柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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言葉がこんなにも儚いものだとは思わなかった。
言葉がこんなにも尊いものだとは思わなかった。
言葉がこんなにも優しいものだとは思わなかった。

言葉がこんなにも
    ただ胸を苦しくさせる、

そんな廉潔さを秘めているなんて、考えたこともなかった。



それは自分よりもずっと小さな子供たちに教えられた、悲しくも美しい物語。



ハーブ・ガーデン   4



 「しっかし……本当に驚いたわ」
 少女の部屋に入るなり弾んだ声でそういえば、小首を傾げて少女が疑問を示してきた。案外話すことの少ない少女は、こうしてジェスチャーで意思を示す癖があることを何となく理解しはじめる。
 「昼間の、あの子よ。ほら、いきなりだったじゃない」
 思い出しただけでもお腹が痛くなるくらい、おかしかった。
 大声で笑うことが非常識な時間になっているので必死で耐えているが、もし今が真っ昼間だったなら遠慮なく大声で笑っていただろう。
 魔女の返答に思い当たる節があったのか、少女もまた面白そうに口元を笑みに染めている。
 もしもここに和也がいたなら、相当不機嫌な顔を晒していただろう。
 昼間、あの幼児が追いかけてきた事が発覚したあの瞬間、魔女はよりにもよって多大な思い違いをして和也に怒鳴りつけたのだ。
 「冷静になって考えればまあ、あり得ないって解るんだけど。ほら、ずっと話とか聞いてきたし、まさかとか、ねぇ?」
 下世話な話でごめんねといいながら笑う仕草には厭味はなく、開けっぴろげな爽快さが見て取れた。
 きっとそういったことさえ、彼女の中ではマイナス的な意味合いではなく、どう対処すべきかという現実を知った上での危惧だったのだろう。
 自分が迎えに行った時の、あの和也の状態を見て、それでも自分に危害が加えられないようにと、身体を張ってくれていたのだ。
 否定のための暴力を振るうような人ではないと、理解するには十分な状況だった。
 それは少女にも理解出来た。だからやんわりとした笑みで口元を染めあげ、微かな音で言葉を返す。
 「でも、実際…感覚的には正しいです」
 「まあそうなんだろうけど。でも流石にガキがガキ作るなって殴ったのは悪かったわ。あなたが取り成してくれなきゃ、きっと一週間は口きかないわよ、あいつ」
 ぺろりと舌を出して戯けてみせれば、口元だけを笑みに染めた少女が困ったように首を傾げていた。
 それを見て、思う。きっと知らないのだろうな、と。
 あの学園の中の、触れれば斬りつけられそうな、そんな彼の雰囲気を。
 編入当初、本当にそんな鬼気迫った雰囲気を彼は纏っていたのだ。本人の自覚云々などは関係なく、周りは彼のそんな態度を口喧しくさえずっていたのだから、よく覚えている。
 ………そして何よりも、意固地だった。
 過ちを犯した相手を許すのに時間がかかる。なあなあで済ませられず、誠意のない応対は歯牙にもかけない潔癖さは、見ているこちらがハラハラするほどだ。
 もっともその分、懐に入れた相手に弱い面もあるが、それとこれとは話が別だった。
 気を許す分、相手に要求するレベルもそれなりにある。その中でも言葉を聞き入れないで勘違いを押し付けるのは、最大級のタブーだ。
 本当に、危なかった。ここまできて少年に無視をされていたのでは、流石の自分でもめげてしまう。
 そうして……あんな状態の和也に驚きもせずに向き合い、平素と変わらぬ声をかけられるこの少女にも、感嘆を覚えた。
 あんなにも大切に扱われているのだ。全神経が少女に向けられるような、そんな少年の状態に正直舌を巻いた。
