柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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笑うとか泣くとか
あまり示してはいけないと、思っていた
喜んでも誰も笑ってくれない
悲しんでも何も伝わらない
それなら深く深く、自分の中
閉じ込めて、自分だけが知っていればいい

それだけで、いい





世界の中でたった一人



 リビングにあるソファーから足がのぞいていた。またそんな場所で眠っているのかと呆れたように息を吐き出し、男は足を進める。
 かなり広いリビングは、仲間が全員集まっても十分余裕を感じさせる。そこにぽつんと、たいして上背もない少年が一人取り残されたようにソファーに転がっていた。
 手近に寄せられたテーブルの上には、何冊もの機械工学の専門書が載せられている。
 一番上の一冊を手に取り冒頭部分を読んでみるが、すでにそれは自分達が基本として脳に与えられた知識よりも数段上の記述だった。ギルモア博士の助手を行うといっていたが、思った以上に完璧主義なのか、博士と肩を並べられるように勉強をしているらしい。
 相変わらず年若い割りには気真面目だと口角を持ち上げる。どこか皮肉にも見える笑みは、けれど見るものが見れば柔らかい。
 「おい、009?」
 名ではなくナンバーで問いかける声は、さして起こそうといった気配は感じさせなかった。その証拠のように、気配に敏感な相手はこれだけ傍で声をかけても一向に起きる気配を見せなかった。
 無防備極まりない様子は日本人の特徴でもあるが、自分達にとってはどちらかといえば信頼故だろう。この世にたった9人しかいない、同じ境遇で同じ能力を携えた仲間へ、彼は絶対的な信を寄せているから。
 その(いとけな)い好意故だろうか。あるいはこの家にいるものたちの気性の柔らかさ故か。………メンテナンスのために寄ったこの家にも、大分居座ってしまった。
 居心地がいいのも困ったものだと口元の笑みを自嘲のそれに変え、男は手にしていた専門書をまたテーブルに乗せた。
 少年が眠るソファーとは垂直の形で置かれた一人がけのソファーに腰を下ろし、その指を軽く組んで男は午前が終わろうとする陽気な日差しが窓から注がれる様を眺めた。
 栗色の、混血児といわれてようやく納得した少年の髪が日差しに透ける。自分の銀の髪もまた、陽に溶けるように透けていることだろう。
 穏やかな日だ。………BGを倒すまでは得ることの出来なかった安息という言葉が身に滲みるほど。
 それを与えてくれたのは紛れもなくこの少年だろう。あの最後の決戦の日のことを思えば、今も胸が痛む。
 こんな幼い子供のような少年が、自分達の切り札なのだ。最新型の、最も性能の良いサイボーグ。………何一つ自慢になどならない肩書きだ。
 埒の明かない物思いを噛み締めるように男は息を吐く。
 この少年は宇宙へと逃げたBGを滅ぼすためにその身を壊すことを知ってなお、悔恨も悲嘆もさらすことなく受け入れた。まるで殉教者のような痛々しさだ。
 もしもという言葉など何一つ意味はないが、いっそ自分が変われればよかったと思わないわけではなかった。嘆く少女の肩を抱くことは、全身を武器へと換えたこの身にさえ痛みを与えた。
 もう同じ思いをする者を見たくなどなかった。あのベルリンの壁を前に幾度思ったか分からない遣る瀬無さが胸を過る。
 世界は変わり果てた。にもかかわらず、同じ涙は果てることなく流される。………何という循環だろうか。
 視線の先には眠る少年。まだあどけなさの残る幼い面立ちは、彼の国の特徴とも言える。自分達から見るとどうしても日本人というものは実年齢よりもかなり幼く見えた。
 だからこその、この物思いかもしれない。………こんな子供にと思うことはあまりに失礼ではあるが、それでもその外貌はどうしても幼い子供のそれと大差ないのだ。
 「………ん…?」
 ふと凝視し過ぎたのか、視線に気付いたようにその睫毛が震えた。微かな吐息に近い声を落とし、少年がぼんやりと目を開け辺りを見回す。
 眠りに落ちたときと唯一違う男の出現に目を瞬かせながらも、特に驚いた様子もなく少年は横たわった姿勢からきちんとソファーに座るべく上体を起こした。
 「何だ…居たのなら起こしてくれて構わなかったのに」
 恥ずかしいところを見られたと照れたように笑い、時間を確認した。時計を見ると少年はテーブルの上の本を片付けようと手を伸ばす。もう昼食の時間だった。
 「いや、特に用があったわけじゃないしな」
