柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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ゆらりゆらり、ゆれるゆれる
ゆらり ゆらゆら、世界が揺れる

ぼんやり眺めた夢現つ
淡い空のその色は
ぼんやり溶けて月になる

ゆらりゆらゆら ゆらゆらり

月はどこかと手を伸ばす
そうして覗いたその先で
再び落ちる青い空

優しく綻ぶ瞳の色に

ゆらりゆらゆら

夢現つ……………





あなたの傍で。



 「………………………、まったく」
 軽い溜め息とともに、そんな独り言めいた声が落ちる。若干の困惑と、多分の呆れを潜めながら。
 視線の先では呑気に眠る愛しい人。待ち疲れたとか、そんな可愛らしい理由は望むべきではないだろう。彼は飽きればまあいいか、の一言でさっさと帰宅してしまう。勿論、それが忙しいだろう自分を気遣う意味も込められている事は知っている。
 けれどそれを差し置いてなお、充分淡白で素っ気ない態度だと思わざるを得ない。
 彼はいつだって余裕たっぷりで、慌てたり戸惑ったりする姿を見せなくなった。それは勿論、自分が原因で法曹界を追放された後に手に入れた仕草なのだから、彼が自分に責められる謂れは無いだろう。
 解っているけれど、納得出来るわけでもない。仕事でもプライベートでもクールであろうと思うけれど、自分の情熱を傾ける対象には感情のままでありたいのだ。例えばそれは音楽だったり、目の前で惰眠を貪る彼への想いであったり、だ。
 「信用されているんだか、意識されていないんだか………」
 どっちもな気はすると、もう一度溜め息を吐き出して響也は件の人に近づこうと歩を進めた。
 一応、躊躇う理由は、ある。よりにもよってこの男は、堂々と人のベッドを占領して眠っているのだ。丸まったネコのように幼い寝姿は微笑ましくはあるが、溜め息の一つも出ようというものだ。
 「………成歩堂さん?そろそろ起きませんか?」
 潜めた声で、出来るだけ穏やかに呼びかける。ベッドサイドに腰掛けた揺れのせいか、薄らと彼は目を開けた。
 視線は動かず、じっと間近の手のひらを眺め、それだけで相手が誰であるかが解ったらしく、また目を閉ざそうとする。
 ………確かに指輪をいくつもはめたこの手を見れば、判別はつくかも知れない。
 だが、解ったからこそ、もう少し慌てるなりなんなりのリアクションが欲しいと思ってしまうのは、我が侭だろうか。
 本日三度目の溜め息を落とし、響也は成歩堂の肩に手をかけ、軽く揺すった。
 「成歩堂さんっ、寝たままなら、襲いますよ?」
 だから起きて少しは相手をしろと、拗ねた物言いでつい言い募ってしまう。子供のようだと心中で舌打ちをしながら、憮然と彼を見遣った。
 クスクスとベッドで眠る彼が小さく笑う。楽しそうなそれは、寝ぼけながらも必死に声を掛ける自分の心情を把握しているせいだろう。
 質が悪いと思いながらも、同時に、それが彼が起きる要因となる事を知っているので、小さく笑みを上らせた。
 「襲われるのは、嫌だね」
 目を細めて楽しげに自分を見上げる様は、正直心臓に悪い。誘っているならばまだしも、それが無意識の仕草なのだから、本当に質の悪い人だ。
 気持ちを落ち着かせるように彼の頬を撫でて、普段はニット帽に隠されている髪を梳いた。
 「ならもう起きてもいいんじゃないですか?軽食でよければ、作りますけど」
 どうせなにも食べてい無いのだろうと、床に散らばっている資料と書類を顧みながら問いかける。裁判員制度のために奔走している事は聞いたが、資料が揃っているからと時折ふらりとやって来ては人の自室に居座るこの人は、本当に野良猫のようだ。
 愛想を振りまくわけでもなく、自由気侭に振る舞っているからこそ、余計に。
 「んー、いや、いいよ。牙琉検事だって帰ったばっかだろ?」
 髪を梳く指先に気持ちよさそうに目を瞑り、また成歩堂は眠るような気配を見せる。それに慌てて響也は軽く頬を叩いて呼び戻した。
 「そりゃ、夜勤帰りだけどね。だからってアンタが来ているの無視して寝る気にはなれないよ!」
 敬語も忘れて出会った当初のような物言いをすれば、きょとんと、成歩堂が目を瞬かせた。意外な言葉だったらしく、首を傾げる様さえ幼い。
