柴田亜美作品 逆転裁判 NARUTO 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter |
空に架かる橋 プリズム 学校帰り、ついていないと空を見上げた。 今日は自分が自転車を使える日で、そうした日は大抵、少し寄り道をして植物を採集していた。今日もその予定で、なにか明るく鮮やかな花を探そうと思っていた。 空は明るく気温は若干暑めで、風を切る自転車は爽快だった。 今の時期なら手軽に向日葵が手に入るだろう。けれど大きい花よりはもっと手軽な小さめのものがいい。小振りの向日葵を探そうかと、思っていたのだ。 あの少女の眠る部屋の出窓に飾れる、そんな花を探すつもりだった。彼女はまた最近体調を崩して、食堂にすら足を運ばない事が多い。 もう院内で彼女を幽霊呼ばわりするものはいないけれど、その代わりその姿を見なければ不安を呼び寄せるものはいる。 新入りたちにそれは顕著で、他愛無い喧嘩や言い争いが増えてきている。シスター達では手が足りず、相変わらず自分も仲裁に入る日が続いている。 もっとも昔からそうした面倒は見てきたのだから、それ自体はさして負担でもない。ただ、そうした子供たちと同じように、自分もまた、不安定になっている。 時折視界が暗くなる気がして、その度に探す姿を自分でも自覚している。その小さな少女が、今はベッドに臥している。 だからこそ、気が紛れるものを、きっと喜ぶだろうものを、見つけて帰るつもりだったのだ。 ………そうだというのに、いま目の前にあるのは帳のような雨だ。軽快に走っていた自転車も今は塗れて沈黙している。 先程までは晴れていた証拠に、これだけの雨量のくせに空は明るく所々青空すら見えた。 にもかかわらず、今現在は足止めを喰らっている。なんとか木の下で雨宿りは出来たが、これでは止んだあとに近くをうろつけるはずも無い。 この辺りは街とは違って道の舗装などされていないのだ。平素でさえ自転車はコツがいる道だ。当然、泥道の中走行するのは厄介な事この上もない。 花は諦めて一度帰らなくてはいけない。溜め息を吐きだしながら空を見上げた。 手にした自転車は濡れそぼり、背負っている鞄も被害は少ないとは言い難い。撥水性を重視してはいるが、いくら何でも中身が無傷とは思い難い。 教科書程度ならまだいいけれど、ノートまで被害が及ぶと面倒だった。 最近はいくらかレポートじみたものを書くようになったのだ。その原案は持ち歩いている小型のノートに書き綴っている。 それが駄目になっていなければいいと、もう一度溜め息を吐くと、先程までの雨模様が薄れてきた事に気づく。 それは降り出した時と同じ劇的変化で、徐々に雨脚が衰え消えていくのが解る。 これならあと僅かで帰れそうだと、ホッと胸を撫で下ろす。ぎゅっと自転車のグリップを握り、濡れた自転車に乗るか押していくかを考える。 残りの道程はさしてない。歩いても10分かかるかどうかだろう。 ならば歩こうか、そんなことを思う間に雨は姿を隠していき、鮮やかな陽光が降り注ぎ始める。 通り雨のお天気雨だと、その鮮やかな色彩に目を細めると、不意に違和感が視界に広がる。青でも白でもない、陽光ですら無い何かが視界を掠める。 気づき、空を凝視する。………徐々にその違和感が増し、それの正体に勘づいた。 瞬間、考える余地すら無く、自転車にまたがりペダルを漕いでいた。思った通りひどい悪路で自転車は軋むようにして、それでも走った。 ゆっくりと、けれど鮮やかに、視界の先にある青空は変化していく。それに胸が躍る。 自転車を全力で漕いでいるためとは違う鼓動の高鳴りに息が苦しかった。 早く、早く帰りたかった。急いで、帰りたかった。 時間が無い。きっと、時間が無いのだ。