柴田亜美作品 逆転裁判 NARUTO 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter |
見下ろせば見えるのは彼のつむじ ただ、祈る 空を見上げれば目に染みるほどの陽光を抱えた青空が、我が物顔で視界を占拠していた。 軽く息を吐き出し、陽炎が見えそうな道路を見据える。まだ学校に着くまで時間がかかる。その間ずっとこの灼熱のような日差しを浴びるのかと、少し辟易とする。 そのくせ時折遠巻きながら女子生徒の悲鳴のような歓声も聞こえるのだから、気も抜けなかった。 自分の何がいいのか………恐らくは、この整ったと称される味気ない特徴のない顔が原因なのだろう、女性たちは自分に黄色い歓声というに相応しい声をいつも上げる。 微笑みながらもなんの感慨も受けない自分になど、無駄だと言うのに。 自分なら、もっと有益に笑みは用いるだろう。愛しい人にだけ、本当の自分を知ってもらえればそれでいい。 どうでもいい他人たちには使い回しの微笑みだけで、十分だ。 そう思う事に躊躇いはなく、それはきっと、高校生としても人としても、どこかがズレているのだろう事を知っている。 鬱屈とした吐息を吐き出しそうになり、飲み込む。 周囲の視線は消えていない。むしろ、学校が近づけば近づくほど増えるだろう。そんな中で弱味を晒す事は出来ない。 固く覆った仮面で笑みを作り、澱むモノを押し込んだ。 学校に着けば、また一日視線とカメラを感じながら過ごすのだ。ストレスは多いが、それらに屈さないだけの精神力は備えていた。それだけは有り難い自分の長所だ。 如何せん、周囲に張り巡らされたそれらを拒絶する事で得られるメリットの少なさも、知っているのだ。無用の摩擦は避けたかった。 人は、凶器だ。無邪気な悪意で人をボロボロに出来る。否、悪意ですらないのだろう。息をするのと同じほど、それは無意識の行為だ。 徒党を組み、脆弱ながらも組織化された子供社会では、罪悪感など感じる事もなく人は人を切り刻める。 目に見えないという、それだけの単純極まりない理由のみで、罪は蓄積されていくのだ。 その鬱陶しさを知っている。惨めさも抵抗の無意味さも。人と関わるという事の愚かささえ、理解している。 自然と眇められた眼差しを誤摩化すように空を見上げる。 暑さ故の不愉快な表情と受け止められるだけの数秒、視線を空に向け、また熱に歪みそうな地面を眺めた。コンクリートの地面は光が反射してやはり眩しいと眉を顰める。 ゆるゆると息を吐き、鞄を持ち直す。また、黙々と歩み始めた。 登校時は抜け駆け禁止令でも発令されているのか、あまり声を掛けられる事もない。その代わりのように、ちょっとした表情の変化で写メを撮る音がそこかしこで聞こえた。 辟易として、そう思う事すら煩わしくなってくる。 愛想笑いだけで今までも過ごしてきたけれど、これからもそれは続くのだろう。社交性を持ち合わせなければ、この時代にまともに生きていく事は難しい。 関わりたくない、けれど。デメリットの多さを考えれば拒否は出来ない。 ならば、利用するモノと捉え、そう扱えばいいだけだと、毎朝の儀式のように胸で呟き、ようやく視界に入った校門へと足を早めた。 少なくとも、あの門をくぐった先に、この鬱屈を霧散させる輝きがある事を知っている。……それだけが、この高校に通うようになってから得た唯一にして最大の好運だ。 一歩一歩が狂おしいほど、もどかしい。校内には待ち構えている女生徒の数も、外の比ではないだろう。 それでも、早く。一歩でも早く、教室に辿り着きたかった。 そこに居る人だけが、自分の救い。その人だけが、呼吸の仕方を思い出させてくれる。いい子を演じる自分を突き崩す人。 ………思いを抑えられないくらい、ただその人さえいれば生きられる、そんな原風景のような、人。 暑さでクラクラする。身体に水分が足りないように、心にその人の気配が足りない。 踏み締めた足が駆け出さないようにするのも、毎朝の事だ。少しだけ歩幅は広く、けれど歩調はいつものまま。 不自然でないように、急ぐ。もう彼は、教室にいるだろうか。期待に逸る鼓動が自分でもおかしかった。 「あれ〜?佐藤じゃん。おはよー」 祈るように踏み出した足が校門を踏み越えようとした時、そんな暢気な声が唐突に響いた。 目を瞬かせて、後ろを振り向く。