柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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うつつのなかのゆめ
ゆめのなかのうつつ

たゆたいながらいつも繰り返していた

生の中での死
死の中での生

手繰り寄せ辿りつつ
絡まりを解きながらまた絡めて
手探りで探す

その瞬間が訪れたとしてもなお
決して答えなど得ることの叶わない問答を





ハーブガーデン   7



 目を覚ましてみれば、ベッドに横たわっていた。首を傾げて起き上がり、辺りを見回してみる。
 確か昨夜は眠れなくて外に出た。そこで少年に出会って……………
 思い出した記憶に、合点がいったといわんばかりに、少女は微かに頷いた。
 おそらく、またそのまま眠ってしまい、少年がここまで送り届けてくれたのだろう。朝食の時に礼を言わなくてはいけないと、少女はベッドから足をおろした。
 「………おはよぉー…」
 ぼんやりとした声で、足下の布団に眠っていた女性が起き上がる。まだ眠り足りないのか、目蓋が開ききっていない様子だ。
 それに小さく笑いかけ、少女も同じように声を返した。
 「おはようございます。後、一時間程で、朝食の時間になりますから、それまでゆっくりしていて下さい」
 「んー……後一時間かぁ。じゃあ早く準備しないとねー……」
 軽く首をまわしながらのんびりとそう言い、女性は目を擦って窓の方を見た。ちょうど窓を背にした少女が視界に入り、目映さに目を細める。
 今日もいい天気のようだ。固く目を瞑った後に、思い切り良く瞼を持ち上げて目を覚まさせた女性は立ち上がり、テキパキと動き始めた。
 彼女らしいと笑みを唇に乗せた少女もまた、手早く着替えをして髪を梳かす。長い髪を軽く三つ編みに結び、それを終えると立ち上がって、化粧をはじめている女性の背中に声をかけた。
 「あの、魔女さん。私は、準備の手伝いにいってきますので、和也が迎えにきたら、一緒に食堂にいらして下さい」
 「ん、了解〜。それまでにはしっかり準備を終えとくわ。ご苦労様」
 鏡から顔を逸らしてドアに向かう少女に応え、女性はそのまま部屋を出る少女に手を振る。
 軽くそれに手を振り返し、少女はドアを閉めた。長い三つ編みを揺らせながら廊下を進む姿を想像し、魔女は楽しそうに唇を笑みに染めた。


 「で。昨日は一体なんだったわけ?」
 「……………………………」
 部屋のドアをノックしたと同時に開けられ、開口一番に言われた言葉に、少年は遠慮なく顔を顰めた。
 その反応を予想していたのだろう、魔女は楽しそうに唇を持ち上げるだけで、特に控える様子もなく視線を注いできた。
 ずかずかと早歩きの少年の腕の中には、まだ半分眠ったままの幼児もいる。
 同居人ということで、院にいる間は一任されているようだった。それもまた面白い光景と、魔女の笑みを深める要因ではあったが。
 声をかけたことで責任は全うしたといわんばかりに、背中を向けて立ち去ろうとする和也を、同じ速度で追いかけながら魔女はまた声をかける。
 二人ともなかなかの速度で歩いているので、短くない筈の廊下は、けれどあっという間に終着点が見えた。
 「誤魔化したって無駄よ。昨日の夜、あの子背負って入ってきたでしょーが」
 「…………シスターも一緒だっただろ」
 やはり起きていたかと、唇を引き結んで和也は前方を睨んだまま呟く。  やましいことは何もないと、不機嫌に返す少年を見下ろしながら、魔女が軽く瞠目し首を傾げた。
 そうしてそのまま、前方の食堂を見つめるように視線の位置を変え、何かしら物思いに耽るように唇を閉ざす。
 もっとからかってくるかと、朝から不愉快な顔を遠慮なく晒していた和也は、けれど思ったような応対が続かないことに、逆に不審そうに魔女に目を向ける。
 二人の声の剣呑さに、少年の腕の中でまだ夢見心地だった幼児も目を擦りながら懸命に起きようとしていた。
 少年の視線の先では、朝からどれだけの時間をかけたのか知らないが、いつもの通りに鮮やかなメイクを施された派手な魔女の顔がある。が、その表情は講義中のように真剣さをたたえていた。
 変な反応だと眉を顰めて見ていれば、ようやく少年へと視線を向けた魔女は、少しだけトーンを落とした声で問いかける。
 「もしかして……よくあるの?」
 魔女の問う意味を把握し、少年は不自然でないように視線を前に向け、微かな間をあけた後に何事もないような声音で答えた。
 「………あいつは喘息持ってるから、空気が冷えると寝苦しい事がある」
 「今は夏よ」
 少年の答えに満足出来ない魔女は、即言葉を切り返した。
 実際、日中と夜間の空気の温度差はそこまでひどくはない。秋口や冬場ならその言葉も頷くが、今現在の季節を思えば納得しかねる言葉だった。
 ちらりと一瞬だけ魔女に視線を送った和也は、不満そうに唇を引き結び、眉間に皺を寄せる。
 それを見あげた幼児は慰めるつもりだったのか、小さな手のひらを伸ばして和也の頬を押すようにして撫でた。
 それをなんとか甘受し、和也は軽く腕の中の存在を揺すってあやした。微かな沈黙の間は、言葉を継ぐべきか……あるいは癇癪でも起こして会話を途切れさせるべきかを悩む間のようにも見受けられた。
 ………確証あることではないが、想像くらいは少年もしている。ただそれを他者に口外出来るような、そんな軽々しさを持ち合わせていないだけだ。
 それを知っている魔女は軽く息を吐き出し、問いかけた。
 「………寝れていないわけ」
 「夏だからな」
 「暑気あたりとか、平気なの?昨日だって、あんまり食べてなさそうだったけど?」
 「毎年のことだ」
 端的な物言いで、あまり語りたくないと暗に示す和也の対応に、溜め息が落ちる。………実際、どうしようもない事ではあるのだろう。
 心情面での事をとやかく言ったところで、どうしようもない。結局は本人の気力に左右されるのであれば、周りが囃し立てる事はただの負荷にしかならない場合が多い。
 だからこそ少年もまた、余計な世話は無用といわんばかりの態度を取っているのだろう。彼らは自分で乗り越えなければどうしようもない現実を、いくつも抱えて生きてきた人間なのだから。
 思った内容の遣る瀬無さに、魔女の眉が憂いを持って歪む。が、それを晒し続けることを不本意と考えて食堂に入る時、魔女はその顔から憂愁を消した。
 周りの与える不当な評価や不遇は珍しい事ではない。それをどう自分の中でバネとするか、それが問題だ。
 哀れまれるだけで何も出来ないのであれば、それは境遇以前に精神性の堕落の問題も孕んでいる。全てを環境のせいにする事は、逃げ以外のなにものでもない。
 少なくとも必死に己であるように生きている人間たちを前に、哀れむ事は何か間違っている気がする。だから魔女は敢えて同情を孕む事なく和也の背を叩いて、食堂の中へと進んでいった。

