柴田亜美作品 逆転裁判 NARUTO 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter |
生きてみたいと、あの日、小さな女の子が言った 空に還された羽根 3(その後) あれから何年経っただろう、なんて。考えるにはまだあまりに子供だと、少年が息を吐き出す。 自室に帰ってくるのは久しぶりだったが、特に何も様変わりはしていなかった。意外に几帳面な同室者は、自分の本を読む事を許されて以降、本の配置を勝手に変えた事がなかった。 おかげで欲しい資料をすぐに探し当てる事が出来る。………それに乗じた隠し事も、だが。 ちらりと横目でドアを見る。耳を澄ますが、足音もしない。 あの子供が部屋に帰ってこないだろうことを確認してから、少年は一番上の段に並んでいる英語で書かれた図鑑のカバーを取り出した。重厚な造りのそれは、当然それに見合った重さを腕に示した。 それを取り出して、数ページを手繰る。と、突然花でもなんでもない写真が数枚現れた。それは幾箇所にも渡っており、ひっそりと隠されて作られたアルバムのようにも見て取れた。 どれも少しだけ視線のずらされた、少女の写真だ。たまに驚いたような顔で、真っ直ぐこちらを見てるものもある。 どれも背景は違うものだ。あらゆる場所に行った記念のようなそれは、当然それに見合った量を誇っていた。 たいした数ではないと思っていたが、段々溜まっていった写真は、きちんと整理をしないといけない量に達していた。が、どうしてもアルバムとして独立させる事に抵抗感があって、今もまだ出来ずにこうして隠すようにしまわれていた。 別に、恥ずかしいわけではなかった。照れくさいとか、そんな理由でもない。 …………ただそれを拠り所にしそうな自分が、怖かった。 あの日、小さな女の子が自分に告げてくれた、あの日。生きるために足掻いてみせようと、初めての一歩を見せてくれた時。 自分は怯えるだけだった。失われると、傷つけられるのだと、守る術も持たず流されるがままにしか生きられない自分は、またこの少女が痛むのを眺めるだけなのだ、と。そんな風に恐れて憤っていた。 愚かな事だ。そう、自分でも思う。 立ち向かうのは少女であり、自分でさえないというのに、どうしようもなく狼狽えたのは…………結局は、彼女が一人立つ事を畏れていたからに過ぎない。 遠くを見つめ自分たちから離れる事を詰っていた癖に、自分は彼女が一人立ち生きる事を畏れていた。自分達と同じように世界を見つめ生きる事を、どこかでずっと怯えていた。 彼女があまりに希有な存在だと理解していたからこそ、怯えていたのだ。そうして当たり前に生きてしまえば、今度こそ自分など取り残してどこか遠くへと飛んでいってしまうから。 その背の翼をもぎ取り、地に縫い付けたのは自分だったけれど、彼女は、願えばいつだってその背に羽を生み、自由に自分から離れる事が出来たから。 それが、怖かった。 ……………どこまでも自分勝手なエゴで恐れていた。 「………くだんねぇ…」 呟く声は、けれど力無い。浮かんだ苦笑はどこか泣きそうな面差しだ。軽く吐き出した息で内憂を霧散させようとするが、なかなかうまくいかない。 微かに歪められた眉のまま、図鑑を閉じる。少しだけ厚みを増したそれをカバーに戻すのはなかなかうまくいかないが、なんとかしまいこんだ。 それを見定めていたかのようなタイミングで、廊下に足音が響いた。他の部屋の奴だろうかと本棚に図鑑を戻しながら考えていると、ぴたりと部屋の前で足音が消える。 そうしてノックもなしにドアが開かれた。 「なんだ、やっぱりまだここにいたのか」 呆れたような幼い声でそういった子供は、スタスタと室内に入って、首だけを自分に向けて無言でたたずむ少年を見上げた。 他の人間であれば不作法であろうが、同居人であるこの子供であれば当然の仕草だ。 少年は軽く息を吐き出す。先程とは違う質のそれは、文字どおりに軽やかだった。鼻先で笑うようなそれに、むっと子供が顔を顰めた。 同年代の友人の少ない子供は、どちらかというと自分の友人達との方が話が合うらしい。そのせいか、どこか子供扱いを嫌う面もあり、また、軽んじられる事を厭う。 「シスターが心配するだろうが。さっさとしろ」 非があるのはお前の方だと、少しだけ幼い声がきっぱりとした口調でそう告げた。 実際、少年が忘れ物を取りにいくといって大分時間が経っている。気付かなかったが、随分写真に魅入っていたらしい。 それに気付いて、少年は机の引き出しから手早くカメラを取り出した。随分古い型のそれは、見た目の重厚感に比例して、なかなか重い。 懐かしいと手触りを確認してドアの前にたたずむ子供に身体を向けると、目を瞬かせた子供の視線が少年を迎えた。………その目は好奇心に輝いている。 そういえばこのカメラを見せたのは、初めてかもしれない。いつもは手軽な使い捨てか、最近はデジカメが主だ。小さかった子供と一緒に出かける時は、いつも出来るだけ自分の荷物は少なくするように心掛けていたせいで、ずっとお披露目の機会がなかったような気がする。 