柴田亜美作品 逆転裁判 NARUTO 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter |
森の中が好きだった。 森で出来た窓 2 どうしても指先に力が入らなかった。まるで昨日の事が夢のようだ。 素直とは縁のない自分が、少女を誘って花火を見にいった。生まれてから一度たりとも花火を見た事のない少女は、それをキレイだけれどコワイと、称した。 その意味の深さを知る事の出来ない自分は、まだあまりに子供だ。帰り着いた後、どれほど考えてもその答えは見つからなかった。 与えられたヒントは沢山あった。記憶の出来ない少女の内部の不具合、そして彼女の中の強すぎる真っ直ぐとした、芯。 もっと沢山の事を知りたかった。話したかった。ずっと方向性を誤った関心は、確かにようやく真っ直ぐに彼女に向けられた筈だった。 いつもであれば、ひた隠しにしたい感情と拒まれる事への恐れから牙を剥く、自分のこの蛮性は深く沈められていたのだ。………もっとも、結局は自分の不用意さで少女は体調を崩してしまったのだけれど。 深く息を吐き出した時に目を向けた先、調度探していた人物がいた。それに気付いて、少年は躊躇せずに駆け寄りながら声をかける。 「シスター!」 高らかな声がその人物を呼び止める。よく通る声だ。まだ声変わりをしていない少年の声は、澄んだ空気と混ざり耳に心地よい。 その声に自身を呼ばれている事に気付き、女性が一人、廊下の途中で立ち止まり窓に近付いた。 「和也、精が出ますね」 泥にまみれた姿を見つけ、遊んでいたのではなく花壇の植え替えを行っていた事に気付く。 そこは自分の管轄ではないので詳しくは知らないが、担当のシスターが舌を巻く程、彼は植物についての知識が深かった。 「別に……好きでやっている事です、から。それより聞きたい事が……」 あまり慣れていない感謝の念を込めた声に、少年は居心地悪そうに首を振って濁す。 そんな事よりも、聞きたい事があったのだ。だからこそ、作業の途中で、こうして窓辺まで駆けてきた。ただ挨拶をするためだけなら、花壇から会釈するだけで十分なのだから。 少し不馴れな敬語を綴りながら、少年は言葉を選ぶように、まどろっこしい話し方をした。 段々と……彼くらいの年になると、変わってくるのだ。自分達が別個の血筋であり、甘え続ける事の出来ない環境に生きている事を自覚するが故に。 それは寂しく切ない自覚ではあるが、この先院を出て自活していくには、どうしても必要な覚悟であり認識だった。 「あの子の事、ですか?」 少年の問いを始めから知っていたかのように、シスターは小さく微笑んで言葉を返した。 勘付かれているであろう事は知っていたが、それでもそれをはっきり指摘される事はあまり面白いものではない。 僅かに不機嫌さを示した眉を隠すように、少年は顎を引いて視線を落とした。 「今は……まだ寝ています。先程少しですが、お粥を食べましたし、熱はドクターがおっしゃったように精神的なものでしょう」 「…やっぱり…………」 シスターの言葉に、少年の頭は更に深まり項垂れるような形に変わる。 ぽつりと落とされた納得したような響きに首を傾げ、シスターは桟に手をかけると、少し遠い少年の顔を覗き込むように声をかけた。 ………まるでその声は、懺悔のような響きがあったのだ。 少年は確かに、彼女を昨夜花火大会に誘って体調を崩させはした。が、決してそれ故に熱を出したわけではないのだ。 彼自身は知らない筈だが、昨夜帰ってから自分の部屋に赴いた少女は、珍しく感情のままに泣き喚いていた。それが身体に負担をかけ、結果として発熱として現れたに過ぎないだろう。 そうであれば少年に落ち度はない筈だ。ただ少年は楽しい花火大会に一緒に赴いただけなのだから。 どうしたのかと眉を顰めれば、その視線の先には悲痛な瞳が映る。 …………なんという目を、するのか。それは子供の宿す色ではなかった。 己の腕が他者を痛め貶める事を知っている、色だ。生きるという過程で知らず踏みにじるものがある事を知っている、瞳だ。 