柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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ふと思い出す姿は、静寂。
いま目の前に広がる人の行き交う道ではなく
ひっそりと草原の中にそびえる木陰で微笑む姿。

 きらきらと輝く日差しが好きで
 深く鮮やかに澄んだ空が好きで
 緑を駆け抜ける風が好きで

 ただ、自然がそこにあるという極当たり前のことを
 それ以上の至福はないというように愛しんでいる人。

難しいは解らない、と、いっていた。
そして、それでも知っていると、いっていた。

幸せであるための定義を、自分は果たして知っているのか。
幼い女の子の言葉に、愕然とした、あの日。
彼女の幸せを、知りたくなった。



遠く離れた土地での出来事(前)



 ぼんやりと外を見つめる。大分この土地に馴染んできたが、まだ少し、アスファルトで舗装された光景は顔を顰めたくなる。
 こんな風に硬くコーティングされては、土は息が出来ない。土が呼吸しなければ植物は育たない。
 まして育たない植物が酸素を生産してくれるわけもなく、今じっとりと肌を焼く太陽光線に含まれる有害な部分を防ぐオゾン層の破壊を手助けする一方だ。
 つい先程まで行っていた環境概論を思い出し、子供でも知っていることを厳かに語らなければいけないくだらなさに辟易とする。
 それが悪いと解っているなら止めればいいのだ。自給自足で出来ないことはあまりない。どんなものだって元は人の手から生まれたものなのだから、当然だ。
 …………ただ少しの不便を享受する覚悟があればいい。
 それがないからこそこうした都会の光景が広がり、また環境問題が併発していく。実に馬鹿馬鹿しい悪循環だ。
 不機嫌な顔で溜め息を落とし、必要以上に冷えている店内ではなく、敢えてガーデニングの中に設けられたテーブルに足を運ぶ、酔狂な自分を思う。
 天井代わりに作られた藤棚の、鮮やかな色合いだけが目に優しく感じられ、テーブルに伏せていた顔を持ち上げて空を仰ぎ見た。日差しがこぼれ落ちる隙間以外には、今が盛りというように藤の花が垂れ下がっている。
 見事なものだと思う。これだけの状態に育て上げ、維持させるには相当の努力が必要だろう。
 今度マスターに頼んで一株分けてもらおうかと不意に思う。そうして院に持ち帰り、あの家の傍にでも植えようか。
 ………ふと思い浮かんだ、今はまだ自分の手にはしていない場所。いつか必ず手に入れるつもりではいるけれど、まだそれは先の話だ。
 まだ自分は、ようやくこの学区域に慣れたに過ぎない。積み重ねなければいけないものが多いことを、自分はきちんと知っている。
 そう容易く、自分のような立場の人間が手に入るものではないことも。だからこそ、いくらだって努力をするつもりでやってきた。遠く離れたここで、一人で生きることも怖れていない。
 恐いとしたら、この土地にいる間に、あの院で最悪の事態が起きることくらいだ。それだけが、自分の中で最も恐ろしいこと。
 それ以外は何でもいい。
 ただ今やるべきことを行い、夢への道を駆けることが出来れば、いい。
 幼くとも知っているのだ、きちんと。夢を叶えたければ近道を探すのではなく堅実に歩むしかないことを。
 そうして歩み始めたこの道は、案外困難が多く、やりがいがある。
 ただどうしても、時折こうして遣る瀬無くなる時がある。あの土地は、優しくて。
 ………本当に、自然と人が共存出来る場所、だったから。
 ここのように息苦しい場所を知らなかった自分にとって、どこを見ても緑に囲まれていたあの土地は桃源郷のようだ。
 「あれ、和也?」
 ぼんやりと思い出に耽っていると、明るい声が響いた。それは知らない声ではなく、のっそりと鬱陶し気に頭を持ち上げると後ろを振り返る。
 案の定、視線の先には、この鮮やかにガーデニングされた庭に負けず劣らずの、派手な色彩の服を鮮やかに着こなしている女性が立っていた。
 長く整えられた爪にはカラフル極まりない柄が乗せられ、コーティング済みだし、楽しげに笑う唇は驚くほど真っ赤だ。
