柴田亜美作品 逆転裁判 NARUTO 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter |
心が目に見えたらどんなにいいだろう。 手のひらに透ける さわさわと風の音がする。目蓋を落とすこともない身体で、眠ることもない時間、ぼんやりと空を見上げることが多かった。 持っている星座の本もとうに暗記し尽くしてしまい、いま目の前に広がる星空を全て指でなぞって言葉に換えられる。記憶力のよさも少し恨めしい。これでは時間を潰せるものなど、すぐに尽きてしまう。そうして尽きた瞬間、きっと自分は兄が最も恐れていることを考えはじめてしまうのだろうと、思うのだ。 小さく息を吐き、起き上がる。空気の流れでしか解らない自分の身体の動き。動かしているという感覚よりは、持ち上げているという感覚の方がより濃密だ。しっくりこないのではなく、もともと異質の身なのだから違和感はあって当然なのだろう。むしろ、馴染んでしまうことの方が恐かった。 「あれが……子熊座で、あっちが………」 「なんだ、プラネタリウムの解説か?」 指でなぞりながら違和感を確かめるように言葉にしたなら、返るはずのない答えが聞こえた。伸びやかな音は、どこか自分達の母親と対極的だ。確かめる必要もない、第二の母のようなその人を振り返る。 闇の中、月に照らされて長い髪が揺れていた。 「先生、まだ寝ないんですか?」 身体に障るのではと暗に示してみれば、不敵な笑みを返される。かつんと音がして、少し視界がぶれた。ああ叩かれたのかと気付くのが遅れたのは、ひとえに彼女の気配が希薄で捉えきれなかったせいだった。 ………鋼の身体はあくまでも仮の器。どれほど精巧に動かしているように見えても、何も感じることはなく、魂のみで感知しなくては相手の動きすら解らない。 それを知っているかのように、僅かな間をあけてイズミはその気配を濃密なものに変えた。 すぐ傍にあたたかな気配があることが手に取るように解る。とても気遣ってくれる、女性に多く含まれるやわらかな気配だ。 それに包まれるような感覚に、あるはずのない目蓋を眇めるように酔いしれる。物理的に抱きしめられることは不可能だけれど、こうして気配に包まれることは擬似的ではあるが……それを思い出させてくれる。 くすぐったいその感覚に和らいだ心を差し出すように鎧の空洞が和む。 それを見つめ、イズミは苦笑した。…………表情でも言葉でもなく、それでも相手に確かに感情を伝える。それが子供が覚えるには卓越し過ぎた技術であることくらい、誰だって解る。 僅かな仕草と雰囲気だけで感情の全てを表し尽くすというのなら、それは逆にいえば感情の全てを覆い隠せるということなのだから。 隣に腰をかけ、今はもう自分よりも高い位置にある子供の目をのぞく。煌めいていた幼い瞳は消え、暗く開いた空洞が、それでも確かな視線を伺わせた。 「お前らはいつもこうなのか?」 「………………?」 「エドは明け方近くまで調べもの、お前はお前でエドが寝るまで傍につきっきりで、その後は一人で外で時間潰しか?」 僅かに顰められた眉の存在で、彼女があまりそれを好んでいないことは簡単に知れた。けれど今更隠すようなことでもない、あまりにありふれた日常の姿だ。 軽く首を動かし肯定して、アルは空を見上げる。先ほど読み上げた子熊座は今もまだ頭上で輝いていた。 吐く息が白く彩られることもない。……否、吐く息すら、ない。それを憂えるには、既に長い時間が過ぎてしまった。 「いくら僕が言っても聞かないんです。兄さんはとにかく僕のためって無理ばっかりして………」 先生の言うことなら聞くかもしれないと、ほんの少しの希望を込めてそう伝えてみれば、彼女の視線はますます細められ、眉間の皺は本数を増やす。まるで怒気を向けられているような雰囲気に続けられるはずの言葉が一瞬、見つからなくなってしまった。 きょとんと、アルは首を傾げる。 少し解らなくなってきて、頭の中を整理した。兄が夜遅くまで起きていることを諌めてくれるものだと思っていたが、間違っていただろうか。それとも何かまた迷惑をかけてしまったのだろうか。 なかなか導けない答えを探す間、表情が現れないということは有り難かった。 逡巡の間を、星明かりが染めあげる。月は朧な瞬きを繰り返し、風に溶けていった。