だから急いだ。幾度も転びかけながら、それでも必死でペダルを濃いだ。 あの少女の元に、早く。眠りで窓を叩いて、教えなくてはいけない。 喘ぐように息をしながら、ただ一心に己の部屋でもなく院でもなく、ただあの眠る少女のいる出窓を目指して、自転車は走った。 甲高いブレーキの音に、うとうとと微睡んでいた意識が浮上し始める。 聞こえたのは、何かが倒れ込む音。それはガチャンという機械的な音。そして水を踏むような、そんな不思議な音があとに続いた。 段々ハッキリしてきた意識を追うようにそれは近づいてくるようだった。なんだろうと目を開けると、天井がぶれて見えた。 それを数秒眺めて、思い出す。確か、倒れたのだ。この一週間で何度目だったかと思うのも億劫なほど、最近寝込む事が多い。初夏となり暑さが増してきたせいか、身体が季節に追いつかずに戸惑っている。 それでもと、起き上がろうとする。身体を丸め、腕をつき、ゆるゆるとひどく時間をかけて頭を擡げ、目眩が無い事を確認してから、またゆっくりと上体を起こしていく。 その間も奇妙な音は続き、起き上がると、それは消えた。 首を傾げて周囲を見るが、誰も居ない。動物も紛れてはいない。なんの音だったかと目を瞬かせると、窓を叩く音がした。 そちらを見遣れば、よく尋ね来る少年のシルエットがレースのカーテンの奥に見えた。 そっと身体を揺らすようにして動かし、窓に近づく。カーテンの中に潜り込んで顔を覗かせれば、焦ったような険しい顔の少年がそこには立っていた。 目を瞬かせて、窓の鍵を開けた。足りない力でなんとか窓を持ち上げようとすると、背伸びをした少年が窓を支えてくれる。 その間に鍵をもう一度閉め、窓を固定した。たったそれだけの動作でどうしても自分の息は切れてしまう。 それを眉を顰めて見遣った少年が、腕を伸ばした。泥だらけで、少しだけ擦りむいた痕がある、腕。 「和也、手、怪我……服が、……も、汚れて、る」 「外、出れるか?」 痛ましそうに告げる少女の声に被せるようにして少年が問い掛けた。 のんびりと目を瞬かせる少女に焦れたように、また手を伸ばし、少女の腕を掴もうとして、躊躇う。 ずっと眠っていた少女。今朝も、体調が優れないと食堂には来なかった。 ………泥だらけでボロボロなこの腕で触れて、それを悪化させないと言う確信が、無かった。 それでも時間が無いと、その腕は戻る事もなく空中で静止した。不思議そうに眺める少女は、一度目蓋を落とした後、小さく小さく笑んだ気が、した。 そっと指先に触れた、体温。それがしっかりとした質感を持って握り返される。………おそらく力が入らないのだろう、弱々しいと言っても過言ではない握力で。 その様子に少年の眉が顰められる。 それを見つめ、今度は確かに少女が笑んだ。 「和也、下ろし、て?」 望むのは自分だと告げるように、少女が願う。それに悔しそうに唇を噛んだ後、それでも少年は丸まる少女を支えるようにして出窓から下りるのを手伝った。 いつだって少女は自身の我が侭のような振りをして、自分の願いを受理してくれる。そんなことはないと少女がいうとしても、それは確かな事実なのだ。 だから、いつだって何かを与えたいと祈るのだ。その度に、同じほどに与えられてしまう。歯痒くて、それでも、与えたくて腕を伸ばしてしまうけれど。 「こっち、から………見えるか?ほら、空」 ぶっきらぼうに、けれど力のあまり入らない少女の身体を出来る限り背負うようにして、少年は木陰の中に入り込んでいく。 そうして、空を指差した。蕩けるような視線のまま、少女はその指先を追って空を見上げる。 空は晴れ渡り、陽光が強い。それだけでもこの身体には負担である事が、きっと少年は悲しいのだろうと、そんなことを思いながら。 