてはいけない。……近付くそのために、戦おう。
 この命すら賭けた、魂の嘆きの戦いを―――――



 初め心を閉じていたのは、子供だった。

 ……愛してくれる腕を知らなかったから。早くに世界を知り過ぎたから。
 思うことの空しさを理解してしまった。
 けれどそれを溶かし、導いた指先を手に入れた。………それはもう手放すことなど出来ない。
 けれどその指の持ち主は、子供以上に頑な殻に閉じこもっていた。
 触れることでも、掛ける言葉でもそれは無くなりはしない。
 ………ならば、破壊しよう。

 仮初めの出会いなどいらない。この腕を傷つけても、命を削りあってもいい。
 ぶつかりあう魂の出会いを、もう一度。


 ――――今度こそ、本当に互いを手に入れるために…………







 キリリク4466HIT、炎爆の続きですv
 一体どちらのか判らなかったので、勝手に『凍れる焔』の方にさせていただきました。
 というか、これもともと入れようかなーと思いつつ長くて入らないと断念した『爆サイド』の話なんですよねー。
 憧れていた人や、信じていた人に『許さない』って言うのは凄く辛いと思います。
 私は有り難いことにいままで誰かを『許さない!』と思うようなことはなかったのですが。……でも友人にそんなことを言うと考えると、胸が締め付けられます。
 だから、もしも許せないことがあった時でも、こんな風にまっすぐ向き合えるか、自信が少しないです。
 でも、やっぱりこうして向き合ってぶつかって、またやり直さないといけないんだろーなーとも思います。
 前回は『家族』という存在に関して書きました。今回は『親(真)』に関して書こうかなーと思い、途中まで書いて……こっちに変えました。
 やっぱり気になって書かずにいられなかった……

 この小説はキリリクを下さった藤恵様に捧げます♪
 また機会がありましたら足跡残していって下さいv