 その扱いの上で、あの粗暴さを見ても恐れないことに驚いた。当たり前のように自分に謝意を示して、その上、少年へのフォローも忘れずに行っている辺り、手慣れていた。
 そうして彼もまた、少女の言葉には思った以上にすんなりと従っていた。
 不貞腐れたような機嫌の悪さを滲ませながら、それでも彼女の取りなしを拒絶せずに受け入れ、院に辿り着く頃には、きちんと自分に声をかけた程だ。
 その態度に、学園で話をしていた時の比ではない惚れ込みようだと、やっぱりその時は邪推もしたのだ。こんな関係ならきっと幸せにやっていけるだろうな、と。
 けれどその印象は少しずつ、二人の関わりを見ながら変わっていった。
 ほんの数時間のことだ。それでも感じ取れるものがある。…………違うと幾度となく関係を否定する和也の言葉の意味が、なんとなく飲み込めてきた。
 戯けた自分を見上げて笑う少女は、あまりにも自然だ。そこにいるのは確かだというのに空気のように軽く、ふと掻き消されても違和感のないイメージがある。
 「まあ気付かないで暴言吐いちゃったのは確かだし、それくらいの罰は受けなきゃいけないんだけどね」
 やんわりと自戒を込めて吐き出した言葉に、少女の顔から笑みが消えた。そして硝子色の瞳が浮かぶ。
 その反応に少し驚いたように、魔女は瞠目した。
 少女はどこか、現実感がない。生臭さというべきか……今そこにいると解っているにも関わらず、ふと気付けば空気にでも溶けてしまいそうな、そんな存在感しか持っていないのだ。
 それは決して影が薄いというわけではない。人という一つのカテゴリーにおさめることが困難なだけだ。肉体という枷があるように見えない、そうした希薄さだ。
 以前、和也の言っていた言葉が、不意に脳裏を掠める。もう既に過去に言い渡された平均余命を超えて今を生きている、この少女。
 それはつまり、もう既に死を考え生きているということ。未来が短いことを自覚して、その上で生きることはどんなに遣る瀬無いだろうか…………?
 それは心を蝕みはしないのだろうか。例えば、この世のものに心を通わせられない、そんな不具合を生むことはないのだろうか。
 そんな微かな恐怖を思っていた胸裏の片隅が、悲鳴を上げるように軋む。
 これは、なんだろう。先程まで笑っていた、あの少女はどこにいったのだろうか。
 この……硝子玉のような動かない目をした人形は、どこから現れたのだろうか。
 目を瞬かせて息を飲む。それは、小さな女の子だ。まだ12歳の、小さな子供だ。疑念を消そうと繰り返す。そうして思い出そうと努めた少女の微笑みは、掻き消されていた。
 まるでつい先程、戯れ言のように思っていたように、掻き消されて思い出せない。確かにこの顔をした少女が愛らしく微笑み囁いていた筈なのに。
 愕然として見遣った視線の先で、白い肌の人形があの少女と同じ音で言葉を紡いでいた。
 「罰を与えれば、傷つくんです」
 詩を吟じているような滑らかさで人形は囁いた。窓の外で、少しだけ強い風が木をざわめかす音が響く。
 それを感じながら、脳裏に響く心音を必死で押さえる。言葉を聞き流してはいけないという警告音のようにすら、それは思えた。
 「許せない自分に、傷つくんです。優しいから、感情的に与えてしまう傷を、いつも悲しんでいて………」
 愛らしい小さな唇を人形は噛み締めて、遣る瀬無く眉を寄せた。能面のようだったその面が動き、ようやくそれが息吹きある生き物であることを思い出させてくれる。
 ホッと息を吐いて、知らず緊張していた身体から力が抜けた。吹き出ている汗は、決して暑さのせいではなかっただろう。
 人形のようなその子は、言葉を続ける。ひどく悲しそうに、どこか遠くの物語を吟じながら。
 「傷つけて、和也は傷つく人だから、どうしたらいいか、解らない時が……あるんです」
