それはいつの頃からか始まった逢瀬。
どんな約束を交わしたわけでも…ましてその誘(いざな)いの先になにがあるかも判らない。
ただ、光が自分を急かす。
月明かりがゆったりと道を作り、その世界に自分を連れ出す。
―――――それはあるはずのない出来事。
あってはいけない出来事。
知っている。理解している。
それでも……この光から目を逸らせない。
月だけが監視している。
………けして、振り返ってはいけない。
振り返ったなら捕われる。常闇の世界に。
月だけが監視している。
………優しい月だけが、自分の理性。
この世界へと帰る道を照らす、唯一の灯火。
愛してやまない世界との、たった一つの絆…………
黄泉比良坂
月が瞬く。それが合図。
これはいつから起こるようになっただろうか。
その存在を知ってからすぐだったか。……あるいはもっと昔からだったか。
ゆっくりと子供は足を踏み出す。
……それは月の旋律が柔らかく響き、あたり一面が濃紺のベールに包まれる瞬間。
世界が一転する感覚。ついいまさっきまであった満点の星空もなくなる。この道を照らしていた、微笑む月も。
ただただ深く溶けた闇が染みだし、淡い灯籠のような道を浮かび上がらせていた。
その風景に恐れるでもなくしっかりした足取りで子供は前に進む。
あとほんの少し進めば、そこに彼がいる。
……それを知っているから恐怖などなかった。
怖いことはもっと別な事。
不意に涌いた自身の声に子供は眉を潜めて苦笑した。
それを飲み込むように瞼を閉じて、子供はゆっくりと息を吸い込む。
眼前に聳(そび)え立つ巨岩。一枚岩とは思えないその大きさに初めは息を飲んだけれど。
もうそれに驚く事もない。………触れたならそれは闇に沈んで蓋を開け放つ事を知っているから。
ドロリとした感触とともに消えた岩を見送り、子供は一歩その中に入った。
中も代わり映えのしない濃紺の世界。唯一違うのはそこに誰かがいるという事。
…………男の声が、響く。
ゆったりとした甘いテノール。聞くものを心地よくさせる旋律。
「今日は遅かったな、爆?」
笑みを含んだ声に、子供は呆れたような顔で答える。
「ここに時間があるのか?……お前と俺は違う時間に生きているのに」
子供の何気ない言葉。……核心をつく言葉。
知っていて子供は囁く。さり気なさを装って、まるで境界線を引くように。
それに気づいて男は口元の笑みを深めた。……零れた笑みは幼くて、まるで子供と年が変わらなく見える。
初め彼を見た瞬間、鏡だと思ったのだ。
同じ目をした、同じ魂を宿した男。あまりに同じ過ぎて、不自然な気がするほど………
鏡に触れようとした手は伸ばされた腕に捕まれ、彼は泣きそうな笑顔で自分の名を囁いた。
だから、それに答える為に子供は彼の名を囁いた。
…………それがあるいは逢瀬の切っ掛け。
それをまた…繰り返す。
「………真」
声は静かに世界に染み渡る。なにもないこの空間の中、ただ目の前にいる宙に座った男だけが全てだった。
男は子供の声の中にある疑問に気づきながらも何も応えない。
それがなぜか、なんとなく気づいている。
………それでも知りたいと思う事は、悪い事なのだろうか……?
爆はまっすぐに真を見つめ、逸らされない視線に勇気づけられながら囁く。
「ここは……どこだ?」
何度となく繰り返された問い。
………何度となくはぐらかされた問い。
また男は優しく微笑み、ゆっくりと両腕を子供に差し出した。
その仕種はまるで幼子に対する慈父のようで、子供は眉を潜める。
けれど、結局男の瞳に乗る懇願の瞬きに逆らえなくて、その腕を受け入れた。
自分と大して変わらなくなってきた男の背丈。
宙に浮いているように見えた姿も、こうしてその腕の中に収まれば実際は目に見えない岩のようなものに乗っている事が判る。
………解けないナゾなどない。だから、子供は知りたいのだ。
出会える筈のない彼と、こうしていまも重ねられる逢瀬の意味を………
それを問いかける子供の瞳に男は苦笑する。……その視線に応えられないのだと囁くように男は子供の瞼に口吻けた。
それを受け取り、子供は閉じた瞼の裏にも鮮やかに浮かび上がる常闇の主に語りかけた。
「まるで貴様はイザナミだな」
「………誰だ、それは?」
呆れたような子供の囁いた名を知らない男は、不可解な顔をして応えた。
その声に不意に自分達の生きている世界さえ違った事実を思い出し、子供は苦笑を零した。
あまりにも同じで、あまりにも違和感がなくて。
………つい出会っている時は錯覚してしまう。自分達が本当に一つであると。
