柴田亜美作品 逆転裁判 NARUTO 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter |
軽やかに軽やかに フォークダンス この世の中は理不尽にできている。 そんなこと、いつだって感じていた。 そうでなければ自分達のような子供は存在しないし、いま目の前で目を細めながら回る人の輪を見つめる女の子も、存在するわけがない。 木陰の中、座り込んで木に背をもたれさせる女の子は、僅かに汗を浮かべた額を、ポケットから取り出したハンカチで拭った。 ちらりと空を見るが、別段その陽射しは強くない。それでも女の子にとっては、夏の炎天下と大差ないくらい辛いのだと、自分に言って聞かせた年若いシスターの顔を思い浮かべる。 いつのことだっただろうか。この女の子と言葉を交わしたのは。さして遠いことではない。 関わったことなどそれ以外ではなかった。 この子が院に来たということは、知っていた。………もっともそれから既に1年もの時間が経っているとは思わなかったが。 食堂でその姿を見かけたことはなかったし、外でみんなで遊んでいる時も、その姿は見なかった。友達の中には、彼女が幽霊だといって騒いだものがいたくらいだ。 自分もまたそれを信じ、彼女を遠目で見かけて囃し立てるものの、一人だった。 その度に彼女は遠い遠い場所で不可解な存在を見つけたようにこちらを見遣って、緩やかに目を逸らし、引きずるような足取りで立ち去っていた。 その様は本当に同じ人間には見えなくて、噂は更に飛躍する一方だった。そうだというのに、自分はそれを見つけてしまったのだ。 幽霊などではなく、それは天使だった。 ふうわりと笑う様は愛らしく、黒い髪を白い花に埋めて、鈴のように可愛い声で囁いていた。 誰もそんなこと、信じはしないだろう。それを自分は知っていた。 それでも確かな証が欲しくて、声をかけた。なんて浅ましさだと、そう罵ることさえない身勝手さで。 そうしてかけた声に驚いて天使は消えた。まるで雲に隠された日差しのように一瞬でそれは姿を消したのだ。 悔しくて悲しくて。取り返しのつかない過ちを犯したような不安感から逃れたくて。……怒鳴った。それは何の罪もない虫を踏みにじるような、些細な残酷さ。 その腕を掴んで、もう院に帰らなくてはいけない時間だと、年長者のような口調で言って、無理矢理そこから引き離した。 そうして院に着いたなら、天使は翼をもがれて倒れた。 それを見てすとん、と。自分の中、何かが滑り落ちていったのが解った。 痛めることの簡単さと、それをいとも容易く行える己の残酷さ。 そんな自分のもとに、天使が残るわけがない。天使を連れ去ったのは、自分自身だった。太陽を隠した雲が太陽を探すのと同じ、不条理さ。 だから一歩、近付いた。天の邪鬼で癇癪持ちの自分が、すぐに友達になれるわけもない。ただ、傍に一歩近付いてみるだけ。 幽霊だと笑う遠い観客ではなく、そこにいる一人の女の子を知ってみようと、そう思っただけ。 やっぱり意地悪ばかり言ってしまって、この子は時折あの遠い遠いどこかにいるような目で自分を見つめ、言葉もなく不意に消えていくけれど。 一歩近付いて、時折言葉を交わす。この子はあまりしゃべらず、じっと相手の言葉を聞く癖があった。 たまには自分で話せと怒鳴ってみると、やっぱり不思議そうに首を傾げて透明の目をむける。何も映していない、遠い遠い、目。 それからこの子は、言葉がへたくそなのだと、言った。 言葉を知らないから人の言葉を聞いていたいのだと、言った。ひどく片言な、接続詞の間違いだらけの話し方で。 変な子だと、やっぱり思った。 でも同じくらい、こうしてこの子を見下ろしていると思う。 あの日見た天使は、確かにこの子だ。この子の中で天使はずっと夢見ている。 まだ開花されていない花の蕾の中、ずっとずっと夢見ている。 それを知っているのは自分だけ。それがどこか、誇らしかった。特別な気がして、優越感に浸っていた。 馬鹿な子供だと思えないくらいの傲慢。それくらい、その頃の自分は周りよりも秀でていて、自分は大人なのだと思っていたから。 こんな小さな女の子、守るくらいはわけないと思っていた。 日差しは変わらず差し込んでいた。目の前では二つの円でのフォークダンス。