最初は……苦手だった。
はっきりいってしまえば嫌いな類いの人間だった。
笑って人を傷つけられる……そんな人間を許容出来るほど大人ではない。
それでもどこか……切なく自分を求める視線に胸が疼いた。
……自分一人に優しい指先なんて……大嫌いなのに。
なにも解っていない少年は振払った指先に泣きそうな顔をする。
本当に……何もかも全部、自分達は違う。
初めて見た瞬間に…息が止まった。
自分より圧倒的に下の子供。それでも諦める事を知らない瞳は自分を射すくめた。
たった一振りで殺せると思った存在は……信じられない方法で凶刃を受け止める。
思った通りに…強い。その視線に負けない力を秘めている。
口先だけの輩など嫌いだから。実力もなく優しい者も、潔い者も……ただ屠る為にいるだけの弱者。
自分の持つあらゆる条件を蹴り崩して、子供は目の前にいた。
だから伸ばした指先。……子供は顰めた瞳を揺らめかせ、享受した。
手に入れたはずの魂は、けれど突然それを拒む。
不安に張り裂けそうな胸のまま、子供を伺えば……感情を灯さない瞳が映る。
なんでキミなんだろう。
………こんなにも面倒で大変で。1個だって同じもののない自分達。
それでも惹かれ合った事に否は唱えない。
だから……教えて欲しい。
強さで心を包まなくてはいけないほどに傷ついている、子供の思いの欠片だけでも…………
羽根を守る故に
申し訳なさそうな顔をした青年を前に、子供は深く息を吐き出した。
それを見て取り、また青年は口を開いて同じ言葉を囁いた。
「……本当にすいません。調度いらっしゃらないんですよ」
困ったような顔で笑っている青年に、子供は視線を向けて苦笑する。
会いに来た目的の人物が、ちょうど外出中だった。
………それはあるてど予測していた事だから……全然構わないのだが。
分りやすすぎる少年の行動に少し呆れていたのだ。
「いや……そうだと思っていた」
穏やかな声でそう返した子供に、青年はほっと息を吐く。
そんな様に子供は笑みを深める。……本来なら、青年はこうして姿を表す事など出来ない。
植物へとその本体を戻し、力を貯えている途中なのだから。
それでも面倒見のいい青年は自分や仕えている少年が困っていればかなりの労力を費やしてでもその姿を具現してくれる。
………こんな些細なすれ違いに対してだって……心配してくれる。
情けない事にそれを気のせいだとはいえない。こうして会おうとしない少年の心情を察する事が自分にはできる。
けれど……自分だけが全てと思っている少年は決して自分の心情など考えられない。
それだけの余裕がない。
歯痒さに唇を噛み締める。……ちゃんと解れと……怒鳴っても無駄なのに。
そんな方法しか取れなかった幼い自分が腑甲斐無い。
………一瞬漏れそうになった囁きを口の中で噛み殺し、子供は青年に暇を告げようとする。
それより早くに青年はにっこり笑って室内を示した。
「よろしければ…上がっていかれませんか?紅茶でもお入れしますよ」
瞬く瞳が…話を聞くと囁いていた。
……緩やかな話し方よりも、変わらない優しげな笑みよりも。
なにより雄弁な青年の誠実さを表す静かな視線。
躊躇うような逡巡の後、子供は小さく頷いて青年の後についていった。
コポコポとお湯をポットの中に注ぎ、ふんわりとこもる湯気に目を細める。
青年はそれをマットの上において作ったばかりのクッキーを棚から出した。
………この世界が平和になった時から……子供がここに来る事が増えた。子供をもてなすために色々なお菓子や紅茶が日に日に増えていくのを管理しているのは青年だった。
もともと針の塔でも似た事をしていたおかげで随分詳しくなった。……だから…ああした不安定な子供になにを与えればいいか悩みながらも手際よくブレンドする。
