柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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手に入れたそれをどう考えるか。

それこそが肝要な事だ。

恐ろしいモノと破棄するか。

素晴らしいモノと使用するか。

それすら運命に任せる愚か者に用はない。


己の意志で、己の責で。

そうして掴み取り歩む事。

…………なにより清艶なる、その背。





終日(ひねもす)の揺らぎ



 見上げた空は一面の闇。まだ昼時だと言うのにこの暗さに小さく息を吐いた。
 耳には響くような雨音。しとしとなどという可愛らしいものではないその音に、空を彷徨わせていた視線を地面に落とした。
 舗装された道路には小さな川のように雨が溜まっては流れている。それを増長させるように、雨滴は鮮やかな輪を描きながらそれらの小川に身を投じていた。
 日本の情緒だと言えば聞こえはいいが、それらを優雅に眺めるべき場所と時間のない現代、鬱陶しいと思われる事の方が確実に多いだろうと、少し冷めた思考が考える。
 美しいと思わないわけではないが、こうして足留めされれば多少はやっかんでしまうのが人の性と言うべきだろう。
 「…………………」
 しっとりと湿った空気は、けれど冷たくはなかった。
 梅雨を報じたのは数日前だった気がするが、それ以前から空は曇天が続き、小雨も数限りなかった。もっとも、天気予報では今日は久しぶりに晴れ間が見えるなどと言っていたが。
 今回もまた予報ははずれかと、もう一度息を吐いて窓際から離れた。一歩離れると耳に響いていた雨滴の音は大分小さくなる。閉め切られた窓はただ静寂だけを象徴するかのようだ。
 「雨、まだ降っていますね」
 不意に奥から声が降ってきた。頷くと気配もなく歩んでいた相手がのっそりと姿を現した。………もともと姿は見えていた筈だが、どうも置き物の一種のように溶け込んでしまっていて、動かなければ見過ごしてしまう。気配というよりは生命感に近いモノが希薄だった。
 視線だけをそちらに向ければ、相変わらずの無表情な顔が覗けた。同時にぶつかりあった、視線。
 外を覆う暗さとは本質的に違う、底のない闇色の目が真っ直ぐに月に向けられている。普通であったならその底知れなさに言い様のない気味の悪さを感じ、そのまま逸らされる視線は、けれどなんて事はないように返されたままだ。
 それを意外がるわけでもなく、流河はそのまま手に持ったカップを月の方に差し出した。
 淡く月の唇に笑みがのぼる。対人関係において好感を与えるのに一番手っ取り早く有効な手段は、幼い頃から身についていた。さして己の外貌に対して興味はないが、人に好かれるものだという分類くらいは出来ている。
 奇妙な物の持ち方をする流河だが、さすがに熱いコーヒーを入れたカップを指先だけで持つ事はしなかったらしい。もっとも先に注意しておいたせいかもしれないが。
 きちんと取っ手を持って差し出されたカップを受け取り、笑んだ唇がそのまま開かれる。
 「ありがとう……と言いたいところだけど、流河、コレはなんだ?」
 優美な弧を描いているその眉を僅かに歪ませ、珍妙な中身を覗きながら月が問いかける。
 その様を見、自分の分のカップに口をつけて一口それを飲み下したあと、奇妙な間を開けてから流河が口を開いた。
 相変わらずのとぼけたような無表情を崩す事もせずに響いたのは、初めて言葉を交わした時から変わらない静かで流れるような声。
 「確かコーヒーの筈でしたが………」
 「…………なんで飲まないと違う物体だと思わないんだよ」
 小首を傾げて悩んでいるのはどうやら本気のようだ。困った風にも悩んだ風にも見えないが、二つのカップを行き来している視線がそれを教えてくれる。
 言葉でも表情でもなく、こうした些細な動きで感情を読まなくては解らないのだから、ある種犬猫と同じ勘とコツを要さなくては意志の疎通が難しかった。