それでも空を見上げるのは好きだった。太陽を見上げる事も出来ないけれど、焦がれるようにいつも空を見上げていた。 その、空に。いつもとは違う色が染められている。 朝焼けの金ではなく。青空でも曇天でもなく。雪の白でもなく。夕焼けの赤でもなく。宵の紫でもなく。夜の紫紺でも、ない。 それは真っ青な空に渡る、虹の橋。 鮮やかな七色の光が弧を描き空に浮かんでいる。途切れる事も欠ける事もなく、美しく緩やかなまろみある筆で描かれた、空の 「に……じ…?」 目を瞬かせ、眩さに眩む思いで少女が小さく呟く。 「さっき、雨降っただろ?それで出たみてぇだけど、虹なんてすぐ消える、から」 乱暴は承知の行動だと、そう続くように声が途切れた。 その言葉に少しだけ驚く。雨が降っていた事など知りはしなかった。ならば、彼が来てくれなければこの涙が出そうなほど胸を躍らせるものを、きっと見る事は出来なかっただろう。 そもそも、眠っていた自分にシスターたちが知らせるとも思えない。彼がこなければ、自分は知らないままで生きる事がとても多いと、いつも気づかされる。 泥だらけで、擦り傷もあって、きっと転んだりもしたのだろう。この辺りの道は雨の日は歩きづらいのだ。 それでも、彼は走って来たに違いない。虹が消えるより前に辿り着こうと、あの出窓を叩いてくれたのだ。 そうして、いつだって泣き出したくなるほど美しく鮮やかな贈り物をくれる。 今だって身体を支えてはくれるけれど、服の汚れを気にして背負おうとはしない。まだ不調な自分が、部屋に戻ってすぐに眠れるようにと、配慮してくれているのだろう。 いつだってきっと彼は、人を思い遣り掬い取れる人なのだ。眠り続ける自分さえ、その手を伸ばしてくれる、優しい人。 「きれぇ…、だ、ね。空に、………も、いっぱい、お友達、いる……ね」 ぎゅっと、震える指先で支えてくれる腕を握り締める。まるで力が入らなくて、添える程度になってしまったけれど。 それでも少年は驚いたように目を丸めて、怒ったような顔で泣き出しそうに、顔を逸らした。 不器用で、優しい人。自分を忘れずに腕を伸ばしてくれる人。 捨て置いてもいいのに、彼はいつだって自分をこの世界に留め置くのだ。あの虹のように空に溶けたいと、そんな祈りを持つ時に必ず引き寄せる、眼差しと声を有している。 身体を支える腕の力が、少しだけ強くなった。 それを思いながら、もう一度目蓋を落とし、今見た鮮やかな色を思い出そうと、する。 けれど上手く像は結ばれず、再び眼差しを空に上げ、微かな目眩とともに虹を見た。 透き通るような空気の音色が聞こえる気が、した。 それはきっと、目を瞑っても想起しようとしなくても思い出せる、支える腕の力や体温と同じ音。 そう、思い。…………まろみある笑みを唇に乗せて少女はもう一度、囁いた。 「…きれぇ………」 それは見上げた虹がなのか。 寄せられた優しさがなのか。 支えてくれる腕がなのか。 解りはしないけれど、美しいと胸を軋ませる思いのまま、呟く。 空の奏でる詩を聴きながら、溢れそうな涙を、飲み込んだ。 久しぶりにシスターシリーズですよ。 先日生まれて初めてくっきりハッキリした綺麗な虹を見ました。なんかその感動をどうしてくれようか!!とか思いまして(笑) まだまだ意識がしっかりしていないと接続し間違いまくる少女です。むしろ話しているだけ偉いと言いたい。 ちなみに。夏が辛いと言うより、夏になる前に身体が追いつかなくて具合悪くして、そこに追い討ちをかける暑さにへばるのですよ。 シスターも暫くはそんな日々です。そして和也がやきもきします。しかも無自覚で(笑) 09.7.26 |
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