柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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綺麗に花開く花弁
 それは優しく香る微笑みにも似て
 綻ぶ姿に心が安まる

 ただそこにいるだけで
 たったそれだけで
 確かに価値あるものが存在する

 それは数限りない痛みの中で生きた
 ほんの数年の痛みの記憶が招く
 ただの夢想ではなく
 確かにそこにある現実

 花開く花弁のように
 優しく香る微笑みよ

 どうかどうか、萎れる事なく咲き誇って





みどりのゆび



 中庭にある一角、クラスで区切られている花壇には、今が盛りと色とりどりの花が咲いていた。
  クラスメイトが一人一株ずつ植えた花だ。名もない雑草のように見向きもされていないが、きちん世話をすれば、こうして鮮やかに咲き誇る。
  如雨露しか使えない不便に顔を顰めながら、それでも幾度か水道と花壇を行き来し、なんとか花壇の中を乾燥から守った。
  それに満足そうに唇が笑みを象る。先週は当番ではなかったし、あまり足繁く通いはしなかったけれど、晴天が週末を含み、随分続いていた。
  嫌な予感がして朝から足を向けたが、思った通りに土がひび割れそうに乾き切っていた。
  溜め息を落とす暇も勿体無いと水やりを敢行したが、その合間に確認した花の様子はなかなか悲惨だ。
  ピンと弾力のある筈の花弁は萎れて皺が寄り、鮮やかに目を楽しませる筈の色はセピアを混ぜたように澱み始めている。
  雑草も増え、花よりも背が高いものまで見えるのだから、苦々しいものを覚える。大人に何も期待をするつもりはないけれど、クラス担任に責任感というものはないのだろうか。
  問題行動があれば怒鳴る癖に、命を大事には出来ないなど、馬鹿らしい話だ。目に見えなければ黙殺されるからこそ、自分に降り掛かる悪意が加速度を増していても気づきもしないのだろうけれど。
  もっとも、そんなものが押し付けられたところで、怪我をするのも後悔をするのも相手の子供だろう。
  精々人を甘く見て、恐怖を刻まれるといい。そうして二度と逆らわず、こちらを煩わさなければ、報復はその場のみで許そう。こちらとて、何度もそんな塵芥のためにかける時間は惜しいのだ。
  そんな時間があるなら、こうして花を咲かせよう。
  雑草を引き抜き、虫に侵された花弁を取り除き、土の状態と茎や葉の弾力を確かめる。まだ病気にはなっていないらしく、虫さえ駆除すればまた元気に咲くだろう事にホッと息を吐く。
  班で持ち回りの当番だけれど、見たところ、精々半分の班の数名程度がここを気に掛けて水やりをするから、まだ花を咲かせられたというところだろうか。
  当番制にしてもその後の管理は出来ない担任は、やはり無能なのだろう。子供の自主性の尊重という名の元の、放任だ。
  出来もしないのならば出来た振りもしなければいいのに、大人というものは己のプライドのために子供を容赦なく駒扱いするものだ。
  ざっと目に入る分の雑草だけを取り除く頃、予鈴が鳴った。
  授業など一日くらい聞かなくとも差し障りはないけれど、それが原因で院に連絡などされては、その後の自分の評価に関わる上、植物の育成に関われなくなってしまう。
  面倒臭くとも、社会という中では妥協が必要な部分がある。
  また休み時間にでも続きをすればいいと、後ろ髪を引かれる思いはするものの納得し、少年は片付けを始めた。