それを眺めるでもなく顰めた顔を解き、イズミは小さく息を吐いた。 そうして、未だ答えが見つからずに沈黙を返す弟子を見上げる。空洞の先、躊躇いと戸惑いが混在した、気配。 それを受け止め、問いかける声を柔らかくした。決して糾弾する声音とならぬよう、注意しながら。 「違う、エドのことだけじゃないだろ?」 厳然とした声音が、響く。月も星もそれに干渉出来ない、鮮やかな音色。 「眠れないっていうのは……辛いだろ?それを忘れるな」 全てを兄のために費やすことはないのだと、憂いさえ込めてイズミが呟く。 通常であったなら、思考を休ませることの出来るその時間すら休息を与えられることのない、身体。それが真理へと近付いた咎だというなら、あまりに過酷だ。 真理を求め我が身とさえ交換した自分達と、アルのそれはあまりに違う。そもそも己の意志による交換さえなされなかった、絶対的な搾取の時点で、異質だ。それをどうというわけでもなく、まるでその全てを罪として被るようにアルは受け入れてしまうから、見落としてしまう。 辛いのだろうと、そういたわることすら忘れそうになる。大丈夫と笑うこともなくあまりに当たり前にそこにいるから。 「あんただって痛みはある。消えたわけじゃないんだよ」 「………でも先生…僕は……………」 痛みも辛さもなくなったわけではないはずだと問うイズミの言葉は半分事実で、半分は………誤りだ。 けれどそれを言葉に換えることはあまりに難しく、その上………おそらくは今以上に彼女の憂いを重くするだろう。 伝えるか否かを悩む暇すらない。まっすぐな瞳が自分を射抜くのが解る。包み込むその気配が、あまりに優しくて…流れるはずのない涙を、感じる。 「兄さんほど優しくは…ないんです。だって…もう悲しくもない、から」 「………………?」 「この身体になって初めの頃、本当は兄さんとは別々に生きようと思っていたんです」 禁忌を語るように、躊躇いがちな声が、それでもはっきりと音を紡ぐ。 もう二度と言葉としないと思ったなら、今確かにこの人に伝えなくてはいけないのだと、そう感じたから。 せめてそれを、自分たち兄弟を守り導き慈しんでくれる、ただ一人の師に捧げたかった。 「自信がなかったんです。何も感じないこの身体で、兄さんの傍にいても悲しませるだけだろうと思って。だって………記憶しかない感覚なんて、いつまで明確に存在しているか、解らないじゃないですか」 感情はまだ、よかった。喜怒哀楽は自分の中から発せられるものだ。魂がある限り消えはしない。 けれどそれ以外はどうすることも出来ない。痛みが解らない。苦しみが解らない。血の流れる感覚、耳をつんざく悲鳴の悪寒。雨の冷たさ、灼熱の地獄。………感覚の全てを剥奪された身に、何が解るというのか。 その上で生身の兄といて、悲しませるだけでなく……嫌われるかもしれない。人間ではないのだと、兄にすら忌み嫌われたなら………… 恐くなって、離れようと思った。あんまりにも小さな兄の指が、必死に自分を抱きしめていなかったなら………きっとそうしていた。 「僕は昔から兄よりも冷めていたというか……鈍かったから」 だからこんな身体になってそれが顕著になったなら、たった一つの拠り所すら消えてしまいそうで……怯えて逃げたくなったのだと、震える声がいう。もしもその身に確かな体液を流す機能が備わっていたなら涙となって頬を伝っただろう。 その声に含まれる深い悲哀を聞き、イズミは眉を顰める。…………言葉が、どれだけの救いになるだろうと思いながら。 この子供は、強くて。降り掛かる全ての因を己の中におさめ、己で戦おうとするから。守るべき大人すら介入出来ないほど潔い、その魂。 それでも何か救いとはなれないかと、夜気さえ縫って声が谺する。 響く、ように。その鋼の身体の奥底にまで。血潮に溢れてはいない鋼鉄さえあたためることが出来るほど、ぬくもりを贈れるようにと。 「これは仮定だから、ハッキリとは言えない」 厳かに、音は紡がれる。こちらへおいでと、優しい気配が心に触れる。 それに誘われるように、アルはイズミへと視線を向けた。ほんの微かな怯えを孕みながら。 「私やエドは、真理と交渉した。等価交換としてな。でもお前は……奪われた。いや………」 言葉が違うと口を噤み、一瞬の間をあけて、再び開かれる。 風が、静々と二人を包んだ。 「溶けて、しまった。