柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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人に見られることには慣れていた。
適当な噂話をされることにも。
だったらいっそと着飾ることを覚えて幾年経っただろうか。

鮮やかに施される化粧のテクニックも
長くは伸ばせない爪に取り付けているつけ爪も
本質は何一つ変えられはしない。

それでもそんなモノ如きで救われる自分の内面の軽量さに
時折零れる、月明り。





ハーブ・ガーデン   5



 「でも、解ることがあるわ」
 囁きながら、次いで苦笑を零す。知識として、というよりは、経験的なものだ。これは知っているというよりは、知らざるを得なかったというべきなのかもしれない。
 「これはまあ……どっちかっていうと年の功」
 「………?」
 茶化すように言ってみれば、よく解らないと少女は首を傾げる。それを見遣りながら少女の隣、少し後ろに寄って彼女のベッドに背中を預けた。
 自分は教授職を目指しているわけではないし、講義や講演を目的としたことはない。ディベートは得意だが、自分の意志を相手に解るように伝えるというよりは、論破することが得意であるに過ぎなかった。
 どうしたならば伝わるだろうかと少し思案し、僅かに話から逸れた言葉から繋げる方法を試みる。
 「傷つけられたら、人ってどんな反応するか、考えたことある?」
 少し論点が変わるよ、と笑って告げながらいう言葉はその重さを軽やかなものに変える柔らかさが秘められていた。
 子供である事を気遣って、不躾な論理を避けてくれた魔女の気遣いを受け入れるように頷き、少女は微かな思案を思わせる沈黙の後、緩やかに首を振った。
 「いえ……傷つけない事は、考えますけど…………」
 それこそが自分にとって一番苦心する場所なのだというように、困ったように眉を寄せ、少女は魔女を見遣った。
 魔女は口元に笑みを乗せたまま、それで構わないのだというように頷き、首を傾げるようにして少女の顔を覗き込んで言葉を続ける。
 ………何となく解ってきた少女の癖を、許さないというように。
 「例えば、傷つけられた事を気にもしない。平然として、そんな事どうってことないって態度を取る。でも実際にはそうでない場合もあるわね」
 「……………?」
 魔女の言葉の意味を汲み取りきれず少女は首を傾げた。状況把握がいまいち上手く行えなかったらしい。
 微かに目蓋を伏せて思案を思わせる素振りの中、細い指先が口元を隠す。
 それを見遣りながら、その思索を手助けするように魔女は音を繋いでいく。
 「強気な態度を取る事で、誤って自分を傷つけたかもしれない人間に逃げ道を与える事も出来るわね」
 解りやすい例を与えてみれば、言葉の意味を掴みとったのだろう、憂愁に染まるように少女の眉根が寄った。
 「ああこの人は意固地だ、頑固だってね。他にも…そうね、偽悪的な態度も偽善的な態度もとれるわね」
 理解してしまうその聡さを微かに哀れむように、魔女は少女の深まる切なさを紛らわすために指先を送る。
 ネイルの施された爪先が、その白い肌を傷つけないように注意しながら撫でた額は、滑らかな肌と相反するように悲しみをたたえていた。
 「でもそうした態度が真実の言葉とは限らない」
 それでも与える言葉は、せめて誠実に。そうでなければ、今こうして向かい合っている意味もないから。
 正直伝える事が正しいかなんて、自分自身解ってはいない。
 命が短いと解っている相手に与えるには、過酷だろう。この先の人生の中でまろみある言葉へと変換されていく真実は、必ずと言っていいほど初めは刺つき、手に入れた対象に痛みを負わせるものだから。
 美しい言葉に変わる前に潰えるかもしれないものが獲得するには、酷な言葉だ。見るもの全てに疑念を抱け、なんて………心が病んでいくきっかけにすらなりかねないというのに。
 それでも知りたいと、彼女は望む。その幼い容姿で、年齢よりもずっと小さく思わせる細い手足で。
 精一杯の生を歩む覚悟があるのだと、大人びた瞳で告げていた。
 「それは…解る気が、します」
 微かな遣る瀬無さを滲ませているのは、天性の資質だろうか。言葉に変えなくとも感じ取っているのだろう、そうした機微を。
