柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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予想は小さくて可愛い女の子。
細くて白くて人形のような、そんな子。

現物は…想像通りで、それでいて、まるで逆。

長い黒髪に白磁のような肌。
大きな目に、いつも優しそうな笑みが乗っている唇。
でも、決定的なまでにそれは人形ではなかったのよ。
そう感じて、安心したの。

これならきっと、あの馬鹿な少年は
そう悲しい思いをしないでも済むんじゃないかと、
そんな浅はかな思いを抱いたから。

現実がどれだけ残酷で痛ましいか、
知らないわけじゃなかったくせにね。





ハーブ・ガーデン



 暑かった。とにかくその一言しか頭の中に記銘された単語がないくらいに、暑かった。
 ぐったりと机に上半身全てを押し付けながらそんなことを思っていると、ひやりとしたものが首筋に押し付けられた。
 ぎょっとして反射的にそれを振払うと、それを予測していたのだろう、あっさりとそれは遠ざかり腕は空を切った。
 そうして腕を振払ったあとに、特に何にも被害を与えていないことに、ようやく思い至りホッと息を吐く。
 いい加減、こうして衝動的な反射を自制したいのだが、まだそう上手くはいかない。特に心ここにあらずという時はまず無理だった。
 「相変わらず手が早いわね。ほら、溶けていないで水分補給しなさいよ」
 「………………騒がしい女」
 「本当に減らず口よね、あんたは」
 自分の指先からひったくるようにコップを奪っておきながらも、一言付け足す事を忘れない少年に呆れたようにそう呟く。もっともそれは慣れた仕草で、厭味も嫌悪も孕んではいなかったが。
 少年と向かい合う形でコップを渡した女性は、そのまま椅子に腰を掛ける。
 どこか苛立たしそうな少年を前に、一向に気にした風はなかった。むしろ反抗期の弟を前にしたような気軽さが見て取れる。
 この暑さの中、化粧さえ崩さずに悠然と笑う女性は、自分用のハーブティーを飲みながら問いかけた。
 「今年の成績、貼り出されていたわよ」
 「知ってる」
 ぐいっとコップの中身を一気に呷って空にし、氷だけになったコップを少々乱暴な手つきでテーブルに押し付ける。それは暑さ以外に、苛立たしさがあるように見えた。
 不思議な事だと思いながら、女性は先程見た結果を口にする。
 それが苛立ちの原因でないことは確かな筈だ。どの張り紙も、上位に名が連ねられていたのだから。
 「全科目5位以内、おめでとう」
 「お前も同じだろ、魔女」
 「私は前の学校でも経験積んでいるんだから、当然よ。むしろそれ以下じゃ、ここにいる意味ないじゃない」
 つまらなそうに返された返答に、自信に満ちた笑みで女性は答えた。
 自分には成したいことがあって、わざわざここに編入したのだ。当然、それに向かうための努力は惜しまないし、妥協もしない。自分自身との、それは約束だった。
 己に課しているものは、多い方がやりがいがある。そしてそれをこなすだけの才を、女性は自覚していた。その才を活用するための方法さえ、十分熟知していたのだから。
 「それにしても、これでまた学年が上がるとは言え……課題の多さには辟易とするわね」
 「どこだって同じだろ」
 「だからよ。夏をエンジョイしたいのが女の性ってもんなのに!」
 「…………すげぇ偏屈な理屈だな」
 握り拳まで作って言い切った女性の言葉に、苦笑するようにして少年が身体を起こした。
 身体はじっとりとしていて、熱も持っている。いくら葉の生い茂った藤棚の下とは言え、風の止んでいる日に座っているには、少々過酷な条件下だった。
 先程まで冷たそうにたたえられていた氷も、段々と溶けはじめてコップの回りにも大小様々な水滴が浮かんでいる。
 「でもどっちにしろ長期休暇だもの、どっか行きたいわ」
 「…………?お前、実家の方に帰るっていっていなかったか?」
 確か試験前は幸せそうに長期休暇は故郷に帰って、付き合っている男と一緒に過ごすのだと、言っていた。
 互いに同じ植物界の方面を目指しているが、細かな分野はまるで違うために今は離れているのだと、楽しそうに教えていた姿を思い出す。
 聞き違いでも思い過ごしでもない筈だ。………引き合いに、自分のことまで根掘り葉掘り聞かれて怒鳴った事も覚えているのだから。
 問いかけてみればぶすっと、いつもは何があっても平然と笑みを絶やさないその顔が、不貞腐れるように歪んだ。
 「………あのバカ、同僚の尻拭いで地質調査に駆り出されちゃったのよ。人がいいから簡単につけ込まれるんだもの」
 これだから目が離せないと困ったようにいう声は、けれどその表情からは想像も出来ない程に、穏やかで甘い。
 ………結局はそうした点に惚れたのだろう。いまいちそうした感覚は解らないが、多分そういうことなのだと考えつつ、コップの中の溶けた氷を口に含んだ。
 「そういうあんたは帰るんでしょ?いつから?」
 「明日朝一。今日のつもりだったけど、足がねぇ」
 「…………本当に辺境なのね」
 午後もようやく2時を回ったという時間帯から帰ろうとしても電車類が足りないなど、一体どういう田舎だと溜め息を吐く。
 もっとも、きっとそうした事だけではないのだろう。それは複雑そうな顔を晒した少年を見れば、すぐに解る。
 遅くなる覚悟があれば帰れる筈だ。そしてそれは一向(いっこう)に少年にとっては構わない事なのだろう。
 それでも自粛しているのだ。こんな風に、暑い日差ししかないような場所で時間を潰すくらい、暇な癖に。
 帰ると伝えれば、きっと待っている子がいるのだ。そしてその子は夜遅くまでなど待てない身で、それでも無理をするだろうから、我慢している。
 相手へ気づかせないように気遣う術を、この少年は知っている。気づかない内に身に付けてしまったのだろう。
 だからこそ、微笑ましい。………そして、どこか遣る瀬無かった。
 「そっかぁ。あー、私はどうしようかしら。こんな場所にいたら気が狂いそうだしなー」
 最新の機器も資料も揃っていて、この街は学園を軸とした一個の都市だが、それだけに整備されていて目に鮮やかな自然が少ない。
 緑も公園もきちんと指定された量が存在しているが、そのどれもが人工的で味気ないのだ。
 とてもではないが自分達のように、田舎から出たものには堪え難い空気だ。休みが固まっていれば帰らずにはいられないほど。
 それでも今回は帰っても待っている人がいない。それは……何となく寂しくて、心細いのだ。
 どうしようかと細く息を吐いて考えていると、ふと思い出す。前に確か少年は言っていた気が、する。
 「ねえ……ちょっと、思い出したんだけど」
 「…………?」
 「和也、今回の帰省でハーブガーデン作るっていってなかった?」
 「それがどうした」
 いくらかの知識を彼女から与えられ、院に待つ少女の身によさそうなハーブも知った。
 ハーブガーデンを作れば見目もいいし、少女自身の気晴らしにもなるだろうから、小規模のものを今回基盤だけでも作ってくる気でいたのだ。
 それは無茶なスケジュールでもなんでもないし、基本的な点については既に、目の前の彼女から伝え聞いてメモもとっている。
 首を僅かに傾げて奇妙なことをいうと眉を顰めてみれば、ニッと女性の口元が引き上げられた。
 ……それに少しとはいえ悪寒が走ったのは、まぎれもない事実だ。
 「ちょうど良かったじゃない、私、今フリーよ?」
 「………………………は?」
 「一緒に行ってハーブガーデン手伝ってあげるわ!」
 早速準備しないとと楽しそうに声を弾ませて立ち上がる彼女の言葉は、未だ少年の脳には届いていない。
 手早くコップを引き寄せてカウンターへ返しにいく、その背中をぼんやりと眺めながら瞬きを繰り返し、ようやく意味が飲み込めた頃には、既に彼女の姿は店内から消えていた。
 「………………………………え?」
 まだいまいち状況把握が出来ていない脳内を、フル活動させて考える。………つまり、自分について、院に居座る気だと、彼女はいっていたのだろうか。
 あの喧しくも騒々しく、悪目立ちする級友が。
 「………………………マジかよ」
 呟いた声は空しいくらい、力が入っていなかった。あの人がそうするといったら、どれほど無茶であっても、そうしてしまうのだ。それを短い付き合いとは言え、和也はよく知っていた。
 にわかに頭痛を訴えはじめた頭を軽く支え、和也は椅子から立ち上がる。
 せめて院にいるシスターたちにだけでも、その事実を伝えなければいけない。面倒なことが起きなければいいがと思いながら、彼女との年の差を考えると辟易とする。
 10も年上の女の短絡的な思考に振り回されている暇は、自分にはないというのに。
 小さく息を吐いて、帰り着く先で微笑む少女を思った。