  昼休み、遊びの誘いを断って、また花壇の前にやってきた。
  担任に言っても無駄だろうと思い、園芸部の顧問に直接声をかけ、無農薬の除去剤を分けてもらった。院であればハーブのエキスでも撒いておくが、学校でそんなものが用意されている筈もない。
  快く分けてくれた顧問に礼儀正しく礼を伝え、花壇の状況も少しだけ伝え、もしもクラブ活動で余力があるようなら他の学年の分も気に掛けて欲しい旨も伝える。
  顧問は目を瞬かせ、けれどすぐに破顔し、頷いた。そして、ジャージの上着を手に取ると、歩きは始める。
  それに首を傾げて疑問を示せば、含み笑うように彼は出入り口を示す。
  「状態が解らんし、俺も見ておくよ」
  快活な声は、園芸部というよりは運動部の顧問に似合う。それでもこの顧問は花が好きだ。木の世話は苦手なようだが、ガーデニング程度であれば十分美しいものを仕上げられる。
  その点には信用を置く少年は、頷くと顧問の背中に付き従うようにして花壇を目指した。
  花壇は各学年で場所が決っていて、更にその区画の中でクラスに配分されている。下の学年は流石に担任達が見ているのか、土がひび割れる程酷い事はない。………勿論、夏場は除いてだけれど。
  水を与えれば花は咲くと思い込んでいる大人は多く、世話=水やりとしか考えない。それは間違いではないけれど、野生の植物ではないのだから、環境に適応出来るように手を貸さなければいけない事を、なかなか理解しない。
  結果、雑草が花開き、肝心の植えた花が元気が無かったり、近くに植えられ過ぎて根が絡み合って息苦しそうな花もいる。
  流石にそれを植え替えは出来ないけれど、虫の侵入を防いだり病気から守ったり、暑さや寒さを緩和するくらいは、出来る。
  顧問が改めて花壇の飽和状態に苦笑している間に、少年はクラスの花壇の前に駆け寄り、花を見遣る。水を与えられたせいか、朝よりは元気がある。
  それにホッと息を吐き、それでもまだ湿り気が足りない土の状態に、水道を振り返って如雨露に駆け寄った。
  「こっちの方が早いだろ。他の花壇にもやらんとな」
  その背中に顧問が声を掛ける。教職員用の、長いホースの先にシャワー口がついたものが、その手に握られている。
  ぱっと、知らず少年の顔が喜色に染まった。
  前から知ってはいたが、本当にこの少年は花が好きなのだと顧問は苦笑する。
  彼の噂はあまりいいものではない。勿論、いいものも多いが、それが馴染む以上の速度で悪いものは流布されるものだ。
  他のクラスの子供との喧嘩で相手が吐く程強く殴ったとか、唐突に怒り狂って備品を壊したとか。その度に付け加えられるのは彼の出生の事で、そればかりは流石に気持ちのいいものでは無かった。
  人を傷つけたり物を壊せば注意をするのは当然だ。自分もクラスの子供が同じ事をすれば叱るだろう。
  けれど、同じように花の世話を、係でも当番でもないのに進んで行なう事は褒めるものだ。成績が常に上位であれば、それも誇るものだろう。
  一方的に叱るより、そうした点がある分、子供へのフォローはしやすい。けれど、彼が悪い噂を聞いても、それを庇う意見はあまり聞かない。
  ………それは多分、成績という目に見える結果以外を、知らないからだ。
  まだまだ自分も決していい先生というわけにはいかないけれど、せめてこうして信用するかのように声を掛けてくれる、大人顔負けの眼差しをした子供を、噂だけで判断はしたくないものだ。
  言うまでもなくホースの準備が出来るのは、きっと彼が家でも同じように手伝っているからだろう。縁も所縁もない花の様子を気に掛けるのは、優しさ以外に何があるというのか。
  そうして、最近気付いた事は、彼の価値に付加されるべき事だろう。
  楽しそうに、ガキ大将はホースを手繰って土の乾いた花壇から水を撒いている。自分のクラス以外の花壇を気に掛けたって、何もいい事などないだろうに、それでも枯れるものを惜しむ心は、手放しで褒めるべき美点だ。
  ホースとは別の水道で除去剤を薄め、こちらは如雨露に満たして、彼のクラスの花壇に散布する。本当なら霧吹きでやりたいところだが、流石にこの量を二人でやるには時間が足りない。
  それは彼も解っているのだろう、少し顔を顰めはしたが、文句は言わずに黙認してくれた。……という事は、この少年にもその程度のガーデニングの知識はあるという事だ。
  否、おそらくは、それ以上に。ガーデニングという枠に収まらない、そんな知識が。
  水を撒き終わり、腕時計を見れば、昼休みはもうすぐ終わりだ。子供にとって重要な筈の休み時間を、こんな場所で潰す輩はそうはいまいと、つい笑いそうになった。
  それに目敏く気付いた少年は、怪訝そうに顧問を見遣り、太々しい顔つきで見上げている。
  ………花を見ている時の瞳と、たいした違いだ。そう、思い。
  同時に、ちくりと胸が痛む。きっと彼にとって、花達以上に心寄せるものも、その心を癒してくれるものも、ないのだろう。
  頼るべき大人が、彼の敵となるのは、職員室に籍を置いているだけでも明白だ。子供達の方がまだ、彼の実力を認めてその傘下となるかのように集まるというのに。
  「和也、お前、その手を大事にしろよ」
  思い、呟いた言葉は、その孤独をあるいは増長させるだろうか。
