柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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難しい祈りかもしれない。
願いは単純だけれど
それを願う事は酷なのだと。
躊躇いと戸惑いと
悲哀を打ち消した、微笑が。
ひっそりと告げた。

消えてしまう存在になど、心を残さないでいいのに。





ハーブガーデン   10



 夕暮れになると大分風が涼しくなった。窓を開け、外の景色が茜から紺碧に変わる様を眺めていると、不意に氷の音が響く。
 誘われるように首を巡らせると、いつの間にか戻ってきたらしい少女が、手にコップを持ってドアの前に立っていた。
 「魔女さん、梅…大丈夫ですか?」
 「大好きよ〜、もしかしてここで漬けたの?」
 手を伸ばしてコップを受けとり、涼やかな密色の水色を口に含みながら問いかける。さっぱりとした、甘みを控えた梅エキスのソーダ割りだった。
 少女は魔女の傍に腰を下ろし、サイドテーブルにコップを置くと小さく頷いた。毎年作っているのだと、楽しそうな笑みが唇を彩った。もっとも、その血色はあまり良いとは言えなかったけれど。
 それを眺め、日中の様子を思い出す。特に具合が悪そうではなかったし、無茶もしてはいなかった。ただの暑気あたりだろうかと首を捻る。
 そんな魔女の心中に気付かず、どこか落ち着かない様子で少女は時計を見上げた。そうして小さく息を吐き、仕方なさそうにサイドテーブルからコップをとって口に含む。
 どうかしただろうかと目を瞬かせ、魔女もまた時計を見た。そうして気付く。食事の度に早めに行って手伝いをしている筈の少女が、今ここにいるということに。
 「そういえば、そろそろ夕食だっけ?」
  何か変更でもあったのかというように声をかけると、困ったように少女が頷いた。
 「はい、もうすぐです」
 「何かあったの?手伝いって当番制か何かだった?」
 だったら自分も加わろうと、好奇心も手伝って申し出ると、軽く少女が首を振った。そうではないと示した少女に、魔女はまた首を傾げた。
 それに躊躇いがちに笑んで、少女が静かに話し始めた。
 「いえ…和也に止められて……」
 院の子供の手伝いは当番制だが、自分は毎回手伝うことにしていると告げた後の声は、少し躊躇いがちのささやかな音だった。
 「和也が?え、また何か逆ギレでもしたの?」
 項垂れそうな少女の様子にぎょっとして、魔女が叫ぶような声で告げると、少女は面食らったように目を丸めた。
 瞬きを数度繰り返し、何故そんな想像に繋がったのかと不思議そうに魔女を眺めている。
 その様子に取り越し苦労だった事を知った魔女が、ホッと息を吐く。
 日中そんな様子はなかったとは言え、少年の精神が存外不安定である事はよく知っていた。
 唐突に感情を爆発させたところで不思議もないと思っての言葉だったが、案外この少女に対してはそんな真似はしないのかもしれない。
 しかしそうであればあるで、一体どうしたのかと首を傾げる。少女と出会ってまだ二日目とは言え、彼女が働く事に苦を感じないタイプである事は理解していた。
 だからこそ、当番でもないのに毎食きちんと手伝いに赴いたりもしているのだろう。
 もっとも、彼女の中の責任感故に、見習いシスターの一環として行うべきものと決めているのかもしれなかったが。
 どちらにしろ、少女が今ここにいる事を和也が止めた理由が、魔女には想像がつかなかった。
 疑問を乗せた視線に苦笑を零し、少女は朗らかな声音に少しの茶目っ気を溶かして答えた。
 「ばれちゃったんです」
 「ばれた?」
 「…………昼間、軽い貧血を起こしていた事」
 困ったように笑って、たいしたことではないのだと少女は軽やかな声音で伝えた。
 それはとても他愛無い出来事のような音だった。まるで自分達が、ちょっと怠いといった程度にしか感じさせない、そんな笑みと声の抑揚。
 瞬きを一度落とし、魔女は軽く苦笑した。………もしも自分が、少年からこの少女の身体がとても弱く、ちょっとした病変も、見逃すと重篤に繋がる恐れがあるのだといわれていなければ、どう思っただろうか。
 きっと少年の過保護をからかい、窘めもしただろう。それくらい、少女の囁きは自然だった。
 「ねえ………」
 ゆったりとした声を唇に乗せ、魔女が少女に声をかける。やわらかい、優しい音だ。おそらくは少年も聞いたことがないだろう、慈悲深い音。
 それに目を向け、少女は首を小さく傾げた。問いかける仕草に目を細め、魔女は指先を少女に伸ばす。
 さらりと流れる黒髪を一房摘み、クルクルと指先で弄ぶ。それを厭うことなく眺める少女は、真っ直ぐに魔女を見つめたままだ。
 きっと彼女は知りはしないだろう。その悲しい性の正体。淀みの奥底に眠る、それはパンドラの箱。
 正確に理解出来るわけではないけれど、朧げながらに想像のつくそれに、魔女は細めた視界に穏やかさを出来るだけたたえ、常にはない程の細やかな声で呟いた。
 「和也は、悲しんじゃいなかった?」
 問いかけは確信とともに晒される。それは少女の声音と同じで、他愛なさに紛れた痛ましい音。
 捧げられた言葉に微かに瞼を落とした少女の、伏せがちな視線が床を見つめている。髪に触れる指先に、少女の動揺は見られなかった。一瞬の間を残し、少女は小さく頷いた。
 そして、閉ざされた瞼が綻ぶように花開いた時、少女はとても嬉しそうに微笑んでいた。
 その様に息を飲むようにして魅入った魔女の耳に響くのは、祝することを知る鐘の音のような、際やかな声。
 「魔女さんは…気付く方、ですね」
 「…………え?」
 突然告げられたその言葉の真意が汲み取れず、少し間の抜けた返答を返す。それに唐突な言葉であったことに気付いた少女が、ゆったりと補いの言葉を付け足した。
 「和也が怒るのが、悲しんでいるのと、同じだって」