学校で習ったものだと年長者が教えて、いつの間にか流行ったそれを、女の子はいつも遠くからただ眺めていた。 ふとそれに気づいて、たまにその傍まで行ってみる。 何となく、この子が見る場所から眺めたら、あの日の天使が笑っていた理由が解るような、そんな気がしたから。 別にこの子は傍にいても何もいわない。軽く会釈するくらいで、どろりとどこか霞んだ視界で自分を見て、それから視線を外す。 むっとして、声をかけられなくなる。そのくせこの子は、時折笑うのだ。あの日の天使と同じ、微笑みで。 自分には向けられない。自分には気付かない。 それでも、誰よりも傍にいるのは、自分なのだ。 そんな風に考えると、ふと頭をもたげる。声をかけようかという、欲求。 また天使が逃げると解っているのに、それでもつい、その欲求に勝てなくて声をかけてしまう。 「………踊らねぇの?」 小さく、ぶっきらぼうな声で。 もっと年上だったなら、あるいはこの腕を差し出して踊ろうよと、言えたかもしれない。もしかしたらこの子でなければ、今でさえ出来たかもしれない。でも、そうは出来なかった。 なんとはなしに知っていた。自分が差し出した腕をとるような、そんな子ではないのだと。 一人立てるようになりたいと、そう願い続けている女の子だった、から。 空から舞い降りた声音に、その子は眩しいものを仰ぐように細めた目で顎を上げ、音源に目を向ける。 映った男の子の顔を真っ直ぐに見つめ、ゆるゆると首を振った。微かに息苦しそうなその唇を僅かに開けながら。 中空を舞う黒い髪がしなやかに背中に戻る頃には、持ち上げられていた筈の顎は俯かれ、女の子はゆっくりと一度、肩で息をした。 そうして流れた沈黙の時間。それは短く終わることを互いに十分理解していた。 「いっつもいっつもこうやって見てばっかで、辛気くせぇだろ」 憮然と顔を顰め、拒まれた言葉を隠すように冷たい言葉を重ねる。 女の子の小さな細い肩が上下していた。まるで息苦しいかのようだ。 それでも女の子は何も言わない。あの日、自分が日傘を置き忘れさせたことさえ誰にも言わず、走れないこの子の腕を無理矢理に引いたことさえ、咎めず。 倒れるその時まで、自分に何一つとして求めなかった。苦しいのだと、零すこともなく、ただ痛みを受け入れるだけの幼子。 倒れたこの子の呟く言葉は、決まっている。謝罪の言葉がか細く、色を失った唇から紡がれる様を忘れることが出来ない。 それがますます苛立を増長させた。訳もなく当たり散らしたい、その衝動。浅い呼気のなか、なんとか霧散させようと、拳を振り上げて、女の子の背を預けることを許された木を、ガンガンと力任せに叩く。 振動はその背にすら、伝わっただろう。手のひらに血が滲んでいる感触がするくらい、強く自分は木を叩いたから。 「………いたいって…」 「ああ?」 「……木。痛い、言ってる、の……」 ぜいぜいと、掠れた呼気が聞こえる。それでもその呼気の合間、縫うようにして女の子の声が響いた。千切れて風に溶けてしまうような、そんな小ささで。 その言葉の意味が解らないわけではないけれど、ただただ反発したい心持ちだけが身体を支配する。脳裏には赤の乱反射が起こっていた。 「木がしゃべるわけねぇだろっ!」 「………そうだ、ね……。なんで、聞こえない…の?」 「はぁ?」 「私…言葉、下手、だから?木の、声……好き、なのに………」 「だから………っ」 蹲るように胸を押さえている。発作、だろうか。一瞬掠めた不安。 けれどそれはまだひどくはないらしく、身体を少し傾けて、女の子は木に縋るようにして手を添えた。 小さく短い指にはやはり小さな爪が乗せられていて、微かな日の明かりに白く光っていた。 木に与えられる抱擁。自分に与えられる、背中。 ………だから苛立たしいのだと、そう叫びたくなる姿だ。 それでも声は出なかった。 縋る指は小さくて。自分の小さな手のひらよりもずっとずっと、小さくて。 与えられる背中さえ、この腕でも抱えられそうなほど小さく細い。 この天使は地上に落ちた。帰るための羽は自分が奪い、言葉さえない中、連れ帰った先で、地に縫い付けられた。 だからだろうか。この背中を見るとこの上もなく苛立たしい自分の内の感情の波が、急速に引いていく。 潮の、ようだ。