正直、何故子供がこの家に来るようになったか解らないわけはないのだ。本人は大っぴらにしたくはないのだろうが、自分の主人はかなり喜んで話すのだから。
だから嫌が応にも解るのだ。………子供の浮かない視線や飲み込まれる溜息が何故か。
その全てを隠そうと…自分一人で解決しなくてはいけないと気負っているわけが。
よりにもよってもっとも大変な相手を選んだものだと青年は苦笑する。
「………雹様は……悪気がありませんからねぇ………」
ハーブの香りが漂い始めた室内で小さく青年は囁く。
………話を、いつも聞いていた。
だから溜息が出るほど子供の苦労が解るのだ。
なんの計算もなく、ただ子供を愛す少年。その中に打算など組み込まれる事もなく……他者を労る心も加わらない。
なにも知らない無垢な赤子が外界に対して何の疑問も持たずに破壊を行うだけ。
理解させるには気の遠くなるような時間がかかるのだ。
……大抵の人間はそれを全て少年が異常なのだと罵り去っていく。けれど子供はそれが出来ない。
紅茶をカップに注ぎ青年は笑みを深めた。
だからこそ選ばれた子供。少年は唯一必要な存在を手に入れた。
其れ故に……相手を傷つけ苦しめて。そして自身も傷を負って泣きながら前を見なくてはいけなくなっても。
それは平和になったこの世界で生きるために必要な傷。……そして儀式。
呪われた塔に固執し…もっともその茨の毒を注がれた少年は、子供の光に少しずつ浄化されていく。
だから…せめて自分だけは気付いて支えなくてはいけない。
子供の肩にのしかからせるには……余りに重いのだ。
あらゆるものを自身の責と思って請け負う子供に、これ以上の枷は与えられない。
子供と少年の……思うが故の擦れ違いにこの手を差し伸べて一時安らがせる。
………それくらいのことが出来なくては、彼に使える事は出来ないと苦笑を浮かべて、青年は用意の整った盆を持つと部屋を出た。
きっと居心地悪そうに待っているだろう子供の内に巣食う言葉を吐き出させるために………
等間隔で歩く足音にほっと息を吐く。
何度来てもこの部屋の雰囲気に馴染めない。あまり趣味のいいとはいえない装丁の室内に一人いるのは少し息苦しくなってしまう。
それを知っているのだろう青年は苦笑して部屋に入ってきた。
「……どうぞ。今日は久し振りにハーブティーにしました」
差し出したティーソーサーの中に浮かぶラベンダーに子供は少し顔をしかめる。
青年が自分の精神状態によって出すものを変える事には気付いていたが……ばれていると解ってしまうのは少し居心地が悪くなる。
カップに手をつけずに子供は青年を見上げた。
「………どうかしましたか、爆くん」
優しく微笑む青年に苦笑する。……彼は解っていてこれを出している。自分が精神安定を主として用いられる香りが必要だと悟られている事を知って…その上で話せと。
………もっとも怖いのはなにもかも見透かし計算して…それが決して悪意でない彼なのかもしれないと思いながら、子供は口を開いた。
吐き出す息よりも重く深い思い。……それを包み込める子供の包容力に守られ、その声は力強く響く。
「………傷つけるなというのは……無茶な願いだと思うか?」
青年にはなんの前置きも必要無い。そう囁く声に青年が小さく笑う。
まっすぐに人を見据え、それでも恥を含む事なく生きられる人間は希少だ。
そんな子供がここまで願っても成就出来ないものがある事に不条理を覚える。……けれど、それは仕方ないと言えてしまう自分はきっと少年に甘いのだろう。
「あの人にとっては……辛いですね」
だから……範囲指定の答えを与える。いつだって…結局は自分は少年の味方だから。
そんな自分の言葉が子供に更に枷を与えないように細心の注意を払って………。
