柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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風がそよぐ
顔を上げる
見上げた空は遠く高い

足を踏み締める
前に進む
首を巡らす

地上は広く
自分の知る世界は狭い

だから

どうぞ 駆け抜けて
振り返りなど、しなくて構わないから





地上におりたお星さま



 空から降り注ぐ日差しを見上げた。手を伸ばしてみるが、到底それには及ばない。
 それに子供は楽しそうに顔をほころばせて、後ろに控える少女に教えた。
 「シスター、空は高いな!」
 弾んだ声は幼い興奮に満たされていた。それを柔らかく細めた瞳で見つめ、微笑んだ少女は膝を折り、子供と同じ目線で空を見上げた。
 たいした差はないけれど、それでもやはり半分程の視界の移動は、より距離を拡大して感じる。その変化に面白そうにまた目を細め、いたずらを秘めたように瞬かせると、子供に目を向けた。
 「太陽は無理でも、星ならどうかしら?」
 触る事が出来ないかと、とっておきの冒険を囁くように問いかける少女に、子供は目を輝かせた。
 昼間の空は高く遠く、精一杯手を伸ばしても、たった一つしかない太陽は到底掴み取れそうにない。けれど、夜に瞬く星の欠片くらいなら、もしかしたらこの手に零れてくるかもしれない。
 それが不可能な事くらいは頭の隅で理解しているけれど、何となく、この少女が囁くと可能な気がしてしまう。
 「屋上に上って、流れ星を待ってみるか?」
 そうしたら落ちてきた星を拾いに出かけられる。リュックに水筒、お弁当も用意して。それに暗いだろうから、懐中電灯も必要だ。遠足のような準備を脳裏に描き、子供が破顔して少女に駆け寄る。
 しゃがんでいる少女と立ったままの子供では、子供が少女を見下ろす形になる。駆け寄る勢いのまま腕を伸ばし、子供は少女の首に抱きついた。
 内緒話をするように耳元に口を寄せ、潜めた声を、それでも抑えられないというように弾ませて、たった今練り上げたとっておきの計画を耳打ちする。
 晩ご飯を作る手伝いをするから、早めに作って、余った時間でおにぎりを作るのだ。それに暖かい紅茶も水筒にたっぷり入れて、懐中電灯も探し出さないといけない。
 そうして準備が出来たら、ほんの少しだけ早めに寝て、すぐに起きて、屋上に出よう。
 今日はこんなにいい天気だから、きっと沢山の星が見える。溢れる程に星はあるのだから、一つくらい、もしかしたら気まぐれに地上に遊びに来るかもしれない。
 「いいだろ?それで、星を待とう」
 「お星様と一緒に、お茶が飲めるわね」
 それはきっと楽しそうだと少女は微笑み、自分を抱きしめる子供の背中に手を添えた。
 肯定の言葉に子供は笑い、頬を寄せるように少女を抱きしめる。あたたかい、柔らかな感触にほっとする。
 孤児院で生まれてからの時間のほとんどを過ごし、数多くのシスターや信者に触れて育った子供は、けれどこの少女以上に心寄せる対象はいなかった。
 細くたおやかで物静かな彼女は、けれどそれらを覆す程、凛とした背中と深淵な心を、いつだって示した。
 それは子供であるからという甘えを与えない、同じ目線でものを見てくれる姿。
 一個の人間である事を認め、それ故に生じる責任を認識し教えてくれる。そして立ち上がるための術を示してくれる、そんな人。
 あるいはそれを押しつけだという人間も、いるだろう。幼い子供に酷な事を要求するなと顔を顰める人間も。………けれど少女も子供も知っているのだ。
 知識や技術は、確かに拙く覚束無い。大人の手助けは必要だし、生活するには依存せずにはいられない。
 けれど、それ故に人間性まで依存する事を求められるわけには、いかないのだ。
 子供であっても意志がある。個人の言葉を携え、意見を持ち、望みを発露出来る。身体が小さいからと、心までもが大人の半分しかないなど、どうして思えるのだろう。
 それを表現する術を奪い、それを擁護なのだと声高に言われても、語るための口を潰す行為にしか子供には思えない。
 幼いから決定を下せないわけではない。それは多にくの間違いを孕む事はある。失敗だって多い。だからといって、その機会すら奪う道理はない筈だ。
 選びとったものが間違いであったら、そこからまた正しい方向に進むための道を示してくれればいい。失敗とて、糧となるのだ。
 それを知り、それ故に機会をより多く与えてくれる少女を、だからこそ子供は選び、信頼した。
 心寄せ、彼女にだけ本当を語る。………幼さを見せる。
 時折少女は遣る瀬無く目を細め、躊躇うように微笑むけれど、それでも子供の腕を拒む事はなく、また、過ち以外の拒否も否定もされる事はない。
 いつだって抱きしめる腕を伸ばせば受け入れ、抱きとめてくれる。暖かい優しい胸に顔を埋め、その鼓動に耳を澄ませる瞬間の安堵を、きっと誰も解りはしない。
 「楽しみだな、シスター」
 甘えるように囁けば、頷く頬が直に感じられる。
 さらさらと、風に流れるようにたゆたう少女の長い髪を見つめながら、子供は満足そうに笑うとその手を離し、駆け出した。
 星を呼ぶなら、花も飾ろう。それを目印に、遊びにくるかもしれない。
 とっておきの綺麗な花はないかと、子供は森の中を自在に駆けながら、少女に手を振った。
 木陰の中に入り、木に背を預けた少女は手を振り、嬉しそうに微笑みながら、ふと思い出したように空を見上げた。
 星は何時くらいに辿り着くだろうかと、こっそりと少女が笑う。
 先程子供に囁きかけた時のような、楽しそうないたずらを秘めた笑みで。


