柴田亜美作品 逆転裁判 NARUTO 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter |
言葉以外の言葉 雫の落ちるその先で 空は鮮やかな晴天だった。欠伸が出そうな程のどかな、暖かく緩やかな風の吹く、そんな絵に描いたような景色と気候の中、寝転んで空を見上げる。 少し離れた場所では子供の声が響く。少女を呼び、招き寄せ、見つけたとっておきの宝物を捧げるように、喜色に濡れた声音でさえずる幼い声。 それに応える声もまた、高い。細く高く、その癖絹糸のようにしなやかな音色。優しい音だと思う。それは響くだけで心寄せるものを安堵させる。 きっと子供は満足そうに笑って、見つけた何か……石か花か虫達か、解りはしないがそれを少女に差し出している事だろう。 何一つそれらを厭う事を知らない少女は、嬉しそうに微笑み、受け取れるものは受け取り、自然に返すべきはまた自然に返すだろう。 そうした手腕は、数が物をいうとばかりに昔から彼女に降り掛かり続け繰り返され、いつの間にか鮮やかに晒されるようになった。 きっとそれは、昔から幼く弱い傷付いた生き物に慕われる彼女が、知らず身につけ学んだ仕草なのだろうけれど。 思い、溜め息が漏れそうになる。時折思う、彼女が人ではなく花に、植物に近いと感じてしまう、その因を知らないわけではないのだ。 思いかけ、閉ざした目蓋の裏には、花に移り変わるような少女の残像。 …………くだらないと唾棄するには、彼女はあまりに清廉過ぎる。 「和也、川の方に行くぞ」 転寝でもしていると思ったのか、唐突にそんな声が空から降ってきた。 目を開けてみれば、陽射しが刺す筈の視野には影が出来、先程まで少女と戯れていた子供が自分を見下ろしていた。 まだ丸い頬は、歳相応の好奇心に満ちた輝く瞳と相俟って、普段の不遜というに相応しい尊大な態度が微塵も見当たらなかった。 そうしていれば微笑ましいだろうにと、己の幼い頃を棚に上げて思いつつ、少年は疑問を口にした。 「は?川??」 「ミモザの近く、あったでしょう?湧き水の通り道」 川といえる程のものはないと思った声に、すぐに柔らかな声が被さる。 子供を一人行かせるには、川という単語は少々危険だ。年齢よりもずっと小柄な子供は、それ故にまだ一人で川遊びが出来る程の身長はない。 それが不満そうな素振りは、確かに見かけるが、同時にいつも隣にいる少女を川に連れ込めるわけがないと理解しているのか、それ以上の我が侭は言わない。 そんなところは、二人はよく似ている。 言葉を必要とせずに通じ合える、そんな不可思議な関わり方。目の前にしていなければ、とても自分は信じる事など出来ない、夢見事の世界だ。 そんな事を思いつつ、少女の言葉に合点がいったと頷き、起き上がった。 「なんだ、水が必要なのか?」 喉が渇いたなら、ハーブティーと紅茶とが用意されている。 おやつを外で食べたいと、いつものように唐突に言い出した子供に、それは嬉しそうに朗らかに同意して、楽しそうに準備を始めた少女に否を唱えるわけもなく、今現在の野点のようなピクニックのような状態が展開された。 だからこそ、飲み物はきちんとある。が、それ以外で水が必要となると、何かを洗うのか、水遊びか。 今日は暖かく、湧き水はよく冷え気持ちもいいだろう。が、少女にはまだ、水に濡れて帰れる程の気候ではない。 ………もっとも、そんな事をいったら、一年を通して常にという回答が返ってしまう事は明白だが。 僅かに眉を顰めた少年の懸念に気付いたのか、少女がシートに膝をつき、そっと手を差し出した。 細く白い、小さな手のひらには、コロンとなにか輝くものが乗っている。 「ほら、見て。綺麗、でしょ?」 「なんだ、こりゃ?硝子……じゃねぇな、鉱石か?」 「知らん。この間、帰り道で見つけて、そこの木の まさか残っているとは思わなかったと、無い事を前提にした声に苦笑が漏れる。普通、子供の年齢であれば、拾ったものを隠して、それが無くなっていたら悔しがるだろうに。 どこか、この子供も淡白だ。もっとも、その淡白さは、執着心の全てを隣に佇む少女に向けてしまっているせいに思えなくもないけれど。 「汚れているが、磨けばもっと綺麗になる。そうしたら、ペンダントにしようと言っていたんだ」 そして出来上がったならシスターにあげるのだと、それは嬉しそうに少女を見上げて得意気に子供が言う。 子供が作るのであれば、石を針金で編んで、それに鎖をつけるといったところだろうか。 決して不器用ではない子供は、きっとそれくらいは教えれば出来るだろう。が、それを少女に与えるというなら、話は別だ。 顔を顰めて子供の希望を遮ろうかと視線を向けると、それを見越したように、トンと少女の指先が肩に触れる。 そうして、彼女は柔らかく綻ぶ陽射しのように微笑んで、手を差し伸べた。 「だから、和也も行きましょ?」 それはとても楽しみだと、言葉にしなくても伝わる程に美しい笑みで。 いっそ溜め息でも吐いてしまいたいくらい、子供を包み込んでしまっている。それを軽く睨みつけ、困ったように首を傾げて見つめる少女の手を、それでも仕方なしに掴んだ。 彼女は肌が弱くて、昔は太陽の光ですら痛み、陽射しを浴びて歩く事が苦痛だったくらいだ。 日焼けをするというよりは、陽射しに火傷するといった方が正しいくらいで、それは他のものにも適応される。 布も、粗い繊維のものは肌が摩擦負けして赤くなるし、金属は一日つければ真っ赤に腫れたように色を変えて、表皮が剥ける事もある。 