柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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たいした意味はなかった
ただ、腹が立って
………あの子が笑う顔を見て、腹が立って。
その手に抱きしめられたぬいぐるみを、小川に放り投げた

寂しく悲しく打ち拉がれる
霞がかったその瞳こそをなくしたいと
そう思っていた筈なのに。

いつだって自分の腕は矛盾ばかりを生んで
いつだって自分の唇は傷ばかりを与えて
彼女の歩む足さえも、血に染めてしまう。

優しさの意味が、まだ、自分には解らないのだから………





散り逝く花の彩る空は(前)



 段々、空が茜色に変わっていく。そろそろ町は人混みになっただろうか。
 ぼんやりと登った木の枝の根元に立ち上がり、その幹に手を添えて遠い町の姿を見た。
 途中に自分の住む教会と、それに併設された孤児院も見えた。中庭に当たる場所で子供が何人か遊んでいる。今日はいつもよりも門限が長いから、みんな楽しそうに駆け回っていた。
 まだ設立されてから長くはないこの院では、存外束縛が少ない。
 それはこの辺りの治安の良さも相まっての事ではあるが、それでも規則らしい規則はなく、自由を与えられ己で行動する事を奨励される。
 自己責任を教えられれば、自然考えることを覚え、誇りも湧く。その逆もまた、あるのだが。
 それでも、少なくとも自分にとって、それは有り難い事だった。やりたい事があり、それに対して責任を負う覚悟があれば認められるここの気質は、夢を描く人間にとって生き甲斐を感じる。
 子供だからと一方的な庇護者として扱うのではなく、一人の人間として対当であろうとシスター達は努力してくれている。
 もっとも、それは自分達の生い立ちが一般の常識から遠く外れた場所にあるからこその措置と、とれなくもないけれど。
 苦みの湧く胸の内を飲み込んだ息で宥め、遠い空を見上げた。赤が濃くなり、ゆっくりと色味が暗さを帯びる。
 時計など持ってはいないが、そろそろ時間であろうと予測をつけ、子供はスルスルと器用に木から下り始めた。
 今日は、特別なのだ。年に一度、町で花火があがる日。
 この日はシスター達の計らいで、夕飯も弁当の形にしてくれる。子供達は思い思いの場所で、花火を見上げながらそれを食べるのだ。
 もう5年近くも恒例の事だ。毎年自分は、他の子供達と一緒に食べていた。それは学校の仲間だったり院の子供だったりとまちまちだったが。
 毎年……それが当たり前で。気付きもしなかった事が、今年は頭を過った。多分それは、先日の一件が尾を引いているのだろうけれど。
 思い出して忌々しく唇を噛む。一体何に対しての苛立ちかは、解らない。ただ胃が捩じれるような不快感が襲うだけだ。
 それでも記憶力のいい自分の脳裏には、鮮やかにそれが浮かぶ。
 窓辺で…出窓の上に座り込んで外を眺めている、小さな女の子。その前を通った、院に何か寄付に来たらしい青年。大きな袋の中身はおもちゃが見え隠れしていた。
 華奢で青白い肌のその子供を見つけ、おそらく青年は気付いたのだ。その子供がどれほど長い間、ベッドに括りつけられる生活を強いられてきたかを。
 そうしてその窓辺に歩み寄り、声をかけた。遠い位置でそれを眺めていた自分に、その会話が聞こえるわけはない。ただほんの少し言葉を交わした二人は、笑みを零していた。
 あの子供が、人に笑いかけていた。………自然の中でだけ零されるあの笑みが、当たり前のように青年に与えられていた。
 差し出された青年の手の中には、円形に程近いデフォルメされたクジラのぬいぐるみがあり、子供はそれを、愛しそうに大事そうに抱きしめた。まるでそれがその青年の思いの結晶のように。
 また何事か二人は言葉を交わし、青年は元来た道に戻った。おそらくシスターたちの控える部屋へ赴いたのだろう。彼に興味をなくした自分は、ただ出窓に座り込む子供を見つめた。
