柴田亜美作品 逆転裁判 NARUTO 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter |
空を見上げる事が好きだった。 森で出来た窓 1 身体が熱かった。 どうした事だろうと目を開け、映った天井がぐらついたことを認識する。 急激な目眩に襲いくる頭痛。せめて頭に触れようとした指先は重く、まるで鉛のようで、自分の意志のままに動く事はなかった。 それを確認して、小さく溜め息を落とす。 また、熱が出たらしい。そういえば昨日は盛大に泣いた記憶がある。感情の爆発に身体がついていかなかったのだろう。珍しい事でもないと、布団の中で痛みさえもって訴える感情を宥めた。 微かに潤んだ視界では、全ての光景がぼやけて映っていた。ぶれた写真のような光景を嫌い、目蓋を落とす。 さわさわと空気が動き、窓が少しだけ開いている事に気付くが、敢えて目を開けて確認はしなかった。室内は暗くはなく、少なくとも朝であり、日差しが十分この部屋に入り込む時刻である事が解っていたから。 この時間帯であれば、シスター達が必ず自分の様子を見にきている筈だ。昨日の事は、夜間帯院に残るシスター達に申し送られているであろうし、夜眠る時は勿論、深夜の巡回時もさり気なく様子を窺っていた事は知っている。 眠れなかった、のだ。ずっとずっと心が痛んで。 思い出せばまた胸裏がざわめいた。ささくれだった感情とは違う、悲しみを伴った静かな情だ。 目蓋の裏は変わらず闇色で、明るい日差しが室内を覆っていても自分には無関係なように思われる程だ。 それはそのまま、自分自身の情の浅さを思わせるようで、苦しかった。 そう思った瞬間、フラッシュバックのように脳裏が煌めいた。闇は変わらず残るのに、花が咲く。大輪の光の花。闇夜であるからこそ鮮やかに美しく咲き誇る、一瞬の眩い光の渦だ。 変わらずに胸が痛んだ。同時に腕が、軋むような痛みを訴える。物理的な痛みではない。記憶している、痛みだ。 どうしてと言いかけて、唇を噛み締めた。浅い呼気を繰り返していた唇は酸素を求めていたが、それを中断させてもなお、叫びたい言葉を飲み込みたかった。 不様に生きたくはなかった。短いと知っている自分の生を、せめて自分で納得出来る形で終わらせたかった。 それはどこか、歪曲された願いだ。けれどそれを抱えてないければ、自分は誰かに寄りかかってしまう。 そうしてまた、自分が生き方を狂わせる人を、作りたくはなかった。 脳裏に浮かぶのは栗色のソバージュ。風とワルツを踊るその髪を持つ母は、自分が生まれたが故に思い悩み苦しみ、子を捨てるという罪を犯した。優しく心配性な人であっただけであろうに、自分がいたから犯させた罪。 原因が自分であるなら、被害者は母であろう。身体の弱さも結果も無関係だ。罪を犯させるきっかけさえなければ、彼女に汚点などなかったのだから。 だからこそもう、自分は誰にも寄り添えない。そうする事で他者を狂わせるのであれば一人生き、消えた方がましだ。 だから本当は言うべきではなかった。そう思い、固く閉ざした目蓋に濡れる感触を知る。 どこか自分を清らかに見る人だった。同じ子供であっても、彼は大人びていた。 惰性で生きる事の出来ない、常に生き方を模索する類いの人間だったから。それが決して全ての人間にあるものだと、自分は思ってはいないのだ。 ただ一人で生きようとする人間は少ない。他者を許さないのではなく、人の手助けを拒み己の足を奮わせ生きる事を目指す生き物は、少ないのだ。 だから尊いと、思っていた。 幾度となく切り裂かれる心を知っていても傍にある事を認め拒めないのは、自分と同じ生き方をするであろう彼を知っていたからだ。 そうしてすぐに潰える自分とは違い、彼はその生き方故に多くの人を導けるのだと、思ったからだ。 遠くはない未来、自分は彼の傍にはいないだろう。解っているし、それ故に涙するほど自分は女々しくはなく、覚悟とて定まっていた。 ただ彼の中に自分を残さずに生きる事が出来るか、それだけが不安だった。それ故にやはり、伝えた事は過ちだったかもしれないと、心が軋む。 「…………………」 うっすらと目蓋をあげてみれば、相変わらず歪んだ天井が映る。酸素を取り込むために微かに開かれた唇には、感情を取り零した人形の微笑みが浮かんでいた。 どうしてと、叫ぶ事は出来ない。自分の行動を糾弾する言葉ではなく嘆くだけの言葉など、自分はいらない。 どれほど覚悟を求めていただろうか。 捨て去るのではなく受け入れて、踏みにじるのではなく寄り添って。そうして、ただ何もなかったかのように消える事が出来ればいいと、そう思う勇気と覚悟を。 