……お前は私らよりよほど感受性が強かったから、真理に近かったんだと思う」 近しかったから、求められた。溶けることが当たり前だと、権利すら窺われることのない横暴さで、奪い尽くされた。 「違………!だって僕は……っ!」 否定しようとした言葉を、差し出された細い手のひらが拒絶した。言い訳では、聞き入れる意味はないと首を振られる。 「感受性が強すぎれば自分を守るために、時に鈍感にならなきゃならないんだよ。それが罪なら、天使なんざ拝む価値もない」 「………………」 「自分を責め過ぎるなよ、アル。気配でしか読めない相手の感情を、それでもあんたはそこまで気遣っているじゃないか」 傍にいることが癒しとなる、それを知っているはずだといってみれば、首を振る鎧の首。無機質なその音を聞きながら、胸の奥の空洞が、痛んだ。 自分達のように身体の一部だったなら……こんなにも深くこの命は憂えることはなかったのだろう。…………年若いその身で背負うには、それはあまりに過酷な十字架だ。 「…………自分が傷付きたくないからです」 言い訳のようにそれでもなお己を責める幼い声に、イズミはその手をさしだし、冷たい鋼の頬を撫でる。感覚が伝わることはないと解っているけれど、そうすることでぬくもりを伝えたくなるのは……体温を持つ身の驕りだろうか。 「上等じゃないか。あんたが悲しめば、その倍エドが悲しむと思って自分を守るんだろ」 自分の業に巻き込んでしまったと、やはり弟同様に己を責め苛む兄を、誰より傍で絶えることなく見つめてきたのは、なにより守りたいその弟自身だ。 ……………不条理で悪循環極まりない、二人の連鎖。 それでもそれは絆の深さ故の痛みだ。他者が糾弾するにはあまりに脆く儚く、触れる事を恐れるほどに尊い。 「それなら徹底的に自分を守りな。それが一番いい方法だって、胸を張れ」 誰もそれを非難などしないと、優しい声が断言してくれる。包むことを知っている、それは女性特有の気配。 遠い昔、これに包まれ思いっきり泣いた。あれは母親だったのか、先生だったのかすら覚えてはいない。 ただただ安堵と心地よさだけを覚えていて、アルはゆっくりと意識を自身の奥深くへと向けた。それは、閉ざせない目蓋の代償行為。 「………ごめんなさい、先生」 「ん?」 「ちょっとの間で、いいですから…………」 このままでいて下さいと、消え入る声が呟いた。 眠ることも出来ず、感覚すら失われた身体で、それでも発狂することなく、人としての感情をなくすことなく在ることは………どれほど過酷なことだったのだろう。 まして優しさを途絶えさせることすらなく生きた子供の悲鳴を、はたして周りは本当にすくいとっていたのだろうかと、憂えてしまう。 理に聡く他者を気遣う事を第一にする姿に、我が儘を言うことを忘れてはいないだろうかと思った。諦めてしまってはいないか……と。 重い鋼の身体を支えることはか細く病んでいる身には少々過酷だ。それでも今このときだけは抱きしめて離したくはない。 己が未だ子供なのだと忘れてしまった、子供として扱われることのなくなってしまった哀れな幼子を、愛しく抱きしめる。 ……………世界にそのまま溶けてしまいそうなその魂ごとただ、深く。 アルとイズミ先生。ちょっと布団の中で二人の会話がやたらこだましてしまったので書きました。 これ書いていて思ったこといいですか。 ………私、鎧アルが単体でかなり好きなのかもしれない。いや、あの、兄無視してね?好きみたい? いやぁ、いいよね、そんなことがあっても☆ちなみに生アルはまだあまりときめかず、妹に至っては存在認めていませんのであしからず♪(笑顔)別にいる事自体は構わないが私に求めんでおくれ。 私はアルが凄いなーと思うのです。悪いのですが、感覚のない中で数年生きて、私は気が狂わないでいる自信があまりないです。というか、生きている自信というか。 自分が自分であるということを確認する術がないというのは恐ろしいと思いますよ。その上で彼は兄のことまで気遣えたり、他人のことを思えたりするから、心の深い子なんだなーと思います。 ちなみに私アニメは1話たりとも見ていないのでアニメ設定知りません。原作のみのイメージでよろしく。 04.10.31 |
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