それを受け止め、子供は顔を隠すように組んだ指先に埋める。……それはこうして少年のことを語る時の子供のくせ。
「なあチャラ……。それでも傍にいたいと思うのは……我が侭だな」
痛みを与える事を知っていて、他に何の逃げ場もない者を傍に置く。
………残酷な事を強いている。それでもこの願いを無くせない。
小さな囁きには子供とは思えない深みがあった。誰かを思い切なく胸を焦がした事のある者だけが持つ…魂の根源を揺する旋律。
それが耳に触れ、青年は困ったように口元を歪ませた。
我が侭なわけが……ないのだ。子供はむしろもっとも困難で面倒な道を根気よく地道に歩んでくれている。
ただその傍らを歩む者があまりに子供と違うから…その歩みはどうしても進まない。
せめてそれだけは知って欲しいと囁くように青年は笑みを優しさに変えて子供に呟く。
「……雹様は…あなたしか必要無いと言い切りますからね。それによってあなたが傷つくと思っていないんです。手に入れた者の眩さに…目が眩んで取扱いが杜撰(ずさん)になってしまっているようです」
愛して……愛し過ぎて。決して手に入らないと思っていた光を手に入れた。
それ故の盲目。強すぎる輝きに目を焼かれ、いまは盲(めしい)となった少年は触れる者に傷を与えているかどうか解らない。
その言葉に子供は深く息を吸い込む。……痛む胸は尽きる事はない。
けれどその痛み全てを抱え込む苦しみより……自分は少年を選んだのだ。
それならば…この腕が千切れようと願いは消さない。それが自分の誠意であり…思いの証だ。
苦しさを紛らわすように吸い込んだ息を吐き出し、子供は仕方なさそうに口元に笑みを宿し……それでも目元は手で覆い囁く。
「全く……馬鹿な奴だ………」
「それでもあなたは選んだのでしょう?」
小さな子供の声に、青年は優しく返す。
指のベールから解かれた瞳に宿るのは深く澄んだ視線。
………応えない子供にからかうようにそれがなによりの証拠だと囁き、青年はいまだ帰らない主を思う。
ふて腐れないで……帰ってくればいいのだ。……結局はこれほどに愛されていると知って泣くのだから。
拒まれた指先の理由さえ、共にあるためなんて……教えるのさえ馬鹿馬鹿しい。
帰ってきたなら……教えてやらなくてはいけない。……不器用な少年は手に入れた宝石を研摩出来なくて自分の価値に戸惑っているから。
そうしたなら…また少年は子供の家の窓を叩くだろう。月明かりを背に…その純白の羽根を靡かせて。
そうして傷つき苦しみ……思いあえばいい。
………狂った歯車はそうして少しずつ軌道修正されていくのだから…………
もう冷えたカップに唇を寄せ、触れた吐息に波紋を作る湖面を見つめる。
透き通るその色は優しげで……少年の瞳を想起させる。
………早く帰ってくればいいと閉じた瞳の奥まっ先に浮かぶ顔に囁き、子供は微かなぬくもりを飲み込んだ………
キリリク8300HIT、雹×爆でチャラへの惚気話でした!
………雹全く出てきてないくせになんで甘くなるんだ!?
初めてですね、雹×爆を頼まれたのは。……こんなに基本なのに。
でも今回彼は出てないです。どっかで不貞腐れてます。でもどうせ寂しくなって爆の居所GSウオッチで調べて大急ぎで帰ってくるのでしょうけど。
結構…うちの雹は爆以外に価値無し!みたいな事書かれる割に……チャラ好きです。
兄弟とか親子とか……そういうのも超越してる感じに。なんというか…同じ存在みたいな。
だからチャラだけには雹も素直だし、爆のことも話すんです。
……そのこと承知しているので爆もチャラにこうして相談出来るんですけど。
チャラ……いつもあてられているのかー……哀れな。
この小説はキリリクを下さった深山茜様に捧げます♪
念願(笑)の連続HITおめでとうございました!