柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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綺麗な綺麗な灯火のように
静々と揺らめく感情が見える

それは決して横暴さはなく
人をあたため、ぬくもりを分ける
そんな優しく心地よいもの

見ているものの胸を痛い程に遣る瀬無くする

綺麗で優しい、夢のように…………





ハーブ・ガーデン   3



 院での歓迎は、とても暖かく和やかだった。
 ただ少し困った事といえば、泊まるべき部屋がなかったことか。
 正確にいえば、確かに用意されていたのだ。が、和也の友人としてくる相手なので、まさか女が来るとは思わず、和也の部屋に布団を押し込められたに過ぎない状態だったのだ。
 自分達はまるで気にしないし問題もないが、流石に外聞上良くない。
 仕方ないので、いっそ和也の持つテントと寝袋を借りて、どこかの丘で寝ようかとも思ったが、本気で算段しはじめている自分の脳裏を感じたかのようなタイミングの良さで、シスターだと名乗った少女が小さく手を挙げた。
 「それなら、私の部屋は?」
 小首を傾げて囁く声は、僅かに小さい。それは夜気に溶けそうな微かさだった。
 元々大きな声で話すわけではないのだろうし、喉が弱いともいっていた。酷使しないよう気遣っているうちに、小さな音で話す癖でもついてしまったのかもしれない。
 そんな事を考えているのんきさとは裏腹に、周りの人間たちはその名案に微かな難色を示していた。
 不思議な事だ。女同士なら何の問題もないし、先程から見ている限り、この女の子の部屋が散らかっていたりという心配はないように思う。
 難色を示す理由がよく解らなかったからこその気安さで、パッと顔を輝かせると小さく細い少女の白い手を取って包んだ。
 「本当?!じゃあ、お言葉に甘えてそうさせてね。沢山話したいこともあるのよ〜、学園での和也の事とか♪」
 「いらねぇ話はするなっ!」
 魔女の言葉に、即座に噛み付くような声を返した和也よりもずっと小さな声で、控えめに少女が魔女に声をかける。
 「和也の事は、和也からも聞ける、から……魔女さんの話、聞きたいです」
 小さな、声だった。その割には聞き逃せないくらいに真っ直ぐに伝わる。
 声の出し方がいいのだろうか。………飛距離と方向を掴んで話すと、たとえ後ろから声をかけられても自分に向けられていると解ると聞いたことがある。
 きっとそうした手法を知らず身につけているのだろう。よくは解らないけれど、和也から聞いていた話では、そんな想像もあながち間違っていないように思えた。
 柔らかな微笑みとともに与えられる小さな声音は、どこか甘く、人をあたためる。
 「?私の知っている話?」
 ハーブの話でも聞きたいのだろうかと、小首を傾げて問いかけてみれば、言葉を間違えたかもしれないという困惑が返される。
 僅かに悩んだような仕草を零し、言葉を探す少女はどこか幼く愛らしかった。
 「んっと……魔女さんの事、とか、です」
 言葉を知りたいと言っているような純粋さで、少女は囀ような愛らしさで告げた。それはまるで、人というものを知りたいという、根源的な欲求のような至純さで。
 目を瞬かせてその様を見つめる。………今まで、こんな子供を見たことがなかった。
 話に聞いていた通りのようで、まるで違う。
 この子のどこが、死に直面しているというのだろう。
 …………それが事実なのだとしたら、この穏やかさはなんだというのか。
 困惑に染まりかけた思考を軽やかな笑みで躱し、魔女はキャラキャラと甲高い笑い声を出して頷いた。
 「私のことなんかでよければ、いっくらでも♪」
 たいした話はないけどね、と鮮やかにウインクを捧げてみれば、楽しそうに少女が笑った。
 その笑顔を見てほっこりとぬくもりに包まれる胸が、自分の中にもある。それでも、自分が哀れむのは、どこかが違う。
 微かな遣る瀬無さを感じながらも、魔女はそれを霧散させるように一度目蓋を落とし、改めて辺りを見遣りながら、思い出した小さな存在のことを口にした。
 「あら……そういえば、さっきのおチビちゃんは?」
 院へと来る途中、出会ったのは実はこの少女だけではなかった。ちょうど昼寝中だったという小さな子供が、少女を追って途中まで歩いていたのだ。
 まだ1歳程度の小さな子供が、まさかそこまでの行動力を示すとも思っていなかったらしく、院内では少女がその子を抱えて帰ってくるまで、その子が外に出ている事には気付かなかったくらいだ。
 もっともそれをいうのであれば、いくら一階にある部屋で寝ていたとはいえ、どのようにして窓から外へと出たのか、それも謎のままだったのだが。
 子供を見つけた瞬間の、一瞬の、この少女の表情が脳裏を過り、消えていく。
 あの瞬間、何かが解った気がしたというのに、それはあっさりと掻き消されて掴めなかった。そうしてそのまま、有耶無耶な何かが胸に蔓延っている。
 元々自分が明解な性質であることを自覚しているからこそ、このもやもや感は不快なくらいの違和感だった。
 もっともその原因も解らないのだから、さっさと蓋をして思い悩むべき時に悩む事にしているのだが。
 楽しむべき時間を楽しめなければ、より良き思考など育つわけがないのだから。
 ふと擡げかけた疑念を振払うように答えを探してみれば、静かに笑う少女が困ったような声音で口元を隠して教えてくれた。
 「あの子は、歓迎会の前に、疲れてしまったようで。今は、部屋で寝ています」
 小さな笑みは柔らかく、慈愛に満ちている。敢えて隠す必要もないだろうに、それを覆うように細い指先が口元に寄せられている。 
 それはどこか、大人びた仕草だ。表情を知られたくないとでも、いうような。
 …………そうして思い出す。
 あの時、感じた事。理解したというよりは、肌が読み取った空気。
 思い至り、胸の内が切なく軋んだ。
 ………………どうして、と、そう言うことさえ、傲慢な気が、して。