 夕暮れは鮮やかだった。
 キッチンからダイニングの硝子扉を見遣り、その空間一杯に広がる、明るく濃い茜色にしばし見惚れてしまう。
 庭の更に奥に見える森の、鮮やかな緑さえ茜色に変わっている。
 一時といえど、世の全てが鮮やかに同色に染まった時刻の芸術。おにぎりを作っている途中のべたついた手のひらすら忘れて、窓の外にその光景に捕われてみれば、振り返った少女がそれに気付き、同じように窓の外を見つめた。
 鮭の乗った皿を手にしたまま、うっとりと少女もまたその光景を見つめる。
 「不思議、ね」
 問いかけるというよりは、同じ思いを言葉に換えたような気安さで、少女が呟く。子供はそれに頷き、背後に立つ少女に振り返る事なく窓を見つめていた。
 振り返らなくても、彼女がどんな顔でそれを見つめているか解る。零された声に響く情感。自分と同じ思いを、きっと携えた。
 それが誇らしいけれど、同じように少しだけ、悔しい。
 綺麗で鮮やかで。勿体無いくらいのこの光景。明日もまた同じ色が灯されるとは限らない、この刹那だけの姿。
 …………ここにいればいいのに。
 ふと思った脳裏の姿を無意識に掻き消して、子供はじっと空を見つめていた。
 それすらきっとばれているのだろう背後の少女は、ただ静かに微笑んで、もうしばしの合間、薄れ消えてしまうまでの一瞬の芸術観賞に身を委ねていた。
 「星もきっと、綺麗ね」
 嬉しそうに澄んだ音が響き、子供は無言のままただ、頷いた。

