柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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きれいな空を見上げることも
薄ら暗い曇り空を見上げることも
ほんの少しの雨に濡れることも

自分の他に誰かがいれば
こんなにも楽しい

怖くて仕方がなかった
轟く音や
鋭い光も
やっぱりちょっとだけ震えながらも
楽しい時間に溶けていく

誰かと一緒、が
こんなにも特別

その誰か、が
こんなにも………………





雨宿りのあたたかさ



 空が暗くなってきたな、と思ったのはほんの少し前のこと。
 今はもう暗さは更に増し、冷たい水が空から落ちてきている。ほうと残念とも感嘆ともとれない吐息をこぼし、山羊は顎を上げて空を見遣った。
 空は一面真っ暗な雲で覆われている。しばらく止みそうもない雨は、見渡す限りの景色に降り注いでいた。
 帰る時間までに止んでくれればいいなどと贅沢はいえそうになかった。せめて雨足が緩まればラッキーだろうか。最悪、近場で一夜を越さなければいけないかもしれない。
 そんな風に考えていると、隣から山羊が漏らしたものと似た吐息がこぼれる音がした。
 ちらりと目線だけでそちらを伺ってみれば、自分同様に空を見上げて惚けたような、そんな顔の狼が一匹、山羊の倍はあるだろう体躯を小さくしながら座っている。うっすら開いた口は間抜けだけれど、そんな性情を覆すように鋭い牙が見え隠れしている。
 今はもう恐くなくなった彼の外見も、出会った当初はやはり気になって仕方のないものばかりだった。
 鋭い牙も爪も自分達の命を啜るためのものだ。恐ろしくないわけがない。それでもそれらが危険ではないのだと、少なくとも狼という種族の中、彼だけは信じて大丈夫だと、胸を張って山羊はいえる。
 それだけの時間を一緒に過ごしたし、互いのことを伝えあった。彼の見る世界は鮮やかで、自分の見る穏やかな世界とほんの少し違っていながら、重なりあった。
 それはひどく幼い積み木遊びのようだった。形の違うもの同士を選り分けて、重なり合い積み上げることの出来るものを探して、共通項と差異とをより明確に示した。
 二つに屹立した情報は、けれど決して互いを隔てる壁ではなかった。生まれた種族の違いはもう仕方のないものだ。それ故の違いはなくすことが不可能なのだから。そしてそれさえ容認できれば、残されたピースは全て合わさりあい重ねゆくことの出来るものばかり。
 違う部分しかなさそうな自分達の、それはひどく面白くおかしな積み木遊びだった。
 くすくすとそんなことを思いながらつい漏れた笑いに見上げていた狼の顔が振り返り、山羊を見遣った。きょとんと目を丸めて、問いかけるように僅かに首が揺れる。
 「どうかしたでやんすか、メイ」
 低い声はそれでも柔らかく響く。唸り声など自分に聞かせたことのない、心優しい狼。雨に濡れないようにと、いまだって木の枝が少しでも立派な方を自分に譲ってくれた。
 それは押しつけではない、強者故の心遣い。自分を守るべき対象と思い、慈しんでくれている印。
 勿論それが同じ性を携える身で、彼と同じように野生に生きるものとして歯痒くないわけではないけれど、突っ撥ねるにはあまりにも純朴な心だ。
 「いえ、ガブは狼なのに優しい顔をしているなと、そう思っていただけです」
 まさか間の抜けた顔で空を見ていたと素直にいうわけにもいかず、ほんの少し脚色した言葉を贈ってみると、狼は目を瞬かせてひどく照れたように自身の顔を擦った。
 なんと返していいのか解らないのか、そんな仕草を数度繰り返した後、照れくさそうな柔らかな音で狼が答えた。
 「や、やだなぁメイ。そんなこと言われると、おいら照れるっすよ」
 「でも本当ですよ?私、ガブを見ても怖いって思わないんですから」
 牙だって爪だってあるのにとやんわりと微笑んで伝えると、顔を擦って隠していた狼は確かめるかのように山羊を覗き見た。少しだけ心許ないその目元に困ったように笑いかけて、ぺたぺたとあやすように狼の顔に触れる。
 硬質な毛並みは自分達の種族と明らかに違う。鋭い目尻もひくつく鼻も。裂けるように大きな口も、全てが違う。
 それでもその顔は自分を啜り命を奪うものではなく、こんな雨からさえ守りたいと心砕く優しい友達のものだ。怖いという思いよりもずっと、嬉しいと思う気持ちが溢れてしまう。
 「………メイは不思議でやんすねぇ」
 山羊の好きなように顔を触らせたまま、狼はしみじみと言った口調でそんなことを呟く。ちらりとのぞく牙と舌は、もしも彼と出会って友達とならなければ自身が死ぬ瞬間の最期に見るものだ。
 その口が蠢きながら自分の名を綴る。本当に世の中解らないものだと、山羊は楽しそうに笑って狼の言葉の続きを待った。
 「おいら、メイといるとどんな事も出来るような、そんな気持ちになるんでやんすよ」
 嬉しそうな声は無力な子供を守るために強くなろうとする、そんな響きが見て取れる。それは決して相手を卑下したわけではないであろうし、互いの種族の違いを考えれば彼が自分を守ろうという気概を持つのは解らないでもなかった。