 月は息を吐いた。この室内に入ってから3度目だ。今度のそれは先ほどまでのような小さく微かなものではなく、あからさまで深かった。
 手の中にあるカップの中をたゆたう液体は、何故か僅かではあるがとろみがついていた。しかも粉の粒も浮いている。………なにより許しがたく、確実にコーヒーではないと知らしめるのは、香りが違うという事だが………そんな事も眼前の男には関係がなかったらしい。
 ここまで怪しいコーヒーも見た事はないが、それを平然と飲んだ人間も初めて見た。
 「まったく。インスタントも満足に入れられないくせにコーヒーに誘うなんて、無謀だろ」
 「すみません。一応書かれた通りにやったつもりだったんですが………」
 すたすたと断りを入れるでもなく月がキッチンに向かった。
 コーヒーひとつ満足に入れる事の出来ない家主には勿体ないほどの、最新のシステムキッチンだ。清楚な雰囲気のそこは、どちらかというと使用されていないからこその清潔感が見え隠れする。……筈だった。いつもであれば。
 今は少々見る影もなかった。何種類かのインスタントコーヒーの袋だけでなく、ドリップ式のものやコーヒーメーカー用の豆までが散乱している。
 これらの惨状と出来上がった物体を考えあわせれば、推理などしなくても事の経緯は推察出来た。
 あまり生活に向くタイプではないと思っていたが、ここまでとなると本気で一人で暮らさせていいのかと問いたくなる。もっともそれで縊れれば、ある意味こちらとしては好都合なのかもしれないが。
 「ブレンドした物の方は美味しいかと思ったんですが……」
 「出来ない事に欲を出すなよ。……コーヒーは全滅だな。仕方ないな」
 散乱した袋の中身を見るが、どうやらカップで混ぜるのではなく袋の中でぐちゃぐちゃに混ぜたらしい。床にまで散らばった粉の理由が解り、溜め息がまた漏れそうになった。
 それらを迂回して避け、よくワタリが触っている辺りの棚を開けてみる。
 思った通り、流河では使えないと解っているティーセットがしまわれていた。隣の棚には整然と揃えられた紅茶がある。全てパックではなく密封の缶にしまわれた茶葉だった。
 特に紅茶に詳しいわけでもこだわりがあるわけでもない。手前側にある缶を一つ取り出して蓋を開けた。
 記憶を探ってティーポットの中にその葉を3杯ほど入れる。すぐ近くにはこの生活能力破綻な主でも大丈夫なようにポッドがあった。その中の湯を目分量で入れて放置している間にカップを揃える。
 月がその作業を行っている間、ずっと入り口のところから流河は眺めていた。まるでキッチンに入らないように言い付けられた子供がお菓子を待っているようだ。
 「流河、これで紅茶飲めると思うけど、他に何か必要か?」
 さすがに何があるのかまでは解らないと声をかけると、そそくさと流河がキッチンの中に入ってきた。………遠慮なく粉の川を横切ってた足跡が転々と黒く残っている。月はあとで掃除をするのだろう業者の人間を少し哀れんだ。
 そしていくつかの棚を開けたあと、思い出したように冷蔵庫を開けてようやく目的の物を見つけたらしい流河がさっとそれを取り出した。
 「ケーキもあります。あちらに用意しておきますね」
 「って流河、皿も持てよ。もうこれもいいだろうし、テーブル片付けろよ、置けないから」
 箱のまま持っていく流河に皿も一緒に持たせ、月もまた片手に二つのカップを重ね、片手にティーポットを持ってそのあとに続いた。
 なんだか数回の訪問で毎回実感するが、なにも出来ない子供の世話を焼いているような気がしてならない。
 元々妹がいるせいで誰かの面倒を見る事はさほど嫌いではないが、あくまでもその対称は年下や女子供だ。同い年か……あるいは年上か、少なくとも同等以上の年齢の男にする事ではないと思うのだが。
 あとに続いて席につけば、言った通りにテーブルが片付けられている。………もっとも乗っていた書類や資料類が床に散らばっただけとも言うが。
