柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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あいつと出会った頃は
まだ身体も伸び始めたばかりで
頭なんかいいわけもなく
ただ鋭い目つきと形相で
嬉しくもない評価を与えられていた

今もまだ、それは変わりはしないけれど

それでも少しずつ 理解者も増えて
怯えずに接するものもいて
諦めないでよかったと、思う


………あの笑顔に、どれほど救われたのだろう





遠い日の君



 体中が痛みを訴えていたが、特に顔がひどい。右目の視界が半分ないようなものだった。
 そんなことを思いながらも踞るわけにもいかず、普段の3割増は不機嫌に目つきを悪くして往来を歩いていた。
 当然のように人影はなく、たまたま通り過ぎるかと思う人間は一様にして早足になるか道を逸れていくかだった。
 それももう慣れた事で溜め息も出ない。物心ついた頃からそれは当たり前だった。
 なにもしなくても泣かれた。ただ褒めて欲しくて見上げただけで叱られた。唯一の救いは、両親は表情程度では顔色を窺う事がない事か。
 ………もっとも、流石にこの格好ではそれも無理だろう。明らかな乱闘の後があちらこちらに窺えるのだから。
 どう言い繕っても誤摩化せるはずもない。どこかで時間を潰そうにも、早く冷やさなければ腫れはひどくなる一方だろう。
 公園に水飲み場があるとはいえ、夏の水道水に冷たさを求める方が酷だろう。そもそも、冷やすためのハンカチなど持ってはいなかった。
 溜め息が漏れ、ますます目つきが悪くなる。将来このまま悪化していくようなら、自分は道を歩くだけで通報されるのではないかなどと言う、現実逃避に近い悩みが頭を擡げた。
 「あれー?虎ちん??」
 そんな冗談のような真面目な悩みを脳裏に浮かべていたというのに、そんな将来は笑い話だとでもいわれそうな呑気な声で名を呼ばれた。………否、いつの間にかついたあだ名を呼ばれたと言うべきか。
 険しい目つきのまま声の方向を見遣ってみれば、まだ成長途中の自分の視線よりも随分下に、目的の人物の顔が見えた。なにか布のようなものを紐で縛ってぶら下げているが、それがなんであるかは解らなかった。
 どこかの帰りなのだろうか。疑問が湧き、顔を顰めてその荷物を見たが、離れた所から子供の悲鳴のような泣き声が聞こえて、自分が凄まじい形相で彼を睨んでいる状態である事に気づいた。
 彼も怯えて逃げるかと思い顔を逸らそうとすると、とっという軽い地面を蹴る音が響く。遠ざかるのではなく、近づく足音。
 訝しんで顔を戻してみれば、既に相手は隣まで駆け寄っていた。
 「虎ちん顔凄いことになってんぞ!うわ、痛そう〜っ」
 盛大に顔を顰めて、彼はまるで自分自身が痛いような顔をした。
 そんな接し方に慣れていない身には、どう反応を返せばいいのかが解らない。顔を逸らすのも失礼だろうと思い、けれど彼の視線に合わせるにはかなり屈まなくてはいけないので、そのまま前方を見遣った。
 そうして声をかけられたのだからと、返す言葉を考えて口にする。
 「………高橋、だけど」
 ………………まったく会話として成り立っていないと、自分自身でつっこめた。
 友達と遊ぶ事も少なくて、一緒に行動しても相手は怯えていて意志の疎通は難しくて、気づいてみればもう今の歳になっていたのだから仕方もない。会話のキャッチボールなど、親類以外に上手くいった試しがないのだ。
 やはり逃げ出すかなと思い、眼下の同級生を見下ろした。同時に、真っ直ぐに自分を見返す視線に出会い、目を瞬かせる。
 「高橋って三人もいるじゃん。だから名前の方が解るよ。んで、俺はヨシヨシで、もう一人はヨシケン!」
 クラスで決めたのだと彼は楽しそうに笑って告げ、またしげしげと自分の顔を覗き込む。
 こんな怖がられるだけの顔を好き好んで見る人間など珍しくて、半分しか開かない視野で同じように自分も彼を見遣る。
 「なあ、虎ちん家はここから近い?」
 「は?………遠くはねぇけど、近くもねぇかな」
 唐突な質問にたじろくように視線を上空に逃がしてなんとか応える。不思議な事に、会話がきちんと成立していた。
 「そっか。じゃあこっち。俺んちの方が近いから来いよ」
 「へ??」
 やはり会話は不成立だったのだろうか。そんな言葉が脳裏に浮かぶ。普段とは別の意味で、話が通じ合っていない。
 間の抜けた返事をする自分を尻目に、彼は笑って腕を引いてきた。初めの数歩だけ引かれた腕はすぐに解かれ、けれどそのまま踵を返す事もなく自分の意志で彼の後ろを歩いていく。
 変なやつだと、そんなことばかりを思いながら。