まだ子供である筈の少年が宿すには深すぎる、大人でさえ持ち得ない可能性のあるそれに、驚いたようにシスターは息を飲んだ。 彼女はそれを持つものを、もう一人、知っている。やはり同じ幼い子供で。 その子供は今は熱を出しベッド上で眠る、あの少女。 そう考えたなら、何となくではあるが納得をしてしまう。 どこかが……二人は似ている。言葉では言い表しがたく、目にも見えない。どちらかというと正反対にさえ見える二人だが、見つめる先が……似ているのだ。 そうであるが故に、少年はあの子供を気にかけてしまうのだろう。普通であれば同じように駆ける事が出来ないという、それだけで離れてしまう年頃だというのに。 そしてそれは同時に少女にも変革をもたらす。 少女の狭い世界の中に新たな風が吹き込むのだ。それは籠の中でしか自由を知らなかった鳥が、森を知るような、そんな感覚であろうか。 「どうか……しましたか?」 小さくやんわりと、決して無理強いをして聞き出すつもりはないのだと示すように、優しい声が問いかける。それに俯かれた視線は微動たりともしはしなかったが、微かな音が洩れいでた。 それはやはり、悲痛なまでに静かな音だった。 「どうもしない、から………どうしようもない、……です。気付いても解らないから………」 結局は期待させて傷つける。理解するのではと思った分、それは深く抉る剣と変わるだろう。 知っている、そうした感覚を。過去に自分も幾度も受けた傷だ。それを自分が誰かに与えるなど、思いもしなかったけれど。 それでも、自分がどれだけ彼女に傷を与えたか、解らないわけがない。 目に見える病状だけでなく、あの天使の姿を仮初めに変えてしまう程に、自分はその心を踏みにじり痛めつけている。 もっともっとと思うのに。小さな腕ではあるけれど出来る事がある筈だと。 自分はそれを成せる程度には利発で、度胸だってあるのだ。思いながら、同時に打ちのめされる程に痛感する。 そんなまやかしでは無意味なのだ、と。真なる道を歩む意味をまだ自分は知らず、その道の険しさも恐ろしさも理解してはいない。…………してはいないのだ。あの少女程には。 生い立ちの悲惨さでもなく、生き様でもなく、少女の中の深みは、彼女自身が作り上げたものだ。 自分がそれに辿り着くには、彼女の何倍もの時間を要するだろう。覚悟があまりにも違い、彼女のように自分は未来を見据える事が出来ないのだから。 それが不幸な事なのかどうか、解りはしない。 あまりに彼女は生き急ぎ過ぎる時がある。遠大すぎて手も届かない、そんな雰囲気に身を竦めてしまう。それは厳かなるものを目前にした矮小なる命のように。 そんな風に感じる事こそが、相手を卑しめていると思える程、まだ少年は世界を知らず、自分と違う事を知りはしても、覚悟を持たぬ生き物を理解しきれない少女もまた、まだ己の世界以上のものを見極めてはいないのだけれど。 「結局何にも出来ないし………あいつは、ベッドから出れも……しないんです」 悔しそうに握りしめられた手のひらは、泥にまみれていた。その年齢にそぐわない程傷だらけの指先は、常にこうして土に触れ己の道を模索しているからだろう。 それを思い、シスターは皺の見え始めた口元を綻ばせた。 おそらくこの院の大人の中、自分が一番少女の傍にあり、その心を許されているだろう。その自負があり、誇りがあった。 けれどそれとは別の場所で、思ってもいるのだ。………自分のように年の離れたものが理解者として傍にいるだけでは、彼女は満足出来ないと。 もしもそれで花開く蕾であったなら、もう疾うにあの子供は、大輪の花を咲かせ万人に愛でられているだろう。 彼女を咲かせるには、別の栄養が必要なのだ。ずっとそれがなんであるのか解らなかったけれど、最近少しずつ解り始めてきたのだ。 それは、あの物静かな少女の内側に秘められた感情を、揺さぶり表出させる、そんな激情を躊躇いなくぶつけられる存在。 同年代の子供であったなら当たり前に得られる筈のそれを、少女は今まで手に入れていなかったのだ。 そしてそれは、和也にも同じことだっただろう。 