柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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阿呆だと、思わないわけじゃない。
それは強い感嘆とともに襲われる感情。

見えないモノを見て。
聞こえない声を聞いて。
それを疎ましく思わないわけがないと、思うのに。
どうしてそんなにもあっさりと、それらに立ち向かう?

打ち払う力などないくせに。
見えるだけで、聞こえるだけで
………その身を危険に晒すことしか出来ないくせに。
当たり前の顔をして
人でないモノのために腕をのばす。

阿呆だと、思わないわけじゃない。
それは、多分……永遠に変わらない。
自分とは違うその魂の質を
感嘆とともに見つめる。

その阿呆さ加減を愛しいと思いながら。





傷だらけのままでいて



 吐き出した息が凍えるようだ。
 一瞬の出来事で、伸びた腕は空を切った。
 呆然とした視界には、ただただ赤い紫陽花が浮かぶ。雨に打たれたその花弁がつるりと雫を落とした。
 つい今さっき、彼はそこにいた。足に花が絡まったと言って膝を折り、雨の中、手折ることなく花を戻そうと指先を伸ばしていた、はずだった。
 自分は怪異が見えない。彼のように見えないモノを視る力はない。彼の傍にいて、見えない悪しきモノを近寄らせないことが出来るらしい程度でしか、ない。
 だから解らない。一体何が起きたというのか。
 本当に今そこにいた。屈んで紫陽花を触ろうとした姿のまま、風に攫われでもしたように掻き消えたのだ。まるで、初めからそこにはいなかったかのように。
 一番下の花はもっと赤い、そんな声とともに……消えた。
 ふと思い、紫陽花を見る。長身の自分よりもなおそれは背が高かった。見たことのない赤い花をつけた紫陽花は、雨の中、ただ佇んでいる自分を見ていた。
 その足下に確かに彼はいた。
 いたのだ。
 ふらりと彼が屈んでいたその場に近付く。土には彼がいた痕跡のように靴跡が残されていた。ここにいた。それは確かだ。自分の妄想ではない。幻惑などでは、ない。
 「どこに……隠れた?」
 彼はあまり自分を好んでいないから、不意に嫌になって消えたのだろうか。けれど彼は決して己を頼るものを無下にはしない。………出来ない、人間だ。
 だから彼の意志で消えたわけではないと信じたい。自分から逃げたわけではないはずだと。
 どうしたと問いかける言葉が出ない。問いかける対象はどこだと心が焦る。
 「……………………」
 ガリ………と。無意識に伸びた腕は土を掘り返した。彼の足跡の残る、その場所を。
 ここにいた。ついさっきまで。アヤカシに連れていかれたなら、その身はこの土の中ではないのか。この紫陽花の根にでも絡まれているのではないか。
 あの、初めて共にいた日のように。
 思い出し、苦笑しかけた唇に雨が滑り落ちてきた。出合い頭に腹が立つと騒ぎ始めた失礼な彼を、それでも何故か気にかけていたのは、多分、自分の方だ。ついつい目で追いかけたり言わなくてもいい言葉をかけたりして、余計に癇癪を起こされていた。
 自分でも解っていた。もっと愛想良くすれば相手だって違う対応をしてくれるだろうと。それでも自分はこんな性格で、こんな顔しか出来ないのだ。ありのままの自分を、そのままきちんと受け入れてくれるのでは、なんて………図々しい願いだ。
 だから本当は驚いていた。彼から自分に頼み事をするなんて、永遠にあり得ないと思っていたから。どんな理由からかなど知らないけれど、それは自分にはさして困難な願いではなく、叶えることは容易かった。仲良くなりたいなんて思う柄ではなく、無愛想な自分を人見知りしない彼が好まないことも解っていたけれど、きっかけを確かに喜んでいた。
 そうして縁が出来た。違うクラスでいがみ合っていたはずなのに、いまは一緒に昼休みを過ごすし、弁当も作ってもらっている。アヤカシが(えにし)など、奇妙極まりない友人関係でも、良かった。まっすぐな彼の目は心地よかったのだ。憧れでもなく侮蔑でもなく、言いたいことを言ってまっすぐな感情をありのままに差し出す姿は眩かった。
 他者を傷つけたくはないという性根の優しさ故に危険ばかりに巻き込まれる性格も、決して自分に助けを求めない強情さも鮮烈だったのだ。
 いつの間にか傍にいるのが当たり前になって、絡まれることも多いけれど、それは友人同士の些細なじゃれ合いのようなものばかりに、なって。何となく、友人として認められてきたのではないかと自惚れることもあった、のに。
 消えてしまった。目の前で。自分が傍にいればアヤカシが寄らないのだと、腹立たしそうに照れくさそうに打ち明けてくれたのに。何も、出来ずに、攫われた。
 「………………っ」
 爪先が雨の冷たさに浸されて感覚がなくなってくる。吐く息が熱いのか冷たいのかさえ解らない。噛み締めた唇は、きっといつもと変わらない能面のような無表情さでしかないのだろう。
 こんなにも、焦って必死になっているというのに、とことん自分は表情というものとは無縁に生きている。
 「無駄よ」
 不意に凛とした声が響く。雨を縫って、自分の耳元で囁いたようにはっきりと静かに紡がれた音。
 「多分、こうなっているんじゃないかって思ったのよ。四月一日(わたぬき)が捕まったんでしょ?」
 静かな声は何もかもを悟っているように雨に溶ける。自分に似た、無表情さで囁く音がひどく凍えて聞こえた。
 「わかって…………」
 こうなることさえ知っていて、それでも彼をけしかけたのかと、問おうとした。
 おそらくは、睨みつけた視線のまま。
 泥に染まった指先が知らず握りしめられる。がりっと、嫌な音が響いた。どの指だかは解らないが、爪が割れたかもしれない。
 「掘っても無駄よ、そこにはいないから」
 「……………」
 土の中の指先は忠告さえ聞かずにまた一掻き、土塊(どかい)を放り出した。
 「四月一日を、助けたい?」
 ふうわりと、彼女が笑う。静かな静かな彼女の声。
 土を睨んでいた視線が、知らず彼女を映す。相変わらず、白い肌のとりとめのない謎の美女。
 冷たいその声は、それでも彼を心配していると、何故思うのだろう。
 「あいつはどこにいる?」
 「助けたいの?四月一日って結構あなたに冷たいのに?」
 「………………」
 「助けたって、お礼も言わないかもしれないわよ?」
 きょとんと、不思議そうに彼女は言った。自分を見ながら、いつもと変わらない、飄々とした態で。
 微かにその口の端が持ち上げられる。それはどこか、冷たさを孕んだ笑み。
 「それでも、代価を払って四月一日を助けたい?」
 「どうすればいいんですか?」
 逡巡も躊躇いもなく、問いかける。まっすぐと雨さえ透き通らせて彼女を見据えながら。
 別に礼などいらない。好まれたいなんて、過ぎた願いだと解っているのだ。こうして普通に話せるようになっただけでも、ましだ。
 清い気を持っていると言われる自分にとって、四月一日の存在の方がよほど心安らぐものだったから。
 今の世の中、彼のような事情を抱えて、それでもすれることなく人を本気で思うことの出来る生き物がどれほどいるというのだろうか。
 「今更、あいつを見殺せるわけがない」
 願ってしまった。傍にいたいと。友人となりたいなんて、柄にもなく思って突っかかって、子供のようなその態度さえ、腹を立てながらも彼は拒まずにいてくれる。
 あと一体、何を求めろと言うのだろう。礼など言わなくても彼が感謝していることくらい十分解る。我が儘を、どれほど言っても結局は叶えてくれる、甘い人。
 与えられたそれらを返すことすら追い付かないのは、本当は自分の方なのだ。
 だから、いい。
 自分の持つどんなものと換えても、構わない。
 見据えた瞳の先、彼女は微笑む。彼の前では見せない、優しさを込めて。
 「言うと思ったわ」
 そうして、彼女は彼を迎えるための方法を教えてくれた。


