柴田亜美作品 逆転裁判 NARUTO 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter |
天使とはか弱い生き物だ。 降り注ぐ羽根のように よちよち歩きの子供は、まるで刷り込まれたかのように少女を追いかける。 あまり身体の丈夫ではない少女は、それでもその横暴なまでの圧倒的な好意を一心に受け止め、与えることを拒みはしなかったが。 時折、本当に悩んでしまう。この子はやっぱり天使なのかと。 身体の弱さを差し引いてなお、儚いイメージ。どこか朧で実像が結べない。 その癖、こうして求める腕が差し出されたなら、いつだってその気配が間近に感じるのだ。きっと、それは自分が昔から幾度となく縋った愚かな腕でも同じだったように。 細い腕で、小さな身体を抱き上げる。軽やかな仕草だ。 見ていると不意に思うのは、彼女が抱き上げる時は、空気すらそれを支えて手助けしているのではないかという、どこか子供じみた感嘆。 重いものを抱えるなんて、とても出来そうではないのに。それでもきちんと子供を抱き上げられるのだ。 もっと前は昼間のほとんどを、まだ片腕程の大きさの赤ん坊を抱いて過ごしているくらいだった。それを眺める自分もまた、酔狂なのかもしれないが。 ………どうしても、赤ん坊は恐かった。勿論、抱く事くらいは出来る。方法だって教わったし、頑張ればなんとか沐浴も出来た。それでもやっぱり、赤ん坊は恐い存在だ。 自分の力でも殺せるのだ。それをきちんと、自分は知っている。 そして自分は、時折感情的になり過ぎて、周りが見えなくなる。それが、恐い。 虐待は遺伝するなど、思いたくはなかった。少女の腕の中、笑うその子供を自分は傷つけたくはない。 まして彼女の前であれば尚更、だ。 自分よりも早い時期に母親の手で連れてこられ、その母親に捨てられた。 そんな彼女が、誰よりも子供を慈しみ子供の支えとなっているというのに、彼女よりも年長の自分が子供の害にはなりたくはなかった。 「和也、ちょっと……いいかしら」 「………あ?」 ぼんやりと二人の様を見ながら、それでも調べものをしていた自分に、声をかけた少女に訝し気に眉を顰める。 それは面倒とか、そういったことではなく、レポートの期限が迫っている自分にいつも気を使うことがあろうと、決してものを頼むようなことはないのにという驚き。 困惑したような少女の表情を見て、首を傾げ立ち上がる。 ここは彼女の室内ではなく、自分の部屋だった。院を出るわけではなく勉学のために暫く遠くにいってはいるが、帰る場所はここだった。 学校では寮に入っているが、長期休暇や連休は帰ってくるので、部屋は残したままになっている。 どうせ普段は使わないからと子供と相部屋になっているため、帰ってくると少女は大抵ここにいた。そうして今日もまた、子供が引き寄せるままに自分の部屋で過ごしている。 慣れた部屋だからこその気安さで少女に近付いて首を傾げると、腕を差し出された。その腕の中には、目を瞬かせた子供がいた。 「少し、抱いてもらえる?」 「いいけど、どうし…………?」 少女の細い腕に負担がかからないように、すぐに差し出された腕が子供に触れた瞬間、違和感に言葉が途切れる。 何となく、だが………子供が熱い気がした。両脇に腕を差し込んで抱えている体勢を片腕で支えるようにして抱き、逆の腕を小さな額に添えた。 そんな仕草に遊んでいるとでも思ったのか、子供は楽しげに声をあげて手足を動かしていて、少しだけ危なっかしい。 そうしている間に、少女はベッドの下に備えられている救急箱から、体温計を取り出した。子供が赤ん坊の頃から使っていたそれで手際良く、少女は子供の熱を測った。 それを見ながらハラハラと、ただ落ち着かない心持ちで待っている。