 ………見つめる以外に手立てがあるわけもなく、そうして…………喉が干上がるような、そんな感覚に眉を顰めていた。
 その感覚は、決して良いものではなかった。吹き上げるような感情の波を、今も思い出せる。
 見ていては危険だと思い目を逸らし、駆けた。
 解る、から。…………この感覚は、自分がいつも与えられていたものだ。幼い日、この院に来るより前に、全身に痛みとともに刻まれた感情だ。
 それは人の持つ原始的な凶器。そして深く穿つ傷を与える。心臓の更に奥底、決して流れる血の見えない内部にのみ、深い傷を刻んで消える。否、永遠に消えない残像とともに、残される。
 解っていたから避けたのに。それでも狭い院で暮らす自分達が会わずにいる事は困難だった。昔は彼女の姿を見かけることさえ稀で、幽霊だと囃し立てていたというのに…………
 そうして、やはり自分は彼女に傷を与えた。逸らしきれなかった激情がころりと舞い込み、衝動的に彼女の持つぬいぐるみを川に投げ捨ててしまった。
 大事そうに抱えられたそのぬいぐるみは、その姿を模した生き物のように優雅に泳げるわけもなく、クルクルと回りながら沈みつつ、流されていった。
 子供が遊ぶには少し深めの川だ。注意などみんな聞いていないが、一応その川で遊ぶ事は禁じられている。
 それでも夏にはこっそりと遊ぶその川の、自分の腹まではある水深を彼女も知っている。
 彼女自身がその中に入り込む事はなくとも、遠くからいつだって彼女はその様を眺めていたのだから。それなのに、彼女はそれを忘れたかのように、その中に入り込んでしまった。
 驚き竦んだ身体は、一瞬動く事を忘れ、次いでその小さな身体を求めて、同じ場所に沈む。
 走る事も出来ない彼女が、泳げるわけもない。ましてここの水深と彼女の身長を考えれば、その身体の大半が沈む事は明白だった。
 苦味がまた湧く。…………そこまでして、そんなちっぽけなぬいぐるみを求めるのか、と。
 湧いた衝動とはまた違うその苦味を噛み締め、もがくように水を掻き分ける彼女を捕まえ、無理矢理川から引き剥がした。
そうこうしている間にぬいぐるみは、流れに逆らう事なく何処かへ消えた。今頃はどこかの川底に、沈みつつ流されボロボロに破れているだろう。
 水浸しで戻ってきた自分達にざわめく周囲の声も耳に入らず、ただもう視界に入り込む事のないあの青いクジラのぬいぐるみだけが脳裏に焼き付いた。
 思い出した記憶に太く息を落とす。そんな年齢にそぐわない溜め息とともに唇を噛み締める。
 どうしてもそれから後は、天の邪鬼な自分が素直になれるわけもなく、謝るタイミングすら逸した。
 それどころか会う度に何かしら突っかかってしまい、段々彼女の瞳に落ちる影が色濃くなる。その事さえ解る、のに。
 それでもどうしようもなくて、また先日も同じような事をし、気づいてみれば彼女は熱を出してしまっていた。
 まだ微熱があり、今日もベッドで休んでいるのだとシスターに聞いたけれど、その前までは結構な騒ぎだった。
 彼女自身にとっては日常茶飯事に近いのかもしれないが、あの小さな身体で40度近い高熱は辛いだろうと自分にだって解る。
 大事を取らせるシスター達の思いも解る。例年であれば、シスター達と一緒に弁当を食べていた彼女も、今年はベッドの中で一人食べるのだろう。
 彼女はいたわられる事が苦手だから、気遣うシスターの言葉をやんわりと断るだろ。あの、自分よりも小さな女の子には到底見えない、静かな悟りを知る瞳、で。
 「……………………」
 どうしたらいいか、なんて……解るわけもない。こんな状況だから自分が素直になるわけでも、ないのだ。人はそう簡単に変わる事は出来ない。
 それでも決めていた。その話を聞いた時に。
 院へと帰る道すがら、辺りの様子を確認しながら歩む。ちゃんと言葉を綴れる事を願いながら。
 それはどこか、彼女の願いに酷似した、祈り。


 ぼんやりと、ベッドの上で微睡んでいた。まだ少し身体が怠いけれど、動けない程ではなかった。それでも敢えて立ち上がらずに過ごしていたのは、今日が花火大会だったからだ。
