柴田亜美作品 逆転裁判 NARUTO 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter |
見上げた空はいつも白。 蒼天 太陽に照らされた砂利道を眺めながら歩いていた。少女以外には誰も、その道を歩いている人はいない。 大分遠くまできたと少女は一度道を振り返った。森のように木々が軒を連ねた光景の先、こじんまりとした教会が見える。 ふわりと笑みを浮かべ、少女はまた前を向くと歩き始めた。日差しはもう、大分高くまで昇っていた。 そろそろ昼食時だろう。勿論、昼食用のサンドイッチも持っているし、ペットボトルもある。 何時だろうかと足を止めると、ポケットにしまっている懐中時計を取り出す。針は12時を回っていた。 あまりを無理をしないで、そろそろ休憩をしようと、少女はまたポケットに懐中時計をしまう。その瞬間、突然強風が吹きかけてきた。 調度日傘から手を離していた時だった。砂埃に目を閉ざした後には、肩にかかっていた日傘の重みは既に消えている。 いつもは必ず日傘を握っている手には、何も残されてはいない。 「…………あ…」 目を丸めて零すように音が漏れた。 空の手は、外にいる限り決してあり得ない筈の条件だ。慌てて辺りを見回した。いくら布で出来ていようとも、所詮は日傘だ。そんな遠くまで吹き飛ばされる筈がなかった。 日差しが肌に触れた。それは解っていた。ジリジリと焼けるような刺激が皮膚から沁みてくる。 前方を見遣ってみると、持ち主を失った日傘が空回りしながら砂利道を転げていた。風も止んだおかげで、数度回転するとその力も失せ、静止した。 ホッと息を吐き、少女は躊躇いながらも緩やかに走り始めた。 走る事自体、あまり奨励される事ではないけれど、それでも歩み寄っている間にまた風に飛ばされてしまっては、笑い話にもならない。 よたよたとぎこちなく走り寄りながら、少女は日傘に手を伸ばした。 ………日差しは、相変わらず無遠慮に少女を照らしている。休む事もなく、労るわけでもなく。ただ厳然と、光を地上に射し込めていた。 それを感じながら緩やかに息を吐き出し、少女は日傘の作る影に身体を寄せた。 明るかった視界が、僅かながらも陰を持つ。柔らかな視界にホッと息を吐き、少女はまた道を歩き始めた。 ちっぽけで、少し手を離せば風に攫われる。そんな日傘が、空の下、歩むには手放せない。 それは別段不思議な事ではなく、少女にとっては当たり前だ。それこそ服を着ているのと同質な程に。 それでもふと過った感覚に、少女は足を止める。 おそるおそる、日傘をずらした。胸が高鳴った。先程走った時の動悸とは違う、高揚故の鼓動の変化。 それを隠すように少女は瞼を落とす。何もなくなった視界の先、空だけは明るく透けて見えるようだった。 顎を上げ、閉ざした瞼をうっすらと開ける。 「………………っ…」 開ききるより早く、少女は視界を日傘で覆った。 …………なんとなく、それを垣間みようとする行為は浅ましく思えた。 可能であれば、盗み見るのではなく…見上げたい。何かに気後れして見るのでは、その価値は半減してしまう。 こうして陽射しの強くない時期であれば、昼時も外に出る事が出来る。少しずつだけれど、いい方へとこの枷の多い身体は歩めているのだ。 実現するかどうかは解らなくても、ほんの少し、夢見る事が許されるなら。 ほんの数年前までは決して思う事も出来なかった感情を抱きながら、少女は少しだけ寂しく笑った。 木陰辿り着くと、背負っていた鞄の中から小さなシートを取り出して敷く。そこに腰を下ろし、少女は長く息を吐き出した。 久しぶりの遠出だった。暖かい日差しは木々の葉を透かした分、ほんの少し柔らかいものに変わる。 綺麗な風景だった。木漏れ日は目に痛くはなく、肌を痛める事もない。まして息を冒すような事はあり得なかった。 寒かった季節から段々と暖まる。こうして空気が優しいものに変化し、日差しが凍れるものからほころぶように暖まる。……ゆっくりと、季節は巡っていた。 細めた視界に愛しい光景をおさめ、少女は微笑んだ。やんわりと、空気に溶けるほどの幽かさで。 大分歩いたが、身体は怠くもなかった。今日は調子がいいらしい。そう認識すると、自然と気持ちも軽くなった。 幸せそうに少女は辺りを見回し、それを瞼の裏で思うように目を閉じる。 ………昔は、目を閉じる事が嫌いだった。夜、眠る時以外のそれは、闇を想起させる以外、何も知らしめはしなかったから。 何も思い出せない、その事実が…ただ呼気を蝕んだ。 今は大分思い出す事が出来るようになった。まだ細かいものは難しいけれど、たった今見たものくらいなら思い出せるし、人物像も朧げながら結ぶ事が出来る。 もう暗闇を抱えて沈む事もない。目を閉ざした時には鮮やかな色が浮かぶのだ。 それが今はただ楽しかった。日差しを感じながら瞼をおろすと、より美しいものが浮かぶ。 落とした瞼の裏側、浮かんでは消える様々な情景や色を、少女は楽しむように愛しむように見つめた。 砂利を蹴るようにして歩いていた。春休みが終わったばかりで、まだ今週は小学校は午前授業だ。 いつものように午後まであれば、そのまま散策でも何でも出来るが、如何せん昼食も無しではどうする事も出来ない。 面倒だと軽く息を吐きながらも、歩く少年の足取りは軽かった。 院に帰ったなら、少なくとも学校に通う間は見られないものは見れる。食堂の向かいに座る少女を思い出しながら、今日はどこに行こうかと頭を巡らせた。 昼食をとったあと準備をして、自転車でも借りて一緒に遠出してもいい。今日は気持ちのいい天気だ。 思いながら、自転車を見つめて首を傾げた少女を思い出す。本当に、どこか俗世というものから逸脱した子供だった。 ものは知っていても使い方が解らないと、そんな目で不思議な機械でも見るように自転車を見ていた。乗ってみせてみれば、そんな他愛無い事に拍手をしていた。 当たり前の事を、あまりにあの少女は知らなさ過ぎた。その手の届く範囲以外の事象を、実体験として感じる事がなかったせいかもしれない。それでもそれはあまりに悲しい所作だ。 「…………………」 緩く息を吐き出し、躊躇いがちに空に目を向けた。真っ青な、雲のない空が視界一杯に広がる。 これを見られる事を幸せだなど、感じた事はなかった。あまりにも当たり前すぎて、感謝など覚える筈がない。 それでもゆっくりと知る事がある。自分の恵まれた肉体を。………何一つ規制される事なく許されている、当たり前だと高を括っている現実を。 彼女は自転車を二人で乗る事さえ怖がっていた。多分それは、少女にとって速すぎるスピードなのだろう。 走る事のない………出来ない少女にとって、自転車の速度は未知の領域だ。そんな事にさえ、自分は気付けない。 ただ拒まれたり躊躇われたりしたというだけで怯えて、傷つけられる前に傷つけてしまう。 どうしてと、たった一言問いかければいいだけの筈が、全てを壊すように牙を剥いてしまう。 どうしようもない、浅ましさだ。守りたいなど、思う事さえ烏滸がましい。臆病で、いつだって傷付きたくなくて傷を与えるような人間だというのに。 足下の砂利を踏み締めた。その音が耳に響き、少し眉を顰める。 まだ当たり前を知るなんて、難しい事だった。そんな禅問答のような事は大人だって解答を持っていないだろう。 それでもどうしても、脳裏を過って消える事がない。知りたいと、そう思う。 きっとあの少女には見えている、その先を理解したかった。子供だからこそ、知りたいと切実に思うのだ。 諦められるなら疾うに諦めていた。こんな風に焦がれるように願いもしない。 耳に触れる砂利の音を振り解くように少年は首を振った。何故か居たたまれなくて仕方がなかった。 そうして首を振った先………何かが視界を掠めた。 首を傾げ、見えた気がしたそれを探すように、また首を巡らせた。 低木の垣根の先、日差しを遮るように木々が林立している。緑と木肌しか見えない筈のその光景の中、異質なまでの黒が垣間見えた。 その色はよく見知った色だ。光を浴びる事のない、漆黒の艶やかさ。 吹いた風にまたそれが踊る姿が映る。丁度木を隔てて、少年の進行方向と同じ向きをしているらしい。 どうりで今まで気付かなかった筈だと軽く目を見開いた後、少年は足に力を入れて駆け出した。 ………足を向けた木の裏側には、思った通り少女が座っていた。ただし、眠っているという状態で。 散歩でもしていたのだろうか。それにしては大分遠出だろう。自分達であればたいして時間はかからないが、この少女であればその倍は時間をかけて歩む。 それを思い、空を見上げた。時間に細かいわけではないけれど規則正しい少女が、外で居眠りをしているには……少し、日の高さがおかしい。