機転が効き物事を悟る事に長けた子供であったが故に、他者をまとめる役を背負う彼は、己自身を深く穿つ存在を知りはしなかった。同年代の子供に、深い感銘など与えられた事もなかっただろう。 よくいえば庇護する者であり、悪くいえば独裁者であった彼にとって、少女は初めて見つけた異質な他者だ。 決して自分の傘下ではなく、けれど敵対するものでもない。傍にいながら遠くにある存在だ。 二人がどうして接点を持ったかシスターは知りはせず、二人も特に語りはしない。それでもおそらく、互いに解っているのだ。 相手が無二であろう事も、求め続けていた何かである事も。 二人の醸す音はよく似ていた。似ていながら溶けるのではなく、互いのその韻を鮮やかに響かせている。 そして二人は気付いていない。互いのその音が、まるでワルツのように共鳴し混じりあっている事を。 美しい、それは音楽だった。 互いが互いの音しか知らず、相手の音に気付いておらず、知ってもらいたいのだと響かせる音色は、切なく甘く……どこまでも澄んで優しい。 そうして独奏だと思い込んでいる二つの音色は、聞くものたちには甘美な二重奏に変わる。 ほんの少しの自信ときっかけがあったなら、その音色は互いに溶け合う事に気付くのだろう。 それでも今はまだ、二人は気付かない。そうして少しだけ寂しいその音色のまま、透き通る独奏的な二重奏を空に響かせるのだろう。 それは美しく、そして、物悲しい。 「そうですね」 静かな肯定の言葉に顔を背け、和也は握りしめた手のひら同様に唇を噛み締めた。薄いその皮膚が噛み切られるのではと危惧するほどに強く。 そしてそれを見つめる視線の優しさを知らぬまま、降り注ぐ柔らかな声に耳を震わせた。 「だからこそ……必要なのだと私は思いますよ。知ろうとする事は、正しい行いでしょう………?」 主はそれを祝福するであろうと、シスターは微笑み十字を切った。 その音の優しさに惹かれて視線を戻した和也の唇は結ばれてはおらず、呆気にとられたように微かに開かれている。 そうして疑問を示すように瞬くその目にシスターは微笑み、窓に手をかけた。 窓をゆっくりと閉ざしながら、シスターは答えではなく問いかけを孕む口調のまま、和也に言葉を落とす。 「ねえ和也、解らないのだと切り捨てるのではなく、理解したいと腕を伸ばす事は、素晴らしいと思いませんか?」 「……………」 「それは豪奢な花束よりも、道端の野草に心和む事に、とても良く似ていると思いますよ」 そう囁く声を最後に、窓が閉ざされる。 ………相変わらず、謎を孕んだ物言いをする人だ。もっとも、それは答えを与えるだけの大人よりもずっと、和也にとっては好ましいものではあったのだけれど。 複雑そうに眉を顰めて、シスターの言葉を咀嚼しながら飲み込む。理解しきれたわけではないけれど、何となく、言いたい事は解る気がした。 窓を隔てた向こう側にまだ立っているシスターを見遣り、和也は会釈をすると背を向けた。 彼女の示すように、ただ立ち尽くしても仕方がないのだ。 それならば思うがままに動いてみよう。それ故の結果であれば、自分は確かに受け入れ乗り越えるために尽力尽くせるであろう。 作られた虚偽の美しさより、確かに自分は無骨なままの誠実さの方が、遥かに好ましいと思うのだから…………… 今回は少女を引き取ることを主張したシスターがよく動きました。そのせいで長くなったともいいますが(オイ) でもまだ彼女をこの院の院長にするか、主任クラスに留めるかは決めていないのですよ。 そこまでしっかりシスターたちの設定決めていないしね。ただあまり年の若い人はいないっていう事と、全員カウンセラーの資格は取得している事だけは前提条件につけていたけれど。 和也もこのシスターには案外素直です。反発をしずらいともいいます(笑) 子供ではなく人として認めてくれる大人を和也は好むので、鼻持ちならないガキというイメージが強そうですけど、一応慕われています。………癇癪さえ起こさなければね(汗)←まあ玉に傷ということで。 05.10.5 |
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