 「…………ガブ、一応私も今まで生き抜いた山羊ですよ?」
 確かに圧倒的に力は弱いけれど、それでもなんの能力もないわけではないと、少しだけプライドを傷つけられた山羊が顔を顰めて呟いた。
 一方的に与えられるだけでいたいなどと、思ってはいないのだ。我が侭もいうし彼を困らせることだって多いけれど、与えられてばかりいるからこそ、負担になりたいとは思わない。
 無理をしてまで何かをしようと思わなくていいのだと、僅かに傷付いた色を乗せた目で憮然と返した山羊に、慌てたように狼が背を正して言葉を重ねた。
 「ち、違うでやんすよ!メイが弱いとか、そういうことじゃなくって、なんと言えばいいんでやんすかねぇ………」
 困り果てたように情けない顔を山羊に向け、狼はピンと反らした背中を今度は二つに折るように項垂れた。
 うんうんと言葉を探すように悩んでいる狼の後ろ、遠い空の奥の方で一瞬、光が迸った。
 「あ………!」
 それに気付いた山羊がパッと、狼の耳を塞ぐ。と同時にゴロゴロゴロ!と腹の底から響くような雷の音が辺りに響いた。
 それに震えるように目を瞑った山羊の身体を狼の腕が包み込む。抱え込んで、その腕で山羊の耳を塞ぐようにすると、雨の音が少し遠ざかったような気がした。
 その感覚にそっと目を開けようとすると、雷とは違う音が優しく触れた。
 「今みたいに、おいらよりずっと小さなメイが、おいらのこと助けようとしてくれるじゃないっすか」
 嬉しそうに響く音。腕で少しだけ塞がれた耳に、それでもよく通って聞こえるのは距離の近さか、音を形成する器官により近く耳があるせいか。
 解りはしないけれど、狼の低い声は心地よさがあった。雷の低い唸りとはまるで違う、優しい音色。
 「………おいらのことを守ってくれるメイを、おいらが守れるように、もっと沢山色んなことが出来るようになりたいって、思うんでやんすよ」
 だからこそ何でも出来るとそう信じて、初めから諦めないで挑戦出来るのだと、少しだけ情けなさそうに笑って狼は腕の力を込めた。
 小さな身体だ。野生の力を携えはしていても、牙も爪もない。精々その蹄と角が武器となる程度で、逃げる脚力以上の攻撃のための武器は持ち合わせていない、優しい身体。
 自分とは色も形もまるで違う、立ち位置すら真逆の生き物だ。本来ならば罵られ悪意を向けられ嫌悪される、そんな間柄。
 それなのにこの小さな友達は、自分自身だって恐れている雷から守ろうと手を伸ばしてくれるのだ。自分の耳を塞ぎたいだろう腕を、当たり前のように相手に差し出して。
 その優しさは自分の周囲にはないものだ。尊くて暖かい、涙というものを教えてくれるような、腕だ。
 だからそれを守るために、何だってしようと、そう思う。それはもう極当たり前の心の動き。
 どう伝えれば伝わるのだろうと、そんな風に悩む狼の顔を見上げながら、クスクスと先ほどのように楽しそうに山羊は笑い、目を細めて嬉しそうに囁いた。
 「それは……でも、私だって同じですよ?」
 「お互い様っすか?」
 目をパチクリとさせながら狼が首を傾げる。驚いたようなその顔に破顔して、山羊は遠い空でまた閃いた光にそっと狼の顔に手を伸ばした。同じようにぎゅっと、山羊を抱きしめる腕に力が込められ、腕で耳が塞がれる。
 遠い空の遠い雷の光のように、遠いどこかで雷の轟く音がした。
 そっと手を外し、山羊は空を見るように狼を見上げる。まだ雨は降り続き、しばらくのあいだ雷鳴もまた、途絶えないだろう。
 「そうですよ」
 やんわりと細めた瞳の中、逆さまで見える狼の顔。首を傾げるような仕草のまま、じっと見下ろす瞳にもまた、逆さまの山羊が映っている。
 怖くて仕方のなかった雷。見ることさえ恐れていた狼。けれど今、それらどちらもが揃っていながら、山羊はこんなにも嬉しいと思い、微笑める。
 それは掛け値なしの、本心だ。
 「だっていったじゃないですか、初めて会った夜に」
 「…………………?」
 鋭いはずの狼の目がまた大きくなって、ぱちぱちと不思議そうに瞬いている。幼いともいえるそんな仕草。それが心許されている証なら、その姿を恐れる意味など山羊にあるはずがない。
 「私たちって似ていますねって、言ったでしょう?」
 だからきっと互いに思う気持ちだって似てしまうのだ、と。楽しそうに笑って山羊が内緒話をするように囁いた。
 大きくなった狼の瞳は、嬉しそうに細められて、怖いはずの卑しい口は、優しくほころび笑みを象る。


 ……………遠い空でまた、雷が光った。








 久しぶりに『あらよる』ですよ。相変わらずな二匹だ。
 そしていつも悩むのです。一応自分の脳内では動物姿で展開されているので『一匹』と表現すべきかとか『手』と『前足』どちらで書くべきか、とか。
 映画では動物の姿で二足歩行とかもしているし、表現上前足にすると奇妙に受ける部分もあるので手足で書かせてもらっていますが。
 むずかしいな、動物で書くとそういう部分が(汗)リアルさを求めるからいけないのだろうか………。いやでも動きは正しく伝わってほしいしなぁ。細かく書かないくせに贅沢な悩みだね☆

06.10.5