 慌てなくていいと示すようにのんびりと答え、男は少年が片付けるのを待った。実際、お腹が空いてここに来たわけでもなかった。単に朝から住人が少ないので、何かあったのか問いかけにきただけだ。
 「そう?でもそろそろご飯だろ?」
 「………は、いいが、003はいるのか?」
 食事を作るとなると唯一の女性である彼女が大抵はその任を預かっていた。が、当人がまるで見当たらない。ついでにいうのであれば彼女が面倒を見ている001も、自分達の保証人でもあるギルモア博士も姿が見えなかった。
 問うようにいう男にようやく気付いたように少年は笑い、またリビングに戻ってきながら答えた。
 「ああそうか、君はちょうどいなかったっけ」
 今朝電話があったのだと少年はいい、男は怪訝そうに顔を顰めた。
 「なにかあったのか?」
 「ううん、フランソワーズたちは観劇に行ったんだ。なんか、博士が古い友人に誘われたんだってさ」
 能という日本の踊りだよ、と至極簡単で曖昧な説明を付け足し、少年は伝統舞踊はよく解らないんだと苦笑した。もっとも事細かに説明されたところでたいして興味もない男は、その程度で十分だと笑い返す。
 しかし事の次第は解っても、自分達の食事の保証が出来たわけではなかった。サイボーグであっても食事は食べる。エネルギーの補給は必要なことだ。が、自分達は二人ともたいした料理が出来るとは思えなかった。
 短い沈黙で大体互いの考えていることが同じであろうと解ったのか、少年は軽く笑い、キッチンを指差した。それにつられるように男もまた、そちらに視線を向ける。
 「食事は大丈夫。フランソワーズが作っていってくれたよ」
 温めるだけで十分だといい、そのまま少年はキッチンへと向かった。それにあわせて男が歩を進めると、振り返った少年が一人で十分だといってリビングで待つように促す。
 仕方なく促されるままソファーに陣取った男は、ふと先ほどまでの少年の様子を思い出す。大分、表情というものを変えるようになったような気がした。
 感情の起伏が一番多彩だろう年齢の少年は、けれどどこか控えめで大人しかった。もとからそういった性格だといってしまえばそれまでかもしれないが、そんな人畜無害なタイプが法を犯し少年院に入れられるはずもないだろう。…………もっとも彼の境遇を思えば、そうせざるを得ない状況があったのかもしれないが。
 それでも自分達仲間と出会った後の戦闘時の対応や指示を思っても、決して他者に追従するタイプではなかった。それを考えてみれば、彼がどこか己を押さえていたのだろうという答えに行き着く。
 何故と考えれば、何となく苦いものが込み上げ、男はそれを嚥下するように顔を顰めた。
 「………どうしたの、004。恐い顔してるよ?」
 遠慮のない評価を下して怪訝そうに少年が声をかける。手にはあたためたパスタが盛られた皿とコーヒーが注がれたカップを乗せたトレーがあった。
 不躾な言葉に口を曲げた男がそのまま少年からトレーを片方を受け取り、テーブルにのせる。その様に小さく少年は吹き出して、楽しそうにソファーに腰掛けた。
 「………なにがおかしい」
 「だって004、君がそんなことで拗ねるなんて思わないよ」
 いつもと立場が逆だと笑う少年はその笑みを静かなものに潜め、浮かべた表情を控えめに押さえた。
 ふと違和感を感じ、また男は顔を顰める。つい今さっき自分が感じていた、よく表情を変えるようになった、というその評価を疑ってしまう。が、それをいつまでも面に出していては少年が気に病むと思い、何事もなかったように平素の表情に戻し、自身もパスタを食べはじめた。
 さして差異があったとも思えない少年の表情の中での、その違和感。何が原因かとパスタを咀嚼しはじめた姿を気付かれないように視界の端に置き、観察する。
 なにか、ずっと気にかかることがあるのだ。だから多分、先ほどからいやにこの少年のことを考える。まるで抜けない棘のように鬱陶しいまでに思考に入り込んでくるそれが、嫌だとまでは言わないが、あまり気分のいいものでないことは確かだ。
 数口分のパスタを飲み込んだ頃、ふと脳裏に蘇ったのは先ほど思い出していたBGとの最後の戦いの晩の光景。何故今更また……と思い、同時に、スパークするような激しさで脳裏に閃きが舞い落ちた。
 初めはまさかと疑って流そうとし、次いでそうは出来ない確証じみた思いが口腔内に苦みをもたらした。
 ちらりと少年を見遣る。まっすぐに向けた視線にすぐに気付き、相手は目を瞬かせてどうかしたかと問いかける。それに軽く首を振って何もないと示せば疑いもせずに相手はまたパスタへと視線を落とす。
 無防備な信頼は、何故か。…………死すら気にかけないあの無頓着さは何故か。