 柔らかく微笑む様は、どこか母親じみた感があった。とても年上の男の様を伝える様子には見えない。
 そもそものところ、その穏やかさも静謐さも、その年齢を考えたなら、あまりにチグハグだろう。けれどそれらを感じさせない程、その雰囲気は少女に染み付き一体化していた。
 静かな、紡ぐ事を控えめになされる声は、小さいながらも良く通る。
 それは少年の表層の感情だけではなく、その奥底に閉ざされた本当の感情を知る者を言祝(ことほ)いでいた。
 ずっと少女が気にかけ、掬いとりたいと願っていたもの。………それはひどく読み取り辛いらしく、今まで誰も知ろうとはせず、気付かなかった事。
 あたかも当然のようにそれを知る魔女を、まるで尊い存在であると感謝するように少女は笑んでいた。
 「まあ……あーゆー奴だからね。でも、あいつは知られたくないって思っているでしょうけど」
 戸惑うように魔女が笑みを返し、囁く。実際、少年は自身の感情の深みなど、誰にも知られたくはないだろう。それを弱味と思って隠す節もある。
 自身の感情と向き合って生きなくてはいけないと、そう覚悟を定めているからこその、どこか独り善がりの格闘風景だ。
 そんな様を思い返しながら、魔女は微かな吐息を吐き出す。
 それは子供たちが思うには、あまりにも過酷な意識だろう。精神に関わる事は準備が必要だ。それを無視して押し付けてしまえば、瓦解する。それを自分もまた、実体験的に知っている。
 そして今はまだ、自分達は全てを取り払って腹を割り関われる程、親しくもないし信用も薄い。他者と比較したそれではなく、城壁のように聳える自己防衛の砦には、まだ遠く及ばないのだ。
 そう思い、浮かべていた笑みを苦笑に変えてみれば、少女は軽く首を振る。
 何とはなしに、気付く。この少女は端的な言葉の内を読み取ろうと、どれほどの努力を重ねて生きているのだろうか。
 この少女もまた、どこか物悲しい性を背負って生きている、やはり痛みを抱えた生き物だ。
 「和也が、学校の友達を連れてきて、すごく嬉しいんです」
 院の子供と遊ぶ姿はいつだって見ていた。学校の話もよく聞く。もっともそれは小学校までの話だったけれど。
 今の学園に事を問いかけても、授業内容ばかりで、決して友好関係に話は波及しない。
 そんなものを求めて通っているわけではないと少年はいうかもしれない。けれど、学校という場所は知識を学ぶ以外の何かを、確かに学べる場所なのだと思うから。
 駆け足で今の年齢を過ぎ去ろうとする少年が、少女には寂しかった。広大な世界に足を踏み出せる少年だからこそ、もっとゆったりと時間を使って欲しいとも思う。
 もっとも、そのいずれも知りはしない身で、そんな大それた願いを言えるわけもなく、また、窘める術もないのだけれど。
 「…………ま、そうよね……。あいつの態度が態度だし、友達って少なそうだわ」
 少女の言葉に、魔女は脳裏に浮かんだ少年の態度に顔を引き攣らせる。正直、あれで友好な関係を築けといわれても、確かに周りも困るだろう。
 魔女の考えたものをなんとなく想像が出来たのだろう少女は、苦笑に近い笑みを落とし、軽く頤を振った。
 「友達は多いですよ、和也。でも、対等な人は……いなかった、から」
 だから嬉しいのだと、少女は笑う。
 まるで、それは……と。感じたものに魔女は頭痛を覚える。まさかと打ち消したい思いと同時に、覆りようのない事実にしか感じられなかった、それ。
 弄んでいた少女の髪から指を解き、がっくりと肩を落とすようにして両手を床についた。
 鈍いとか、そういう以前の問題を、この少女相手に口にするべきかを一瞬躊躇い、それでもやはりその唇を開いた。
 「えっと……あの、ね?」
 珍しく言葉を濁している魔女に首を傾げて、少女はその顔を覗く。院では見かけない、鮮やかに化粧を施した大人の女性の顔は、どこかもの珍しく、そして素直に綺麗だと思った。
 その顔が困ったような色に染まっていた。先程の仕草といい、どうかしたのだろうかと理由の解らない少女は、戸惑いをその目に乗せて問いかけるように見つめた。
 「一応断っておくけど、あたしはあなたの代わりにはなれないわよ?」
 旦那もいるからと困ったように笑って魔女が言う。予防線というにはあまりに明け透けな言葉に、少女は首を捻るようにして疑問を瞳に乗せた。
 魔女の言う事柄とその事実の相互関係が、少女にはいまいち良く解らなかった。
 「結婚…なさっていると、和也とは一緒に、いられない………ですか?」
 「いられないっていうか……それ以前の問題?」
 正直な話、おそらく少女が願っている存在は、そんな括りを必要としないものなのだろう。けれど、世間一般ではそうはならない。
 とても曖昧で、けれどあまりにも得難いもの。連れ添うという言葉の、それはいっそ本質だけを願うような至純さ。
 そんなものを与えられるものは、きっといない。そして何よりも一番の問題は、それを得て欲しいと願われているその対象にこそ、あるのだ。
 「だって、あいつはあなた以外…欲しくはないでしょ」
 下世話にも聞こえる物言いを、爽やかな声音で囁く。それでもその言葉がおそらく一番近しい。
 生きるというその行為は、ただ一人でも可能なのだ。けれど生きたいと思うには、一人は難し過ぎる。寄り添う存在を、心の全てをかけるべき対象を得なくては。
 自分達はそれを自然という雄大なものに求めた。それでもそれだけでは、足りない。足りないそれを補えるのは、やはり同じ種の命なのだ。
 そしてそれを少年は見つけ、そして遠くはない未来で失う。失ったのち、それをまた探そうとするかどうかは、本人の意思に依る事だ。
 おそらくは………否、確実に、少年は欲しはしないだろう。この少女の身代わりなど、願う事すら唾棄する姿が思い浮かぶ。
 そう躊躇う事なく事実を告げてみれば、少女は少しだけ憂いに染めた眉を垂らし、微笑んだ。
 「でも………それでは、ダメ、だから」
