柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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小さい頃は逃げ出したかった
ちっぽけな家から
閉じ込められた物置きから
気付きもしない保育所から
連れてこられた院から


この世の全てが毒である事くらい
知っていた

誰もがいずれは壊れる事も
知っていた

だから 自分もまた 壊れるだろう

壊れ る だ  ろう…………





捧げきれない感謝の言葉



 チリリンと、高い鈴の音がする。
 それに目を向ければ黒い日傘の下、少女が微笑んでいた。
 「……散歩か?」
 籠の中の茄子を運ぶついでのように足を向け、少女の傍に歩み寄る。調度彼女の佇む隣に、数日分の野菜が収穫されていた。
 少年の動きを目で追いながら、少女は軽く首を振り、肩に提げた鞄をくるりと前に回して示した。
 ふっくらとそれは丸みを伺わせ、それなりのものが入っているように見える。もっとも少女が持ち運びをしているのであれば、重さとしては軽いのであろうが。
 僅かに眉を寄せて、その中身を透かそうとでもするように凝視する少年に、少女は小さく笑い、それに合わせるようにまた、鈴が鳴った。
 「カバンと、人形と、サシェ…を、届けるの」
 指折り数えながら、少女が鞄の中に入っているものを囁く。と、少年が目を丸める。
 鞄はそんなに大きいものではないとはいえ、小振りというわけでもない。それが膨らむ程の量となると、かなりの数な筈だ。
 少女が慈善活動に参加出来ない分、こうして小物を作って提供している事は知っているし、中にはそれを希望して購入する信者もいる。
 いつの間にかそれが膨大になって、彼女の負担にでもなっているのではと、僅かながら危惧するように少年が眉を寄せた。
 特別に器用というわけではないけれど、その分少女は丁寧に一つ一つを作り上げる。
 それは心を込めてという言葉がぴったり当て嵌る程だ。それが解るからこそ、彼女の作るものは手に取られる事が多い。
 願われれば拒めない少女だ。頼まれれば無理をする。そう思い至った少年が、僅かに睨むように少女を見上げた。………それはさして珍しい構図ではなかった。
 「違う、わ」
 くすりと困ったように少女が笑う。まるで少年の考えた事が全部、言葉として聞こえたかのような、そんな笑みだった。
 昔から少女は、少年の思考パターンを感知する事が得意だった。
 少年だけではなく、他の人間にもそうではあったけれど、少年自身にしてみれば関わる機会が多い分、まるで全てを見透かされているような気がする。
 少女の声に僅かに顔を逸らし、せめて今思った事くらいは気付かれないようにするが、多分それも徒労だ。微笑む少女は、まるで全ての事象を承知しているかのような、そんな錯覚を少年にもたらす。
 「来月のバザー用、なの。和也もいくつか、提供、するでしょう?」
 沢山育てている花達も貰い手を探す筈だと、まるで見知っているかのように少女が微笑む。
 おそらくその脳裏には、少年が管轄する敷地内の、鮮やかな花畑を思い出したのだろう。ほころぶ笑みはひどく柔らかい。
 いわれ、ようやく少年が納得した。思ったままに怒鳴らなくて良かったと、少しだけ安堵の息を吐き出す。
 衝動的に怒鳴る事も感情が昂る事も、大分コントロール出来るようになってきたが、それでもそれは完璧ではない。
 一般的な尺度で考えたなら、まだ気難しい部類に自分は加わるし、発露されたならその度合いは周囲に恐怖を抱かせる。
 ………久方ぶりの発作的な破壊衝動は記憶に新しく、それが故に少女に怪我をさせた事は、今もまだ、痛む傷だ。もう怪我も治ったのだと少女が笑っても、消える事のない棘のように、自分はそれを思い知る。
 きっと彼女は、この先同じ事があればまた、その細い身体を差し出してくるだろう。