 大体座る場所は決まっているのか、既にほとんどのテーブルは埋まっていた。埋まっていないテーブルにも既に朝食が、座るであろう人数分置かれている。
 自分達はどこで食べるのかと魔女が首を巡らせると、朝食のトレーを手に少女がテーブルに進む姿が目に映った。
 食堂の、ちょうど端の方だ。ステンドグラスを通して日差しが優しく注いでいる一角。少し眩くも思えるそこに、少女は手にしたトレーを置き、そのまま椅子を引いて腰を掛けた。
 そこには3人分のトレーが置かれている。自分達の分だろうかと思い少年を見遣ると、いつの間にか先に進んで、食堂の奥にいるシスターのテーブルに顔を出していた。
 別々に食事を取るのかと意外そうに目を瞬かせ、魔女は疑う事もなく、当然のように少女の座るテーブルへと進む。実際、そこ以外の場所に進むのは躊躇われた。
 「準備お疲れ様。ここ、平気かしら?」
 「はい、そちらが魔女さんの分、です」
 小さなテーブルに乗せられたトレーの、少女の左隣を手のひらで示され、それを確認して魔女は席に着いた。
 けれどまだ食べ始めようとしない少女と、もう一つ少女の正面に置かれたトレーを見比べて少し首を傾げる。
 先程、少年は腕に抱えた幼児ごと、シスターのいるテーブルに行ってしまった筈だ。一体誰がここに座るのかと考えていれば、ふらりと和也が舞い戻ってきた。その手には、誰も抱えてはいない。
 「あら?おチビちゃんは?」
 「あ?………ああ、飯の時はシスターたちが見てるから、預けてきた」
 まだ食事をとるのに集中しきれない幼児を見ながらは、流石に食事を食べられない。
 特に少女は一般的な速度よりもかなり食事に時間をかける。それでは双方にとって負担だからと、食事の時はまだシスターたちが見ていた。この朝食を終えた後、また自分達の元に戻ってくる。
 手短に説明する和也が椅子に座ると、それを待っていたように少女が手を合わせ、食事の前の祈りを口にする。
 それに倣い、少年も口腔内でそれを口にし、魔女もまた、言葉こそ出しはしないが手を合わせて二人の祈りが終わるのを待った。
 食事自体は簡素なもので、少年と魔女はあっという間に食べ終わってしまう量だった。それは次々に他のテーブルが空になっていく様を見ても解る。が、二人が食べ終わった頃、少女はようやく1/3を食べ切ったというところだった。
 「そういえば、今日はこれからどうするの?」
 少女が食事をしている間、時間潰しも兼ねて魔女が問いかける。問う先は同じように食べ終え、少女が食事をする様を見ている和也だ。
 相手は軽く首を向け、思案する様子もなく簡単に答える。
 「とりあえず、ここら辺の案内だろ。ついでに俺の菜園の方もだな。この間見回った時、葉のつやが落ちてた」
 原因と対策を練る必要があるから、ついでに付き合えと言う少年に、魔女は首を傾げた。
 確か今回の帰省の間に、ハーブの菜園も作るといっていた。既に自分の菜園があるというのであれば、それ以外のどこに土地があるというのか。
 この辺り一帯は確かに隣接する建物もなく土地は豊富にある。が、適当に開拓することは自然破壊の一環だ。それくらい十分理解している少年が、わざわざ自然の地形を崩してまで行うとも思えない。
 どこか別の場所にあるのかと疑問に思ったことが顔に出たのか、少年は思い当たったように言葉を付け足した。
 「あー……ついでに、空き家の方も見せてやる」
 「は?空き家?」
 「………この院を、建設した時の出資者から、寄付をしていただいた家が、あるんです」
 唐突な話題に間の抜けた声で答えた魔女に少女が説明を加えた。
 「少し、院から遠くて。今はあまり、使っていません。そこで近々院を卒業する人たちを対象に、試験的な一人暮らしの練習をしようという話が、出ているんです」