些細な差異が確かにあるのに、それでも引き付けるこの引力が何故か判らないほど愚鈍ではないけれど。
それは多分…自分達が互いに寄せる渇仰には邪魔でしかない事実。
子供はそれを飲み下して男の肩に顔を埋める。
…………掠れた声が男の肩から紡がれた。
「イザナミは女神だ。イザナギという男神の妻で、子を産んだ事で命を落とす」
ゆったりとした語り部は、サラサラと舞い落ちる砂時計のように言葉を降り積もらせる。
………男の魂の奥深くヘと。
「それを悲しんだイザナギはイザナミを生き返らせようと黄泉の国に行く。……が、腐った姿のイザナミに驚いて逃げ出した。そうして黄泉の国へ続く坂を塞いだ。その坂の名は……」
閉じられていた子供の瞳が、開く。
遠慮のない好戦的な視線。……まるで挑発するようなその輝きに男の瞳が一瞬赤く光る。
そして……言葉が重なる。
『黄泉比良坂………』
反響した二人の声は静かに闇に溶け込んでいく。
それを見つめ、男は深い笑みを口元に灯らせた。………赤く光る瞳が闇の化身を彩る。
ゆっくりと子供の首元に指が絡まり、微かに力が込められる。
それを知りながらも子供は視線を逸らさない。
………そして下らないとでも言いたげに息を吐き、男に囁く。
「知りもせん癖に人の思考を読むな。全く馬鹿馬鹿しい」
自分に確かに向けられている殺意に全く無頓着な子供の声に、男は眉を寄せる。噛み締められた唇が震え、握り潰そうとする指先が拒むように震える。
暫しの逡巡ののち、深く息を吐き出す音が子供の耳に響く。
それを瞬きとともに受け止め、子供は男の背を叩く。
泣きそうな気持ちでそれを受け止め、男は子供の肩に瞳を埋めた。甘えてくる大人に困ったような顔をして子供は抱き締めた。
「少しは…疑えよ?この状況でなに自信満々にいってんだよ」
「馬鹿か貴様は」
少しだけ震えた男の声を吹き飛ばすように、子供はいう。
男の抱き着く腕が…強まる。まるで年端もいかない幼子のようなその姿に胸が痛む。
抱きとめたその存在をなくさないように、子供は囁く。
「貴様が…俺に対してどんな嘘をつける?言葉など意味はない。貴様が思う事は俺にも伝わる」
この世界はそうした空間。思う相手が同じに思いを返せば、それは確かな繋がりとなる。
だから男は子供に嘘などつけない。伝わる思いは互いの本心なのだから。
………それこそが、いまは痛いのだけれど。
いま自分が思っている事を子供に悟られたくなくて、男は見破られる前にそれをベールにまくように言葉を紡いだ。
「イザナミは……寂しかったんだな…………」
「…………?」
不意に囁かれた声に反応が遅れる。
子供は男の言葉を理解しようと眉を潜めた。そんな反応がわかったのか、男は言葉を続ける。
「寂しくて寂しくて、一人でいたくなかったんだ。その思いが深過ぎて……イザナギまで狂わせた」
死者は弔われる為にある。けして生き返る為にいるわけではない。
それはどこの世界でもどこの時代でも変わらない。絶対不可侵の掟。
………神たる身でありながらそれを狂わせる。それほどに思いが深かった。
だから……だと。男は囁く。
痛いほどの切なさを込めて。
震える男の背を抱き締めて子供は目を瞑る。
帰ることのできる自分。
帰る場所のない男。
この世界でたった独り、月明かりが道を照らすほどに男は思い続けている。
だから、この腕はここにある。
この幼い魂を閉じ込めたまま闇に魅入られた男を守る為に。
この世界に惹かれている自分を粛正する為に。
この腕は男を抱き締めて…男との別離もまた示す。
………ゆっくりと重なる唇に染み付いた涙の味は…けして消えない互いの溝。
それがあるが故に出会えた皮肉を笑う事も出来ないけれど。
ただ思う。
この月光がいつまでも照っていればいいと……………
―――――その腕を絡めながら……
キリリク6666HIT、真爆です。
…………死にました。まじで。
こんなに難しいとは(吐血)真の性格がどうしても出来上がらなかったです………
信じられないですね…書いても掴めないキャラクターって何者ですか、流石は真だよ………
真は基本的に爆と同じと思っています。
ただ爆より感情が素直に顔に出て、爆よりも少し大人で我を押し通せない感じ。
自分の意志を曲げないのは特殊な状況においてのみで、普段は気のイイお兄ちゃんってイメージ?
………ここまで固まっておきながらなぜいざ書くと変わるの???
訳わからないです。←
この小説はキリリクを下さったアヤコ様へ捧げますv
こんなヘボで申し訳ないですが受け取って下さい。返品不可ですv←