 自分の腕で事切れることさえ、ある気がする。事実、今まで幾度となく少女は、自分のせいで倒れているのだから、あながち馬鹿らしい夢想ともいえなかった。
 「……随分早いな」
 引き渡すにはまだ時期が早いと、脳裏に描いてしまった暗い物思いを追い出すように少年が問いかける。自分もそれに合わせていくつか鉢植えを処分してもらうつもりではいたが、まだ準備すらしていない。
 意味を正確に聞き分け、少女は笑んで鞄に指先を添え、まるで愛しいものを包むように鞄を撫でた。
 「ん、今までの、作り置き」
 大分溜まっていたの、と、少女が苦笑するように首を傾げた。
 学校に行く事がなくとも自己学習をしている少女は、学校に通う子供たちに比べて、格段に自由というわけではなかった。
 しかもその時間とて、体調によっては全て中止となる。それらを考えたなら、自分達よりも自由な時間は少ないかもしれない。
 それでも少女は小物を作る事が多かった。特別器用なわけでもなくて、すぐに作り上げられる程、スピードだってない。それでもいつの間にか少女のもとには出来上がった小物があった。
 それをどうしてと思った時、何も考えずに問いかけた。
 解らないから問いかけるのは、もう癖のようなものなのか、それとも彼女は彼女に問わない限り解明されないものばかり抱えているから、甘えてしまっているのか。
 それは解らないけれど、ただ、自分はいつも言ってはいけない事は、そのタイミングと言葉で、言ってしまうのだ。
 傷つけるつもりはなかったと、そう後悔するのはいつだって言った後で、懺悔を捧げるより早く、少女は悔やみに気付いて自分を許してしまうのだけれど。
 「……………寝れてねぇの、か?」
 ぽつりと、取り零すように、また無意味な言葉を落とす。
 自分の鼓膜に響いた音に、ようやく自身がそれを口にしてしまったことに気付き、目を丸めた。不自然でないスピードで少女に視線を向ければ、目を瞬かせるようにして少女が首を傾げていた。
 …………少なくとも、今の言葉で彼女が痛む事はなかったらしいと解り、ホッと息を吐く。
 以前、同じ事をしてしまったのだ。やはりバザーの前で、少女の作った小物の多さに驚いて、どうしてそんなにと、何の疑問もなく問いかけた、浅はかさ。
 苦しくて。………眠れない程、苦しくて。それでも動ける事を確認するように手繰り、作り上げられた命の片鱗達を、まるで知らなくて。
 暇なんだ、など、気遣う事もない言葉で、痛みに抗い懸命に生きる事に努力していた人を、傷つけた。
 思い出したくもない愚かさの一つに、噛み締める唇だって勿体無い。そんな真似すれば、少女が心寄せて許しを与えてくれる事くらい、十分解っているのだから。
 「これは、前に作ったの」
 安堵する少年に困ったように笑んで、少女は大丈夫と示すように日傘の下、囁いた。大きくはない声は、あまり動かない唇から零れるのに、それでも聞き取れない事はなかった。
 大声を出した姿など見た事はないが、そうする必要もあまりない気がする程、少女の声はよく響く。聖歌隊の一員として発声練習をした甲斐があったと、担当したシスターが誇らしく言っていた事を思い出す。
 「今は、平気。シスターに、聞いてみて?」
 楽しそうに少女が笑い、からかうように言う。それに合わせて揺れる鈴の音が、少年の耳に響いた。
 ………昔、眠れない夜は針と糸を探した。指先を動かして、集中して、くたくたに疲れてしまいたかった。肉体を疲弊させる事が出来ないから、心をそれの代わりにした。
 それが一番だと思っていたけれど、それでも一人真っ暗な部屋の中、軋みそうな胸を抱えて掠れる呼気の中、踞っている事は、時にひどく孤独で虚無を思わせた。
 問われた時、それを伝えれば少年は顔を歪ませた。………悲しそうに泣きそうに、けれど、怒って、自分の腕を掴んだ。眠れない時に自分を追いつめてどうすると、悔しそうな声で言った。