 呟く声音は変わらずに愛らしい。けれどそれに染め込まれた感情は、その歳で背負うにはあまりに深い悲嘆にも見えた。
 一人の人間が、たった一人の人間の行く末を見つめている。それはきっと、お互いに。
 けれどきっと、と、思う。…………この少女の見つめる先は、際やか過ぎて物悲しい。
 理想は確かにあり、それを願うのは当然だ。けれど、きっと自分達が彼女の立場であれば、鎌首を擡げる感情はまるで真逆だろう。
 …………自分だけを思ってその後を生きて、なんて。
 健康体を与えられた自分達の、卑しいエゴでしかないのだと、そう思い知る。
 微かに細めた魔女の視界の中、少女は佇んでいた。優しい、姿だ。憂いを思い、悲しみに染まったその瞳の彩さえ、優しい。
 誰かのために祈る事だけを覚えた、それは優しくも悲しい生き物の本質。
 寄り添う命にとっては最も痛ましい、その姿。
 「一人で生きて、一人で死ぬのは……寂しい、です」
 呟く声音は肉厚だった。自分達が奏でるような軽薄さのないそれは、少女がずっと思い続けてきた事なのだろう。
 微笑みながら、少女は涙を流しているように魔女には見えた。その優しさは、定めねばならない覚悟故に培われたのだろうか。
 それでも、どれほど長い間その覚悟をしていも、一度でも自分を知ろうと心砕く人に出会ってしまえば、その生き様は痛みと辛さを押し付ける。
 …………それは、言葉になど出来ないものだ。
 それのせいでどれほど息絶えそうになるか、味わった事のない人間には、到底想像も付かない苦しみだ。
 幾度となくそれを味わい、それでもその道を選ぼうとする己はどこかがおかしいのだろう。けれど、だからこそ。そんな思いを、誰にもして欲しい筈がない。
 …………あるいは、そう思うからこそ、その道を自分は選ぶのかもしれない。
 あまりにも真っ直ぐに心寄せてくれるから、それを背負って生きる事の出来ない……生き続ける事が出来ない自分を、許したくないというエゴなのかも、しれない。
 正体など解る筈もないその心理の中、ただ一つだけ明確な答えを、少女は知っている。
 ………続く未来の先、少年の隣に誰もいないのは、寂しいのだ。
 それだけは、悲しいのだ。
 もしもそれが自分を思うが故であれば、自分の罪はどれほど深いのだろうか。
 幾度も幾度も覚悟をして、自分という存在をこの世に残さず、一人生き死ぬと決めておきながら、こんなにも同じ魂を作り上げてしまうなんて。
 「だから……いなくなっても、和也の傍には、誰かがいて欲しい……です」
 きっと、彼は一人でいる事を選んでしまう。
 誰も寄せつけず、近寄らず。自分が願ったあの子供の傍にだけ時折帰る、そんな狭く寂しい世界に全てを与えてしまうだろう。
 それらは想像でしかない。それをあまりにも自意識過剰だとせせら笑う事も可能だろう。それでも……おそらくは実現してしまう。悲しいくらい、彼は優しい生き物だから。
 「私は……ずっと一緒には、いられない、から」
 寿命という、そのカテゴリーだけでの話であれば、確実に少女の命の火は先に消える。
 それは出会った時から、互いに知っていた事だった。だからこそ、深入りせずに関わるべきだったのに。
 あまりにも今更な懺悔だ。解っていた事を、解っていながら先延ばしにした咎だ。
 花が萎れるように恥じ入って項垂れる少女の顔は、長い黒髪に隠されて見えなかった。どんな顔をしてその言葉を綴っているのか、魔女には想像も出来ない。
 それでも息を飲む。その、清婉さに。
 これが少女といわれる年齢の人間の思うことだろうか。…………春の終わり、少年の言っていた事を思い出す。
 遠い未来を思って悲しんでばかりいる、と。あの時、自分がいなくなった後の事を悲しむなんて、少年よりも幼い人間がするのだろうかと……微かにでも思った自身を恥じた。
 この少女は己の死も当然の理として認識して、それ以後の他者との関わりすら、想定出来るのだ。
 そしてその想像図があまりに悲しいのだと、己の死ではなく、残された人間の生き様にこそ、心痛めている。
 言葉の難しさに、愕然とする。幼いといっても差し支えのないこの少女の求める解答を、自分は見つける事は出来なかった。
 それでも、たったひとつ約束を残す事は出来ると、躊躇うようにネイルの施された爪を添えた指先を伸ばした。
 爪先が少女の頭に触れた時、微かに身じろぎしたような気がする。
 あるいは、自身が怯えて身体を撥ねさせたか。どちらにしろ、滑稽な事だろう。どちらもが別々の理由で、同じ思いに囚われている。
 「あたしは望まれるような意味で、あいつを理解出来るかも解らないけどさ」
 正直、それはとても難しい。難題といっても過言ではないだろう。
 似た境遇の者同士であったとしても、解りあえるかどうか判断をしかねるというのに、祝されて生まれ生きてきた自分には、その全てを知り得る事は出来ない。
 それでも言える事。少年の力量を認め、その人間性も認めている。それだけの事実。
 「それでも、きっとあたしらはずっと友達やっていると思うよ。喧嘩もして、いがみ合ってさ。それでも………また友達に落ち着くって」
 そしてそれだけが、魔女が今この少女に捧げる事の出来る最大限の約束だった。
 だからそんなにも悲しまないでと。歪めた眉は子供のように必死で滑稽だ。滑稽であるからこそ、繕いのない真意だった。
 それを見つめ、少女は笑った。とても表現の難しい、その笑み。
 嬉しそうだったのか、幸せそうだったのか。それとも悲しそうだったのか、戸惑っていたのか。思い出すその笑みは、とても魔女には判断出来ない類いだった。
 ……………それはきっと、笑んだ少女自身にすら真意を知らせない。
 そんな、散り逝く花の一瞬の煌めきのような、美しい笑みだった。
 遣る瀬無く顰められた眉を隠し、魔女もまた、笑った。
 せめて笑える自身の豪胆さを褒めようと、ひっそりと軋む胸を抱えながら。