 遠くを見つめるように呟く様は、憂いに染まった人形のようだ。悲しみを表す仮面があったなら、この表情を作り上げればいいと、そう思わせるような美しくも哀れみを誘う顔だ。
 目を奪われるように幼い面を見つめ、痛む胸の奥の思いを噛み締める。先程思い出してしまった感情がまた、頭を擡げた。
 彼女は希薄だった。まるで空気のように自然で、当たり前にそこにいるようで、いなかった。
 けれどあの幼児が駆け寄ってきたあの道で、少女は初めて命を与えられたような顔を、したのだ。
 どうしてと思ってみれば悲しい答えが思い浮かび、遣る瀬無かった。あんなにも思っている和也にすら、それは強く根付いている。
 ………彼女に関わる全ての人はみんな、知っている。彼女の命の短さも身体の弱さも。だからこそのいたわりの中、それは枷へと変わっていくのだろうか。
 そんなものを知らず、ただただ好意を寄せて存在全てで彼女を求めるあの幼児だけが、未来を思い生きる心を、支えているのだろうか。
 それはとても美しい絆だけれど、あまりに切なく遣る瀬無い。
 ゆっくりと少女は目蓋を落として一瞬だけ、目を閉ざした。そのほんの一瞬の間で、どれほどのことを思ったのだろうか。
 次に開かれた目蓋の下のその瞳は、先程と変わらない静けさと柔らかさをたたえながらも、その根底には強い意志を潜ませて、真っ直ぐに魔女を見つめた。
 「だから、知りたいんです。魔女さんの言葉だけではなく、もっと沢山……色々な言葉を」
 そうしたなら解るかもしれない。悲しみに打ち拉がれた人間のためにある、いと尊き優しさが。
 この腕だけでは抱えきれず獲得し得なかった、もっと多くの方法が。
 知りたかった。もっと沢山の言葉、意志、思い。幼かった頃は心に重くのしかかり消化しきることが出来なかったモノたち。それ故に少年を悲しませ怒りを誘発させていたモノ。
 ゆるやかに長い息を、まるで溜め息のように吐き出して魔女は、すっと、座る少女へと近付く。
 自分の荷物を間に置いた状態での正面に向かい合った位置だったが、手が届くくらいの距離に行きたくなった。
 …………何となく、和也の不安が伝わってくる。傍にいなくても平気と解っていても、手を伸ばしたくなるこの危うさ。
 この少女は、空気に溶けてしまうことを望んでいる節が、ある。
 「私もたいして解っていないし、あなた以上の言葉を知っているとも思わないけど」
 やんわりと出来る限り静かに囁く。間近になったその存在感に、微かな安堵を覚えた。
 少し長い前髪が、僅かに俯いている少女の瞳を隠している。
 それを厭うように優しく掻き上げるようにして撫でてみれば、促されるままに顔を上げた。大きな瞳は、真摯さと健気さに染まった強さをたたえている。
 人形のようだと感じた印象が、嘘のようだ。
 「でも、解ることがあるわ」
 幼い子供を慈しむように微笑んで囁く。とてもこの少女の笑みには敵わないけれど、それでも精一杯のやわらかさで伝えれば、少女は応えるように瞬きを零し、頷いた。

 優しい命だと、思う。
 悲しさも哀れみも何もかもを超越して、ただひたすらに優しい。

 それは確かに、命の終わりを自覚した、静かな慈悲。








 今回は会話がやたらと多い話だったので、ひたすらはじめに会話を書きなぐり、後からその合間合間の心象風景や動きを書き足していったのですが
 ……………全然想像よりページ数を喰っています(汗)
 終わんない。終わんないよ、まだ…………!
 しかも初めの予定では、この話はもうちょっと長くなる予定だったのですが、そこまで書き加えていれると、長さ的に小説3つ分くらいいきそうになったので(会話だけでここの半分くらい?)途中で切り上げました。
 ごめん……これでもまだましなところで切ったの。会話途中だから早めに続き書きます。

 当初と予定が狂ったせいで4話で終わらず、会話をもじったら更に拡大した気分。

05.7.2