熱を計る時間などたいしてかからないというのに、何時間にも感じてしまう。 軽快な機械音が聞こえ、少女が体温計を見つめる。僅かに眉が顰められ、そっとベッドへと歩んでいった。 「………何度だった?」 少し、声が震えた気がする。子供は機嫌が良さそうだし、少女もあまり動揺していないようだし、微熱程度なのかもしれない。 そう気持ちを落ち着かせながら問う声と表情は、それでもきっと情けないものだっただろう。 「ん、38.8℃よ」 「はあ?!」 突然のその高熱に、ぎょっとして叫ぶ。少女があまりに落ち着いているので楽観していたというのに、そんな高熱だとは思わなかった。 「ちょ……待てよ、医者は?!」 「とりあえず、安静にさせて様子を見ないと」 子供用のベッドを作り終え、少女が腕を差し出した。小さく笑う様さえ、先程からのものと変わりがない。 混乱、してしまう。誰よりも子供を慈しんでいる少女。熱や咳の辛さを誰よりもよく知っている少女。 …………どう考えたった、そんな高熱、こんな小さな身体では辛い筈だ。すぐにだって医者に駆け込みたくはないのだろうか。 「大丈夫よ、和也」 落ち着かないとダメと、苦笑のように柔らかな音が響く。 そうして抱きしめた子供が自分に笑いかける様を、愛しそうに見つめ、その頬を撫でた。 身体は熱く感じる。が、不機嫌な様子はない。先程の昼食の時も、食欲は旺盛だった。 この時期の子供は突然の病気も多いからと、いくつも本を読んだ。自分の掛かり付け医にも話を聞いた。だから、いくつかあげられる注意事項を、少女は忠実に守って実行していく。 心が騒ぎそうになるのを、必死で鎮めながら。 きちんと自分の身体を把握しているのだ。不安や恐れ、あるいは恐怖。そういったマイナス的な感情がこの身を襲えば、それはそのまま肉体的病変として表れてしまう。 そんな状態に、この子供が苦しむ時に陥るわけにはいかないからこそ、ずっと覚悟しながら傍にいた。 どんなことがあっても自分は揺らがぬように、子供の傍にいられるように。そのための努力くらい、惜しむ気はない。 「あのね、このくらいの頃は、突然発熱することもあるの」 「でも、こんな………!」 焦ったような相手を見ながら、ふうわりと笑む。彼の動転ぶりは、まるで自分の代わりのようだ。震えそうな指先を、代わりに請け負ってくれているかのように、必死なその顔。 だから、ゆっくりと息を吸って抱きしめた子供の頭を撫でながら、ベッドへと腰掛けた。 間違ってはいないか、見落としてはいないか。熱に捕われず、子供自身の様子を知るために。 「ちゃんとドクターには、来てもらうわ。でも、そのための応急処置くらいは、私たちにも出来るもの」 全てを専門の人間に任せなくても、この腕でも出来ることはある。 どうすればいいか解らないと首を振る和也に笑いかけながら、ゆっくりと思い出す。ちゃんと刻んだ。こんなとき、どうするべきか。 「まずは………氷枕、作らないと。それからシスターたちに言って、ドクターを呼んでもらって……」 何時頃からどうだったか、忘れないように思い出す。機嫌は、いい。お腹の調子は少し悪そうだった。それから、食欲はあって。 ただ医者を呼ぶだけでは駄目なのだ。どういった症状をどの位から患っていたか。どんな様子だったか、要点をまとめて伝えなければ、専門職種であろうと判断は出来ない。 「でも、何よりもまず、私たちが落ち着かないと」 少し寂しそうに、少女が笑った。それはきっと過去の日を思い出して。 彼女は元々身体が弱く、多くの疾病を抱えている。それ故に、この院に来た。 それまでのことなど覚えていないくらい小さい頃、それでも体感的に記憶しているのだろうか。 取り乱した母親の姿。名前さえ呼ばれることはなく、ただいつもその体調を問いかけられ続けた、その頃のことを。 