 いつまた熱がぶり返すか解らないのに、今日のように特別な日に、回りに迷惑をかけたくはなかった。花火は……今までも見ることはなかったし、さして残念とも思わなかった。
 考えてみると、本当に自分の動く範囲は狭い。忙しいシスター達に、付き添いを願えるわけもないのだから当然なのかもしれない。
 自分一人で歩ける範囲は限られている。もっともそれを不満に思うわけではない。その短な距離であっても花も木々もあり、太陽も降り注ぎ川に照りつける明かりを眺める事も出来る。
 それ以上の何を望むのかが、自分には解らない。知らないものを求めてごねる事は出来ないのだ。
 ころりとまたベッドの上で寝返りを打ち、目を閉ざす。真っ暗闇の目蓋の裏には、何も浮かびはしなかった。それに憂愁を帯びた眉が顰められ、微かに喉が引き攣る感覚を押し込めた。
 泣きたいわけではないのだ。過去の日の……あの母の幻影に捕われている自分を、哀れむ気もない。
 ただ悲しいと思うのは、自分を思い抱きしめてくれる人達の事を覚える事が出来ないという事。
 閉ざした視界に何一つ浮かばない事は、彼女達の存在を軽んじているようで悲しかった。
 言葉をこんなにもスムーズに捧げられる人達にさえ、自分は記憶出来ないのか、と。
 柔らかな栗色のソバージュが脳裏を掠め、闇の中に浮かぶ。
 自分とは似ても似つかない。色も髪の質も。それでもそれは確かに、自分の母の記憶だ。血の繋がりなど知りはしないが、少なくともこの院に来るまでの数年をともに過ごした人の記憶。
 それだけが、空っぽな自分の中に残った映像。
 遣る瀬無い息を吐き出し、ベッドの上に上体を起こした。とろけるように判断力の薄い脳は、微熱をまだ引きずっているせいだろう。
 何か口にして早く眠って、こんなもの、無くしてしまいたい。熱に冒されている間は、埒も開かない事を繰り返し思ってしまう自分の女々しさが嫌だった。
 もっと、毅然としていたいのに。
 自分を思い悲しむ人達が減るように、もっと、せめて心だけでも強くありたいというのに。この身体は、それさえも脅かすのだ。
 サイドテーブルの上に乗せられた弁当とお茶を見遣り、それに手を伸ばす。栄養をつけてよく眠れば、熱も下がるはずだ。季節柄寝込む事は多いけれど、それに慣れてしまう事は出来ない。
 布団の衣擦れの音が響く中、不意に異質な音が落ちた。コンコンと、どこからか何かを叩く音。
 聞き違いかと耳を澄ませれば、またそれが繰り返された。ドアの方を見遣り、けれど音の質が違うと首を巡らせてみれば、レースのカーテンの奥、小さな人影が見えた。
 肩辺りから見えるその影は、うっすらと容貌を伺わせる。それが誰であるかに気付き、目を瞬かせた。
 「………かず…や………?」
 少し嗄れた声が疑問を孕んで呟く。窓も閉ざされたままなので、それに相手が答える事はない。
 このところ彼は情緒不安定らしく、会う度に何かしら衝突してしまう。周りは一方的に彼を加害者とみなし、自分を被害者と思っているけれど、それは少し違うのだと、思う。
 彼はいつも自分を見つめる時に、何か別のものを加えている。
 それは郷愁とか、憧憬とか、そんな意味も孕むもので、決して否定すべき事ではなかった。人は多かれ少なかれ、あるいは形こそ違うかもしれないが、誰か他者にそうした感情を向けるものだ。
 まっさらなままの人物像を知るのは、そうしたものを経て違いにぶつかり、真に知ろうと寄り添った時から始まるのだから。
 多分、そのきっかけのような、気がする。フィルター越しだった彼の視線が、変わったように思う。そしてそれをまだ認めきれず、癇癪を起こしている。
 正しさなど自分も知りはしないが、彼のその行動には意味があると思うのだ。
 ただむしゃくしゃするから八つ当たりをしているという、そんな理由ではない、もっと別の意味が。
 初めはどうしても受け入れ難かったその考えを、自分は認めている。………それは自分の中でも起こった、変化だったから。