少し惚けたような顔で物珍しいものを見つめる子供は、そのせいか間近まで近寄った少年には気付かず、ただ眼前に現れたカメラに自然と腕をのばしていた。 「何だ、お前、カメラになんか興味があんのか?」 喉奥で笑いを噛み殺し、自分を迎えに来ておきながらすっかり失念していた子供に、からかうように声をかけた。 その声に、まじまじとカメラを見つめていた子供は、我に返ったように目を瞬かせ、慌てたように廊下を振り返る。 いつの間にか少年はドアから離れ、室内はもぬけの殻だ。目の前には少年の背中があり、それを通り越して廊下が見えた。 目先の興味にかられて気付きもしなかった、そんな自分の幼さに顔を赤くして子供はむくれた。が、少年はそんな事は気にもしないように軽く手を振り、先に歩き出してしまう。 それに気付き、慌てて子供はその後を追う。迎えにきておきながら自分が遅れるわけにはいかない。 「落とすなよ」 さして広くもない廊下の先を行く少年を、まるで押しのけるようにして追い越した子供に、笑いを隠さずに少年が言った。 「当たり前だっ!」 噛み付くように子供は返し、腕の中のカメラを大事そうに抱きしめる。それはまるで、大切な宝物を守るようで、不思議そうに少年は首を傾げた。 子供は特にカメラが大好きというわけでもないし、写真を撮る事に関心を寄せていたわけでもない。その興味は極一般的なもので、そんな風に愛しそうに抱きしめるだけの価値がそれにあるとも思えなかった。 あの少女のものであれば確かに別かもしれないが、残念ながらそのカメラの持ち主は自分だ。 そう思った瞬間、何となく掠めた可能性に少年の眉が寄る。不機嫌、というよりは、照れ隠しのように。 子供は自分と同じ部屋を共有している。そして自分は街の寮にいて、帰ってくるのは長期休暇の他は稀だ。そんな環境なのだから、彼は好きなだけ室内を自由に見聞出来るだろう。 見られて困るようなもの何一つないけれど、もしもあるとしたのなら。 …………つい先程めくった図鑑に忍んでいる写真を思い描き、少年は自身の顔が熱くなったような気がした。 それは大事な、記録なのだ。たった一人の少女が確かに生きて自分の傍にいたという、証。 風のように軽やかで空気のように自然で、鳥のさえずりのように当たり前すぎた、そんな人。 記憶だけでは心許なくて、花を留めるのと同じように、少女の姿を求めてカメラを向けた。やはりそれは、エゴと怯えに染まった行為だけれど。 躊躇いがちな笑みで、困ったように少女は笑い、写す事を拒みはしなかった。 それがどうしてか、なんて。その時は解りもしなかった。いつだってその真意を理解出来るのは、遠い未来の事で、彼女の深すぎる思慮に心打たれる。 もっともっと、彼女のために何かが出来ただろうにと、優しい記憶を抱きしめては、腑甲斐無さを噛み締めた。 「おい和也」 不意に子供が声をかけてきた。階段の途中、振り返らないその小さな背中は、少しだけ躊躇った声を出した。不思議そうに目を瞬かせ、その背中を覗くように少年は答えた。 「なんだ」 「これでシスターと写真、撮れるのか?」 使えるのかと、少し不安そうな子供の声が問いかけるのは、どこか滑稽だった。まるでそれが壊れているとでも思っているような声に、和也は笑う。 「撮れねぇカメラなんざ、持ち歩かねぇよ」 からかうような声音は、少し乱暴に響く。けれどそれに込められているのは優しい感情で、敏感な子供は容易くそれを汲み取り、不敵に笑った。 それなら一緒に撮ってやろうと、どこか偉そうな物言いで返すその響きもまた、優しい感情の元、だ。 どこまで見透かされているのか解らない少年は、バツの悪い思いで顔を顰め、けれど思い直したように笑みを唇に乗せた。 今日のピクニックから帰ってきたら、あの写真を取り出そう。そうして、この子供に与えよう。 自分では躊躇い続けてアルバムなど作れもしない。けれどこの子供はlきっと畏れる事もなく過去も未来も思い描いて綴る事が出来るだろうから。 いつの日か、そのアルバムの重さを知った時、もしも自分が伝える事が出来るなら、あの日の彼女の覚悟と誠意を教えてやろうと、そう思いながら。 前から書きたかった、シスターの写真を誰が撮っていたのか、という話(笑) 初めから和也にしようと思っていたので、そのための伏線で和也が旅行に行ったりした時に、花の写真撮って帰らせたりはしていたのですが。 アルバム作成も本当は彼にやらせて、それを見つけた子供にからかわれる話も考えていたのですが。 …………この男にシスターだらけのアルバム作る勇気なんぞないね。と思って止めました(オイ) アイドルなんかのピンナップじゃないからねぇ。生身の人間で、いつか確実に失われる人で、それを受け入れちゃっているような人、だから。 それに怯え続けている間は、和也にはとても出来ないよ。それをしたら、まるで遺品を整理しているようで頭の中真っ白になるね! そしてアルバムの尊さも重さも思い知った子供に、そんな話が出来たのはどれくらい時間が経ってからかは。まあ……何も言わないであげて下さい。 この子はこの子なりに精一杯なんですよ、きっと(遠い目) 06.7.2 |
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