 雨が止まない。
 彼も、戻ってこない。
 一体彼女が方法を教えてくれてから、どれだけ時間が経っただろうか。辺り一面真っ暗闇で時刻を推し量るものもなかった。
 それでも離れられない。もしかしたら彼も雨に打たれているのでは、とか、危険な目に遭っているのではなんて考えてしまえば、自分一人傘をさす気力も湧かない。
 風が冷たかった。寒さなどさして感じない自分が、彼がいないと言うそれだけで絶望的なまでに凍えた。
 早く帰ってきてくれないだろうか。自分が本当に凍ってしまう前に。
 「早く………」
 呟いた言葉が風に攫われる。幾度繰り返したかも解らない。
 それでも飽きもせずに落とした低い声音をすくいとるように…………やわらかな風が舞い降りた。
 それは求め続けた輪郭を作り上げ、その質感を取り戻させる。ゆっくりと目蓋を持ち上げ、彼は起き上がった。
 歓喜が身体を駆けた。喉を突く叫びさえ、音を携えずに霧散していく。安堵とはこういったことを言うのかと、妙に感慨深く感じた。
 そうして起き上がった彼はゆったりと己の指先を辿り、その手を包んでいた白骨の小さな指先を見つめる。少しだけ悲しさをたたえた優しい微笑みで、小さく囁く言葉がひどく暖かく自分さえも包むのが解る。
 凍えた身体がやっと暖まった。息が凍てつくことを忘れてぬくもりを思い出す。
 息を吐き出して、ぐったりと座り込む。
 彼が戻ってきたことを喜ぶ自分の顔を……覗かれたくなくて。
 相変わらず騒がしく叫ぶ彼が、憔悴している自分を心配していることも解っていたけれど、いま少し彼の視線を独占していたい。
 幾日にさえ感じたこの十時間を本当に短い時間だったのだと実感出来るまでの僅かな間で構わない。
 互いの手のひらを絡めとるリボンを解かぬまま、どうか。

 …………どうか、その声を自分のために、紡いで。





 xxxHoLicの四月一日・百目鬼・侑子でした〜。私この3人好きですよ♪
 前々から彼等のことは書こうと思っていたんですよ。ほら、折れた矢を子狐にあげちゃった話とか、バレンタインの話とか。いろいろネタの宝庫なんですが。
 ………キャラが難しいな……と(汗)まあなんというか、かなり好き勝手捏造していますから。気にしちゃいけませんよ!

04.11.17