柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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 はい、いらっしゃいませ。お待ちしておりました。
 いえ、時間どおりですよ。どうぞ中へ。先程パイが焼けましたので、よろしければ召し上がっていって下さい。

 今日は確か……あの子のお話でしたね。以前いらしたそうですが、どのようなお話を聞かれましたか?
 ああ……はい、そうですか。では私はもっと幼少の頃のお話の方がよろしいでしょうか。
 そうですね……ではあの子に初めて出会った時の事を。ええ、小さい頃でしたよ。おそらく2歳程度かと思います。正確な年ですか?それは解らないんですよ。あの子は自分の名前も知りませんでしたから。
 ええ、知らなかったんです。名前は、と問いかけても不思議そうに見返すだけで。
 ただあの子は「大丈夫?」と問いかけられると反応して、頷きながら笑うんです。ですから……推測で申し訳ないのですが、おそらくあの子はそれまで、名前をほとんど呼ばれた事がないのではないかと思います。
 とても身体の弱い子で、確かに名前を呼びかけるよりも大丈夫かと問う事の方が多いだろう事は、簡単に想像出来ましたから。
 そんな子が、薄曇りの日、聖堂の扉の前で倒れていたんです。ずっと、何か口籠るように呟きながら。
 いえ、聞き取れない程弱々しかったので、なんと言っていたかまでは………。起きた後も似たような状態でしたね。ベッドにいる事が多く、あまり笑ったりもしませんでした。
 ………意外ですか?そうかもしれませんね。成長した後のあの子しか知らない人間には、そんな過去は見えないでしょうし、想像も出来ないかもしれません。
 ですが、自分でも覚えがありませんか?たとえ今、笑っていたとしても、過去に深く傷付いたり悲しんだ記憶は持っていませんか?
 どんな人間であったとしても、必ず傷を抱えているものです。そこからどう成長するかは様々ですが。傷付いた分優しくなる人間も、確かにこの世にはいますよ。あの子は、そうした類いの子供でした。

 はい……和也、ですか?失礼ですがどこでその名前を?
 ああ、そうですか、あの子の最期を看取ったのは確かにあの子の育てた子供でしたが……言付けも頼まれていたのですね。
 いえ、内容は私も存じません。たとえ知っていたとしても、それは私から公表すべき事ではありませんよ。
 ………違いますよ。和也にとって、です。
 あの子は、一生懸命に今の地位を築きましたが、そこに感傷や同情を求めてはいません。それによって関心を引くような下劣な真似もまた、好みませんから。自分の中の美しいものを踏みにじられる事を、極端なまでに嫌う子なんです。
 ええ、とても仲が良かったんですよ。何がきっかけかは解りませんが、幼い頃、あの子の感情を子供のままに揺らす原因は、大抵和也でしたから。いえ、善きにつけ悪しきにつけ、という感じでしたよ。感情を揺らすという事は、必ずしも良い事だけとは限らないものです。
 よく泣く子でしたよ。何も出来なくて悲しむ子でした。気付く事が出来ても身体が動かず、歯痒い思いも多かったようです。
 いえ、それを理不尽だと嘆く事はありませんでしたよ。あの子にとって、それは当たり前のこと過ぎて、悲しむ対象ではなかったようです。健康な私たちからは少し解らない感覚かもしれませんが。
 あの子の身体の事はお聞きですか?はい、そのくらいの事を知って下さっていれば十分です。
 そんな状態の子が、例えば誰かが怪我をしているからと、急いで手当をしたいと思っても、走れないのですよ。だからあの子は、周りの誰かにそれを伝えて、自分は泣く子の傍に行く事しか出来ない。一人では何一つ成せないのだと、悔しがっていました。
 15も過ぎる頃には大分身体も丈夫になって、走る事もなんとか出来るようになりましたが、やはり無理は出来ない身体でした。
 発作を起こす事はなくなっていましたけど、やはり身体に負担をかけた分、翌日に熱を出すなど日常茶飯事でしたから。
 いえ、止めませんでしたよ。あの子は自分の生き方を、自分で定める事の出来る子でしたから。
 こうありたいのだと願っている人間を、その理想像が美しく鮮やかである人間を、諌める術など私は知りません。ただあの子を思う人間がいる事を伝える事しか出来ませんでした。
 後悔ですか?していませんよ。あの子は自分のありたい姿のまま生き、死んでいきました。あの子自身が嘆く事があるとすれば、もう少し…あとせめて数年、子供とともに生きたかったという事くらいでしょう。
 いえ、自分の理想を踏みにじって長生きしても、あの子は悔やむだけですよ。そうした潔癖さが、ありました。
 そのせいですかね。あの子に深く関わる人間は、そうした生き方に感化されやすいようです。ええ、子供もですが、和也もその一人だと私は思いますよ。
 そして私自身も、です。子供たちには様々なことを教えられますが、あの子からは感銘を受ける事が、本当に多くありました。私自身、あの子と共に生きる事で、人としての深みを与えられたと思います。
 そう思われますか?では伺いますが、どれだけの大人が、自分の理想の姿を考えて生きていますか?また、その理想の通りであろうと、努力しているでしょうか。努力をしているつもり、では意味はありません。誠心誠意、そうあろうと日々思う事の出来る人間は少ないものですよ。そうでしょう?
 子供だから解る事があるように、子供からでなくては伝わらない生き方もあります。理想というものに対して、大人以上に子供はとても敏感で忠実に生きていますから。
 私たち大人は、それらをきちんと認め、それを見習わなければいけませんし、また、見本となれるように生きなくてはならないと思います。
 それは勿論、とても難しく成し難い事だと思いますけれど。