それを難しいと感じる自分がいる事こそが驚きだというのに…………… 思考に沈んでいると不意にドアがノックされ、そのまま開かれた。おそらく目を覚ましていないと思ったのだろう、入室を乞う声は聞かれなかった。 「…………あ…ら……?」 そうして視線を送られた女性は、少しだけ驚いた声を落とし、次いで微笑んだ。 「目が覚めたようですね。どうですか、食事は食べられますか?」 おそらく涙を浮かべる少女の瞳に気付いているであろうに、彼女は静かに微笑んだまま囁いた。 優しい気配のまま、動揺を見せることのない女性の指先が、やんわりと額に張り付いた前髪を掻き揚げて優しく撫で上げた。 自分の感情の揺れ動きを知ろうと心砕きながらも、決して土足で踏み込む事のない彼女の配慮に感謝するように小さく笑い、微かに頷くと眠ったままの体勢で少女は答えた。 「……少し、なら…………」 「そうですか、ではお粥でも持ってきましょう」 その答えに頷いて、少女は自分をこの院に住わせるために苦労をした、そのシスターの背を見送った。 もっとずっと幼い頃から、彼女は自分に生きる事を知ってもらおうと必死だった。 生きる意味を知らず、死を常に感じてベッドに眠る自分が哀れであったのだろうかと思いながら、その単語はどこか彼女の感性を卑しめるものだと打ち消す。 暫くすると、彼女の足音が響いた。響くという言葉が当て嵌らない程静かなものだが、それ故に自分にはよく解る。 目を閉ざして空気に溶けるように微睡むと、ただそれだけの違いで誰が廊下を歩いているのか解るようになった。 何の意味もない特技だが、ベッドでしか生きられない頃には、それだけが人を知る術だった。 ひっそりと足音を忍ばせて近付き、幽霊を見にくる子供達の事も大体知っていた。自分が好奇の視線に晒される生き物である事に気付いたのも、その頃だったかもしれない。 「失礼します」 軽いノックの音と、声。それに返る声は小さく掠れていたが、開かれたドアの先には柔らかな笑みがたたえられている。 手際良く準備を整え、シスターは少女を起き上がらせると、サイドテーブルに乗せられた盆ごと少女の膝の上に置いた。それに乗せられた粥を口にしながら、少女は昨夜の事を思い出す。 きっと彼女は……驚いただろう。花火大会から戻るなり、唐突に部屋に押し掛け泣き喚いた自分に。 ただでさえ、連日熱を出していたのだ。体力の消耗も激しく、外出などするわけがないと彼女達は思っていた筈だ。そして確かに自分はその希望通り、外に出る筈がなかった。 けれど、迎えに来てくれたのだ。いつも沢山の人に囲まれた太陽のような子供が、窓を叩いた。 そうして歩んだ道を後悔はしない。もしも悔やむとしたなら、彼に零してしまった事だ。 彼に、教えてしまった。自分の中の深い虚ろを。………決して何者にも補えない、軋んだ構造を。 自分を育ててくれるこのシスターの顔も、彼の顔も、記憶も出来ない不自然さを。 受け入れて欲しいと願って囁いたわけではなかった。どういうつもりで言葉となったかなど、自分にも解らない。 ただ落とされた言葉は彼の中に根付き、芽生えさせただろう。何をか、それは知り得はしないけれど。 本来ならば、それは植生される筈のない芽だ。蕾をつける事も花咲かせる事も、ましてや結実する事など、あってはならないものだった筈だ。 それなのに自分は種を落としてしまった。苦しめる未来を知りながら、愚かにも手の中の種を忘れ、握りしめていた手のひらを開き、彼に伸ばした。 いつかその芽は花開き彼を悲しませる、のに。 その事実は途方もない時間の先のように思えながら、決して長い時間ではない事を自分は知っている。 一体それが襲うまでにあと何年かかるか、解りはしない。あるいは年という単位ではないかもしれないのだから。 それでも自分は知っている。彼は、植えられたその種を決して腐らせはしない。自然を愛でその健やかさに微笑める命は、それ故に与えられた種を疎かになどしはしない。 温かな粥が喉を通る感覚も忘れて思い返していれば、不意に視界が陰った。そうしてあたたかな指先が頬を掠め額を撫で上げた事に気付いて、目を瞬かせる。 きょとんと見遣った先には、困ったようなシスターの微笑み。それはどこか、やんちゃな少年に見せるものに似ていた。 そんな少女の不思議さを乗せた透明に眼差しを受け止め、シスターは一度ゆっくりと目蓋を落とした後、覚悟を決めたかのように真っ直ぐと少女の瞳を覗き込んだ。 「私は……未だ物を知らず、あなたたちにとっては不足と感じる部分も、多いでしょう」 「………シスター?」 何を言い出すのだろうかと、困惑した少女の声が掠れて響く。 それに目を眇め、目映いものを仰ぐような視線で、シスターは言葉を続けた。 