柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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価値観の違いは解っていた。

むしろ、同じ方が恐ろしい。

違うからこその、引力。

同時に、反発。

生きているうちに何らかの形で嫌が応にも(まみ)える。

おそらくは、そんな命。

際立つほどに違う自分達。

似通ったのは一点だけ。

他者よりも高処(たかみ)に昇る事をよしとし、恐れぬ足を持つ事だけ。

また一歩、歩みましょう。

他の誰も垣間見る事の出来ない、雲の更なる高処へと。





引力



 ドアを開けた先に居たのは、いつもと同じ背中。
 丸まった猫背が椅子に埋もれるようにして見える。もっともぼさぼさの頭が更に追い打ちをかけるように乗りかかり、結局は背中など無いに等しくなってはいたが。
 呆れたように小さく息を吐き、一歩前に進む。それだけで椅子に座るその奇妙な人物は、振り返る事もなく声をかけてくるから。
 「早かったですね、夜神くん」
 振り返る事なく、声を聞いたのでもなく、それでも間違う事なく自分を言い当てる。おそらくワタリにでも報告されているのだろうと忌々しく思う。
 捜査本部に顔を出すという事はそのまま彼の居場所を確認することなのだから、いつ誰がその確認をしたか、そしてそこに赴くだろう時間を相手に把握させている事になる。
 だから、か。一度として自分はこの男が突然の訪問に驚く顔を見た事はない。別にそんなもの見たいとも思わないが、全てが全てこの男の思う通りに動いているようで、気分はよくなかった。
 「今日は午後が休講になったからね。……竜崎はまだ当分休学のままか?」
 「ええ、こちらの件の見通しがつかない限り、おいそれと目立つ行動はとれませんから」
 相変わらずの無表情。けれどよく見てみれば、微かだが苦笑のようなものが見て取れた。
 感情がないのではなく、それを表す機能が極端に乏しいのだ、という事は何となく解る。解るが、彼の容貌にそれが加わると、回りには誤解と不快しか与えないだろう事は容易に想像がついた。
 ソファーに腰をかけ、月は持っていた鞄を足下に置いた。時計を見てみればまだ午後1時を回ったばかりだ。捜査員たちの不在に室内を見回してみれば、くるんと椅子に座る竜崎の首が回った。
 他意はないのだろうが、唐突過ぎてぎょっとする。慣れてはきたし、何よりその程度で動揺が顔に出るほど精神的に弱くもない。いつもと変わらない顔をして、振り返った竜崎に声をかけた。
 「父さんたちは?」
 「朝日さんたちは雑用です。報告もしなくてはいけませんから」
 質問を予想していたのだろう竜崎はよどみなく答えた。問いかけと返答の間がほとんどなく、微かに重なったような気がしたのは、気のせいではないだろう。
 ちらりと竜崎の視線が前を向いた。顔はそのままで。………先ほどからビデオを見ているように装っているが、実際は見ていないだろうと観察する。
 もし本当にそれが重要で、見なくてはいけないと思っているのであれば、彼は決して目など逸らさない。精々いまのこのビデオの役割は暇つぶしが関の山だ。
 いくら能力的にどれほど劣る者が相手であったとしても、機関的な問題で捜査の進行状況の報告や、横との繋ぎも必要になる。全てを自分達だけで終わらせる事が出来るほど甘い相手でも、能力でもない事は、この日本に住んでいれば誰もが解っていた。
 それでも微かな歯痒さはある。彼等の行動の意味をきちんと理解しているからこそ、余計に。
 「ああそうか………。その間竜崎は留守番?」
 何気なく問いかけた言葉には若干の厭味が含まれていたかもしれない。
 常にこうしたホテル等に居を構え、どこに出かけるわけでもなく室内から指示を出しているだけの男。
 生活に必要な事は全てワタリが取り行うのだから、それこそ一歩たりとも外に出なくとも彼は生きていけるだろう。探偵としての仕事にさえ、差し障りがない。
 自分達のように陽にまみれながら時間に追われる事も、煩わしい関係に辟易とする事も稀なはずだ。
 ましていま現在危険と隣り合わせに動いている父たちに比べ、あまりに彼は安全な空間に居座っている。
 その、はずなのに。
 「………それくらいしか出来ませんから」
 ぽつんと言った声が、妙に響いた。
 怪訝そうに眉を上げれば、無表情のまま呟いた唇は閉ざされ、真意を汲み取られるより先にと再び前を見つめた。
 眼前にある大型テレビにはビデオが映されている。おそらくこの間公開捜査があった青山のビデオだろう。
 時折……本当に時折だが、こんな事もある。普段は玲瓏な鉄面皮のような竜崎だが、ポロリと取り零したような幼児性に富んだ言葉を綴る。
 まるで幼い子供が、親の為になにも出来なくて拗ねているようだ。愛されるばかりで愛せる事に自覚のない、まだあやふやなままの感情。
 その程度の事は多少心理学の本を読めば、十分分析が出来る。おそらく竜崎自身もそういったものを読み、自身で分析くらいは試みているだろう。その上で、それでも納得のいかない部分がある事も自分は知っている。
 …………心理分析など幼い頃にやり尽くした。自分が回りより変わっていると、そう自覚した時に。
 それは優越感ではなく、恐怖。
 異色である己をどうあっても隠せない事実を突き付けられ、自分は選び歩む事を余儀なくされた。屈する事だけは出来なかった。たとえ自分自身に対してであっても。