軽く走りながら小柄な影が近づいてきた。 夏の日差しを浴びて輝くようにさえ見える、その人。明るい声で当たり前のように声を掛けてくれて、なんの疑いもなく駆け寄ってくれる。 毎朝自分がどんな事を思いここまで辿り着くかなど知らない愛しい人は、きょとんと目を丸めながら自分を見上げた。 「佐藤?どーした?具合でも悪いのか?」 返事をしない自分の顔を心配そうに覗き込み、眉を垂らして不安そうに目を揺らす。そんな仕草も愛しくて、いっそ壊れるほど抱き締めてしまいたい。 そんな衝動に駆られながらも微笑んで、不安そうな彼の額を軽く弾いた。 「夏バテするほど柔じゃないよ」 「痛いな〜!わざわざデコピンすんなよっ」 彼は子犬のように抗議を口にしながら、それでも歩き始めた自分と同じ歩調で隣についてくる。 それが嬉しくて、また笑んだ。必要を感じての笑みではない、勝手に浮かんでしまう喜びの笑み。 コントロールの利かない表情に不思議な安堵と面白さを覚えながら、ちらりと小さな彼の顔を見遣った。 顔を赤くして怒っている姿は愛らしい。自分だけを視界に映して、自分のことだけを考えてくれる、こんな瞬間がどれほど自分の中の吹雪を宥めているかなど、きっと彼は知らないだろう。 「吉田が顔近づけるから悪いんだろ。それとも、」 呟きながら、自分へと視線が向くようにわざと言葉を途切らせる。…………もっと彼の中が自分で満たされればいい。 祈りと言うにはあまりにも醜い感情で、そう思う。 なんだろうとただ見上げる彼は無防備で、幾度教えてもなかなか理解が追いつかない。それもまた楽しくて、きっと今以上に顔を赤らめさせて泣きそうになるだろう彼を思い、ほくそ笑む。 「みんなの前で、抱き締めてキス、されたかった?」 低く甘く、彼にだけ響くように耳に寄せた唇で告げる。周囲には内緒話をしているようにしか思えない、そんな風に装って告げた本音。 跳ね飛ぶように姿勢を正して飛び退った彼は、思った通りみるみる間に顔をこれ以上ないほど赤く染め、睨み上げるように自分を見つめた。 …………それを受け止めて、ゾクゾクと暗い快感を思う。 今この時、彼の中は……ただ自分だけで埋まっている。しかもそれは決してマイナスの感情ではなく、揺れ動き戸惑う弥次郎兵衛のようで。 望みの全てが叶うほど現実が甘くはない事を知っているけれど、それでも少なくとも、ほんの少し未来の結果を、自分は知っている。 その確信が意地の悪い笑みとして表情に現れたのだろう。からかわれたとでも思ったのか、身体を震わせて涙目のまま彼の唇が開く。 「さ、佐藤のバカー!!そうやってからかうなって言ってんだろー!!」 負け惜しみのようにそんな子供のような事を叫び、彼が走り出す。 それを見遣り、呼吸をする数瞬の間を置いてから、彼を追いかける。 すぐに追いついてしまっては本当に押し倒しでもしそうだ。可愛らしい顔をするのもどうにかしてほしいと、身勝手な事を思う。 「からかってないって。ほら、飴やるから機嫌治しなよ」 「俺は小学生じゃないっ!」 キャンキャンと噛み付くように叫びながらそう言っても、自分が困ったように眉を寄せるだけで彼は結局許してしまう。 どこまでも甘くてお人好しで、温かく優しい人。 他の誰にも触れさせたくない。………人の目にだって、本当は映したくないのに。 そんな物思いが彼の心を傷つける事もまた、自分は知っている。だから彼は知らないまま、ただからかわれていると思っていいのだ。 不貞腐れた顔で飴を口に含む彼の頬のまろやかさを見つめて、緩やかに息を飲み込む。 いつだって思うままに口吻けて抱き締めたいのだ、なんて。 自分だけで彼の中を埋め尽くし、他の誰も介入させたくないのだ、なんて。 彼は知らないままで、いい。 知らないまま、その笑みで自分を照らして。 …………この澱みすら溶かすほど、その光を。 そんなわけで佐藤でした。………なんか怖いようー(涙) でもある意味ここまでいっていれば吹っ切れるよね。もうお前はありのまんまでいいよ……みたいに。 時期的には佐藤が吉田が自分の事好きだと勘づいたあとで、言われる前の頃。 原作持ってないんでいつ頃と明確には出来ないですが、そのイメージでどうぞ。 09.8.2 |
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