 ドアをノックする音に、顔も向けずに入室を促した。少し躊躇いがちのその音は、きっとあの少女だと解っていたから。
 「ねえ和也。荷物が、届いたの」
 不思議そうに目を瞬かせて、さして大きくはない紙袋を抱えて、少女が少年の部屋のドアを開けながら囁く。
 「はあ?荷物って…。…………なんで魔女から」
 不可解な発言に首を回し、少年は自身の部屋に少女を招き入れながら、その手に持つ紙袋に貼られた伝票を見遣る。と、先日ようやく帰った友人の名前が記載されていたのを確認した。
 「何か、聞いているかなって………」
 あからさまに不審そうに顔を顰めている和也に苦笑し、少女は首を傾げた。
 「何も聞いてねぇ。開けていいか?」
 話していても埒が明かないと少年が伸ばした腕に、少女は託すように紙袋を差し出した。
 「和也宛じゃなく、私宛で来たから。何かあったか、解らなくて」
 自分も特に何も言われていないと、少女は紙袋を破る少年の指先を覗き込む。
 「………………………………………………………………」
 びりびりと豪快な音が響いた後、先程以上にあからさまな不快の表情を晒し、少年が紙袋からのぞいたものを見て硬直した。
 「どうしたの?」
 不思議そうにそれを見つめ、少女もまた、少年の視線が張り付いている一か所を見遣った。
 「あんのクソ魔女…………。次会ったらただじゃおかねぇ………………」
 隣で楽しそうに破顔する少女には聞こえないよう口の中だけで呟き、少年は真鍮製の、手作りであろう少し不格好なその看板を睨んだ。
 「魔女さん、とっても器用な人、ね」
 嬉しそうに囁く少女の声は澄んでいて、心からそれを喜んでいる事が少年にも解る。
 「………………………………そう…だ、な……」
 少年は躊躇うように同意を示しながら、腹の内に居座っていた筈の煮えるような感情が、少しだけ軽くなった感覚に、自身でも現金だと溜め息を吐き出した。
 「お礼のお手紙、出さないとね」
 少年の手から受け取った看板を抱きしめるように包み、まるで幼い子供のような邪気のなさで笑う姿に少年は目を細める。
 そうしてふと、手にした伝票には学園の研究室の住所と魔女の名が連ねられている事に気づき、少女の言葉を推奨出来ない事実を思い出した。
 「…………そういや、俺、魔女の住所知らねぇ」
 次会った時にでも渡すと、申し訳なさそうに頭を掻いて言う少年に、少女は鮮やかに微笑んで頷いた。