 宥めるように額に添わせていた指先を黒髪へと移し、梳くようにして質のいいその髪に指を絡める。
 少しばかり和也には荷の重い話だと思いながら、それでもきっとうまく均衡を保って、二人は別々の場所、同じ位置で生きていけるだろうと夢想する。
 それはまるで現実にはあり得ないような、そんな夢物語の具現形。
 「………偽悪的になる事で被害者が逆転したように見せる事も出来るし、偽善的にある事でまだまだネンネだから世界を知らないって思わせる事も可能よね」
 少しだけ思い当たる、あの少年の偽悪的行動に微かに眉を顰める。
 多分……こうした場所で生きているものは知っているのだろう。あるいは、自覚せざるを得ないのだろうか。自分達が悪者になれば、スムーズに解決してしまう心理を知ってしまっている。
 だから、だろうか。時折彼は、周りがどう反応するかを解っていながら、わざと悪態を吐く時がある。言わなくてもいい時に挑発するように。
 そうして守っているものを思いやってみれば………胃が捩じれるような気がする。そんなものを守る謂れも意味もないというのに。
 それでも………本人すら自覚なくそれは当たり前に晒されるから、悲しいものだ。知らぬ内に晒される優しさは、微かな歪みを孕んでいる。
 「悲しみを悟られたくなくて、怒りで覆い隠したり、とかも……ですか?」
 誰を思ってかなんて不粋な事は言わず、少女から零れたその言葉に笑む。
 あの不器用極まりない少年は、年齢を疑いたくなる程に聡く、人の機微に鋭い。その癖、自分から傷を負っておいて、それに気づかない鈍感さも持ち合わせている。
 それでもせめて救いがある事を知って、安心した。妥協や傷の舐め合いなら顔も顰めたくなるが、そんなものではない絆は、そうは手に入らない。
 それが優しい未来を約束するわけではなく、決定的なまでの悲しみを内包したものであっても構わない。それは必ず糧になる。
 和也にとってだけではなく二人にとっての、糧に。
 「それもあるんじゃない?結局はその人間の中で何が最も重要か、がキーポイントじゃないのかな」
 ふうわりと楽しそうに魔女が微笑んだ。
 こ難しい講義は自分は嫌いだ。でも、誠意のある言葉を伝えようとする講演や、仲間同士のディベートは大好きだった。相手を理解するには、やはりその思考回路を知る事は、自分にとっては欠かせない。
 そうした意味では、自分にとっての重要なキーポイントは、こうした何気ない言葉の駆け引きの中に、道筋なのかもしれない。
 それが同じ方向に進んでいるのか、それともまるで出鱈目で迷い道だらけか、あるいは正反対か。それは解らないが模索することは楽しい。
 理解するための困難は、苛立つ事はあっても決してつまらないという事はなく、ついついのめり込んでしまう。
 思案を止めずに、自身の中の言葉を探しているらしい少女は、また俯き加減のままに口元に指先を持っていく。時折、それを噛むようにしては引き離している。
 鮮やかなネイルの施された爪先が黒髪を解放した頃、ようやく整理し終えたらしい言葉を飲み込んで少女は顔を上げる。
 真っ直ぐな、綺麗な瞳だ。人形とは違う透明度の中の至純。意志の強さを知らしめるようなそれは、普段であれば微笑みの中、隠されてしまう類いなのだろう。
 そう思い、小さく苦笑する。少女もまた、自身の中の感情のあり方を思い悩むことがあるのだろう。和也と同じく、方向性を模索する年頃だ。
 それが定まったなら、どんなに素晴らしい女性に変貌するのだろうか。
 今はまだ(さなぎ)にすらなれない彼女は、それでもこんなにも際やかだというのに。
 「重要性、ですか」
 「そ。だからね、シュミレーションをするの」
 模倣するだけなら機械にだって出来る。そこから学び取るべきなのだと、そういうように自信を秘めた笑みで魔女は言葉を綴った。
 調度いい時期に、自分は巡り合ったかもしれないと魔女は笑う。自分はへんてこな大人で、正直、一般的な基準で定めたなら変人の類いだという自覚もある。
 それでも、そうした大人だからこそ見える角度がある。それはこの時期の子供たちにとって、いい教訓になるだろう。
 どんな事にも無駄はない。一見無駄に見えるものは、肥やしとなって眠っているだけだ。必ずそこから学んだものは形を換えて、気づかぬ内に己を助ける術となる。
 指を組んで膝の上に置き、魔女は戯れを教えるような気軽さで微笑んだ。