 二階を通り過ぎ、梯子のような傾斜の階段を上って、屋根裏部屋に辿り着く。子供ともう一人、この家を使用する事のある青年用のそこは、整理整頓のされた小綺麗な空間だった。
 斜めに迫る天井の中心辺りに椅子を移動しよじ上ると、そこに鎮座する窓に手を伸ばし、全開に引き下ろす。外の空気は日中よりもやや肌寒く感じた。もう春も盛りだと、子供は目を細める。
 器用に椅子から窓をくぐり抜け、屋根の傾斜に身体を転がした。
 「登れたかしら?」
 問いかける声が、窓の下から聞こえる。それに答えると、椅子に立ったらしい少女が窓から顔を出した。
 手を貸して身体を引き上げると、さして苦もなく少女も屋根の上に身体を乗せた。
 階下にはベランダが見える。屋根裏部屋と大差ない広さを誇るベランダでも、星を見るのであれば十分だった。
 けれど何となく、もっと星の近くがよくて、登れるようならここにしようと提案してみると、存外それは容易く受理された。
 自分は時折行っている事なので大丈夫だが、あるいは少女は難しいかと危ぶんでいた。が、予想に反して少女の身体は軽やかだった。
 重みのない体躯故ではあるが、同時に必要最小限の動きで身体を支える事に長けているせいかもしれない。
 よく熱を出しては寝込んでしまう彼女は、そうした背景故か、驚くほど自身の身体を上手に扱う事がある。
 「凄い月だ、シスター」
 「大きいわね。模様もはっきり見えるわ」
 「クレーターだぞ」
 楽しそうに弾んだ少女の声を、窘めるような響きで子供が告げる。自慢げなその目には、覚えたばかりの天体への興味と自信が滲んでいた。
 それに微笑み、少女は膝を抱えた態勢のまま、子供に問いかけた。
 「学校で習ったの?」
 「いや、図書館で見た」
 あの空間はとても楽しいと、無邪気な笑みを浮かべた子供が天空を指差し、紺碧の空を彩る金平糖のような星屑達の名を辿る。
 辿りながら少女を振り返り、自分の知る全てを彼女に与えるように、肩を寄せた。
 まだ子供の身体は少女の半分程しかない。少女もまた小柄で細く、小さな子供の腕でも手が回る。抱き締めれば確かな質感を教え、優しく甘く、温かな福音が自分を満たす。
 院にいつもいて、時折この家に二人、泊まりに来て。………いつかあの院を出る日の練習を繰り返す。そんな日々の、他愛もないこの一瞬がひどく大切で、大好きだった。
 見上げた空はどこまでも果てしなく広い。それを見上げて、また少女に視線を落とした。
 やんわりと少女は微笑む。物知り顔で披露する自分の言葉に、楽しそうに耳を傾けながら。
 寄せあった互いの身体は細く小さい。そうして見やる世界は、やはり小さく狭い。それでも自分よりもずっと大きな人間達が見る世界よりも、自分の持つそれは鮮やかで美しいと知っていた。
 星を辿る子供の指を見つめていた少女は、不意に森の中に現れた星に気付く。
 それは真っ直ぐ自分達の肩寄せ合うこの家へと向かう、小さな星の明かり。
 ふうわりと少女は微笑み、微かに頬を傾けて子供の耳に唇を寄せた。
 「森に、星が降りてきたわ」
 楽しそうに声を響かせ、まるで謎掛けのような事を呟いて、その真っ白な指先を月明かりの下、森へと向ける。
 目を瞬かせてその指先を辿った子供は、行き着いた先に瞬く明かりを見つけて、目を丸めた。
 それが何を示すのか気付かぬ程鈍くはない子供は、楽しそうに破顔する少女の顔を見つめて、少しだけ拗ねたように唇を尖らせると、その腕に手を絡めた。
 あと少し時間が経てば、あの星はこの家に辿り着く。そうしたら独占出来ないこの腕を、今だけは離さないというかのような子供に、少女は微笑み、頬を寄せた。
 明日はパーティーをしようと、そう囁いた少女に、気付かれないように子供は俯けた顔を赤く染める。


 近付く星は忌々しいけれど、同じくらい、嬉しくて。

 自分のために帰路を急いだのかと思うと、知らず少女の腕を強く掴んで頬を寄せた。



 それはまるで幸せなのだと。
 伝える言葉を知らない赤子のような、仕草。








 シスターと子供の話。さりげにこの二人だけの話は書いていないなー。
 翌日は子供の誕生日パーティーですよ。連休中はちゃんと和也も帰ってきます。

 子供にとっての世界の全ては少女だけです。付属的に和也が加わりますが。
 そして同じ事が和也にもいえる(苦笑)
 ので、少女は自分を経る事のない世界を得てほしいと思う。
 子供だけでなく、和也にも、ね。まあ和也にいたっては多分、不可能に程近いのだけれども。

06.9.15