 高い位置で結ばれた二つの髪は細かく方々へとカールされ、結び目にはメイク同様にカラフルな造花の飾りがつけられている。今日はどうやらゴスロリ系統ではなく、姫系ロリータらしい。どちらでも鬱陶しい事に変わりはないけれど。
 ………いるというそれだけで強烈なまでの存在感を押し付ける彼女は、同じクラスに所属する上、受けている講義が重なっているせいで、いつの間にか行動範囲が重なって同じグループという扱いを受けるようになってしまった。
 正直、不名誉極まりなく思ってしまったものだ。………初めの内は。
 「うるせぇな、魔女」
 「随分テンション低いじゃない。なに、夏バテ?」
 「藤の真下で夏バテになる馬鹿がいるか」
 藤の全盛期は遅くとも6月だ。それくらいの知識は児戯に等しい自分達にとって、その言葉はからかっている以外のなにものでもない。その自覚のある和也は不機嫌そうに返す。
 大きな目を楽しそうに細めて彼女は笑っている。器用にマスカラでカールさせた睫毛が重そうだとのんきに考えられるほど、今の和也の機嫌は良くない。
 「あら、でも、意気消沈?彼女のことが恋しくなっちゃった?」
 「………………………………………彼女なわけじゃねぇ」
 憮然と返せば、キャラキャラと金属質な笑い声で高らかに笑う。仕草自体は嫌味ではないが、不機嫌な時には耳障りこの上ないと再認識してしまう。
 視線を逸らして忌々しそうに舌打ちをすれば、それに気付いて彼女は笑うことを止め、小首を傾げる。
 じっとその視線が和也を見つめ、数度瞬きをしてから、また、笑った。今度のそれは音はなく、大人の女性らしい、気遣いを滲ませる笑みだ。
 「なに、今更五月病?根詰め過ぎよ、和也は」
 自分達よりもずっと小さな和也は、けれど入学試験はもちろん、その後の成績でもトップクラスだ。当然、周りの注目の的となっているし、自然とそうした競争に巻き込まれている。
 そんなものに負けるほど和也は弱くはなく、度胸も座っていることはこの学園内では一番近くで見ているのだから当然知ってはいるが、それとこれは別問題だ。
 まだ15歳にもなっていないような子供が背負うには、少々過酷な状況であることくらい、解っている。
 それくらい大丈夫と撥ね除けても、時折落ち込みたくなることだって人間なのだからあるだろう。それが故郷を懐かしく思うホームシックであったりもするが、和也の場合は少し、質が違う。
 「うるせぇな。急ぐんだから、仕方ねぇんだよ」
 「別に今期の提出期限、全然余裕あるじゃない」
 「成果が足りねぇ。今のでもまとめられっけど、根拠が薄い」
 「今までが今までで通ってきたし、多少劣っていても、和也のことだからそこらの馬鹿のよりずっとマシなものまとめてんでしょ」
 それくらいで妥協してもいいのではないかと、無茶を重ねる小さな同級生に言えば、いつもの通りに思いきり睨まれた。
 いっそ清々しいほどの怒気を孕む眼差しだ。気弱な女の子だったら泣き出すだろうと、胸裏で溜め息を吐いてしまう。
 まったく、どんな境遇ならこんな眼差しを身につける事になるのか。思い、その先を考える事は彼を侮辱する輩と同等な気がして、止めた。
 そうして笑んだまま見遣った先に佇む気の強い穢れない澄んだ眼差しは、無遠慮なまま、吠える。
 「適当に済ませて叶うようなもん、欲しかねぇよ」
 自分の願いをのせて何事も挑んでいるのだと、幼い眼差しは熱いままに呟く。低く、怒りさえ滲ませて。
 それに笑いながら、軽やかな仕草で椅子を引き、和也の正面に座った。
 ふわりとその仕草について行き損ねたスカートの裾が、空気を含んで流れる。大量のフリルが巻き付いている割に、随分と軽快な姿だった。
 「そう思うなら、何が必要かをこそ、悩みなさい」
 「……………」
 「凹んで恋しがって、それで叶うの?」
 そんな適当なものが欲しいのかと意地悪く問いかければ、ギロリと言葉以上に雄弁な視線が投げ付けられた。
 自分よりも10歳近く幼い、この弟のような少年は、いつも必死だ。
 何を求めているかも、何を叶えたくてそんなにも頑張っているのかも、決して言いはしない。
 知っている事といえば、自分と同じく特待生扱いで編入してきた事と、それに見合うだけの頭脳と、故郷にいる可愛い女の子の事。