当然、ネックレス等つけられる筈も無く、彼女が装飾品を身につけない事は昔からだ。唯一例外的に身につけているの懐中時計で、それもポケットやバッグにしまわれている。 まだそれを知らない子供は、自分の大好きな人を彩るものを贈りたいと、目を輝かせて駆け出してしまった。それを止める気は少女には無く、少年の声もまた、少女が許すならば響かない。 「…………いいのかよ」 小さくぶっきらぼうに、少年が呟く。それはどこか、拗ねたような響きで少女の鼓膜を震わせた。 「私のために、あの子が作ってくれるの。嬉しいわ」 それがたとえ肌を痛めようと、添えられた思いこそが愛おしいと、柔和に細められた瞳が囁く。 「それに、ちゃんと身につけられるもの」 「治ってねぇだろ。この間だって、赤くなってた」 さらりと風に揺れる少女の長い髪を一房摘み、流すように梳いて首元を覗けば、薄らと赤い筋がある。 ………先日、研修でやって来ていたシスターが院を去る時、記念にと身につけていたネックレスをそのまま外して少女につけていたのは、帰ってきた日に教えられた。 もっとも、それも軟膏を取り出していた事で少年が気付いたからこそで、そうでなければ誰にも何も言わないままであったのだろうけれど。 彼女は与えられたものが痛みであっても、その内に眠る優しさを掬い取り愛おしむ人だ。そんな事、幼い頃にとっくに知っていたけれど、それでも傷まないわけではない。 優しくしたいと、安らいで欲しいと、そう願って。それでも与える傷は、確かに罪ではなくとも……痛みが無くなるわけではないのだ。 だから彼女は言わない。………告げる事で痛みが生まれる事を知っているから、静かに笑んで全てを受け入れてしまう。今もそれは無くならない、悪癖のような慈悲。 「服、首まで覆っていれば、大丈夫よ。それ以外の時は、袋に入れていれば、持ち歩けるもの」 駄目な条件が解っていれば、身につけられる。自分の状態を少女は知っていて、それ故に可能な部分を模索し、与えられる思いを享受するのだ。 それは多分、無意識の所作。………ただ気付いてしまう、そんな産物。 それはまるで、植物が他の生き物に与えるアレロケミクスのような、そんな目にも耳にも触れないものなのに。それでも彼女は気付き、掬い取るのだ。 言葉でも表情でも、ましてや動きでもない。それでも植物は、他の生物に己の意志を伝えるために、何かしらの物質を差し出す。 それは時に毒であり、植生のための他の排除であるけれど、それでも確かにそれは作用し、願うままに思いは伝わる。 そうしたアレロパシーの作用は、人に気付かれる事は無い。無い、筈なのに。 きっと人にもまた、アレロケミクスは存在するのだ。言葉でもなく仕草でもなく音でもなく、それでも醸し出され、訴える、何かが。 ただそれを受け取る器官を、人は失っただけで。………稀にしか、そんな人がいないだけで。 そうでなければ、どうして彼女のような人がいるのだろう。 毒を吐き出しても、その中にある願いを見つけ受理する、そんな真似、そうでなければ説明がつかない。傷しか与えない自分の傍に今もいてくれる理由が、自分には思いつかない。 「………なら、今度俺も探す」 それでも、彼女が笑んでくれるなら。毒ではないのだと、使い方を模索すればいいだけなのだと、そう笑んでくれるなら。 その笑みがひとつでも多く花開くように、捧げてみよう。 他愛ない、子供の模倣でしかないけれど。 それでも、目を瞬かせた少女は、ふうわりと月明かりのように静かな笑みを讃えて喜ぶから。 不器用な笑みを唇に乗せ、先を走る子供の急き立てる声に応えながら、歩を早めた。 ………決して少女の負担とならない、そのスピードで。 いつもいつも優しくて 他愛無い言葉を尊重してくれる人 解らないと弾かずに 邪魔だと追いやらずに 躊躇うような指先で それでも手を差し伸べてくれる人 あなたが与えてくれるものだって 何一つ傷にはならないのだと この笑みひとつで知ってくれるならいい あなたの優しさにあなたが気付いてくれますように。 『思い出を書き留めるために1』で言われていた、気に入ったアクセサリーは袋に仕舞って持ち歩く、の事情(笑) 和也も作るか買うか、どっちにしろ何かしらプレゼントしますよ。多分、持ち歩き用の袋もセットで。母の日のプレゼントのようですね!(違) アレロケミクスは植物の言葉みたいなイメージで。木の下に他の植物が生えない(赤松とかね)場合、葉っぱとかを微生物が分解すると毒物が生まれて、それによって他の植物が植生出来ないという。 まあ早い話「こっちくんな!」という意志を毒物という物質で表現するという(笑) 他にも、害虫につかれると「助けて!」みたいに何かを分泌して、その害虫の天敵を呼び寄せたり(しかもまだ害虫につかれていない周囲の同じ木もそれを分泌すると言う) 植物って凄いなー。とかしみじみ思いましたよ。ちなみにそうした作用がアレロパシーだそうです。 和也にとって少女はそんな感じ。自分には解らない何かをキャッチして、当たり前みたいに相手が望む事を差し出している。 まあどうしてって聞いても、相手だって首傾げるけどね。言葉で解るんじゃなくて、ただそう思っただけというか、感じただけな事は、解らない人に解ってもらう形に変える事は難しいものです。 解るように相手の気持ちを先入観無く受け止める。というのは、多分人にとって一番難しい行為だろうけれど。 誰もがそうであれば、きっと優しい世界になるのだと思いますよ。 10.5.4 |
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