 本気で解っていない。この男の鈍さは天下一品だ。同じ男なのだから解るはずだろうに、理解していないらしい。
 仕方なくまだ頬に添えられている指先を撫でるように動かし、彼の髪を後ろに流して額を晒した。  そっとその額に口吻けて、拗ねた顔のまま、ぼやく。
 「好きな相手がこう無防備じゃ、寝る気にもなれないって、解らない?」
 覆い被さる格好のまま、低く告げてみれば、彼はやはり目を瞬かせて不思議なものを見るように自分を見上げる。
 暫く首を傾げたり視線を彷徨わせたりとぼんやりした印象を与える表情で、それ以外の身じろぎ一つしなかった彼は、ようやく納得したのか、一つ頷いて、笑った。
 「襲われるのは嫌だよ」
 「……………当然ですよ」
 無邪気な笑みでいう言葉じゃないと思いながら、それでもそれには同意した。
 それに満足そうにまた頷いて、彼は手を伸ばすと、自分の頬に触れ、そのまま長い髪を梳くように手を滑らせる。
 くすぐったい感触に笑みを落とせば、嬉しそうに彼の瞳が細まる。
 それに引き込まれかけて、自制する。夜勤明けだったからなどという言い訳で手を出すような不様な真似はしたくはなかった。
 相変わらず優しい手つきで子供をあやすように撫でる手のひらが、背中を甘く叩く。眠りに誘うようだと思いながら見遣った人は、楽しげに笑っていた。
 「ねえ、響也くん?」
 時折じゃれるように呼ぶその名前に、頬が朱を帯びそうになる。
 幼いその反応が好きで彼が告げる事も知っているけれど、それを悪趣味とも言えない。………自分は、そんな時に落とされる彼の嬉しそうな笑みが、好きなのだから。お互い様だろうと思い、仕方なく笑った。
 それに笑みを深めた成歩堂の腕が動き、背中からまた頬に添えられる。と、その指先は広がり、頬ではなく顔を覆うようになった。唇を塞ぐように添えられた親指に、押しのけられるのかと片眉を上げて思えば、悪戯めいた輝きで見上げる瞳と出会った。
 その意図に少しだけ驚いて、瞠目する。勘違いだろうかと思い瞬かせた瞳を後押しするように、親指が吐息に一瞬だけ触れて、逃げた。
 確認するように、腕の下に眠る人を見遣る。相変わらず掴みどころ無く笑む人は、限りない慈悲を思わせる瞳を細めて自分の名を呼んだ。
 それに誘われて、そっと屈む。微かな躊躇いの間を残して触れた唇には、抵抗らしい抵抗は無い。
 柔らかなぬくもりに安堵の吐息を落として彼を抱き締める。あたたかさに、酔いそうだった。意外なほど固い彼がこんなにもあっさり触れることを許すなんてと、驚きと喜びを交わらせて腕の中の人を窺えば、未だ眠そうに目を細めて首元に擦り寄ってきた。
 「………成歩堂さん?」
 「んー…」
 「もしかして、寝ぼけていますか?」
 ……気まぐれに甘えるネコのような、そんな仕草にふと湧いた疑問を問えば、くすくすと笑われた。
 そうして、再び眠りに落ちるような欠伸を噛み殺す仕草のあと、睫毛と落として、彼が答える。
 「あのね。……襲われるのは嫌だけど、同意なら、いいんだよ」
 当たり前だろうと、喉奥で笑いながら彼はいい、愛おしさに胸を詰まらせる自分のことなど素知らぬ風に、眠りに落ちた。
 それでも、先程の彼の自分を包む腕は少しだけ震えていて。精一杯の勇気と誠意で差し出された思いである事は、疑いようも無い。
 その幸せを思い、腕の中の人の愛らしさに忍び笑って、響也もまた、目蓋を落とす。

 眠いはずの疲れきった身体は、それでもなかなか睡魔を呼び寄せてはくれず。
 健やかに眠る彼の額や頬に口吻けては、その尊さを思った。


 ………素直でない愛し人の、可愛らしい妥協に、微笑みながら。





 ミツナルでもキスシーン書いたからまあいいか、と書いてみた。
 こういう他愛も無い話が響ナルだと思い浮かぶのですよ。ストーリー性には乏しくて書くのに苦労するのですけどね。でも幸せそうだからいいや、と思える。
 今度は甘えてじゃれつく成歩堂を書きたいものだね。ネタは固まっているけどなかなか書き始めないからな、私。

 今回は敬語と混じらせてみましたよ、響也さん。敬語で話す方が好みなのですが、たまに子供のように口が悪くなるのが可愛らしいかと(笑)

08.4.28