あるいは満ち引きを統べる、月。 その背にあった筈の羽は消えた。声をかけて奪った羽を、自分は与えることも出来ない。 ただただ傷つけ続ける。この、遣る瀬無い矛盾。 「木で……花で、生まれる…良かった、ね。きっと、沢山、出来る、ある…の」 囁くほどのか細い声は、あまり動かない唇からほろほろと零れる涙のようだ。一度だって泣いた姿など見たことのない、この子の。 泣きわめいても不思議でない扱いを、自分達にされてきたくせに、彼女はどこかそれさえ許すように無感情だった。 それがどうしようもなく、胸を締め付ける。 何も解らない自分達とは違う場所でこの子は生きていると、そう突き付けられることが恐かった。 「逃げてんな。お前はそれでも人間なんだろ」 叫んだつもりの声は、弱々しかった。 それに気付いたのか、小さな背中が揺れて、あの淀んだ静かな目が向けられる。 「………俺たちと同じ、だろ」 だからこそ木や花になりたかったと、そう言われても仕方のない対比を出したのはきっと許してほしかったからだ。 それが救いかのように比較対象に出して、この天使が頷けば、己こそが救われる気がしたからだ。 それはどこまでも身勝手な自己保身。傷つけている癖に傷つくのが恐い、浅はかさ。 解っているのかいないのか、ぼんやりとその子は自分を見上げた。大きな目は相変わらずどこか遠くを見つめていて、霞んだように見える。 「……うん…同じ、ね…」 ふわりと、天使が笑う。 許すように、痛んだ自分を癒すように。 それはきっと自分に向けられたものではなく、ただ痛みに鋭敏な命がそれを包む言葉を探っただけだったのだろう。解っているけれど、それでも自分の前で零される笑みに泣きたい気持ちが胸に染みた。 赤く濡れた拳に差し伸べられる、小さな手のひら。白い白いその色に目眩がする。 「手…ケガ、ね。シスター、…………と、トコロ、行こ?」 軽やかに腕を引き、その子は立ち上がった。真っ直ぐに自分を見つめながら。 知らず頷き、包まれた手を振払えるわけもなく、その微かな体温を繋ぎ止めるように握り締めた。 ゆっくりと風が吹きかける。まろやかな、薫風。 それに目蓋を落とした女の子は、最後にまた、遠いあの輪を見つめた。 「………行ってくれば、いいだろ」 憧れるように輝きを増す瞳を眩しい太陽を見る時のような目で、見つめる。 自分の手など振払って駆け出せばいい。あの輪に向かって。誰もきっと拒まない。この子の笑みは、あの日の天使のものだから。 「うん………そうなると……いい、思ってる」 願いでも希望でもなく、それはどこかあっけらかんとした、些細な言葉のように零れた。 どれほどその言葉が重いか解るのは、もっとずっと大きくなってからだった。 それでも細めた視界に映す女の子は朧に光る、粒子のようだった。………どこまでも尊い存在の集合体のよう、だった。 かける言葉が解らなくて、また不貞腐れたように顔を背けて手を握り締める。赤い自分の血が、その白い肌を染めてしまいそうだと思う余裕もなく。 ただただ繋ぎ止めたくて手を握る。 天使の翼は今はないけれど、それでも天使は天使のままだから。 きっといつの日か天へ還ってしまうのだろう、と。 それは決して彼女の抱えるものを知っているわけではなかったけれど、痛い程にそう感じた。 彼女は人に交わるよりも、ずっとずっと そう、きっと、ずうっと、 自然に近く、そこに還るに相応しい、存在だったから。 多分シスターが4歳になった頃。和也は7歳あたりか。 シスターは3歳になる前、まだ2歳の頃に院にきた設定ですので。 既に来てから1年以上は経っているはずです。でも大体があてがわれた個人部屋で寝込んでいたので、歩き回っているのはまれ(エ) なんでまあ、その頃の子供の無邪気な残酷さで、明るくいじめられていましたね。アハハー。 シスターはそれがいじめであったと認識していないけどね☆ 和也と仲が良くなるのはもっと後です。 いや、今現在も一応仲いいのよ。お互いに一方通行的に。特に和也にとって。 ちょっとラストが想定していたものと変わってしまったのが不満。 まあそれはまた別の機会で書きますからいいですが。 05.2.24 |
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