 歓迎会もお開きになり、そのあと少しの間、和也の部屋に入り浸った。
 やっぱり仲良しなんだな、などと思って和也をからかってみれば、むすっとした顔で否定された。
 苛ついているというよりは、不貞腐れている。随分と幼い仕草を晒すものだと、彼の歳を忘れて考えてしまう。それくらい、この少年はどこか厭世観の強い達観を身に纏っていたから。
 もっとも彼等のような生い立ちで育てば、多かれ少なかれこうしたものは身に付くのだろう。ほんの数時間とはいえ交わった姿を見れば、それは容易く知れた。
 やっぱり少しばかり、こうした空間は肌寒い。人恋しくもなると思う。あの自然の息吹きのない都市と共通する部分だ。
 そうして時に人は堕落し、道を踏み外しもする。若くして悟ってしまった現実が正確であればある程、それは悲しい程に強い毒となって、その身を穢すだろう。
 そうだというのに、少年の視線はやはり真っ直ぐに少女にだけ注がれている。………本当に、一途なものだ。
 この世には尊いといわれるものが山のようにあるけれど、こうした脆さを孕むものこそが、やはり尊いと自分は感じる。
 守るための努力が常に払われる、途方もない程の尽力を求められるものが。
 未だ眉を顰めたような無表情さで自分の部屋に向かう少年の、一歩後ろを歩きながら少女は困ったようにその様を見つめていた。
 それはどこか、癇癪を起こした子供にどう接すべきかを考えている母のような、瞳だ。
 それに気付いているのだろう、少年は僅かに振り返り、何事かを少女に囁いた。目を丸めてそれを聞き、次いで少女は幸せそうに嬉しそうに、微笑んだ。柔らかく……とても柔らかく。
 その笑みに対しての照れ隠しか、僅かに乱暴な指先がドアノブを掴み開こうとした瞬間、びくりと震えるようにして力を抜いた。
 まるで、細心の注意を払わなければいけない硝子細工を、不意に見つけたような、そんな仕草だった。
 どうしたのかと思えば、微かな寝息が耳に触れる。室内は真っ暗だったが、確かにそれは眠っている呼吸音だ。
 二人が顔を見合わせて苦笑している隣で中を覗き込んでみれば、和也の部屋には、昼間少女を追いかけたあの幼児が眠っていた。
 それを見て、解る。どうして会が終わったと同時に少女が部屋に行きたいと申し出たのか。誰も揶揄せずに送り出したのか。
 視線だけで会話をしている二人を見遣りながらその微笑ましさに小さく息を吐く。ほんの少しの嫉妬と羨ましさを抱えながら。
 それにしても本当に、どう評すべきかよく解らない関係だ。
 てっきり付き合っているのだと思えば、本当にただの友人のようだし、かといって極普通の友人だというには、二人の間に流れる空気はあまりに濃密で………それでいて、驚くほどに廉潔だ。
 ルームライトではなくベッドライトを灯し、和也が久しぶりに見るのだろうその子の顔を覗き込んだ。目を瞬かせながらまるで不思議な生き物を眺めるような、そんな好奇心と敬虔さを持って。
 小声で二人が話をしている。時折少女の白い指先が、眠る子供の髪を梳き、頬を撫でる。子供はくすぐったそうに顔を歪ませながら、それでも見知った体温や香りで解るのか、満足そうな笑みを零していた。
 綺麗な、光景だった。微かな灯火の下、幸せそうな子供たちが寄り添っている。寂しさや孤独や……例えようもない闇を抱えながら、それでも美しいものを愛で、大事なものに優しくする事の出来る、清らかな命たちがいる。
 小さな声は少し離れた正面に座る自分には聞こえない。それでいいと、思う。いま自分は傍観者だ。ただこの部屋のインテリアの一つに過ぎない。
 そうして彼らの時間の、ほんの一部を見つめる権限を喜べばいい。こんな美しく物悲しい絵巻は、他では決して見る事は出来ない。
 遣る瀬無く瞼を落として、その様を瞼の裏に蘇らせる。………ぼんやりとしたその光景は、あまりにも現実感がない。
 暇を告げるその瞬間まで、少しでも話をしているといい。そうして、離れていた時間を繋げていればいい。
 自分が故郷に帰ればそうするように、沢山の言葉を紡いで、どれほど会いたかったかを伝えればいい。
 響く音は音楽のように取り留めがなく、ただ旋律の韻が伝わる程度だ。それでも多少は想像出来る内容に、吹き出すのを必死で耐える。
 自分達のように、いっそただ甘えてしまえばいいのに。きっとそうは出来ないのだろう少年の不器用ないたわりが、少しだけ滑稽で…………優しかった。








 何と言うか、少女と和也とはちょっとくらいの周りの目には気付かないくらい、仲いいといいなーとか。
 それが邪推される類いの仲の良さじゃなくて、純粋に一緒にいるのが当たり前に見えるといいな、と。
 個人的に理想の関係だったりします。こういうのが。

 長くなり過ぎる予感があったので初っ端からさっくりと削除して、一気に院での歓迎会まで持ってきました。途中で何があったかはさらっと作中で触れていますので、想像して笑ってやって下さい(オイ)

05.7.2