 彼は聡い少年だった。物事の筋道を理解するのにさして時間を要さないタイプの人間だ。それはそうあらなくては虐げられる運命であったせいもあるだろう。
 そうして彼は、己の立場を知ると同時に理解もしていたのだろうか。
 最後の戦いがあったなら、その時もしも犠牲が必要とあれば、己にそれが課せられるであろう、と。
 誰よりも有能で戦闘能力に長けたサイボーグであるが故に、最終局面でその先へと進むのは00ナンバーの最後を飾る者であると。
 分かっていて……だからこそ、この少年は感情の発露を押しとどめていたのだろうか。必ず別れることになると知っていたから。それが遠くはない未来と、理解していたから。
 悲しまないように、責任を感じないように。この幼い少年はそんな風にずっと思っていたのだろうか。
 目覚めとともに自分達の脱走に巻き込まれ、訳も分からないまま仲間なのだと押し付けられて。戦えと、強制されて。
 目覚めの後にあるあの苦悩や絶望を分かち合い励まし合うこともないまま、この少年は逃亡生活に入り、BGとの戦いに赴いた。…………他の仲間のように互いに内面を曝け出すような、そんな生活を送る前に、だ。
 「…………………」
 全ては自分の勝手な憶測であり、断言などできはしない。それでもなんとなくではあるが、それには確信じみたものがつきまとった。
 パスタを食べる少年はどこにでもいる日本人だった。その色彩が少々薄いことさえのぞけば。
 聡明であったが故に、その境遇故に、諦めることを覚え自身の重みを顧みない無体さ。きっとこの少年はあの最後の戦いのとき、自身が塵となっても他の仲間が犠牲になるよりは悲しまれはしないなどと思ったのだろう。
 …………それはどこまでも愚かな幼さだ。
 そしてそれをあり得るはずがないと、そう思わすことが出来なかったのは自分達の手落ちだ。当たり前のように一緒にいたからこそ、そんな基本の部分を見落としてしまっていた。
 同じようにサイボーグになったといえど、自分達は国籍も立場も年齢も、何一つとして共通する部分がないのだ。
 語り合わなければ理解はできない。押し付けがましさといたわりを間違える気はないが、少なくともこの少年には、より多くの言葉と腕がなくてはいけないらしい。
 親というものを知らず、混血という枷の中の冷遇故に、価値という重大な意味を取りこぼしてしまった少年。
 男はコーヒーを口に含み、その苦味でわき上がった感情の渋さを誤魔化した。何十年生きようと、自分がずさんな人間だと思わない日はなかった。今日もまた、そんなことを痛感させられる。
 飲み込んだコーヒーの熱は、あの日感じた流星の熱さに似ていた。命が消えると、そう思った瞬間の凍るような恐怖とともにわき上がる、灼熱の感情。
 遠い過去に守ることの出来なかった人を思い、男はもう一口、コーヒーを飲み下した。カップを置いた少し奥には、少年の分のトレーが見えた。他愛無いことで笑い、からかわれて不貞腐れる、そんな極普通のありふれた姿が、犠牲とならずに生き延びてようやく見れるなんて。
 どれほど自分達は頼りとならない仲間だったことだろうか。
 男はパスタを食べ終わりその皿をトレーに置く少年の動作を見つめ、緩やかな笑みを唇に乗せる。
 その視線に気付き、少年は視線をあげると男を見つめた。何の疑いも滲ませはしない、無辜の視線で。
 そうして、笑いかける男に同じように嬉しそうな笑みを浮かべた。それを受け、遣る瀬無い思いを胸中に抱きながら、男は目を細める。
 …………この世界にたった一人しかいないその少年を、同じ宿命を背負った自分達が支えないでどうするというのか。



 自分達は、これほどまでに、この少年に支えられているというのに……………





 サイボーグ009でした。ここにきていて知っている人はどれくらいいるでしょうね。まあ平成に入ってからアニメもやっていたし、知っているかな。
 私は原作しか知らないけどね!(エ)

 とりあえず書きたかったのはこの話だったのですよ。拍手お礼小説用に書いたものがあるのですが、そっちはこの内容を書こうと思ってまとめきれなくて切り替えたものです。
 ヨミ編でのラストで犠牲は結局最新型なんだなーと思って。でも009は何も解らないまんまに突然脱走に巻き込まれていたし、サイボーグになったっていうことへのショックとかそういうものを実感している暇なんてなかったんじゃないかな、と。脱走後はずっと戦いばっかりだったしね………。
 でも一番力があるっていうことは、最後の局面で責任を持つことにもなるから。そういうことを考えると多分覚悟くらいはしていたのかなーと。
 そんなこと考えていたら書きたくなったのですよ。結局2作分書いてしまったなぁ(苦笑)

06.4.12