 そこまで細かく注意はせずにテーブルにカップを置くと、紅茶を注ぐ。柔らかな香りが鼻先に揺れた。それが終わるのを待って、流河が早速ケーキを頬張るのを視界の隅に入れつつ、月は窓の外に目をやった。
 静かな沈黙が流れた。雨音が、不思議なほど大きく聞こえた。閉め切ったはずの窓でも音や気配が希薄だと響くものなのだとぼんやりと思っていると、不意に雨を掻き消す声が肌に触れる。
 「………雨が、どうかしましたか?」
 先ほども雨に濡れようとしていたようですがと、僅かに遠慮がちな物言いで、けれど有無を言わさぬ声が問いかける。
 それに小さく笑い、月は視線を室内に戻した。
 「別にたいした事じゃないよ。僕だってたまには雨に当たってみたいっていう幼稚な考えを持つさ」
 もっともその理由が自分に付きまとう死神が雨に濡れて楽しそうに空を飛んでいたから、などとは口が裂けても言わないけれど。
 静かな音に納得したのか、あるいはなにかまた奇抜な考え方で心理戦に持ち込む気か、どちらにせよ流河もまた口を噤んだ。また一口、ケーキが口の中に放り込まれる。
 揺らぐ湯気を微かに乱して、月がカップを手に取りあたたかな琥珀の液体を口に含む。普段ワタリが入れてくれるような味にはならないが、先ほどの物体よりはずっとましだ。
 「そういえば……」
 ふと思い出し、つい口から声が漏れた。
 あまり大きな声ではないし、雨に掻き消されればそのまま流そうと思っていたが、耳をそばだてていたであろう流河は聞き逃さなかった。
 紅茶を飲みながら視線だけが月に向けられる。言葉を、促すように。
 それに苦笑する。………貪欲なまでに情報を欲しがっているのが解るのだから。
 「いや、昔…小さい頃はよく、雨が上がると虹を探したな、と思って」
 雨が降れば必ず虹が射すわけではない。解っているけれどどうしても見つけたくて、よく駆け出した。幻を追うように必死で。
 そうして見つかる事は本当に稀で、ほとんどが徒労に終わったけれど、駆けた事を悔しがる事はなく、むしろ奇妙な充実感に満たされて眠る事が多かった。
 「見つかるわけがないけど、それでも追いかけるだけで幸せな事もあったな。実現しなくても嬉しいというか………」
 「可能性を信じる事が出来る、という事が不思議と意欲を満足させるものですから。いま手に入らなくても必ず手に入ると信じれるからこその充足感でしょう」
 「なんだ、随分子供の心理に理解を示すな」
 くすりと笑って言ってみれば、鋭く射抜く深い黒。
 ………ぞっと肌が粟立った。それをやり過ごし、口元には、笑み。
 「ああ、そうか」
 今度は月が笑う。艶やかなほどに清艶に。
 「流河はキラを追っているんだもんな。気持ちが解って当たり前か」
 鮮やかな笑みは深くやわらかく晒される。まるで己がそうと疑われている事を知らないかのように。
 それを視界に納め、流河はカップをテーブルに置いた。カチャンと、金属的な音が小さく響く。
 「ええ」
 ゆったりと流河が唇を動かす。静かに………深く地を這うように。まるでそうする事で捕らえる事が出来るというように。
 「必ず私が、キラを捕まえてみせます」
 それは宣戦布告か。
 笑う仕草を微塵も崩さず、月は視線を窓の外の灰色の空に向けた。
 今はまだ虹など現れそうもない、空。
 「僕も協力するよ。父さんの事が心配だしね」
 微笑んだ姿は、暗い空から浮き彫りになるほどに美しかった。
 眇められる事のない視線に晒されながら、なお鮮やかに咲き誇る。
 「はい。期待しています」
 静かな声は雨音に紛れ、ゆるやかに落ちた。

 何を願っているのかすら曖昧な、空。








 デスノ第2弾です。
 ………相変わらず難しいですね、この二人。
 ほのぼのしきれないし、信頼も出来ない、でもやっぱり一番近しい存在。
 理解しあえるけど対極として理解するのは寂しいかな。感情の整理が難しい(汗)
 始まりと終わりの雰囲気が180度違うのが彼等ですよ、ええ(遠い目)