「あなたが昨夜なにを悲しんだのか、私は正確に知る事は出来ません。ですが……」 遠い、どこか遠い世界に歩み行くかのような少女を見定め、シスターは言葉を紡ぐ。真っ直ぐに覗く自分の視線が少女を捕らえているのか、少し不安だった。 別世界で生きるように捕らえ所のない、存在感の希薄な少女だ。その癖、その軌跡は目を見張る程に鮮やかで、心或るものにとって道標となる。 希有なる、少女なのだ。そうであるが故に浮沈も激しく、時折この腕の届かないどこかに飛び去らなければ心を砕いてしまいかねない、そんな危うさを秘めている。 だからこそ、守りたかった。この院で生きるには不安要素が多い幼児を、それでも頑強に住わせる事を主張したのは、生きる意義を知ろうとしない曇った瞳に光を知って欲しかったからだ。 恨みも憎しみも知らずに、許す事だけを知っていた幼児に……喜びを植えたかったからだ。 「あなたの傍に在り、涙を拭う事くらいは、出来ると思っています」 ………それでも力ないこの腕ではその幼児を守りきれず、生きながら死を実感する心に蝕むものを知り得はしないのだ。 だから傍にいようと、思った。 知ろうとしない限り理解は出来ないのだ。そして誠実さを無下にする事のない少女は、確かに伸ばす腕を手繰り寄せ、感謝を示すように涙を落とす。 感情を灯した涙の意味を掬い取れないのは、やはり自分の浅薄さ故なのだけれど。 それでも知りたいと、願っている。ずっと……ずっと、この幼い子供に出会ったあの日から。 「後の事は考えなくてもいいのですよ。あなたが思うままに、感情を伸ばしていいんです」 やんわりと触れる頬の先、涙が零れ落ちる。少女は、感情を晒す事を恐れている。 それは、幾度かぶつけられたその感情の波を、必死に押さえようと常に心掛けている事から容易に知れた事だ。 感情を抑える術を身に付けるには、まだあまりに彼女は幼い。それでも回りを見渡せるその目を持つが故に、少女は己の感情が揺れる事で、不調を来す事を恐れている。 それがどれほどの人間に影響を及ぼすか、知ってしまっているから。 だからといって、そんなものに縛られ飲み込む感情があってはいけないのだ。 まだ少女は幼く、感情を晒し人と分かち合い生きる事を学ぶ、そうした時期の子供なのだから。 「我慢など……する必要はないんですよ」 長い少女の髪を梳き、無表情の面に流れる雫を分かち合うように胸に抱く。 熱を出すから、迷惑をかけるから。そんな理由で沈められた感情は腐敗し、いつか身を穢す。そんな汚濁にまみれた姿、誰も望みはしないのだ。 だからこそ、自由に。 その豊かな感情が伸びやかに健やかに育ち、表出出来るように。 たったそれだけの当たり前の事を与えられる、その力を願っている。 「…………………っ……」 噛み締めた唇を解き放ち、それでも飲み込む呼気のような叫びしか上げる事のない少女を胸に抱きとめたまま、シスターは窓の外の青空を見上げた。 美しい青空だ。どこまでも澄み、地表に住う全てを包み込む空。 その青にだけ包まれる事さえ出来ない、日傘すら手放せない少女が何を抱き思うか、健康な自分には解る筈もないのだ。 それでも知りたいと思う傲慢を許して欲しいと、腕に力を籠める。 何もかもを知り許す、そんな子供。 何もかもを見通し認め、汚濁を被る。 何も映しはしない透明の瞳の中、鮮やかな青が浮かぶ瞬間を知りたかった。 それは自分には与えられない、感情の揺らめき。 閉ざされたまま諾々と許し、瞳を濁らせる。 感情を沈め言葉を紡ぐ事を忘れた、子供。 その感情を揺らす存在が現れたことを、密かに喜びながら 今はまだうまく繋がらないその細い糸を見守っていた。 そんなわけで花火大会の後の話です。 結局花火大会の方では終わった後の話書けませんでしたし。あの状態だったので多分途中から和也が背負って帰ったと思います(笑) 土いじりは体力勝負ですから、和也は同年代の平均より全体的に優良なんですよ、体力持久力。運動神経もそれなり。特出していないけどね。……どっちかというと頭の方がいい(ただし専門馬鹿) 一応今回の話で前回書ききれなかった、二人の距離が縮まるのを表現したいな、と思っています。 小さい頃はお互いに相手は自分の事嫌っているよね、と思っている歯痒い二人ですから。端から見ると兄妹のようで微笑ましいのにねぇ。むしろ姉弟? これは前後編で終わる予定でした。…………ええ、予定でした。 結局4まで続くようなので今日までで出来ている作品だけ先にアップすることにしました。なんでって………タグ打ち面倒で一月眠り続けていましたからね、前回の更新物(遠い目) 05.10.4 |
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