 そう…ですね、あの子はとても多感な子で、感受性が強いというべきでしょうか、色々な感情に引き込まれやすい面もありました。
 何と言えば伝わるのでしょう……目の前で辛いと嘆く人がいれば、その嘆きを我が身の事のように共感してしまう、というのでしょうか。言葉に換える事は難しいですが、そのような感じです。
 だからこそでしょうが、あの子はとても子供たちに親しまれていました。どんな些細な事にでも共感を示す大人は、今は少ないものですから。忙しさにかまけてしまうのでしょうね。嘆かわしい事ですが。
 あの子は一つ一つが丁寧というのでしょうか………確実にやり遂げる事を好んでいました。途中で放り出すという姿は記憶にありません。
 だからでしょうね。子供たちの事に対しても、決して妥協はしていませんでした。
 少し、違います。全てを一人で抱え込む事は、あの子自身不可能である事を自覚していましたから。
 そうではなくて、生き方、というのでしょうか。正しさと過ちと、そのどちらもを知らしめる事を恐れない子でした。
 不思議と思われますか?ですが、私たちのような立場にいればよく遭遇する事ですが、大人は間違った事でも容認してしまう事があるでしょう。
 ………ええ、そうですね、信号を無視する、という事もそうですし、ゴミのポイ捨てというものも同じくです。正しくないけれどやってしまう、そうした事が誰しもあるでしょう。人間は完璧ではありませんから。
 だから、時折妥協してしまうものです。それはいけないのだといっても今は目を瞑る、そんな事、ありませんか?そうですよね、正しくないのだと前置きをしておきながら、でも今はいい、という事は子供にとって混乱を招き、正しさを崩壊させますし、大人への畏敬の念も薄れてしまいます。
 あの子は、それを畏れていました。
 正しさを認識出来ない生き方を畏れていましたし、自分自身がその原因となる事も畏れている子でした。そうした点で、妥協がなかった、という事です。
 あの子は悲しい程、自分の命の短さを自覚した子でした。あまりにも小さな頃から、それから目を逸らす事なく生きてきたせいで、自分の存在が誰かの中に残り、それが悪しき方に作用する事を極端なまでに怯えていました。
 その考えを変える事が出来なかった事だけは、悔やんでいます。
 あの子の記憶は鮮やかでこんなにも心温まり美しいというのに、その姿さえ朧なほど存在感を薄めていたのは、そうした意識が存在していたせいでしょうから。
 あの子は、あまり自分の価値を知らない子でした。
 だからこそ、自分を残すことで何か不和が生じる事を畏れていました。
 誰もがあの子の事を好み、中傷さえなく生きていたというのに、あの子はそれさえ知らなかったのかもしれないですね。…………いえ、人を信じないのではなく、自分の価値を知らないだけだと思います。
 不可解ですか?そうかも知れませんが、この院ではさして珍しい傾向でもない事なんですよ。
 …………解りませんか?
 実の親に………この世でどんな事があろうと、認め愛してくれる筈の存在に、否定され拒まれた子供ばかりが、ここには暮らしているんです。
 自分を愛するにはまず、深く愛された記憶がなければ難しい事です。
 誰にも愛されないというのに、そんな自分を愛せますか?
 大人である私たちでさえ、そうした状況に自分がいたらと思えば、身が竦みます。だからこそ、私たちはそれに代わる愛情を注ぎ、自分自身の存在を許し愛していけるように導かなくてはならないと思っています。
 あの優しい子に、私は自身の存在価値を認め愛す手立てを与える事が出来なかった。
 それだけは………それだけが、たった一つの、そして最大の、悔やむべきあの子の記憶です。

 醜態をお見せして申し訳ありません。いえ、大丈夫ですよ。情けない話ですが、どうしてもあの子を思い出すと涙腺が脆くなりまして………年のせいでしょうか。
 いいえ、あの子の話をする事は苦痛になどなり得ません。
 言ったでしょう?誰もがあの子を好んでいた、と。
 ええ、どうぞまたいらして下さい。年寄りの長話でよろしければ、喜んで。
 はい………いえ、結構ですよ。元気な姿を見せていただける事が何よりです。どうぞお気遣いなく。
 ではまたいづれ。失礼いたします。








 シスターの育ての親の、シスター。名前はないです(オイ)
 以前書いた一人称の小説のシリーズみたいな感じです。和也でも書きたいなー。不機嫌爆発な感じだろうが(笑)むしろ他人に語る言葉はないとばっさり斬りつけそうだ。うわ、取材すら受けないじゃん。

 見る人によって、大分シスターは違う印象を受ける人だと思います。
 だからこそ、色々な人の視点からこんな人だった、ということを書いてみたいな、と思ったのです。 
 ………この書き方、すっごく疲れるんですけどね…………。口語体は苦手だ。

05.6.5