 唐突すぎた話は、けれどあっさりと敢行された。電話で確認された時間より早くに、きちんと荷物をまとめた彼女はホームのベンチに座っていたのだ。
 ………どれほど白昼夢であるように祈ったか解らないが、少なくともその祈りは通じなかったらしい。
 「遅いわよ♪」
 「……………………」
 これ見よがしに大きな溜め息を吐き出しても厭味の効果はなく、余裕の笑みで躱された。
 忌々しそうに眉を寄せてみれば、宥めるように軽やかな腕が背中を叩く。…………少々痛いくらいの力で。
 何をいっても結局無駄だと、幾度悟ったか解らない。
 自分もそうだが、彼女も大概頑固で向こう見ずだ。一度そうと決めたことは何があろうと敢行してしまう職人気質もお互い様で、自分達はよく似ていた。
 そのおかげか、互いへの認識は性別も年齢も関係ない悪友が出来た感覚だった。
 そしてそうであるだけに、不安もある。
 「絶対に騒ぐんじゃねぇぞ」
 「解っているわよ」
 ワクワクと滲み出ている満面の笑みが、一体誰に向けられているかくらい、解ってしまうのだ。なまじっか、似ているだけに。
 盛大な溜め息をもう一度吐き出し、昨日の電話には出られなかった少女の姿を思い浮かべる。
 何があろうと取り合えず、この女の防壁にはならなければと心から思いながら。








 結構魔女はイイ性格しています。どっちかというと和也よりで気っ風のいい姐さんという感じ。
 頼りがいのある人だけど、厳しくもあるので人付き合いの上では印象が人によって雲泥の差になる人。
 その上で、そんなの気にもかけないくらい剛胆(笑)
 いやー、彼女書くの、楽しいですよ。

05.6.30