無事を問われることこそが己の名前だと無邪気に信じていた頃のこと、を。 その様を見つめて、叫びかけた唇を必死になって和也は閉ざした。きっと、何をいっても今は届かない。届くような言葉を思い付かない。 丈夫に生まれ育ち、この子供の成長を見守ろうと思ってはいても、何一つ具体策を考えていなかった。 もっとずっと先のことばかりに捕われて、たった今の覚悟を持ち得ていない自分は、傍にいても取り乱すか邪魔をするかだけだ。 「………シスターにいって、氷枕、作ってくる」 呟いて、遣る瀬無く眉を顰める。 落ち着いていると、そう思った少女の指先は微かに震えている。あどけなく見上げる子供に微笑む瞳は、僅かながら水をたたえていた。 知っていた筈なのに。泣き叫ぶことなど出来ない、彼女の枷を。 解っていて、やっぱり自分は気付くことも、いたわることも、後手に回るのだ。 「タオルと、あと、風呂敷もいいかしら」 動き回るだろうから背中に括りつけておいた方がよさそうだと、少女が付け足す。どうしてと、問われることを解っている仕草が、少し痛い。 彼女の考えを理解して彼女の代わりに駆け出せる、そんな存在になれればいいのに。思うだけではそれは叶わず、努力してもひどく難しいことだった。 答える声が情けなく震えることを厭って、唇を噛み締めたまま、和也は軽く頷いて部屋を出た。 背中で聞こえたドアの閉まる音は空虚に響く割には、ひどく大きかった。苛立ちをぶつけられたことを非難するかのように。 遣る瀬無い。情けない。…………ずっと、彼女の傍にいるというのに。 それなのにやっぱり、幾度同じ状態になっても自分は恐くて足が竦む。 幾度自分が原因で少女が倒れたか解らない。冷静さなど欠片も持ち合わせず、ただ必死さだけで救える命などないというのに。 自分が彼女に天使を見いだしたように、彼女はあの子供に天使を見いだしているから。 時折ひどく不安が脳裏を掠める。 天使はか弱くて。あんまりにも優しくたおやかすぎて。 ほんの少しの過ちが、ゆっくりとゆっくりとその命を削っていくような、恐怖。 彼女が天使と謳ったその子供ごと、自分は守りたいのに。 愚かなままの自分には、全てが空回りだ。 傷つけるための腕ではなく、彼女のように癒すための腕を。 詰る言葉ではなく、救いの音を。 二人に捧げられるように、なりたいのだ。 それはそれはちっぽけな人間の それはそれは優しい天使への、祈りの供物。 子供が初めての風邪とか病気のときのシスターの話、というリク。 彼女は自分が身体弱かった分、多少の医学知識はあります。体験的な、ともいいますが。 なので彼女が慌てることはあまりないです。不安は強いでしょうが。実際その不安のままに振る舞ったら自分が倒れる危険性も無視できないですし。 その代わりみたいにおどおどして慌てて空回りしているのが和也です(笑) いや、本当に対称的で笑えました。 まだ和也はそうした部分はまっさらで、子供が大きくなる頃にはシスターと同じように染まっていくかと思いますよ。 ちなみに今回の病名は一応「突発性発疹症」のつもりで。 一歳になるかならないか辺りで発症するケースが大部分の、初めての高熱の時には疑うべき病気ですね。 高熱にも関わらず機嫌もいいし食欲もあるときは疑っておきましょう。下痢症状も見られるらしいですが。 まあね、発熱していても機嫌が良かったり食欲あったりしていれば、悲壮になるほどの重篤な病気である可能性は低いと思いますよ。 熱っていうものにだけ捕われないで、実際その子がどうであるか、そういう点もきちんと観察して伝えないと、医者は判断材料ないので気をつけましょう。 ………ってなんでプチ病気紹介になっているんだ。 05.3.4 |
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