  それは解らないけれど、ただそれは祝されるべきものだと、言いたくなった。多分、大いにそれは己の罪悪感を薄れさせたいがための、エゴで。
  「………手?」
  不可解そうに繰り返し、少年は手を見遣る。洗ったばかりで水に濡れ、ハンカチに包まれた手はまだ小さく、大人のものの比するべくもない脆弱なものだ。
  傷の覆い、土臭く少し荒れたその手を、少年はどこか苦々しいものを睨むように見つめ、目を逸らす。
  「こんなもんに、価値はないし、壊すだけで意味もない。大事にするものは、もっと別にある」
  憮然と、まるで生きる事の苦味を知っているような顔と声で、少年が呟く。噛み締めるような、歯痒い震えを持つ声音。
  俯く事を嫌うように眩い空を見上げて、その明るさに細められた瞳は………どこか、泣きそうな煌めきだ。
  「価値ならあるだろ。お前はみどりの指を、ちゃんと持ってる」
  「みどりの、指?」
  疑問は、戦慄く唇から零れるだけで、顔は相変わらず空を見つめている。
  まるで目を逸らしたなら泣き出しそうな、そんな顔で。
  「知らないか?花でも野菜でも、植物なら何でもいい。その人が育てたなら、何故か生き生きと美しく咲く、そんな人間が持つ指の事さ」
  「…………………」
  「去年も一昨年も、お前が世話した花壇は、必ず綺麗な花が咲いた。虫食いや色の悪いヤツもいない、艶やかな花ばっか。妙なモンだって、覚えてた」
  大抵、どこかしらに出来の悪い花が混じるものだった。あるいはどれも元気が無かったり、色彩が鈍っていたり。
  けれど、いつからか一部の花壇だけがそこから例外的に鮮やかに咲き誇るようになった。
  どの先生が世話をしているのか、クラスを確認しては担任に方法を尋ねたけれど、答えは決まって水をやっただけとくる。
  それでもそれが、もしも本当に花が好きでその心を与えて咲かせたなら、納得出来た。けれど残念ながら、それらの教師には花壇の世話はペナルティーのような扱いでしかなかった。
  疑問は深まり、時折渡り廊下から見える花壇を、そこを歩く度に眺めていて、不意に気付いた。
  そこにはよく見かける小さな背中があった。
  名前も知らなかった子供が、登山部の顧問が言っていた、山を登る度に花や葉っぱを持ち帰ったり写真に写す変わった子供だと知ったのは、随分後の事だ。
  彼は花が好きだろう。花だけではなく、植物全てが。……否、自然というものが、好きなのだろう。今その眼差しを捧げる先が空であるように、彼の中で、きっと人という生き物の価値は下位だ。
  「………違う」
  ぽつりと、彼が呟く。否定は、自分の言葉に対してか。それはありえないと、片眉を上げて彼を見遣る。
  「何が?お前だったろ、世話したの」
  「世話は、出来る。本読んで、その通りにすればいい。でも、みどりの指は、俺じゃない」
  「なんだ、そりゃ」
  愛しいもののために知識を持つのは当たり前だ。そうでなければ誤って命を脅かす。植物と人間はどうしたって異質同士だ。………どこまでも、人間というものが。 
  だからこそ、正しい知識を持ち、心を注ぎ、そうして鮮やかに花咲かす人こそが、みどりの指を持つ人と、讃えられるのだ。
  それに彼は首を振り、空を見上げた眼差しを遮るように、瞑った。
  そうして零れるのは、まるで懺悔のような響き。
  「何も知らなくて、それでも花を咲かすヤツがいる。ただ寄り添うだけで、それの望むように導くヤツがいる。みどりの指を持つ人、は……そういうヤツだろう」
  知識ではなく心で育てられる、それこそが自然の寵児というべきだ。………悔しいというよりは、憧憬のように、少年が呟く。
  「そりゃ……人っていうより、花そのものだな」
  「………………………、俺、も………そう、思う」
  項垂れるように彼は呟く。もう、その眼差しは空を見上げず、萎れるように土を魅入る。
  珍しく饒舌に話した彼は、やはり花が好きなのだろう。………あるいは、花によく似たその人が。
  「やっぱりお前は、みどりの指を持っていると思うな」
  きっとその花のような人を咲き誇らせる、そんな存在になれるだろうと。
  揶揄するよりは痛みを隠すように、軽い声で励ました。

  そんなにも心捧げるものがあるならば
  きっと彼は、ただ痛みに泣くだけの子供達以上に
  傷つける事の痛みと恐怖を知っている

  それならばきっと
  きっと、その花のような人もまた

  みどりの指を愛おしいと思うだろう








 珍しく和也オンリー。
  今回は小学校でのお話。みどりの指の人は、この間読んだ本(児童向けの植物の本)に載っていました。
  意外と面白いな、児童書籍………!いや、解りやすくて。基礎知識を学ぶならこっちの方がいいや(笑)
  和也は登山部ですが、一応小学校には園芸部もあります。
  でも園芸部で取り扱う植物は、別に院でも取り扱えるので、それなら登山部で山登った時に、採集や写真撮った方が有意義と見なした小学5年生。なんつーか可愛げの無い(笑)
  まあ採集とかも、基本はしちゃいけないのであまり出来ないですが。そういう時はスケッチと落ち葉なんかで我慢です。
  基本観察好きなので放って置くと、いつまでも細かくスケッチしながら気になった点を書き込んでいくので、たまに集合時間忘れるので、先生が気に掛けてくれています。いい人。

10.5.4