 「やっぱさー、喧嘩って痛いから良くないよな」
 「好きでやってんじゃねぇんだけど……」
 「虎ちんも嫌なら嫌っていった方がいいぞー。いっつも黙って相手の好きにさせてるだろ」
 「…………相手の方が立てなくなってっと思うけど」
 あのあと、なんの説明もないまま自宅まで招かれ、そのまま自室に連れ込まれ、当たり前のように今現在、怪我の手当を受けていた。
 不器用そうな小さく短い指先は、けれど思った以上に手当を上手くこなしていく。それでも傷に触れるのは痛み、時折顔を顰めて小さく呻いてしまう。
 そんな声にはきちんと謝りながら、けれど話は途絶えさせずに言葉は続いていく。
 ………こんなに沢山同級生と話した事はあったかと思うほど、よく彼は喋った。
 「そーゆーんじゃなくて!なんていえばいいのかな、虎ちん、誤解されてもそのまんまでいいやってしてんじゃん」
 弁解もしないし言い訳もしない。それは男らしいけど友達を作るのには少しばかり弊害になる。
 そんな風にいわれてしまえばそれは図星で、その情けなさを隠すように絆創膏の横にある唇が引き結ばれた。
 それを気にするでもなく、彼は困ったような溜め息を吐き出しながら言葉を続けた。
 「俺もさー、ほら、こんな目してんじゃん?目つきワリィし、上級生に因縁つけられたりもするけどさ、違うよっていってちゃんと話せば案外解ってくれるんだ」
 「吉田は仲いいだろ」
 上級生にも可愛がられていたと、顔を逸らして告げる。自分とは根本的に違うのだ。目つきが悪いなんていうレベルでは、自分の容姿は片付けられない。
 そう擦れたように逸らされた横顔を彼は見遣りながら、そのまま無造作にたっぷりの消毒液を染み込ませたコットンを、未だ血の滲んだ自分の手のひらに押し付けた。
 「いっっ!!!!!」
 「うん、痛いだろ。俺もよく怪我したから知ってる。空手って生傷絶えねぇーし」
 痛みに涙を浮かべながら相手を睨みつけてみれば、新しい絆創膏を取り出している所だった。特に悪びれるでも怖がるでもない、自然な態度が不可解で仕方がない。
 普通にしていても怖い顔だ。今日の怪我ではそれは倍増しているだろうし、更に睨めば鬼も逃げ出す形相だろう。
 傍にいれば、怖がられた。優しくしようとしても、泣かれた。辛くて苦しくて泣きたくても、糾弾された。
 それは(れっき)とした事実で、覆りはしない過去だ。
 それなのにこの同級生はそのどれにも当て嵌らず、当たり前の顔で当たり前にそこにいて、笑いさえする。
 「生意気だってわざと型間違えて技入れられる事もあったしさ。でも、痛いのは嫌じゃん」
 そうして、不意に随分と深刻な事をさらりと口にする。
 それが本当かどうかなど自分には解らないが、事実であれば不愉快な話だ。目つきなど、好きで悪いわけではない。それは、自分が一番よく解る。
 「………なら、」
 傷つけられる前に潰してしまえばいい。……それが一番的確で手っ取り早い解決方法だ。
 恐らくは先程も道場の帰りだったのだろう。それならば布も道着だと予測が出来る。夏休みの真っ直中もサボらずに通うほどだ、それなりに強いだろうと、小柄な彼を見定めた。
 そうして自虐的に続けられるはずの暗い言葉は、けれど声にはならなかった。
 目の前の不可解な同級生は自分を見て、少しだけ寂しそうに笑う。そうして、彼は先程盛大に消毒で痛みを覚えさせた自分の手をとった。
 話から逃げる気かと、少しは近しい生き物かと思っただけ、落胆が喉奥に広がった。
 「空手ってさ、空の手、なんだよ。それを握って拳にして、突きを決めんだ」