 「色んなパターンを考えてね。そういう意味じゃ三文小説だっていい題材よ。昼ドラもね。赤裸々な思考回路は見やすいし、予測しやすい。そういうのから段々修練積むのもいいんじゃないかしら」
 おもちゃ代わりになるし、いい時間潰しなのよと笑えば、どう反応すべきか困ったように少女は苦笑し、ついで、微かな失望とともに小さな音を零した。
 「やっぱり……時間はかかりますね」
 まるで隠しきれなかった本音のように落ちたその音は、水滴の醸す音のように小さかったが、ひどく胸に響く音を残した。
 遣る瀬無いと思う事は、きっと傲慢だ。それでもそう思う以外の心情を、自分には持ち合わせていなかった。仕方がないと諦めるには、それはあまりに美しくあるから。
 亡くしたくないのだと、そう思ってしまう理由が解る。手放しがたいと、その腕を掴んでしまう心理を否定は出来ない。それが、少女にとっての枷であっても抗い難い誘惑だ。
 「素質も必要な事だから、まあ……仕方ないってところかしら」
 心理に関する問題は、どんな些細な事であっても時間はかかる。
 人は生まれた時から学習する機能が働くが、それを換算しても、人を思いやるという事を自覚して行うまでには、年単位の時間が必要なのだ。
 容易く行う事が出来ないからこそ、困難で面白いと自分は思う。けれど、それを伝えることはあまりにも少女を(ないがし)ろにしているような気がして、開きかけた唇を閉ざして息を飲み、変えた言葉を滑らかに吐き出した。
 「でも、傷付いた時の反応を予測出来るっていう事は、もし間違って傷つけた場合、そうではないと言葉を換えられるでしょ」
 それはきっと、少女の求める解答の一つだろうと思い綴ってみれば、少女は微かな笑みを唇に染めあげて頷く。
 浮かぶその笑みはどこか遠く、なんとなく自分がいま飲み込んだ言葉すら見透かしているようで、微かに心拍数が上昇した気がした。
 「やっぱり……傷つけないのが、一番の理想、ですね」
 そんな自分をいたわるかのように少女は言葉を付け足し、頷くような仕草で顔を俯かせ、そのまま魔女の背を受け止めている自分のベッドに、同様に背をもたれかけさせた。
 長く吐き出された息が遣る瀬無さからなのか、それとも長く話したが故の疲労からなのか計りかねながら、魔女はその姿を横目に映しつつ答える。
 「そりゃそうよ。でも人は完璧じゃないもの。完璧に見えるとしたら、それは幻よ。自分がそうだって願ってその人にそれを押し付けているだけ。傷つけるし傷つくのが人間ってものよ」
 「………少しそれは、悲しいです」
 眉を寄せ少女は笑う。それでも鮮やかに映る心を知っているからこその、それは反応。
 自身を傷つける多くの事象を、きっと少女は知っている。それでも彼女はそれらに内包された優しさに気づいてしまうのだろう。
 だからこそ、それらに傷つく自分を責めているような声は、けれど肯定するには少し痛々しい。
 痛みは成長には不可欠のものだ。傷も知らず痛みも解らず、そうして生育される命は無味乾燥していて輝きを失っている。野生の世界の中、傷だらけに生きている命が美しく輝いているのと同じだ。
 やんわりとベッドに背を預け、長く吐息を吐き出す少女の髪を引いてこちらを向かせれば、茶目っ気を滲ませて魔女は笑んだ。
 「そう?私は楽しいと思うわ。ぽんこつだらけだもの、みんな。だから誰かを求めるし、より良くなろうと努力もするでしょう?傷っていうのは何もマイナスじゃないのよ。考えようで、いくらだってプラスにいくものなのだと、私は思うわ」
 決して少女の中の痛みが無駄ではないように。
 そんな言葉は紡げないけれど、精一杯の思いで告げる音は、気づかれないほど軽やかな音色で。
 気遣うことで気遣われる、そんな悪循環を厭って告げる音に、少女はふうわりと馨るように微笑んだ。
 「私も。………私も、そう……願っています」
 それはどこまでも優しい花のような、そんな笑み。
 その暖かさを包むように笑みで返せば、唐突に口元を覆い顔を俯かせた少女の口元から、微かな咳の音がする。
 すぐに消えるその音を聞きながら、あの癖はこうした面から発露されたのかな、と考える。
 この少女はふとした時に、すぐに口元を覆い表情を隠してしまう。その綺麗な笑みさえも消去するように隠す仕草は、彼女の存在を透明に換えていく。