 その胸に抱かれた看板には、描かれている。

 『HERB GARDEN』のロゴを包む女性と、その腕に同じように包まれ眠る二人の赤子。



 ……………その象徴する対象が誰であるのか、それはきっと人それぞれ。








 長かったハーブガーデンもようやく終了。
 いきなりラストまで書こう!としたかというと、この間書いたシスター死後の話とリンクするからですよ。『隣の影』と『空へのぼる太陽と同じ』ですね。
 ハーブガーデンはこの話を書きたかったがために書きはじめたのです。少女が自分の死後、和也の傍に誰かがいてほしいと願う姿を。
 『遠く離れた土地での出来事』にもリンクしていますね。
 ここの話を匂わせたくてこれは書いたやつだから当然ですが。発表の順が逆だけどね(吐血)書きやすかったんだ、あっちの方が!魔女のキャラが固まって意気揚々としていたしね!
 本当ならもっと早くに書き上げるべきだったのだけどねー。ハーブガーデンは。色々派生するから。
 でもどうしても書きづらいんですよ、少女と和也の感情を書くのは。
 恋愛とは違う愛情って、感覚的には理解出来ても言葉には換え難いのだもの。
 まあとりあえずこれでひとまず終了です。………家でのハーブガーデンの下地造りはまあ、想像でもしておいて下さい。
 入れると確実に終わらなくなるので止めたんだよ。それだけで何作の小説になるやら。

06.6.6