 思いながら、その影を見つめる。今は熱も下がったが、微熱は続いている。無理を出来る状態でない事は承知していた。
 でも、彼は今、その窓の外にいる。室内からではなく外からの訪問は、そのまま用事が外である事を示しているのだろう。
 逡巡の意味すら未だ知らないまま、無意識に幼い指先はカーテンをめくりあげ、その内側に身を滑り込ませると、首を傾げるようにして窓の外の人を見た。
 窓硝子を隔て、外に立つ彼と出窓に膝をつき座る自分では、普段とは目線の位置が逆転していた。不思議な感覚だ。彼がまるで小さな子供のように見えるのだから。
 そう思い、胸の奥がくすぐられるような感じがした。自分よりもずっと彼は大きいというのに。……幾度もその背に自分を乗せて、院まで連れて帰ってくれている程だ。
 もう一度ノックが響く。………窓を開けろというその仕草に、微かに頷いて重いその窓を持ち上げた。
 自分が苦労しているのに気付いたのだろう彼が、背伸びをし、手を添えて窓を支えてくれた。その間に鍵をかけ、開いた窓を固定する。
 「………どうしたの」
 小さく問いかける声に、彼は目を逸らす。もしかしたら声が掠れていたせいかもしれない。喉が空気にすら引っかかり、声が出しづらいのはいつもの事なのだが。
 「花火、始まるよ…ね?行か、ないの?」
 困ったようにそこに立ち尽くす彼に、時間がない事を示唆してみれば、弾けるようにその視線が自分に向いた。それに驚き、目を瞬かせる。
 彼は毎年、色々な人と一緒に花火を見に行った。自分は彼らが見に行くような高台にも、町中にも行けないから、いつもこの院の中でシスター達と過ごしている。
 それは毎年の事で、今更驚く事でもなかった。
 首を傾げて問いかけを含ませてみれば、彼の視線が逸らされた。何か、思い悩むように眉が寄せられ唇が震えている。
 「………和也……?」
 悲しい……ではない。多分、違う。けれどそれに近い感情だ。それが何かは解らないけれど、確実に自分がそれに関わっている事は解った。
 小さな指を捧げ、彼の、普段よりもずっと下にある頭に添える。柔らかなその髪を梳いてみれば、ぎょっとしたように身を引かれた。
 何か間違えただろうか。………自分は寝込んでいる時、シスターに頭を撫でられるととても心地よく思うのだけれど。不思議そうに少年を見遣ってみれば視線が合い、僅かに紅潮した頬が焦りを伝えた。
 ますます不可解になり首を傾げていると、不意に彼の唇が開き、音を紡いだ。
 「花火……見に、行かないのか?」
 咄嗟に身体を引いてしまった少年に驚いたように目を瞬かせる相手に、取り繕うようにして少年が言葉を吐き出す。
 慌てたように早口だった言葉が、なんとか意味は伝わったらしく小さく首を傾げ、女の子は困ったように眉を寄せていた。
 答えは持っているけれど、それは答えではない。毎年と同じなだけだ。ただそれだけで、答えにはならない解答を口にはしづらく、微かに伏せられた睫毛が憂愁を帯びた。
 それに気付き、少年は言葉の選択を誤った事を知る。………当然だ。このところの自分の所行を省みれば、相手がこうした反応を返す事だって予測出来た筈だ。
 通常の友人同士であれば、一緒に行こうという意味を含んでいても、自分達は少し、違う。それくらい解っていた筈なのにと、舌打ちをしたくなる。
 「違う」
 否定を口にして、けれどどう続けるべきか解らず、和也は唇を幾度か開閉しながらも言葉を告げなかった。
 いっそ先程のように捲し立てるような言葉であっても、真意を伝えられればいいというのに、音がまるで出せなかった。それどころか単語を思い出す事すら出来ない。
 それを見つめる視線が、痛かった。今更ながらに、どうしてこう自分は不器用なのかと詰りたい。もっとスムーズに関われる筈なのに、この子を前にすればそんな事はまるで不可能で、傷つけてばかりだ。
 最近はあの得体の知れない感覚が身を占めるせいもあり、尚更だ。
 渦巻くものが解らない。解らないそれを嫉妬と括るのは容易いけれど、それとも微妙に質が違う。