 「で、そこの掃除なんかをこいつが一任してんだ」
 顔を顰めて少年が継ぎ足した言葉に少女が苦笑する。少女が一任されたというその事を、少年があまり喜んでいない事が、容易く魔女にも解った。
 少女もまた、それをシスターたちから教えられていたし、実際解りやすい程に少年の態度には表れていた。
 仕方ないと苦笑するシスターたちの顔を思い出し、少女はカップに口を付けて中身を一口飲み込んだ。……まだ少年は少女の動ける範囲をうまく把握出来ていない節が、確かにあった。
 もっとも少女の体質の改善は、少年が街へと赴いた後に兆しが現れたのだから、当然といえば当然だろう。
 まして出来るようになったからと、まだ自分の体力の上限を上手く掴めていなかった初めのうちは、知らずオーバーワークを少女は繰り返してしまっていた。
 電話に出られないと言われる度、たった一人の少年が遠い土地でどれだけ不安や苛立ちを覚えていたかと思えば………確かに、仕方のない部類だろう。
 解っているからこそ、不機嫌を示す少年を咎める事なく容認する少女は、カップを再びテーブルに戻し、魔女の方へと顔を向けた。
 「もしかしたら、私も、使う事があるかも。たとえ使えなくても、せめて、その気分だけでも味わいたかったから……」
 だから自分から志願したのでシスターたちに非は無いと暗に示し、また静かに少女が笑んだ。
 それに魔女が答えるより早く、少年が口を挟む。
 「あの家でなくても、お前はここからは出るだろ。そんで……あいつと暮らすんだ」
 まるで少女の言葉を打ち消したいというように、突然語気を強めた少年の口調に、魔女が驚いたように目を向けた。
 早口で告げられたその言葉の真意を魔女が受け取るより早く、少女は柔らかく……微笑んだ。
 空から零れ落ちるステンドグラス越しの陽光のような静けさで。
 ………ただただ包むようにあたたかく透明な、美しさ。
 「和也の住む家に、あの子がいたら……きっと、楽しいわね」
 あまり動かさない唇が静かに刻まれ、ゆったりとした小さな声が響く。自分達のいるテーブルにだけ、それは響く。
 紡がれたのは他愛無い言葉。辿った先の言葉たちはどれも子供の思う夢見ごと。
 ………けれど、その音の真意を知るものには、あまりに切ない繰り言。
 「それはまあ……きっと賑やかで喧しい家になるわね」
 敢えてその奥に沈む意志を掘る事なく、魔女は陽気な音で茶化した。そうしなければ迫る胸の重みに(むせ)びそうになった。
 それは多分、自分ではなく、眉を寄せて眩いものを見つめるように少女を見つめる、その少年の心境。
 静かに瞼を落とした魔女の肌には、ステンドグラスから降る日差しが触れる。それを瞼の裏で感じながら、昨夜少年の部屋で見た二人の姿を思う。


 優しく美しい生き物がその性質のままに生きる事の、なんて困難な世の中か。
 思う事こそ唾棄すべき世情を胡乱に胸中にしまい、ただ祈るように思う。


 最上の形で二人の言葉が実現すれば、いいのにと……………








 言葉の中でさえ誠実であろうとするのは、時に重荷以外のなにものでもない状態を強いるのですが。
 それでも解っている答えを曲げて口に出来ない、頑な依怙地さは少年にも少女にも共通してある部分に思えます。
 こうでありたいと願う事で、負荷を与えるのか安堵を与えるのかが解らない。あるいはこうあって欲しいと願う事で、澱みをもたらすのか希望を与えられるのか解らない。
 解らないから誠実である事で傷を減らしたい不器用さは、結果的に吉と出たのか凶と出たのかは解りませんが………。
 せめて生きる間の糧に、死ぬその瞬間の充足に繋がってくれればと思います。

06.4.30