 大丈夫と問うことに躊躇いが生じ、微かに指先で背を撫でてみれば、小さな手のひらが気遣いは無用というように差し出された。
 そうして俯く少女が顔を上げた時、やんわりと笑む唇は誇らしい程に鮮やかだった。
 生きている事を示すためにだけ、彼女の笑みは晒されるのだろうか。
 不意に湧いたその思いを霧散させるように、魔女は彼女の前髪をくしゃくしゃに掻き混ぜた。そんな大人びた仕草、消えてしまえばいいのにと思いながら。
 「でも……そうね」
 小さく呟き、魔女はいたずらな指先を離した。そうして愁いを帯びた瞳で床を見つめる。少しだけ、返される真っ直ぐな少女の瞳が、痛かった。
 あまりに過酷なことを自分は言っている。その癖、彼女の大人びた所作が悲しいと身勝手にも思うのだ。
 自分の言葉はこの世には汚濁が多いのだと、そういっているようなものだというのに。幼さを未だ残す少女の面を見遣って、自分の身勝手さに辟易とする。
 彼女なら理解出来るだろうと思いながらも、理解するにはその容姿はあまりに幼く純粋だ。
 醜さばかりを連ねた唇が少し厭わしい。もっと上手く言えれば良かったと思いながらも、なかなか上手い言葉は見つからないものだ。
 この世は穢れているのだなど、そんな風に言いたいわけではない。そうした現実に彼女の心が疲弊する事を望むわけではないし、ましてそれら汚濁を思い彼女が傷つく事を推奨するつもりもない。
 そうではなくて、美しさの一面は醜さなのだと、そういいたい。醜く映るものさえも、自分の関わりでいくらでも光り輝くという可能性を秘めているから。
 けれど伝えたい言葉はあまりに難しすぎて形にならない。こんな感覚的な話、くだけて話せるほど自分は人間が出来ていない。
 この小さな女の子のために与えられる自分の音があまりに鋭すぎて、歯痒かった。
 「言葉っていうのは簡単だから、恐い武器よね」
 いま自分が少女を知らず傷つけただろうことさえ、自覚なく紡がれる音という凶器だ。
 それを自覚してもなお、うまく扱うことの出来ないこの兵器。
 噛み締めるようにそう呟いたなら、少女はふうわりと小さく微笑んで、微かな頷きで肯定を示していた。
 宵も深まった窓の外には、月明かりがあるのだろうか。レースのカーテンを乗り越えてベッドは微かにその色に染まり、それに背を預ける少女にまで仄かな光が及んでいる。
 きっと自分にも及んでいるだろうその色は、控えめで静かな音楽のようだ。
 この外貌からは想像すら出来ない深淵を覗く瞳は、そんな自分の心境さえ知っているのかもしれない。
 ささやかな笑みを自分に返し、今の話の一切を忘れさせるように幼い所作で立ち上がると、就寝のための準備をしようと時計を指差した。
 遅くまで付き合ってくれてありがとうと告げる唇は、微かに暗い電球の下では血色が悪く感じる。
 あまり夜更けまでは起きられない子だったと思い出し、魔女は慌てて荷物を部屋の端に移動させると、布団を移動しようとする少女の手から布団を奪った。
 それに少女は楽しそうに笑い、からかうような声音で告げたのだ。
 まるで和也のようだと響く音は、愛らしく幼かった。とても微笑ましい思いに満たされるくらいに。
 …………もっとも似ていると比較された相手を思い浮かべて、思わず唇をへの字に曲げてしまったのだけれど。
 困ったように笑う少女と額を合わせ、一日の終わりに感謝を捧げてお互い眠りへと誘われていった。


どうかどうか綺麗な夢が花咲きますように
 悲しみを多く知っている命に幸いを。


せめてその心が憂いなどに染まらずにいられるようにと

祈る言葉の無力さよ。








 一回ここでこの話は終わらせることにしましたー。
 いや、書きはじめた当初に書こうと思っていた部分までまだ到達していないんだけどね!(エ) 誰だよ、初め前後編で終わるかな〜とか考えていた馬鹿は(お前だ)
 本当はこの会話は全然違うオリジナルで書くつもりだったのですが、魔女が気に入ってきて、そのせいで彼女で話したくなってしまったのです。
 ………おかげで無駄に長くなった………!(ちょっと待て)

 書きたかった部分は別のタイトルにしようか、これの続きにしようかはまだ思案中。
 …………なぜほら、これのタイトル、その話からとっているから今までの話の中では何の意味もないんですよ。
 うん………続きにしようかな…大人しく(涙)

05.7.4