柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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対称でありながら同一。
最極端にありながら至近。
何もかもが違うと感じながら、それは同じなのだと言う。

この肌の下、形作る何かこそが近しいもの。
決して溶け合う事はなく、同じものを目指す事のない相手。

それでも思う事はある。
それでも祈らずにはいられない時もある。


どうかその存在を自分の元に、と……………





背中合わせの距離



 歩道を歩いているとツツジが鮮やかな顔を見せていた。
 ようやく大学にも慣れてきた5月初旬、桜も終わり見上げる花から見下ろす花へと、向ける視線の方角が一転した。
 やんわりと浮かんだ口元の笑みに、辺りのさざめきが少し大きくなった気がする。
 鬱陶しいとまでは言わないが、あまり歓迎は出来ないいつもの光景。高校でもそうだった。教室にいる、体育館に向かう、校庭を横切る。そんな当たり前の生活の中で何故か視線が自分に向けられ、こそこそと聞こえない程度の音で話している。
 それが自分に対して好意的な視線である事は解るが、気分のいい事ではなかった。
 だから極普通に歩いているつもりでも、何故か視線が集まるのはいつもの事だった。外貌的な問題と、完璧であろうとした心持ちから生まれた所作が人目を引いているのだ。
 その因の一端は確かに自分にあるのだから、その分くらいは背負う覚悟は持っている。注目されたくないのであれば持っている能力を隠し、当たり前の中に埋没する為にそれを使えばいいのだから。
 そうはせずに己の能力を最大限に使い、そのために起こる不具合さえ引受ける覚悟を持つなら、出来ない事は何一つない。そう、理解している。
 しかし今のこの現状は、決して自分一人が原因ではなかった。むしろ自分以上の原因が確実に存在している。
 そんなものまで引受けるほどお人好しに、自分は出来ていない事も知っている。
 緩く息を落とし、不機嫌に歪みそうな眉を押し止め、月は殊更ゆっくりと後ろに付き従っている人物を見遣った。
 前傾姿勢の状態で器用に歩いている男。ジッと、何一つ見逃さないとでもいうように見開かれたままの黒い瞳は、いっそ瞳孔が開かれているのではないかと疑いたくなる。
 少しくらいの気味の悪さは、既に他の者で慣れてしまっている。常に死神を連れて生活しているのだ。系統的に同じ場所に分類出来るだろう彼の外見を苦手に思うほど、月の順応力は低くはなかった。
 「流河」
 「はい」
 名を呼ばれるのに慣れていない様子も見せず、明らかな偽名すら、さも当然そうに返答を返す。
 そこには戸惑いもちょっとした迷いもなく、彼がLなのだと言う事実を知らなければ、自分でさえ彼の名を本名と思うだろう自然さがある。
 どこまでが演技でどこからが普通なのか、そんなことまで計算に入れた上での会話も、おそらくは彼相手以外には不必要な事だろう。
 この先もきっと、彼以上に邪魔な壁はあり得ない事は確信している。
 ちらりと向けた視線に僅かな冷たさを潜ませる。それだけで気づいた相手は不可解そうに視線を上げた。ぎょろりとでも音がしそうな黒一色の目が微かな上目遣いで晒された。
 「なんで僕の後ろをついてくるんだ?」
 「それは同じ場所に向かっているのですから、不可抗力です」
 「……………………。じゃあ先に行って構わないよ。僕は寄るところがあるから」
 「では私も付き合わせていただけますか?」
 それは決して不可抗力には加わらない返答。……遠回しどころか一緒に行きたくないとはっきりと示しているにも関わらず、流河はさも当たり前にそう問いかけてきた。
 ここでなお嫌だと答えた場合、キラとしての行動を移すのではないかと余計な詮索をされるだろうか。
 …………そこまでの考えはせずに、単に彼を鬱陶しく思っていると一般的に解釈してくれるのが一番妥当なのだが、果たしてそんな常識を有効的に活用してくれるか、甚だ疑問だ。
 ただでさえ生活空間を常に一匹の死神が付きまとっているのだ。これ以上自分の近くになにも置きたくはないと言うのに、下手に出るような丁寧語で、けれど流河は図々しく付きまとう。
 一蹴しようにも、言葉も態度も選ばなければどのような飛躍的推理を行って疑いを深められるか解ったものではない。なまじ人よりも思考力が抜きん出ている場合の論理のつめ方を月も知っている為、その危険性を重々承知していた。
 小さく息を落とす。勿論、故意的に。それは相手も理解するに十分な仕草。
 その上で、呆れたように眇めた視線を流河に向ける。立ち止まり、少しだけ剣呑な鋭利さを秘めたものを。
 ぴくりとも動かない流河の視線は、同じように月に向けられ、自然、逸らす事の出来ない状態が作り上げられてしまう。
 これを逸らしたら負け、などという子供じみた考えはしないが、しかしいま視線を逸らせば相手の申し出を承諾したと受け止められる事も知っていた。
 真っ直ぐに相手の目を見る。それは昔から当たり前に行ってきた事だから、特に抵抗感もない。自分が正しいと自信を持っている時、相手の目を見ていられないような後ろめたさを晒す意味はない。
 ………全世界が自分を糾弾したとしても、自分が間違った事をしているとは思わない。
 覚悟くらい、とうに固めた。命すら賭する事を誓った。そうでなければ、デスノートにあれだけの名を書き連ねる事は出来ない。
 その自信があり、自負がある。