 顔を逸らした自分に、静かな声が響いた。彼の指先は絆創膏を貼るのではなく、手の甲を裏返し、手のひらを自分に見えるように示した。それでも傷に当たらないように指の位置は配慮しているのだろう、その仕草に痛みは伴わなかった。
 何を言い出したのかと怪訝そうに視線だけを向ければ、彼は自分を見てはおらず、なにも乗せられていない空虚な手のひらを見つめていた。
 そうして、そっと指を折り曲げるようにして拳を作らせる。
 「空の手の中、嫌いだとかむかつくとか、そういうので一杯にして拳にすると、すっごく自分も痛いよ」
 そっと……本当にそっと、彼は無骨で傷だらけの自分の拳を包むようにして手に乗せる。
 やはり、視線はずっと拳ばかりを見つめていた。
 「人を殴るときは同じように拳も痛いっていうけどさ、俺は拳の中身の問題だって思うんだ」
 そうして、優しく撫でるようにもう一度指を開かせ、手のひらを露にさせる。………なにもない、虚ろなだけの、手のひらを。
 その虚空を、それでも優しく彼は笑んで見つめ、手のひらを返させると手当の続きを再開した。
 絆創膏を貼付けながら、少しだけ躊躇って、彼が告げる。
 「だって、守るためにだって、やっぱり強くなんなきゃだろ?」
 だからどうせならそのために拳を作った方がいい、と。手当の終わった拳を軽やかに叩いて彼が笑う。
 それは子供のように無邪気で、綺麗事しか知らないような無垢な笑み。
 けれどきっと、彼は知っているのだろう。不条理な暴力も、意味のない糾弾も。何故与えられるか解らないそれを、きっと知っている。
 そうして……恐らくは、守っていたのだろう。痛いのが嫌いだと言いながら、それでも誰かのために。
 それはきっと、無償の献身なのだ。仲がいいわけでも、話をした事があるわけでもない、そんなただのクラスメートの手当を当たり前のようにしてくれたように、目の前にそれが起こったから身体が動く、そんな単純な作用。
 今まで、そんな人間はいなかった。子供にも大人にも、いなかった。
 「一応全部手当てしたけど……まだ痛む所ある?」
 首を傾げ、彼は笑顔で問い掛ける。脅されたからでも恐れてでもない、それはきっと、純然たる好意で。
 惚けるように彼を見つめ、息を吐く。
 ………諦めかけていたけれど、もう少しだけ、頑張ってみてもいいのかもしれない。
 彼のような人がいれば、もしかしたらこんな自分でもクラスに馴染めるかもしれない。
 そう、思い。知らず笑みが唇に浮かんだ。
 「大丈夫だ。…………サンキュー、ヨシヨシ」
 唇は切れているし、右目は腫れてほとんど見えない。こんな笑顔なんてきっと怖いだけの代物で、自分だって痛いばっかりだ。

 それでも、一瞬惚けたみたいに目を瞬かせた彼は、満面の笑みを咲かせたから。



 きっと、この痛みは悪い痛みではないのだと、思った。





 そんなわけで『あいつの大本命』より虎ちんとヨシヨシでした☆
 …………ごめん、佐藤と山中を書く自信はなかったですよ。むしろ虎ちんたち書ければそれでいいんじゃね?とか思った(オイ)
 そして空手の知識は全くありません(威張)なので信じちゃ駄目ですよ(笑)

 舞台は中学初めの夏休み。それまでずっとまともな友達いなくてやさぐれ気味の虎ちんを癒す吉田ですよ。
 虎ちんとか命名したのも吉田だといいのに。
 吉田はきっと傷を負った人間に出会った事を感謝されるタイプだと思う。何をするわけでもなくて、ただ当たり前の事を当たり前だと行動出来る子だから。
 先入観や外見に捕われないって、難しい事だものね。

 それではハッピーバースデー、朱涅ちゃん。
 今年のプレゼントは近年稀に見る難物でしたよ………。
 単行本持っていないどころか、一度読んだだけだもんね。アッハッハ。

09.6.29