 言葉の意味が解らないで戸惑えば、やっぱりまた、悲しそうに俯く。いつもいつも自分は彼を悲しませるのだ。嬉しそうに笑う姿は、ひどく少ない。
 だからせめてと自分が笑って、大丈夫なのだと、そう伝えると、腕を掴む力がまた、強まった。
 そうして翌日の夜、窓が叩かれたのが、夜の散歩の始まりだった。
 思い出し、少女は嬉しそうに口をほころばせた。
 少年は自分の知らない事を教えてくれる。与えてくれる。面倒臭がることもなく、必ず手を差し出して、待っていてくれるのだ。見ぬ振りだって出来るのに、そんな真似さえしないで自分の前に立ってくれる。
 なんて貴い人だろう。………避けるのではなく、遠く立つのでもなく。こうして自分の前にいてくれる、なんて。
 「寝れない時は、花を見ているわ」
 和也が教えてくれた方法だと、感謝するように少女が囁く。まろみある声音は、柔らかく肌に触れるように響く。人を安堵させる音だと、そう思わずにはいられない優しい声。
 誇らしい思いに、頬が熱くなる気がした。それを隠すように顔を背け、少年は素っ気ない声で返す。
 「そのまま寝ちまえば世話ねぇよ」
 花を見て心がほぐれて、そのまま眠ってしまう少女。それは何も、自分が傍にいる時に限定されているわけではない。
 どこか浮き世離れした感覚が否めない少女は、時折信じ難い無防備さを示す事がある。
 一度自分さえ気付かないで寝入っていた時は、本当に驚いた。たまたま夜の散歩を自分もしていて、ついでに花の様子を見ていたら倒れている人影を見つけたのだ。誰だって驚きもする。
 ………思い出した過去に顔を顰めて、あれ以来はなりを潜めているその悪癖を諌めるように、ちろりと少女に目を向ける。
 視線の意味に気付き、少女は困ったように笑い、約束は守っているというように軽く頷いた。
 「まあ…気付く時ならいいけどよ」
 少なくとも少女を見つけ、部屋まで連れ帰る人間がいればいいと。………それが自分の役目であるような、そんな誇らしさは隠して、少年がぶっきらぼうに付け足す。
 足下の大きな籠の中の野菜に手を伸ばし、種類と数を確認しながらの少年の言葉に少女は目を丸め、ついでふうわりと、花のほころぶような笑みをその唇にたたえた。
 そろそろ先に進んだ方がいいと、そう言下に示す少年の仕草の中、沁みるようにあるのは日が昇りゆく時間である事への気遣い。
 言葉と態度に促されるように、少女は一歩後ろに下がり、菜園から道路へとその身の置き場を変えた。
 身体を向かうべき目的地の方向へずらすより早く、囁くように少年を呼ぶ。
 「和也」
 籠の前にしゃがんだ少年が少女を見上げ、瞬きだけで問いかければ、少女は微笑み、小さな言葉を添える。
 「………ありがとう」
 それは、どれに対して言えばいいのか解らない程沢山の、少年への感謝の言葉。
 目を瞬かせ、一体何を言うのだろうと顔を顰める少年に、暇を告げるように手を振り、少女はまた歩き始めた。


 きっと彼は気付かない。
 けれどどこかで気付いている。
 それに少女は笑みを浮かべ、もう一度同じ言葉を舌先で転がした。

 感謝、なんて。
 そんな言葉だけでは表す事が出来ない程。
 どれほど数多くの事を自分に与えてくれているか。


 いつか彼に伝われば、いいのに。








 和也は少女に出会ったから、壊れない努力をして。
 少女は和也に出会ったから、当たり前の事を知る努力をした。
 どっちも生きる上では不具合の多い、欠けた部品同士なんですけどね。だからこそお互いがお互いに作用して、真っ直ぐ前に進めるように導きあってもいます。
 ………同じくらい足引っ張りあってないか、とも思いますが(苦笑)

 ちなみに。二人とも提供した作品が売れた場合、その売り上げの一部は収入としてもらっています。材料費とか肥料代とかね。あるいは物品でいただく場合もありますが。古布とか植木鉢とか肥料とかで(笑)

06.9.23