 「解ってないな、流河。………それともわざとか?」
 流れるような仕草で差し出された音は、ほんの少し棘が含まれている。それは気づく者しか気づけない、そんな微細なもの。
 そしてそれだけで十分に相手が看破出来るという、相手への敬意さえ含まれている。
 「僕は一人で行きたいって言っているんだけど?」
 美麗といっても差し支えのない微笑みで、切り裂くような言葉を綴る。どこか残酷なその言の刃は、けれどその唇から零れ落ちたあとはどこか柔らかくさえ染み入った。
 不可思議な現象だった。傷つけるための音が、けれど傷つけずに捧げられる。
 奇妙なものを見るようにまじまじと無遠慮な視線が月に注がれた。…………まるで実験動物を観察する研究者のような不粋な視線だ。
 「…………聞いているのか、流河」
 苛立を込めた音。そう聞こえるように制御されている事に、流河はようやく気づく。…………これはあるいは、試されているのだろうか。
 ふと思い当たり、脳内の情報が急速に組み立てられていく。バラバラだったパーツがやっと形づけられた。
 整理していく間、無意識に持ち上げられた指先は唇に当てられ、爪先に噛み付いた。がりっと小さな音が響き、微かに痛めただろう爪を伺わせる。
 僅かに顰められた眉がその仕草を好んでいない事を明確に示すが、それさえ受け流し流河は指先の下で淡く唇を笑みの形に歪ませた。
 「いえ、少しぼうっとしていました」
 「流河はいつもぼうっとしているだろ」
 「そんなつもりはありませんが……そう見えますか?」
 「……………さあ、どうかな?」
 不敵な仕草で笑んだ月に、小さく流河も笑う。
 結局は、そういうことなのだろうと、確認しあうように。
 あまりにも前に進み過ぎ、あまりのも高処に登る事を許された存在は時にその標高の高さ故に酸欠に陥る。それは至極当たり前の現象で、それに耐性がつかなければそこから下りゆくのが普通だ。
 けれど稀に、それにさえ順応し、適応して、更に登りゆく者もいる。………それは孤独の道を独り歩む覚悟を決めたもの。
 それ故に己を作る事に慣れてしまっている。そうあるべきと形づけたものから離れる事がなく、それを演じる事に苦痛もない。…………けれど時折、息すら出来なくなる時とて、ある。
 常に笑みを浮かべるか……あるいは常に無表情であるか。たいした差異のない処世術は、歳若い者が身につけるには少しだけ痛々しい。
 「さて、そろそろ行かないとな」
 「どこか寄るんじゃなかったんですか?」
 時計を見遣って向かうべき講堂の方角に視線を戻した月に、意外そうに流河が声をかけた。声も表情も何一つそうと思わせる要因はなかったが。
 少しだけ驚いているその仕草を知っている月はにやりと唇の端を歪めて笑う。少しだけ子供のような、笑顔。
 「ああ……あれ?流河が妙な歩き方で僕のあと追うせいで浴びた注目分の迷惑料だよ」
 「………………………つまり、嘘だったんですか」
 「本気に取るとも思ってなかったけどね」
 案外人がいいなと笑い、月はまた流河の前を歩いた。斜め後ろに小さく息を吐いて流河が並ぶ。
 「夜神君は案外意地が悪いですね」
 向けられた視線は深い黒に沈んで、その色を伺わせない。どんな解答かによって情報を手繰る、その仕草も消えはしない。
 それでも月はその全てを気づかないかのように笑い、柔らかな音で答えた。
 「さあ…どうかな?」
 誤魔化すのではなく受け流すのではなく、本当にどうであるのか解りはしないが故に答えた音が、どのように彼に判断されてラベル付けされ分類されるのか、それを予想し相手の出方を窺う。
 今までの短い人生の中、そんな事はなかった。
 見通せない相手は皆無といって等しく、自分を知ろうと……本当に偽りのない中身を知ろうとする者もいなかった。否、あるいはいても、自分の所作の中身まで気づけるだけ対等な相手がいなかった。
 騙し合いで探り合い。心を分つ親友になどなれるはずもなく、解り合うのはおそらく可能でも……共感して手を取り合う事は不可能な間柄。
 もしもこんな接点がない状態で出会えたなら、いい好敵手だったのだろうと、思う。
 …………それでももう後戻りは出来ない。
 相手を解ったつもりになどならない。同じだけの高処に登れるのだと、思わない。
 肩を並べられるなどと思ってしまったら、苦しいではないか。決して相容れないと解っている相手こそが、自分を理解出来る唯一の存在だなど。
 それでもこうしてこの大学の中、互いに偽りに身を捧げている間だけは、近くあっても良いのだと、そう思う事は愚かだろうか。
 「ですが、誰にでも意地が悪いわけでもないようですが」
 少しの自負を覗かせるように返した相手の言葉に、自意識過剰だと睨んでみれば飄々と躱される。
 どこまでを見透かされ、どこまで共感されているのかなど解りはしない。
 ただ、今この道を歩く間。………その短い間だけ。


 あり得ない夢想に、二人はしばし浸かる。

 ……………決して訪れるはずのない、幸せない夢に。








 初のデスノ小説。Lと月です。
 彼等の会話が好きです。探りあっている心理戦も。
 内容が深過ぎてうまく表現出来ないのは解っていたけど、この話書きたかったんで手を出してしまった。
 やっぱ難しかったです(汗)

 Lも月もどちらもずっと孤独な人たちだったと思うので、命のやり取りに関わる中で、それでも自分を理解出来るだろう相手を見つけた事を楽しむ部分もあるかな、と。
 本当に……もっと別の形で普通に関わっていい相手だったらお互いにどれだけ有益だった事か。
 勿体ないな、と思うのでした。