 そうなってしまえばもう自分は行き場を見失い、その元凶である彼女に八つ当たりばかり行ってしまう。
 じっと見つめる瞳が何を孕んでいるのか解らず、和也は怯えるように俯く。言葉が出てこない。あんなにも何度も、頭の中で考えていた言葉の数々は、今は霧散し、真っ白だ。
 「ねえ……和也」
 小さな咳をしながら、僅かに掠れた響きを残す声が降る。
 それに従うように視線をあげれば、微睡むような少女がいた。空気の中で眠り、溶けゆくような少女は、小さな唇を微かに動かして音を作り上げる。
 「お弁当、そろそろ、食べないと」
 「………………」
 「外にも……出たいの」
 言葉はどこか、白昼夢のように現実感がなかった。
 当然といえば、当然だ。彼女は今まで、自分にそんな風に声をかけた事はないし、どこか受動的で、自発的に関わってきた事はない。
 それでもその言葉の意味を知りたくて、耳を澄ませた。決して聞き違いではなく、思い過ごしでもないだろう。
 ………一緒にという部分が省略された言葉と感じるのは、自惚れだろうか。
 そのまま決定的な言葉を与えるわけではなく、彼女はそのまま背後を振り返り、微かに頷き何事か確認をしている。
 一度部屋に入り込んだ、小さなその身体の後を追う長い黒髪の余韻に少年は目を瞬かせ、不思議な感覚に指先が震えた。
 彼女は、敏感だ。他の思いや意識に、とても敏感な生き物だ。
 木々の声を聞いているのも、そうなのだろう。実際の音ではなく、その脈動に耳を澄ませる人だ。
 相手の思いに意識を馳せ、それに寄り添い、交わる。一個体でありながら、その存在が有耶無耶になるほど自然に溶けるのは、そういう事なのだろうと、思う。
 どこまでもそれは清らかな命だ。自身の思いだけではなく、他者の思いにまで意識を飛ばせるものは、そう多くはない。
 どこか泣きたい思いでそんな事を思っていれば、ルームシューズを履いた女の子が出窓の上に舞い戻る。
 その脇には、今日配られた弁当と茶があった。ぼんやりとそれを見つめていれば、彼女はそのまま出窓の縁から膝をおろし、外に出ようとする。
 ぎょっとして、慌ててその身体が地面に下りる前に、支えるように抱きとめた。
 運動神経がいいとは思い難い相手の、予想外の無茶な行動に冷や汗が流れる。普段からは思いもつかなかった行動なだけに、本気で動悸が早まった。
 ゆるく息を吐き出し、小さなその身体を地面に下ろすと、不機嫌に顔を顰める。
 理由を知っているらしい少女は小さく笑い、空を見上げた。この辺りは平地で、町で行われる花火は見えない。それでもその目は楽しそうに紺碧から闇色に変わる空を見上げた。
 小さな月が見えるが、薄い雲に時折邪魔をされて、辺りは闇の方が強くなる。
 そんな様子を見ながら、少年は辺りを見回した。もう既に子供達は、花火を見るために色々な場所にくり出しているのだろう、周囲にはまるで喧騒がなかった。
 花火を見るのであればもっと高い場所に行くか、町に繰り出すかだ。
 町まではまだ、少女の足には辛いだろう。昼間のうちに彼女が行きやすそうなルートを探していた和也は、そのまま歩き出そうとする少女の手を取って、引っ張るように先導した。
 それはどこか、お転婆な妹に手を焼く兄が差し出す手のように、乱暴で……優しかった。








 以前書いた『手繰った記憶の欠片たち』の続き的なものです。で、『天秤の両側』の中で出てきた思い出話のワンシーン。
 書きたいと思いつつ、まだうまく二人が定着していなかったので書けなかった話でした。うん、少女をどれくらい歪んで書くべきかの微妙なところがね、難しくて。
 黒いわけでもなく灰色いわけでもなく、彼女は透明なのですよ。透明すぎて色がなくて、何色にでも見えてしまうのですが。それでもやっぱり、どこまでも幼い頃の彼女は受け身であり、透明色。
 大人になってから空とかのイメージが強いです。森とかの緑系より、空の彼方のような、澄んだ高い青色。

05.8.25