 膝を折り許しを乞いたい衝動など、認めない。いついかなる時も自分は平等に……正しくあればいい。そうすれば、携えた能力故に疎んじられ排斥される事はない。
 そう答えを決めた過程は……おそらくは同じなのだろう。
 くだらないほど自分達はよく似ていた。苛立たしいほど選び取り歩む先が似ていた。そして決定的なまでに、対極にいる。
 鏡合わせの裏と表。
 あるいは、チェスの対極。
 「なんだ…随分むくれているな」
 からかう声音で呟いて、笑う。竜崎のその様に痛むモノがあるなど気づかれないように、完璧に。
 くだらない。馬鹿らしい。解っている。解っていて……それでもどうしようもない、感情という拘束具。
 それを欺く為に一番いい方法を自分達は知っている。
 常に讃えられる微笑みと、それとは逆の感情の抜け落ちた無表情。
 変わらぬモノは揺れを伺わせず、同時にその対象が一線を引いている事を無意識に意識づける事が出来る。
 それはひどく単純な作業だが、そうであるが故に深く刻印付けられる。
 ゆっくりと、月の顔から感情が抜ける。否、笑みが消えた。
 「父さんたちの邪魔をしないのは、暗黙の了解だろ?」
 微かな震えすら帯びずに綴られた声は、玲瓏。純乎(じゅんこ)とした響きであるが故に、透明な清水。
 それに反応などしないような背中は、けれど食い入るように自分の声を求めている事が解る。
 …………解るのだ。だからこそ溜め息の一つも吐きたくなる。本当は解りたくなどないのだから。
 眇めた視線の先には相変わらず猫背の背中。
 本来ならば竜崎がLとして上官の前に赴き報告し、今後の方向性を示唆していくべきだ。それでもそれを別の者たちが取り行うのは……ひとえにLという存在をひた隠しにする為。
 …………見るというそれだけの行為で人を殺せる脅威の存在から守る為。
 そしてそれを甘んじる事は、その者たちを危険に晒す事をよしとしたが故と、己で思っているのだろう。どこか単純で、その上彼は感情が欠けているようでありながら情が深い。
 解っている。それでも彼の感情をそのまま支援する事は不可能だ。
 水面下の動きが見えないようでは、この捜査本部に顔など出せはしない。
 だから邪魔などしてはいけないのだ。たとえそれを彼が望んでいないと仮定しても、彼がそれを阻む事は許されない。
 自分と大差ない背中はいつも猫背に丸まっている。それは自信のなさからではないだろう。自分が威風堂々と振舞う事で人の中に埋没する事を選んだように、彼は小さく収縮する事で己を消している。
 互いに意味は違くとも、嫌が応にも目立つように生まれてしまったからこその、処世術。
 …………生きる事はそれなりに困難だと、とうの昔に自覚しているから。
 「大丈夫だよ」
 小さく呟く。聞こえるかどうかギリギリの、音量。それでも彼は聞き入っている。微動だにしない背中を見ながらそう感じる事は、愚かだろうか。
 彼はきっと求めているのだろう。自分の感情を微かであろうと垣間見、そして支えてくれる者を。そんな者がいなくとも立ち続ける事は出来るけれど、自分達は見つけてしまったから。
 互いを、知ってしまったから。
 ……………永遠になくても構わないと己に言い聞かせてきた(たが)が、崩壊しそうな時もある。飲み込み押さえ込む事を自覚するのは、同時にそうである事を自覚する事だ。
 蕩々(とうとう)と音が響く。真昼の太陽の熱ささえ霧散させるやわらかくも冷たい音。
 「もしもキラが父さんを殺したら、僕が敵を討つから」
 ゆったりと瞼を落として呟く仕草は、どこか殉教者に似ていた。けれど、決定的に違う。
 今は隠れたその瞳の輝きだけは屈する事をよしとはしない。立ち向かい挑み、そうして勝利を得る事しか知らない無邪気で残酷な赤子。
 「決してキラを許さないから……大丈夫だよ」
 そのあまりに繊細な音に慕うように振り返る。その音が、決して嘘ではなかったから。不意に感じる、彼は決してキラではないと、そう思わせる清艶な声音。
 何もかもを正義の為に捧げる殉教者の音は、聖者の微笑みとともに捧げられる。
 遣る瀬無く、なる。その音を聞いても自分は分析してしまう。………彼の言葉の真意を、探りたくなる。
 なにが大丈夫なのだと問い質したい。父が殺されてもなお捜査を続けるという事か。父を殺してしまったならキラとしての殺人を続けられないという事か。
 それとも…………それでも自分の傍にいるという、事なのか。
 くだらない夢想もいいところだ。そう解っていながらもその甘美さに酔いしれたくなる。
 「期待…しています」
 微かに竜崎が笑う。唇に乗るだけの、笑み。
 それはどこか切な気で、どこまでも寄る辺ない赤子だった。
 椅子とソファー。間には、机。決して歩み寄れない距離ではなく、障害物でもない。
 それでも互いにどこまでも自覚していた。
 ……………隔たりはそんなものではないと。
 それでも零される感情に偽りはないのだと、焦がれるように思う。


 どこまでもどこまでも清浄な、感情。








 今週号のLの爆弾発言に触発されて(笑)
 いや、まさかLが友達なんて単語をいう事があるとは夢にも思っていなかったです。
 そしてその言葉を見た瞬間に脳裏をよぎったのが
 「L……また月の反応見るために言ってんじゃないだろうな……(疑)」
 であるあたり立派に疑いを知った大人ですね、私は♪

 ちょっとずつですが歩み寄り始めた二人です。
 ちょっとずつだけど、自覚もし始めている二人。
 友情とちょっとずれているけど、それでもそれに限りなく近い。
 もしもずっと一緒にいれたなら……幸せなんだろうな。
 同じくらい煩わしくもあるだろうが(笑)

16.7.20