 それと、もうひとつ。
 彼が話したのではなく噂で流れている中傷的な、情報。
 親に捨てられた子供と、彼がいい成績を保持すればするほど、言われる。
 教授たちを言い負かせてしまえばその教授たちからさえ、言われることがある。頭でっかちで心のない、親に捨てられても仕方のない子供だ、と。
 くだらない中傷だ、直に彼を見てみれば、そんなもの寄せつけない程の魅力があるというのに。
 「何が欲しいかなんて、知らないけど?でも、どんな願いであっても叶えるための道筋は、さして変わらないでしょ」
 だから自分にも言えるのだと、笑う。鮮やかに誇らしく。
 中傷はお互い様。彼のそれとは違うけれど、自分にも付き纏う謂れない悪意の噂があることは知っていた。
 だからこその、この格好だ。誰に何を見られていても恥じることはないと示すために目立つ格好をし始めたのは、いつからだったか。
 もっともすっかり自分の一部になっていて、これを好んでいることは否めないが。
 不屈の根性、なんて、今時流行りはしない。それでも時折、それを携えなくては生きていけない人間もいるのだ。
 そんな自分達だからこそ、不格好なコンビとして嫌になるほど注目を浴びている。
 所詮は似た者通しの変わり者と、影口を言いたければ言えばいいのだ。それでも決して、そんなくだらないことに時間をかける馬鹿に、自分達は負けはしないし屈さない。
 「………解ってんだよ。うるせぇ女」
 不貞腐れたように呟いて、不意に逸らされる視線には先程のような苛立ちは含まれていない。
 何かを見極めるように、空と灰色のビルの境界線を睨みつける目には、力が湧いている。
 「ま、私も和也に負けない力作提出する予定だから、覚悟しておいてね」
 にっと不敵に笑って宣戦布告を晒すのも、いつものやり取りだ。
 年齢など関係なしに、いいライバルは手に入り難い。ましてそれがこれだけの好敵手となると、おそらくこの先、決して手に入らないだろう。
 「和也がやる気出してないと、私の方も萎えちゃうのよね。子供はやっぱり元気が一番☆」
 「ガキ扱いするなっ!」
 「あのね………10歳も年下なら子供に決まっているでしょ」
 「うるせぇよ、魔女!」
 「はいはい、薬草魔女様特性ブレンドのハーブティー入れてきてあげるから、ちょっと大人しく待ってなさいな」
 「暑いから冷たいのにしろ」
 「…………熱湯で入れてこようかしら」
 可愛げのない和也の態度に軽く息を吐いて立ち上がり、店内でのんびりとしているマスターに厨房を借りる旨を伝えに歩み寄る。
 この庭を管理しているのは彼女で、藤棚からは見えづらいが、奥にはハーブ園もある。
 フレッシュハーブティーになるのだろうかと、ぼんやりと思いながら、また空を見上げるようにして藤を見つめた。
 藤は女性を象徴するというけれど、その花言葉もさることながら、情緒ある佇まいも静謐な控えめな姿も、あの院にいる少女を思い出して仕方がない。
 彼女のために出来て、自分の夢を叶えられる道を。
 そう祈って一歩を踏み出し、今、自分はここにいる。
 雑多な街の中、自然を学びながらも自然の少ないこの土地に。
 人々の行き交う足音や喧しい声を聞けば聞くほど、もの静かで優しく……穏やかでありながらも厳しい少女が鮮やかに浮かぶ。
 不意に消えそうなその残像を必死で繋ぎ止めては、研究を早く進めたいと祈ってばかりだ。

 自分の行動は、いつだって彼女が出発点だ。
 まるで彼女が全ての入り口のように。



 そんな風に依存、したくなどないというのに。








 和也が院から勉強のために都心の学園に通いはじめて、多分1年くらい経った辺り。
 学園での理解者は作ろうと思っていましたが、なかなかキャラが決まらないでいたのですよ。
 そうしたらハーブ関係の本の中に素敵な単語を見つけ、拝借しました。
 薬草魔女って、なんだか素敵な響き。

 ちなみに彼女は生薬系の学科からの特待生としてここに専攻しています。
 生薬に使う植物中心の知識ですが、そちら方面では和也より上です。和也はどっちかというと高山系。あと、地質学や環境関係の講義が好き。

05.6.6