まだ昼食も食べていないのではないかと眉を顰めた。 「………おい?」 小さく声をかけ、少年がしゃがんだ。伸ばした指を一瞬竦ませるように留めて、けれど思い直してもう一度それを伸ばし、少女の肩を揺する。 さらさらと長い黒髪が少女の肩を舞う。真っ白な頬を包む黒が揺れ、同じ色をした睫毛が小刻みに震えた。 間近でその様を見つめながら、居心地の悪さに少年は顔を背ける。 これが同級生だったり他の院の子供であったりしたならば、多少の乱暴さでもって無理矢理起こすが、どうしてもこの少女にはそうした真似が示せない。 身体の弱さ故、ではなく。…………その侵し難い静謐さ故に。 「…………ん……?」 ぼんやりと瞼を持ち上げた少女が、微睡む吐息のまま唇を動かす。目が覚めたかと逸らしていた顔をもう一度戻し、揺すっていた肩を今度は軽く叩く。 その振動に気付いた少女が、数度、瞬きをした。ついで眼前にいつの間にか現れた少年に驚いたように目を瞬かせた。 「……あ……れ…ぇ…………?かず……」 「学校帰りだ。こんなとこで寝て、飯食ったのか?」 まだ夢見心地らしい少女の言葉に被さるように和也が先に答える。瞬きを繰り返す少女は指先で目を擦り、見えているものが現実のものである事を認識した。 そうして辺りを見回す。多分、耳も澄ませているだろう。 「…………いっとくけど…まだ俺も昼飯食ってねぇぞ」 おそらく、寝ている間に夕方になってしまいシスターたちと一緒に自分が探しにきたのだと、そう勘違いしている少女に、軽く息を吐き出して少年が伝えた。 ようやく思考がしっかりしてきたらしい少女は、けれどやはり現状を認識しきれないらしく、戸惑ったように辺りを見回したり少年を見上げたりと首を巡らせていた。 「え………?あ、れ…?でも、学校、が………」 「今週はまだ午前授業なんだよ。だから給食もなし」 心配する事はないと伝えるとようやく納得したのか、ホッと少女が息を吐き出した。 「で、お前は飯は?」 「ん…一応持ってきてたの」 すっかりみんな学校で食べてくるのだと思っていたから、ピクニックをしようと思ったのだと少女が恥ずかしそうにいった。 学校に行った事のない少女には、いまいちカリキュラムや休暇のシステムが理解出来ない。 立ち上がろうとする少女に手を差し出して補助し、少年は足下に転がっていた日傘と鞄を持ち上げた。 「………まだ食ってねぇのか」 ここで食べていくのかと暗に問いかける声に、少女は笑みを浮かべて手を差し出した。 「ん、だから…院に帰ろう」 一人で食べるのは嫌だからと、幼い頃なら粛々と受け入れていた事を寂しいと思えるようになった少女が笑う。 部屋の中、たったひとり。そんな事が当たり前だった筈なのに。誰かと一緒にいる事を喜べる、その感覚が不思議だった。 それでもそれはもう手放せない。一人生き、一人消える筈が………長くなる歳月の分、苦しくて重い。 我が侭ばかりだと、困ったように笑う少女の真意を知らない少年は、差し出された手を軽く引き、そのまま道へと歩ませた。 日差しが襲う筈のその一瞬、微かな音とともに日陰が与えられる。差してくれた日傘を手にしようと、掴まれていない手を伸ばしかければ、それを阻むように手を強く握りしめられる。 言葉が不得手なのは、多分、お互い様。言葉以外で伝えあってばかりだ。 感謝の言葉を唇に乗せ、ゆっくりと少女が歩き始める。 ゆっくりとゆっくりと、決して少女にとって無理のない、その歩調で。 いま書いているハーブガーデンがものすごく難産で。あと3話で終わるのに半分で停滞中だよ。いつからだ?(軽く半月) いや、原因は解っている。和也が鬱陶しいんだ(オイ) なので気晴らしです。まだ二人とも小学生だった頃を書くのは好きです。感情が微妙で。まだ少女自身も淀んだ目をする事のある頃。和也は必死だけど必ず空回り(笑) 空とか、遠くて広いものを見るのは好きです。太陽苦手だけど。 絶対に手は届かないけど、伸ばしてみたくなる。 …………まあ、日傘を持つようになってからはしなくなりましたけどね。見上げても青だけじゃなく、黒い布が見えるのは寂しいものだよ。 それでもまあ、倒れて迷惑かけるよりはましだけどね。 06.5.18 |
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